助走の話



「もうね、本当に良かった。繊細で壊れちゃいそうだった」
「ありがとう」
「椿くんと横原のために作られた世界観だったね。もう二度と見れないって思うともう悲しいよ。何回でも見たい、というか、今日夢に出てきてまた泣きそう」
「そんなに?めっちゃ褒めてくれるじゃん」
「もうほんと大好き。せったクンも哲くんも、ほんと最高」
「……いつまでいんの?暇なの?」

シャワーから戻ってきた横原は、終演後からずっと楽屋のソファに座って話し続けてる俺とうめめに向かって呆れたように呟いた。
横原のため息もなんのその。
まったく意に返さないうめめは、差し入れに持ってきてくれたバターサンドを横原に差し出した。

「暇じゃないよ。感動を伝えてるの」
「ずっといんじゃん。暇だろ」
「椿くんと話すの楽しいから、すぐ時間経っちゃうよねー。横原は食べないの?」
「今はいい。梅田食べていいよ」
「2人に買ったんだから、2人で食べて。差し入れ横取りするほど食い意地張ってません」
「俺もう1個食べようかな」
「椿くんどうぞー」
「ありがとー」

俺と横原が主演を務める『世界でいちばん美しい』の公演が始まって数日、うめめは早速観劇にきてくれて、こうやって熱く感想まで語ってくれている。
いつだってメンバーの活躍は嬉しいもの。
暇じゃん、なんてからかう横原もうめめがきてくれたのは嬉しいし、うめめのドラマが始まったら絶対にリアタイしてグループLINEに感想を送るんだろうな。

「あ、そういえばドラマの情報解禁されたね。ビジュアル見たよ」
「ありがとう」
「めっっっちゃ可愛いね!」
「ほんと?やったー!頑張ってビジュアル整えたかいあったな!」
「ね?横原もそう思うっしょ?」
「比較的整ってた」
「素直じゃないなー」
「そこは可愛いでいいじゃん」
「減るもんじゃないよ?」
「言われて嬉しくない女の子はいないよ?」
「可愛いのカツアゲやめてください」

ドラマ『ハルジオン』は、堅物な弁護士が初恋の人に再会してまた恋をする話。
うめめが演じるヒロインは、昔好きだった人のことを忘れられず主人公の好意を素直に受け取れないって役柄。
製作サイドの要望通り髪を伸ばして、ビジュアルも整えて、解禁されたポスタービジュアルは俺らメンバーが見ても見惚れるくらい可愛かった。

「え!?シュークリームあるの?」
「それ、俺が買ってきたやつな」
「2個あるんですが?」
「2個俺が食べるんですが?」
「2個あるんですがー?」
「……ドーゾ」
「どうもありがとう!」
「あのビジュアルでこの食い意地……」

どんなにビジュアルを整えたって中身は俺らが知ってるうめめのままで、逆にそれが安心する。
シュークリームに齧り付いて幸せそうな顔も別の意味で可愛いよ。
うん、可愛いけど、外でもそれはやめたほうがいいよ。

「え、なんか椿くんが私を憐れんだ目で見てくるんですけど」
「うめめ、ドラマっていろんな人がいるから、あんまり食い意地張らないでね」
「メンバーの前でしか張ってません。私もそれくらい弁えてますよ、先輩」
「てか撮影どうなの?」
「まだ本読みだよ。とりあえず、共演者の方々と必死で仲良くなろうとしてる」
「俺ら、事務所外の人と仕事することって少ないから緊張するよなー」
「丸井さんはどうなの?怖そうだけど」
「それがさ、イメージと真逆!めっちゃ気さくだし、めっちゃ話しかけてくれる」
「そうなんだ、素敵なギャップだね」
「映画もドラマも経験あるから撮影現場のこと詳しいみたいで、困ってたらすぐ助けてくれるんだよね」
「良かったじゃん」
「うん。丸井さんが中心になって、雰囲気いい感じで進んでる」

初めてのドラマ現場。
勝手に心配してたけど、そんな必要ないくらいうめめは楽しんでるみたいだ。
こんなことがあった、あんなことがあったって楽しそうにドラマ現場の話をしながら、うめめはさりげなくもう1個のシュークリームにも手を伸ばしていた。

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