退所の話



“話を聞く”っていうのは、簡単に見えて難しい。
ましてや100人以上いるジュニアの話を一人一人真剣に聞いてくれる人は珍しくて、俺たちは自分の将来について言語化する機会があまりにも少なかった。
だからこういう時、異様な緊張感が俺たちを包み込む。
拓也の拙くも熱い話をしっかり聞いてくれた井ノ原社長は、IMPACTorsの退所を少しだけ寂しそうに了承してくれた。
年末、カウントダウンコンサートを数日後に控えた今日。
俺たち8人はジャニーズ事務所を退所して滝沢くんの事務所に行くことを決めて、井ノ原社長に退所を申し出た。

「拓也、お疲れさま」
「はあー、まじ疲れた」

会議室を出た瞬間に大きく息を吐いた拓也の背中をみんなが順番に叩いていく。
これまでの感謝もこれからの夢も、リーダーとして俺らの思いを代弁してくれて、その熱は井ノ原社長にも伝わったはずだ。
さて、ここからはもっと忙しくなる。
退所までにカウコン、俺とがちゃんは舞台、梅田はドラマ、5月のスプパラが最後の仕事だ。

「あーあ、5月で退所かー。まさか辞める時がくるなんて思わなかったな」
「ね。ずっといると思ってた」
「思い出ありすぎんだよなー」
「後ろ向きな退所じゃないから!こっからがスタートだから!」
「かげ、ずっと熱いね」
「そりゃ熱くなっちゃうよ!」
「この後ごはんどこ行く?」
「このテンションでメシ行くんかい」
「いや、行くでしょ?」
「うめめ、さっきからずっとスマホ鳴ってない?」
「ごめん、切った方がよかったよね」
「会議中はリーダーの話し声が大きかったから目立ってなかったよ」
「あ、また鳴ってるよ。電話?」
「ううん、LINE」

新の言う通り、ポケットから取り出した梅田のスマホは何度かバイブが鳴っていた。
画面を見て顔をしかめて、足が止まる。

「先行ってて?ちょっと電話するね」
「わかった」
「晴、何食べたいかだけ教えて」
「ピザ!」
「うわ!いいね!」
「お腹鳴りそう」

廊下の角を曲がって俺らの視界から消える瞬間、梅田が苦しそうに目を伏せた。
電話の相手は誰だ?
今日だけじゃない。
メンバーで集まって今後のことを話す時、梅田はいつもスマホを気にしてたし、急かすように何度も鳴ってた。
仕事の連絡にしては頻度が高すぎる。
俺が詮索していいものじゃないかもしれない。
それでも心配になってしまうのは、ドラマ撮影で忙しくて梅田とゆっくり話せてなくて、梅田の状態がわからないからだ。

「店どうする?」
「ここは?」
「うーん、今から8人行けるか?」
「ばっきー、今LINEしたとこ向かって?8人でも入れると思うし、めっちゃ美味いから」
「ナイス基!」
「基くんおすすめの店?」
「そう、お酒も美味いよ。みんなで先行ってて。俺帽子忘れたから、取りに行くついでに梅田連れて追いかけるわ」
「えー、俺ら待つよ?」
「タクシーで追いかけるから大丈夫」
「うわ!金持ち!」
「ずる!」
「朝からドラマ撮ってんだから、梅田には楽させてやってよ」
「うめめを理由にされるとなんも言えない」
「今電話したら席取れたって!」
「じゃあ俺ら行くか」
「基も晴も早めに来いよ!」
「……もってぃ」
「なに?」
「異様に遅かったら電話するからな」
「……わかってるよ」

横原には、帽子を取りに行くなんて嘘ってバレてるし、冗談っぽく言ってるけど遅かったら本気で怒るんだろうな。
疑われるようなことはしない。
さすがに俺だって、退所するって社長に言った後に事務所で何かヘマするつもりはない。
ただ心配なだけ。
なにか困ったことがあるんじゃないかって、怖いだけだよ。

「…わっ、」
「っ、ごめん」

まだ電話してると思って角を曲がったら、ちょうど梅田が歩いてきてぶつかるところだった。
びっくりした梅田の手からスマホが滑り落ちる。
俺の足元に落ちてきたスマホはまだ画面がついてままで、今届いたLINEメッセージの文面がポップアップに表示された。

『次は俺と2人で行こうね』

次は俺と2人で行こうね?
2人で?行こうね?
どういうことだ。
梅田が、誰と、どこに?
俺って入ってるから相手は男で確定だろう。
ってことはさっきまで電話してた相手も男?
気になることが多すぎるのに、アイコンを確認する前に画面が消えて真っ暗になった。
拾おうと思って伸ばした俺の手から奪うように、梅田がスマホを引っ掴む。
あ、誤魔化そうとしてる。

「ごめんごめん、落としちゃった。画面割れてないかな」
「……大丈夫そう?」
「うん、大丈夫みたい!って俊介なにしてんの?みんなは?」
「先行ったよ。俺は帽子忘れたと思って戻ってきたんだけど、バッグに入ってたわ」
「そっか。あ、結局ごはんどこになった?」
「ピザだよ。ほら、前に一緒に行った代官山の」
「やった!あそこのピザ美味しいよね。早く行こう?」
「……」
「俊介?」
「ごめん梅田、さっきLINE見えた」
「……あー」
「差し支えなければ聞きたいんだけど、相手誰?」

見てしまったものを、見なかったことにはできなかった。
ストレートに、でも逃げ道を作って問い掛ければ、観念したように梅田がため息を吐いた。

「丸井さんだよ。LINEが結構多いの。現場でもLINEでも、結構おしゃべりな人なんだよね」
「電話するくらい仲良いの?」
「うーん、仲良いというか、距離を縮めようとしてくれてる。私が知らないようなことも知ってる人で勉強になるからよく話すんだけど、ちょっと、頻度が多いかなーって思ってる」
「断ったらいいのに、って言っても難しいか」
「うん、芸歴長い人だしね。やんわり断ってはいるんだけど……」

男の共演者さんからの頻繁な連絡。
梅田の返答だけじゃどんな意図があるのかわからないし、俺がしゃしゃり出ていい話ではなさそう。
前に言った通り、俺は仕事を通して異性と交流がある分にはなんの感情も抱かない。
でも、梅田が困ってるなら別だ。
できるだけ助けてあげたいし、嫌なやつからは守りたい。
丸井さんは、梅田にとって良い人なんだろうか。

「2人で行こうって書いてあったけど、デート?」
「違うよ!丸井さんが友達の俳優さんが出てる映画の試写会に行ってて、次にそういう機会があれば一緒に行かないかって誘われただけ。業界関係者が多いから人脈広げられるよって。デートじゃない、と、思う、うん、デートだったら絶対断るよ」
「人脈ねぇ……」
「ドラマまだあるから、今は波風立てたくないんだよね。だからよくスマホ見ちゃうけど、ごめん」
「ううん、いいよ。困ったらいつでも言って?」
「ありがとう。じゃあ丸井さんの通知が埋もれるくらい、俊介からLINE送ってもらおうかなー」
「いいの?やるよ?本気でやるよ?」
「スタンプ禁止ね?全部メッセージだよ?」

マジで送ってあげようか。
毎日、1日中、ずっと。
俺の通知で全部埋めてやろうか。
絶っっっ対鬱陶しいよ!


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