置き土産の話



「梅田いる?」
「はい!すぐ行きます!」

大きく呼ばれた声に振り向いたら、リハ室の扉から滝沢くんが顔を覗かせていた。
サマパラに向けたリハは佳境を迎えていて、さっきまで横原に指摘されてた箇所を頭の中で反復しながら駆け寄る。
汗が首筋を伝ってTシャツに染み込んでいく感覚がして、タオルで汗を拭いてから来るべきだったかなって後悔した。
滝沢くんはきっと気にしないけど、汗臭かったら嫌だな、なんて思う。
滝沢くんは一緒に滝沢歌舞伎をやってきた先輩でもあるけど社長でもあるから、もっとしっかりした格好で会うべきなのかも。
まあ、私が汗だくでもスーツでも、滝沢くんは眉ひとつ動かさないけど。
リハ室の扉を閉めたらTop Of The Worldの音楽は聞こえなくなって、私が息を整える音だけになった。

「お疲れ様です」
「うん。調子どう?」
「まだまだですね。新曲はもっと固めないとだめです。あと、今年はソロないので、全体のメリハリをどうつけるかが課題です。あとは、」
「ふふっ、」
「え、なんですか?私変なこと言っちゃいました?」
「ううん、そうじゃないよ。個人仕事なくて落ち込んでるって聞いたけど元気そうだね」
「え!?……横原から聞いたんですか?」
「いや、スタッフ。横原からは何も聞いてないけど」

疑ってごめん横原。
罪悪感から、思わずリハ室の中に向けて両手を合わせてしまった。
この前、電車の中で少しだけ凹んだ姿を見せてしまったけど、横原から滝沢くんに言ったわけじゃなかったみたい。
あーあ、スタッフさんにもバレてるってことはメンバーにもバレてるんだろう。
年々ポーカーフェイスが苦手になっていくのは、メンバーと心の距離が狭くなっているからか、気の緩みか。
仕事がなくて落ち込んでたのは否定しない。
個人仕事をいくつもやってるメンバーに比べて、私は仕事がない。
この秋、個人仕事は喉から手が出る程欲しい。
そんな私の気持ちを理解してくれてるのか、滝沢くんは宥めるような視線で私にファイルを差し出した。

「はい、待望の個人仕事だよ」
「え!?」
「ドラマやる気ない?」
「ドラマ!?」
「うん」
「ドラマ!!!」
「そう、深夜ドラマね」

びっくりして口が空いたまま。
ドラマ……、私が、ドラマに出られる!?
思えばテレビの映像作品に挑戦する機会をもらえるのは初めてだ。
私は舞台に立つ機会を多くもらってきた人間で、映像作品に出たメンバーに話を聞く度に羨ましかった。
テレビの影響力はすごい。
舞台よりも、不特定多数の人に私の姿を見てもらえる。
IMPACTorsの名前を知ってもらえる。
今年の10月クールは、俊介の『ぴーすおぶけーき』と『最初はパー』、新の『silent』が決まっている。
ファイルに入った書類を確認すると、私は年明けの1月〜3月クールのドラマのヒロイン役だった。

「ありがとうございます!全力でやらせていただきます!」

キラキラした目で詳細が書かれたファイルを抱きしめた時、滝沢くんはほんの少しだけ目を伏せた。
本当にほんの少しだけ、悲しそうな顔をしたんだ。

「俺の置き土産だから、全力で頑張って」
「…え?置き土産ってどういう、」
「IMPACTors集合ー!」

私の問いかけなんて聞こえなかったみたいに無視して、滝沢くんはリハ室の扉を開けた。
すぐに反応したメンバーが集まってくる。
びっくりしてその場に立ち竦んでた私を見て影山が名前を呼んだ。
置き土産。
私がその意味に辿り着く前に、本人から知らされる。
その日私たちは、滝沢くんが事務所を退社することを知った。






「……どう思う?」

広いリハ室の片隅に小さく8人で丸くなったところでもってぃが投げた問いかけは、もってぃがMCって役割を担うから回そうとしたのか、それとももってぃが自分の意見を言う前に誰かの意見を聞きたかったのか。
どんな意見だって、最初に言うのは怖い。
それが分かってるから、真っ先に自分の口が動いた。

「まあ難しいよな。どっちも」

滝沢くんが10月で退社する。
新しい事務所を作る。
何人か、今の事務所から行くかもしれない。
今後のIMPACTorsの活動は、別の人が主導権を握ることになる。
そんな話を一気にされて、すぐに自分の意見を整理することなんてできない。

「俺はこの中じゃ暦が1番長くて思い出多いから、すぐに決断できない、かな」
「俺も。結構思い入れ強いよ。まあみんなそうだと思うけど」
「……とりあえず、今いただいてる仕事はやり切ることが前提だと思う」
「うん、それは絶対。その上で、来年以降どうするかってことだよね」
「俺らのスケジュールって変動多いから、正直どこまで決まってんのかわかんないよね」
「俺と新のドラマはもう撮影スケジュール決まってるから、年内に何か変わることはないと思う」
「……」

リーダーが何も言わない。
頭を抱えて俯いたまま深く息を吐き出した。
“ジャニーズ”に拘る人だ。
歌って、踊って、演じて、笑わせて。
“ジャニーズ”は何にでも挑戦できるアイドルで。
今、男性アイドルグループはいっぱいいるけどやっぱりジャニーズであることに意味があって、先輩たちが積み重ねてきた誇りがある。
分かってる。
そこから離れたくないことはみんな分かってる。
でも、

「でもさ、このままここにいたら、俺らデビューするまで何年かかる?」
「っ、」

言われたくないことを言った自覚がある。
俺たちは俺たちに自信がある。
どのグループにも負けない自信があるけど、実態はそうじゃない。
俺らよりもデビューに近いグループはたくさんいて、彼らも死に物狂いで努力してる。
俺たちはファンを幸せにしたい。
だからデビューは必須条件で、デビューしてからが勝負だ。
だけど、このままここにいてその必須条件は満たせるのか?
満たせるまであと何年かかる?
俺ともってぃと梅田は今年で26歳だ。
必然的に若いグループに人気が集まる世界で、俺らはあと何年待てばデビューできる?
俺の一言で空気が変わったのがわかる。
リハ室は汗が籠って茹だるような暑さなのに、さっきまで汗だくだった肌はひんやりして寒い。

「…俺は、」
「私はね、もう決めたから言うね」

顔を上げたリーダーの表情は歪んでて、どう見ても意見がまとまった顔じゃなかった。
それでもリーダーとして何か言わなきゃって完全にから回った顔で、それが分かってたからか梅田が遮った。
俺だけじゃない。
メンバーみんなが驚いた顔で梅田を見る。
不言実行の梅田が、ここで意見を言うとは思わなかった。

「前に言ったと思うけど、私、みんなで戦って勝ちたい。“勝てる”衣装を作って、それを着て、みんなで“勝ちたい”。勝つって抽象的だけど、要はどのグループにも負けない、誰にも負けない、ファンの人の心にあり続けるアイドルグループになりたい。だから、私はこの8人で滝沢くんの事務所に行きたい。ここにいるより、最短で辿り着けると思う」
「晴……」
「でももし誰か1人でも欠けるなら、私はこの世界には残らない。就職して、普通の社会人になる」
「うめめ、本気なの?」
「うん」

滝沢くんから受け取ったファイルを持つ手に力が入る。
簡単に出した答えじゃない。
きっと梅田がこの一瞬で頭の中で考えて考えて考えて、それでもこの先意見は変わらないって思って出した答えなんだろう。
いつもならこういう場面で先陣切って決断するのは俺だけど、今回はどうやら違うみたいだ。
潔く宣言した梅田に感心すらしたけど、納得しないメンバーもいるわけで。

「晴、それはさ、ずるくない?」
「なにが?」
「俺らがどう選択するかで、晴の人生変わっちゃうってことだろ?」
「そうだよ」
「ずるいだろ。俺らに晴の人生かかってるなんて」
「影山、何言ってんの?私だけじゃないよ。どっちを選択しても全員の人生変わっちゃうんだよ。だから、1番後悔しない選択をしようってことでしょ?」
「……そっか、そうだよな、ごめん。ちょっと俺頭ん中ぐるぐるしてるわ」

また深いため息吐いてリーダーが髪を掻きむしった。
梅田の言う通り、自分の選択が全員の人生に影響する。
簡単に決められる話じゃない。
梅田がはっきり答えを出したことで、この選択がどれだけ重要なことか浮き彫りになった。
リーダーをじっと見つめる横顔を見て、意図的に浮き彫りにしたように見えた。

「さっきから喋ってないけど、新はどう思うの?」

膝を抱えて難しい顔して座ってるうちのセンターは、目にかかりそうな前髪を払って顔を上げる。
そして、きょとんってした顔で至極真っ当なことを言った。

「え、これってさ、そんなすぐに決めないよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ今日は、うめめおめでとう、でいいんじゃない?」
「へ?」
「ドラマ決まったんでしょ?おめでとう」

全員が、祝われた梅田本人もぽかんってしてるのに、新は嬉しそうにニコニコ笑って小さく拍手した。
重かった空気が一気に軽くなる。
軽くっていうか、綿菓子食べたときみたいに一瞬で溶けて消えた。

「ふはっ、そうだよね、まだおめでとうって言ってなかったよね」
「いろいろありすぎてすっ飛ばしちゃってたね」
「やっぱ新はすげーな!」
「晴、ドラマおめでとう」
「あ、ありがとう?かな?」
「おめでとう!絶対見るから!」
「頑張れよ!」
「うん、頑張るね」
「ここで話題変えられるのが新だよな」
「だってさー、みんな怖い顔して難しいこと考えてるけど、まずはおめでとうじゃない?」
「そうだね、今後のことはおいおい考えていくってことで」

新の言うことはもっともで、滝沢くんの退社のインパクトがデカすぎたけど合わせて伝えられた梅田のドラマ出演も相当デカいことだ。
連ドラ出演。
しかもヒロイン。
もってぃと新に続くクールのドラマ出演。
これからの未来がどうなるにせよ、嬉しいことに違いはない。

「もう凹むなよ」
「うるさーい」

みんなが帰り支度を始める中、小声で揶揄えば嬉しそうな笑顔と力のないパンチが返ってきた。


backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP