ドーナツの話



自宅待機期間が終わって2週間くらい長かったうめめの髪は、今ではもう肩につかないくらいのお馴染みの長さに戻っていた。

「あーあ、俺はロング好きだったのになー、なんでエクステやめちゃったのー」
「そう?短い方が晴っぽくね?」
「影山くん、ショートの女の子がタイプだもんね」
「それは別に晴関係ないけど」
「それは知ってるけど。逆に『うめめが短いからショートカットの女の子がタイプです』って言い出したらビビるよ。でもロングも可愛かったのにー」
「ねえ、2人ともミスド食べる?」
「俺さっき弁当食ったからいい」
「俺も。てかうめめも弁当食べたよね?しかも2個」
「それはお弁当でしょ?これは食後のデザート」
「デザート…、椿くん何個買ってきてくれたんだろ」

デザートってレベルじゃないよ。
箱いっぱいに入ってた椿くんが買ってきてくれたドーナツは、ほとんどうめめのお腹の中に入っていく。
まあそれを見越して椿くんが多めに買ってきてくれたんだけど、うめめはその優しさに全力で甘えて全力で食べていた。
レッスンが始まるまでの休息時間。
影山くん含め5人は虎者のリハ終わり、俺と椿くんはSHOCKのリハ終わり、うめめはこの夏、1人で外部の舞台に出演が決まっていてそのリハ終わりに事務所に集まった。
みんな個々の仕事があって忙しいけど、そんな中で8人でのサマパラ出演が決まった。
“クリエC”なんて呼称で呼んでもらってるけど実際には名前がついていなくてユニットでもなんでもない僕らに与えられた大きなチャンス。
今日はそれをモノにするための打ち合わせなんだけど、俺がここに着いた時からうめめはずっとこの広い机を占領して書類を広げまくっていた。

「うわ!懐かしい!これKAT-TUNのバックの時の衣装じゃん!」
「こっちはJUMPだね」
「その写真、見てもいいけどあんまり動かさないでね」
「あー!もしかしてサマパラの衣装?」
「そう。ありがたいことに全部任せてもらえることになった」
「なんだよそれ。もう勝ち確定じゃん」
「やめてー、プレッシャーだよ。影山私のこと褒めてくれるの嬉しいけど、過剰だとプレッシャーだって」
「いや、ドーナツ食いながら言うな」
「ニヤケてんぞ」
「えへへ、ポンデリングめっちゃ美味しいよ」

プレッシャーだよーなんて言いつつ顔は緩み切っててドーナツ食べる手とペンで写真に書き込む手は止まらない。
任されたのが相当嬉しいんだろう。
こうやって仕事をもらえるのはうめめが今まで頑張ってきた何よりの証拠だ。
衣装のことを考えてるうめめは本当にいきいきしてて、キラキラしてて、楽しそうなんだ。
見てて飽きないし、ずっと俺らのことを考えてくれてるんだなってわかる。

「かげー」
「はーい。ちょっと行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」

大河くんに呼ばれて影山くんがいなくなればこの空間にはうめめと2人になる。隣に座ってじっと顔を覗き込むと、目がきゅるきゅる動き回ってた。
それは可愛いとか綺麗とかそういうことではなくて、まるで探偵みたい。
あらゆるものを視界に入れて、認識して、分析して、最適解を探し出す。
じっと見すぎてたのかうめめが俺の目を覗き込んできた。

「ん?どうした奏?ミスド食べる?フレンチクルーラーならいいよ。ポンデリングはやめて。もう一個私が食べたい」
「食べないよ。うめめどんだけ食べるの?」
「考え事するとお腹空いちゃうんだよね」

えへへって笑ってまたドーナツにかじりついたけど、その”考え事”はどのくらいしているんだろうか。
ジャニーズのお仕事、舞台のリハ、サマパラのリハ、衣装。
うめめの周りではいつもいろんなことが動いてて、それを対応できる人だからそういう仕事が集まってくるんだってわかってる。
うめめは大人ではっきりした人だから、できないことは『無理』って断ってるってわかってる。
キャパオーバーになって爆発してるところなんて、少なくとも俺は見たことがない。
だから心配なんて必要ないって、わかってるんだけど。

「奏?」

その頭に触れたらうめめがぽかんって口開けて瞬きを繰り返した。
お仕事モードへの切り替えとして戻ってきたトレードマークのショートカットを何度も何度もふわふわ撫でると、ふはって吹き出して笑った。
その顔に疲れなんかなくて完璧なお姉ちゃんの顔だけど、それがちょっとだけ悔しい。

「奏どうしたの?急に?撫でたくなっちゃった?」
「ううん、急にってわけじゃないけど、なんか、……うめめ頑張ってるなーって」
「っ、」
「すっごい頑張ってるし、頑張ってくれてありがとうって思って。俺らのことずっと考えてくれてありがとうって思ってさ」

俺がしたことが意味のあることかわからない。
椿くんみたいに目に見える形で何かをあげた方がうめめは喜ぶのかもしれない。
でもきっと、“自分以外の人に見返りも求めず時間と努力を費やす”みたいな、ユニットであれば当たり前のように行うことが、俺たちにとっては当たり前じゃないから。
形のないものに心を注ぐことは、簡単じゃないから。
それをしてくれるうめめにありがとうを伝えたかったんだよね。

「うめめ、ありがとう」
「えへへ、ありがとう奏」
「なんでうめめがお礼言うのー、俺が言うべきなのに。なんか、うめめが頑張ってると嬉しいけど悔しい」
「悔しい?」
「俺に出来ることってなにもないのかなーって思っちゃう」
「奏に出来ることは、毎日健康で、楽しく歌って踊って、笑ってることだよ。笑ってることが仕事なの」
「なにそれ。赤ちゃんみたい」
「奏は赤ちゃんでいいんだよ」
「やめろー」
「お姉ちゃんに全部任せんしゃい」
「見てろよー。絶対”お姉ちゃん”じゃなくしてやる」

くしゃって笑ったうめめの手が乱暴に俺の頭を撫で回す。
その年下扱いが嫌なのに好きで、やめてほしいのにもっとしてほしくて、もう、ぐちゃぐちゃだよ。
うめめの”お姉ちゃん”を剥がすにはまだまだ足りないらしい。
でも絶対、対等になるんだ。




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