夏が始まる話



今年も、熱い夏がやってくる。

「はあ…」

思わず口から零れたため息は電車が揺れる音で消えてしまった。
梅田本人もまさか俺に聞こえると思ってなかったみたいで、気遣うような視線を送ったら『ごめん』って、また消えそうな声で謝ってきた。
今年も出演がきまったサマパラのリハは、始まったばかりなのに熱量がハンパない。
振付師さんの振り入れと俺の振り入れとつばっくんの振り入れを1日でこなした梅田の顔は、マスクしててもわかるくらい疲れ切っていた。
帰宅ラッシュの電車は肩がぶつかるくらい混んでいて、最大風量で上から降ってくる冷風は汗だくの体を寒いくらいに冷やしていく。

「明日仕事は?」
「あるよ。午後から衣装の打ち合わせ」
「なら朝ゆっくりできんじゃん。ちゃんと寝た方がいいよ?」
「うん、ありがとう。横原は?」
「舞台の取材入ってたかな」
「……そっか」
「……」
「……」
「…暗い顔やめて」
「…ごめん、でもやっぱりちょっとヘコむ」

ああ、また視線が下がった。
夏の準備が始まったと思ったら、ありがたいことに秋の予定も埋まっていく。
MCでどこまでお客さんに宣伝するか、を今日打ち合わせしてきたんだけど、梅田は終始こうやって項垂れていた。

「影山がドラマと舞台、椿くんと横原が主演舞台、新が主演ドラマ、奏が主演舞台、大河が舞台、俊介がドラマ2本と舞台、……私、皆に申し訳ない」
「なんで梅田が落ち込んでんの?」
「私だけ秋冬の仕事決まってないんだよ?ほんと、情けない」
「たまたま、タイミングだろ」
「そうかな…」
「今年は梅田がサマパラの衣装やるじゃん?それに集中しろってことなんじゃない?」
「…ごめん、めちゃくちゃ気遣わせてる」
「そんなことないけど、っ、」
「わっ、」
「うわ!ごめん!」
「だいじょぶ…」

帰宅ラッシュがさらにひどくなって電車内はパンパンだ。
思いっきり背中を押されて思わずドン!って窓に手付いたら、壁際に追いやられた梅田の頭に俺のキャップのつばが突き刺さった。
だいじょぶって言ったけど結構痛いっしょ。
まつ毛一本一本まで見えそうな距離で目が合って、必死に動揺を隠した。
電車で壁ドンって、少女漫画かよ。
てかなんで今日に限って荷物が少ない?
いつもの大きいリュックを胸の前に抱えてたら、こんなに梅田と近い距離で触れることなんてないのに。
そんなうずうずする気持ちに微塵も気づかない梅田は、またため息を吐いた。

「自信なくすなぁ」
「らしくないじゃん。IMPACTorsのお姉ちゃんはどこいった?」
「今は横原しかいないから、お姉ちゃんじゃないよ」
「…ふーん」

俺の方が後輩だけど同い年だから弱い姿を見せても大丈夫らしい。
その基準がどこにあるのかわかんないけど、あえて探ることもしなかった。
駅に停車する度に人は増えていくし、大きく揺れたら体が触れる面積が増えていく。
あー、嫌だな。
梅田が落ち込んでるのに“ラッキー”なんて思ってしまう自分が嫌だ。
落ち込んでなかったらこんな近距離は許されない。
いつも通りだったら、きっと梅田は何かと理由つけて距離を取ってたと思うから。
そんな邪な気持ちをぶった斬るように、梅田のポケットでスマホが震えた。

「電話鳴ってね?」
「あー、うん、あとで折り返すから大丈夫」
「滝沢くんだったら降りて出た方がいいんじゃない?」
「たしかに。ちょっとごめんね?」
「っ、」

滝沢くんは忙しい中でも俺らに連絡をくれるけど、忙しいからこそ話せる時間は限られてる。
呼ばれたらすぐ行く、電話が着たらすぐ出る、LINEがきたらすぐ返す。
そうやってスピードを速めていかないと、チャンスが減っていく。
スマホを取り出そうと身じろぎした梅田のおでこが俺の顔に当たりそうになって慌てて避けた。
さらに距離が近くなってもう勘弁してほしいのに、ドキドキしてた心臓は別の意味でドクドク言い始めるんだ。

「…ふふ、」
「なに?仕事の連絡?」
「ううん、俊介から電話だった」
「…あー、そう。もってぃなんて?」
「電話できる?って」

ああ、こんな近い距離で見るんじゃなかった。
マスクしてても分かる程に嬉しそうで、目がキラキラしてて、こっちなんて全然見なくて。
電車のスピードが落ちる。
梅田が俺を見てなにか言おうと息を吸ったのが分かったけど、壁ドンしてた腕を背中に回して体を寄せた。
扉が開けばこの駅で降りる人が一気になだれ込んできて、すぐに乗る人の波に押されてしまう。

「いたっ、」
「あー、ごめん」
「今のはわざとでしょ」
「ごめんごめん、悪気しかなかった」
「うわ、なんて奴だ…!」

さっきより人が少なくなった車内では、自然と体は触れないし距離も離れるし抱き寄せる必要もない。
吊革掴んで横並びで、自分の顔が反射される窓をじっと見て。
それでもなんかイライラして梅田の頭にキャップのつばを突き刺した。
梅田が、途中で降りてまでもってぃに連絡をしようとしてたのか、息を吸って俺にさよならを言おうとしてたのか、分からないし聞いたところで心臓抉られるだけだから聞いても仕方がない。
それでも聞いてみたくなってしまうのは、少しだけ期待しているからだ。
もってぃより俺といる時間を選んでくれないかな、なんて。
そんな可能性が限りなく低い期待を、必死で握りつぶすんだ。



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