運転練習の話



「い、いっちばん忙しい人が来た……!」
「ふはっ、なにそれ」

駅の改札から出てきた俺を見て、梅田は目を丸くして驚いた。
あんな連絡きたら来るでしょ、そりゃあ。
昨日の夜、グループLINEに梅田から『運転免許保持者ヘルプ!ドラマで運転することになったから誰か練習付き合って!』って連絡が来た。
自分のドラマ撮影が終わって俺がグループLINEを見る頃には、ばっきーと拓也が仕事で行けないって断ってて、がちゃんが返事する前に急いで『俺行けるよ』って返事を返した。
今、次の個人仕事まで比較的余裕があるがちゃんは行ける可能性が高かったから。
案の定、俺が送った数分後にがちゃんが『俺も行けるから、もってぃがだめだったら呼んで』って返していて。
セーフって思って息を吐いたらジェシーくんに不思議がられた。

駅から歩いてすぐのレンタカーショップで手続きをする梅田の横顔を見ながら、少しだけ不貞腐れてみる。

「メンバーに聞かなくても、直接誘ってくれてよかったのに」
「まさか俊介が時間あるとは思わなくて。ドラマ2本やってるんだよ?忙しいでしょ?」
「大丈夫だよ。梅田が思ってるほど忙しくない」

っていうのは嘘で、昨日も遅くまで撮影だったし今日も午前中は撮影あったし、なんなら巻きで終わらせてここに来た。
サマパラが終わって個人仕事メインの秋がやってきて、梅田と一緒にいられる時間は思ったより少ない。
梅田のドラマ撮影が始まったら今以上に会えなくなることは明白で、だからこそこうやって会いに来たけど当の本人はそこまで気にしてないんだろう。
LINEも今も、普段と変わりない温度で俺を見てくる。

「はい、じゃあ行きまーす」
「はい、お願いしまーす」
「運転上手い人に見られながら運転するの、めっちゃ緊張する……!」

心許ないアクセルで動き出したレンタカーは、都内をゆっくりと走り出した。
梅田の運転する車に乗る機会はあんまりなかったけど初めてじゃないし、前回乗った時も安全運転だったからそこまで心配しなくても大丈夫だろう。
思った通り、数分走らせたら緊張して上がってた肩がゆったりしてきて、余裕で話せるようになってきた。

「ドラマで運転するんだ」
「うん。2人でドライブするシーンがあるんだよね」
「へえ。もう台本もらった?」
「それが、まだなんだよね。ほんと急なんだけど、主演の人が変わるの」
「マジ?」
「マジよ。情報解禁直前に体調不良になっちゃったみたいで、ドラマもそれ以外の仕事も全部キャンセルなんだって。主演が変わるから台本も少し書き直すみたいで、もらえるのギリギリ」
「新しい主演誰?」
「丸井誠さん。知ってる?」
「知ってる。映画で見たこと、っ梅田!ウインカー!」
「おおう!?あっぶない!ごめん出します!」
「大丈夫大丈夫、落ち着いて」

慌ててウインカーを出す梅田の肩が緊張で上がる。
交通量が多い都内の運転は慣れてても難しくて、やっぱりこうやって練習しておいてよかった。
梅田がほっと息をついたのを見て、俺の背中もシートに戻っていく。

丸井誠さん。
たしか俺や梅田の一つ年上で、ドラマより映画にたくさん出てる方で、アイドル売りしてない演技派な俳優さんのイメージ。
医者とか警察官とか、硬めの役が似合うような人。
梅田が出るドラマは恋愛もので、丸井さんが演じてるのは想像ができなかった。

「丸井さん、恋愛ドラマのイメージないよね」
「あ、俺も同じこと思った。もっと硬派な映画のイメージだよね」
「元々の主演の俳優さんが女性ファンが多くて恋愛ものやる予定だったんだって。だから丸井さんに変わってどうなるか未定で……。私にも知らされてないことが多すぎるよ……」
「でも車運転することは決まってるんだ?」
「うん、練習してねってマネージャーさんに言われた。あと、……」
「なに?」
「……」

赤信号で車が止まるのと同時に梅田の言葉も止まる。
ハンドルに添えた手はそのままで、言葉を探るように視線がチラチラ動いてた。
先を促すようにじっと見つめると、蚊が鳴くような小さい声で呟いた。

「き、……キスシーンがあります」
「あ、そうなんだ」
「え?」
「え?だから、そうなんだーって」
「う、うん……」
「信号、青だよ」
「あ、はい」

出発した時よりも心許ないアクセルでまた車は走り出す。
よそ見しないようにしながら梅田がチラチラこっちを見てるのがわかるけど、知らんぷりしていつも通りの声で会話を続けた。

「どんな感じのキスシーンなの?」
「え!?いや、まだ台本あがってないからわかんないけど、えー、あー、軽いやつ、ちゅってするくらい」
「そうなんだ。梅田がそういうシーンやるのって初めてじゃない?」
「うん、そう、だね」
「頑張って」
「……うん」

運転する横顔からも、歯切れの悪い声からも、梅田は俺の返事に絶対不満を持ってる。
また赤信号に捕まって停まれば、今度はがっつり俺をじっと見てきた。
あ、めっちゃ不機嫌な顔。

「なに?」
「思ってたよりあっさりした反応だなって思って」
「そんなこと言われても。だってお仕事でしょ?」
「それはそうだけど……」
「梅田は俺になんて言ってほしかったの?」
「うっ、……そういう聞き方されるとなんも言えない」
「お仕事でキスしたくらいで何にも思わないよ。そんなの、いちいち嫉妬してたらキリない」
「……」
「演技で誰と何回キスしたって関係ないよ。演技なんだし」
「……」
「もー、なに?」

きっと、梅田は嫉妬してほしかったんだ。
お仕事とはいえ他の男とキスすることに対して、不満とか不安とか怒りとか、そういう感情を持って欲しかったんだろう。
でも、俺はそんな感情ないよ。
梅田がどう思ってるか知らないけど、俺は自分の仕事で女性相手に好きだよって言ったこともあるし演出上必要があればいくらでも触れるし。
っていうか、演技で俳優さんとキスされるより、横原に好きって言ってるのを見る方がよっぽど嫉妬するんですけど!
まあ、本人のことじゃなくて横原のダンスを指してるってわかってるけどさ。

「……私は」
「うん?」
「私は、俊介がアイドルグループの女の子と共演するのはモヤモヤするよ」
「え、」

信号が変わる。
必死にポーカーフェイスしてアクセルを踏んだけど、梅田の横顔は不貞腐れて真っ赤で、でも後悔なんてしてない顔で。
さっき言われたことを頭の中で反復する。
俺が出ているドラマには、2本とも女性アイドルグループの女優さんが出ている。
ドラマの中で絡むこともあれば、もちろんカメラが回ってないところでも話すことはあるけど、そこになにか特別な感情は存在しない。
そんなこと、梅田もわかってると思ってたのに。

「え、梅田、嫉妬してんの?」
「するでしょ。だって私、サマパラ終わってから俊介と全然会えてない。忙しいから電話もできないし、グループ仕事で会ってもそんなにゆっくり話せないし。マネージャーさんからメンバーのスケジュール共有してもらってるから、毎日ドラマの撮影入ってるって知ってるんだからね。毎日会えて羨ましいよ。いいなー、なに話てんのかなーって、思うよ」
「急にめっちゃ喋るじゃん」
「喋ってない」
「喋ってるよ」
「喋ってないってば」
「別に、しょーもないことしか話してないよ」
「しょーもないことでも話したいよ」
「あはは、そうなんだ」
「……ごめん、鬱陶しくて」
「鬱陶しくないよ」

思わず『あはは』って笑っちゃったら、咎めるような視線が飛んできた。
まさか梅田がこんな形で嫉妬するとは思わなくて、意外で、でも嬉しくて。
グループを組む前から事務所の人と仕事することが多かった俺たちは、グループを組んで最近になってやっと外部の人と仕事をする機会が増えてきた。
もしかしたら俺が気づいてないだけで、過去にも嫉妬してたことがあるのかもしれない。

「そう思ってんなら、それこそこの練習とか直接誘ってくれたらいいのに」
「疲れてるかなって思って」
「そこは変に気遣うんだね」
「私はドラマ掛け持つなんてしたことないから、どのくらい余裕あるのかわかんなかったし。それに、……誘ったらデートになっちゃう」

グンって重力がかかる。
梅田が運転する車は首都高に入って、薄暗いトンネルに潜っていく。
ほんの数秒だけの短いトンネルの中で、梅田が溢した声は消えてしまいそうだった。
俺は梅田が好きで、梅田もきっと俺のことが好きで、でも言えなくて。
付き合ってるって言いつつ、その言葉通りの関係ではない俺たちは、2人で一緒にいてもいい言い訳をいつも探してる。
名指しで誘ったらデートになる。
偶然手を挙げたのが俺だったら、デートにはならない。
そんな苦しい言い訳を、誰に言うでもなく自分の中で繰り返してる。

「俺は梅田しか見てないよ」
「っ、」
「演技してない素の梅田をよく知ってるから、どんな仕事でも頑張ってほしい」
「うん」
「あと、俺がどんな仕事してても心配しないで」
「うん」
「ほんと、引くくらい梅田のことしか見てないからね」
「うん」
「……ほんとにわかってる?」
「わかってるよ」

ああ、触れたい。
声色で俺が伝えたいことが伝わってることはわかるのに、ちゃんと触れて確かめたい。
嬉しそうに笑う梅田に、触れたい。
トンネルから抜けて眩しい光に目を細める。
前の車に合わせて減速した瞬間に触れようと手を伸ばしたら、バッて勢いよく梅田がこっちを見た。

「事故る事故る事故る!!!」
「あ、ごめん」






「ご指導ありがとうございました」
「いえいえ。全然問題なかったね」
「鈍ってなくてよかった。本番も安全運転で頑張ります」

レンタカーショップから出たら緊張感から解放されて大きく伸びをする。
体中がポキポキ言っていて、撮影の時はもっと力を抜かないと持たなそうだな。
久々の運転に加えて俊介を乗せてる責任は思っていたよりも重い。
無事故で終えられて何よりで、安心したらおなかが減ってきた。
お腹の虫が鳴りそうな予感がして、隠すように声を出す。

「ねえ、まだ時間ある?ごはん行かない?」
「いいよ、行こっか。明日も撮影あるからお酒は飲めないけど。梅田飲む?」
「明日仕事だから私もやめとく、」

言葉と一緒に足が止まったのは、向こうから歩いてきた女性と目が合ったからだ。
2人組で見覚えのあるバッグを持ってて、私と俊介を交互に見て、2人でコソコソ話しながら近づいてくる。
なんとなく察して、話しかけても大丈夫ですよーって意味の笑顔を作れば、小声で話しかけられた。

「あの、基くんですよね?最初はパーに出てる」
「え?あ、そうです、IMPACTorsの基です」
「合ってた、よかった」
「ドラマ見てくれてるんですか?」
「はい。ジェシーが好きなんです」
「僕もすきですよ」
「IMPACTorsは、基くんきっかけで知りました」
「えー?嬉しいです」

見覚えのあるバッグはSixTONESさんのツアバだ。
緊張しながらもドラマの感想を俊介に伝えている女性を見て、ドラマの効果ってすごいなって実感する。
私は、IMPACTorsの名前を覚えてもらえるほど影響を与えられるかな。
そんなことをぼーっと考えてたら、もう1人の女性が私の顔を覗き込んでいた。

「えっとー、あー、梅田晴ちゃん?」
「あ、はい!そうです、IMPACTorsの梅田晴です」
「ですよね。さっきうちら2人で、基くんが女と歩いてるって思ってびっくりしてたんですけど、晴ちゃんだったんですね」
「ちょっと!言い方!」
「2人でデートですか?」
「なに言ってんの!?IMPACTorsのメンバーだよ!?」

焦ったように俊介との会話を止めて突っ込んできた女性は、申し訳なさそうに頭を下げた。
突然のど直球な質問に面食らったけど、話しかけられる前に私をじっと見てたのはこれが理由か。
確かに、ジャニーズのアイドルが女の子と2人で歩いてたらびっくりするし、交友関係を疑ってしまうのも理解できる。
今までだって俊介や他のメンバーと2人でいる時に声をかけられたことはあった。
でも声をかけてくれるのは大半がIMPACTorsのファンの方で、メンバー同士が2人でいることに特に疑問を抱く人はいなかった。
夏にキスマイさんのバッグにつかせていただいた時のことを思い出す。
あの時も、メンバー内の距離感を疑われた。
IMPACTorsをよく知らない人からしたら、私がメンバーと2人でいるところを見たら怪しいって思うんだね。

「違いますよ」

ああ、なんて冷静で淡白な声。
動揺なんて微塵も出さずに、笑みを浮かべた口から流れるように言葉が落ちていく。

「デートじゃないですよー。今日は2人で仕事だったので、その帰りです。ね?」
「うん、たまたま2人なだけですよ」
「なんだ、デートじゃないのか」
「もー、やめてよ、変な質問しないで。すみません!」
「いえいえ、全然、大丈夫ですよ。でもSNSだけ控えてもらえると嬉しいです」
「わかりました!」
「はーい」

なんて言って、きっとすぐに目撃情報は流れる。
私はずっとファンに甘えてる。
私の、私たちの歴史を知ってくれているIMPACTorsのファンだったら、私と俊介の仲の良さを変に勘繰って解釈しないと思う。
でもそうじゃない人もいる。
IMPACTorsが大きくなって、お仕事が多くなればなるほど、私はこうやって疑惑の目を向けられることが増えていくんだろう。

「梅田」

2人と別れて駅に向かう道で、俊介は私を呼び止めた。
右手が、風で乱れてた横髪を梳く。
撮影のために伸ばした髪の先まで梳いて、離れる前にその手を握った。

「大丈夫?」
「なにが?」
「ううん、なんか考え事してるように見えたから」
「大丈夫。大したことじゃないよ。それより、やっぱり私お酒飲もうかな」
「え?別にいいけど、明日仕事でしょ?」
「酔ったら、家まで送ってくれる?」
「っ、」
「送ってほしい」
「酔ってなくても送るつもりだったけど」
「ううん、酔ったから送ってもらったって言いたい」

許される瞬間まで、一緒にいたい。
メンバーの距離感なんだと誤魔化せるギリギリまで、一緒にいたいよ。


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