告白される話



もう十分寒いから吐く息が白くなるんじゃないかって思ったけど、空に向かって吐いた息は無色透明に消えていった。
12月。
遂にドラマの撮影が始まって、初めてのことばかりでてんやわんやする期間がやってきた。
毎日が秒で終わるように忙しい中、個人仕事とグループ仕事の両立が試されている。
滝沢くんは、夏に私たちに告げた通り、10月で事務所を去った。
次に何をするのか、管轄していたジュニアはどうなるのか、特に目をかけていたIMPACTorsは事務所に残るのか。
騒がしくいろんな感情を乗せた視線を世間から浴びる中、私たちと滝沢くんは以前と変わらず緩やかな空気感で連絡を取り合っている。
IMPACTorsとしてどうするのか。
決めなきゃいけないことはたくさんあるけど、全員で集まれる機会はそう多くはないし、私はドラマ撮影、大河は年明けの舞台でかなりパツパツだった。
早々に状況を理解した影山が「晴と大河は自分の仕事に集中して!」とリーダーらしく音頭を取り、私はありがたくもドラマに集中できている。
それでも、時間は待ってくれない。
今後どうするのか、決断する時が迫っている。

「晴ちゃん」
「あ、お疲れさまです」
「ここにいたんだ。休憩?」
「はい、お昼いただきます」
「隣いいかな?俺も食べる」
「どうぞどうぞ!」

私と同じベンチコートを着た丸井さんが隣に座ったから、iPadの電源を切って脇に置く。
年末のカウントダウンコンサートに向けて頭に入れなきゃいけない情報は、ドラマ撮影の空き時間に入れないと間に合わない。
とはいえ共演者の方との交流が優先なので、寝る前に時間を作ることにしよう。

「お!今日ハンバーグだ」
「ここのハンバーグ美味しいですよね」
「食べたことあるの?」
「はい、新橋演舞場の舞台に出てた時に差し入れでいただいて」
「そっかー。晴ちゃんが美味しいって言うってことは当たりだね。ごはん好きなんでしょ?俺のも食べる?」
「いえいえ!大丈夫です!」
「そう?大食いって聞いてたけど、そうでもないんだね」

椿くん。
食い意地を必死で隠している私を褒めてください。
本当はこれは2度目のお昼ごはんで、丸井さんが現場入りする前に1度目のお昼休憩をいただいていたけど、そのことは黙っておこう。
できればドラマのヒロインのように、清廉なイメージを保ちたい。

他愛もない話をしながらハンバーグを食べ進める。
今日は朝から都内でロケをしていて、お昼ごはんも外で食べるし休憩も外。
ロケ車があるからその中で休憩する俳優さんもいるけど、私は外で食べる方が好きだったし、丸井さんもきっとそうなんだろう。
何度もこうやって2人並んでお弁当を食べている。
現場には馴染んできたと思うけど、やっぱり畑の違う人間だから気を遣うことも多い。
そんな私に気づいてフォローしてくれる丸井さんは本当にすごい。
と、思ってた。

「晴ちゃんさ、今日の撮影終わった後って仕事ある?」
「ないです。これで最後です」
「じゃあさ、俺と遊びに行かない?」
「えーっと、それはみんなでご飯行こう、みたいなことですか?」
「あははは、違うよ。俺と、2人で、遊びに行かない?ってこと」

想像もしてなかったお誘いに箸が止まる。
まさかそんなことを聞かれると思ってなくて、思考も止まる。
『俺と、2人で、遊びに行かない?』
まず、丸井さんのイメージからかけ離れたお誘いだったことに驚く。
だって表向きは堅いイメージで売ってる俳優さんで、実際は気さくでいい人だ。
次に、“私”を誘ったことに驚く。
私は“ジャニーズジュニアの梅田晴“で、交友関係を無条件に広げられる立場ではない。
と、自分でも思ってるし世間からもそう思われてるはず。
デビューしていないグループとはいえ、アイドルグループだから恋愛事情は外に出せるわけない。
いや、まだわからない。
私が無知なだけで、『2人で遊びに行こう』はドラマ現場界隈では何か重要なイベントの言い換えなのかもしれない。

「あれ?もしかして恋愛禁止?」

ああ、希望的観測だった。
明確な“恋愛的なお誘い”だった。

「ジャニーズって恋愛禁止じゃないよね?結婚してる人もいるし、熱愛とか撮られてるし」
「あー、えー、そう、ですね、明確に禁止されてるわけではないです」
「じゃあいいでしょ?俺、晴ちゃんのこといいなって思ってたんだよね。今日車で来てるからドライブ行こう」
「いいな、っていうのは、えっと?どういうことですかね……。自意識過剰な質問で申し訳ないんですが、私のことが好きってことですか?」
「好きになれそうだなってこと」
「……」
「そんな真剣に考えないでよ。いいなって思ってるから2人で遊んでみようよってこと。それでお互いに好きって思ったら付き合えばいいし、合わないなって思ったら遊ぶのやめればいいじゃん。こんなのみんなやってるよ。こうやって遊んで、試して、それでいつか結婚するやつもいれば他人に戻るやつもいる。芸能界じゃフツー」

なんというか、言っている意味がよくわからなかった。
少なくとも丸井さんは私に好意的な感情を持ってくれているんだろう。
ただそれは好きだから付き合いたいとか将来を見据えて関係を作っていきたいとかそういうことではなくて、気になるから遊んでみようっていう軽いものなんだろう。
どうしよう。
相手は芸歴が長くて年上で主演で、ここで揉めたら今後の仕事がやりにくくなるかもしれない。
かといって、この人の誘いを受ける気はない。
私は丸井さんに対して、人としての好意はあるけど異性としての好意は全く感じていないから。
お友達として遊びたい、な温度感だったらいいけど、そうじゃないってはっきり言われた上で彼の運転する車に乗るのはあまりにもリスキーだ。

「あの、お誘いは嬉しいんですが、ごめんなさい」
「え、なんで?」
「私は丸井さんとお友達でいたくて、」
「は?」
「っ、」

あ、やばい、間違えたかも。
明らかに冷たくなった声に、一気に空気が固くなった。
怒らせた?
なんで?
丸井さんが持ってた箸からミシって音が聞こえて、その時、行くか行かないかの選択肢を与えられたんじゃなくて行く以外の選択肢は許されないんだってわかった。
日本語にならなくてもいい、思考しながら言い訳を捻り出せ……!

「し、知ってると思うんですけど今うちの事務所ってちょっとゴタゴタしてて、その、自分のことは自分でやらないといけない状況でして……、丸井さんも知ってると思うんですけど、毎日マネージャーさんがついてきてくれるわけじゃないので自分で仕事の調整してて、それで、仕事が終わってからも仕事みたいなことをずっとやってて、」
「要は、忙しいから無理ってこと?」
「そうですそうです、ちょっと心の余裕がなくて」

乾燥してパキパキした唇を必死に動かしてそれっぽいことを並べる。
嘘は吐いていない。
滝沢くんの退社で事務所がゴタゴタしてるのは本当だし、井ノ原社長が主導してスタッフの入れ替えをやっててマネージャーが足りないのも本当だ。
現に私は今日、電車を使って1人でここまで来たし帰りも1人で帰る。
空き時間はiPad片手に仕事しながら、IMPACTorsのグループLINEも頻繁に動いてる。

「……」
「……」
「うーん、わかった。また今度誘うわ」
「は、はい」

丸井さんが柔らかくニコって笑って、堅い空気が消えていく。
よかった?のか?
一旦は納得してくれたようで、丸井さんの話題は今度公開する映画の話に変わっていった。
まだ心臓がバクバクする。
私の対応は合ってたのかな。

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