「好き」が欲しい話



これから先、東京ドームに立てる機会は絶対ある。
絶対立ってみせる。
でも、尊敬する先輩方と一緒に立てるのはこれが最後かもしれない。
バックにつかせていただいた先輩も、舞台で共演させていただいた先輩も、アドバイスをくださった先輩も、応援してくれた先輩も、全員が本当に素晴らしい先輩ばかり。
事務所が変わっても交流が続く先輩もいると思うけど、それでもやっぱり今までとは距離感が変わっていくと思うから。
寂しくないって言ったら嘘になるけど、自分が活躍することが恩返しになるんだって思って頑張るしかない。
そう思ってSnowManさんの楽屋の扉をノックしたら、めめが顔を覗かせた。

はーい、あ、うめめ
「めめ久しぶり」
ほんと久しぶり

カウントダウンコンサート終わり、どのグループの楽屋も興奮と少しの疲労感が入り混じって独特の空気感がある。
グループ毎に楽屋は用意されてるけど中にいる人はごっちゃになってて、目的の人に会うだけでも一苦労だ。
お世話になった先輩方への挨拶回りは思ったよりも時間がかかってしまって、SnowManさんに会いに来るのが遅くなってしまった。

「めめ、あの、実はさ、」
辞めてからも俺から連絡していい?
「え?あ、うん!もちろん!私からもする!…てかなんで辞めること知ってるの?」
さっき影山と基が来てた。もうSixTONESさんの楽屋行ったけど
「あはは、さすが」

終演後にソッコー衣装脱いで出ていった2人だ。
交友関係が広いから会いたい人が多いんだろう。
そのおかげでSnowManさんに詳しい説明は必要ないみたいだ。
めめが知ってるってことは全員知ってる。
きっと、涼太くんももう全部知ってる。

「涼太くんいるかな?」
いるよ。ちょっと待ってて。あ、中で話す?
「ううん、2人で話したいから外で話すね。終わったら他の皆さんにも挨拶する」
りょーかい

私が成長できたのは間違いなく滝沢歌舞伎のおかげで、SnowManさんにはビシバシ鍛えていただいた。
感謝してもしきれないけど、その中でも涼太くんはやっぱり特別で。
怒ってくれた人、憧れた人、目標だった人。
好きだった人。
今日でさよならなんて思ってないけど、でも、私が涼太くんの後輩でいられるのは今日が最後かもしれないから。



この凛とした声で呼ばれる私の名前を聞けるのは、最後かもしれないから。
影山と俊介からもう聞いてるかもしれないけど、春に事務所を去ること、今までの感謝、これからの目標とか、まだ未確定なことも多い中で話せるすべてを話してる間、涼太くんは私の目をまっすぐ見てじっと聞いてくれていた。

「……という感じで春には辞めるんですけど、図々しくて申し訳ないんですが、辞めてからも連絡してもいいですか?」
図々しくないよ。いつでも連絡して?
「ありがとうございます!」
衣装は?続けるの?
「絶対続けたいです。滝沢くんにはIMPACTorsの衣装は引き続き私がやりたいってお願いはしてるんですけど、まだどうなるかは未定です……」
そっか。いつかさ、晴が作った衣装着て歌番組とかで共演したいね
「え!?歌番組でSnowManさんとですか!?」
うん。だって、デビューするんでしょ?

デビュー。
何度も何度も夢見て、ずっと頭の中にあった言葉。
だけどいざその言葉を聞いたら怖くなって足が竦む。
私が、IMPACTorsのみんなとデビュー?
本当にできるのかな?
いや、違う。
このグループに人生かけるってみんなで話したんだ。
できるかな、じゃなくてやるんだ。
絶対にデビューするんだ。

「はい、デビューします。絶対デビューして、また涼太くんに会いにきますね」
うん、楽しみにしてる

涼太くんの瞳はいつだって熱い。
赤い炎がメラメラ瞬いてずっと先の未来を見てる。
この人に憧れた私の瞳も、きっと同じように瞬いてる。






「梅田」
「なに?」
「ちょっと歩かない?帰りのタクシー代出すから」
「え、」
「家まで送るし荷物持つしダウンも貸すし、マフラーも貸すから」

深夜1時を回った東京ドームの関係者入り口は送迎車で溢れてる。
デビュー組の先輩はマネージャーさんの送迎やタクシー、自分の車で帰っていくけど、 大人数のジュニアは送迎がない。
自分でタクシーを拾うか、家族の迎えを待つか、始発まで待つか。
出口にジュニアがごった返す中、呼び止めた梅田に断る隙を与えず畳み掛けた。
流れに逆らって止まった梅田の腕を引いて端に寄る間、メンバーは呼び止めた声に気づかずにジュニアの人混みに紛れていく。

「え、今から?」
「うん」
「いいけど、でもこのへんはまだファンの人達が多いんじゃないかな……」
「じゃあタクシーで◯◯駅まで行こう。そこから梅田の家まで歩きながら話そうよ」

ドラマの撮影がまだ終わってないから、梅田の長く伸びた髪が肩を越して揺れてる。
来る時はマネージャーさんの車、帰りもタクシーで帰ろうと思ってたからか、その首はマフラーに守られずに冷たい外気に晒されていた。
自分が持ってたマフラーをぐるぐる巻きにしたら、笑って小さく頷いてくれた。






「いくらだった?」
「いいよ、俺が誘ったんだし」
「それは悪いよ。俊介の家から遠ざかっちゃったし、私が払う」
「大丈夫だから」
「せめて半分」
「もー、大丈夫だって」
「でも、」
「払うって約束で来て貰ったから」
「払ってもらえるから着いてきたわけじゃないよ」

なんとしてでもタクシー代を半分出そうとする梅田を無理矢理制して車外に出た。
空気が突き刺すように冷たい。
年が明けて数時間。
住宅街は静かだけど所々マンションの窓に明かりが灯っていて、朝日が昇るまで起きている人もきっといるんだろう。
ふと視線を感じて前を見ると、正面から歩いてきた大学生のグループが梅田をじっと見つめていた。
ドラマの情報は既に解禁されていて、番宣を兼ねて雑誌にも載っているから気づかれたのかもしれない。
梅田もそれを察したのか、マフラーの中に顔を埋めて誤魔化した。
外を歩いていて声をかけられることなんて、今までほとんどなかったな。
ドラマ、舞台、テレビ。
いろんなお仕事をさせてもらえるようになって、知名度が上がって、顔と名前を覚えてもらえて、やっと声がかかる。
メンバーの中にも、街で声をかけられることが増えたって言っていて、嬉しいと同時にまだ足りないって渇望する。
やっぱり、俺たちはデビューがしたい。
人に認知されて、人を笑顔にする人になりたい。

「……ふぅ」
「気づかれなかったね」
「うん、よかった。ここで顔さされたら大変だよ」
「たしかに」
「家の近所でバレると怖いよね」
「あ、そっち?」
「どっちだと思ったの?」
「俺といるのがバレたくないのかと思った」
「そっち?別にバレたって大丈夫だよ。メンバーといるだけだもん」
「……こんな時間に?2人で?」
「……誤魔化せるよ」
「そうだね、俺らのことよく知らない人なら誤魔化せる。でもメンバーには誤魔化せないよね」
「……なにが言いたいの?」

梅田の足が止まる。
大学生の笑い声が遠くで聞こえて、数秒後には聞こえなくなった。
世界に2人しかいなくなったみたいな静寂の中で、梅田は真っ直ぐに俺を見てマフラーを引き下げた。
近くのマンションは明かりが全部消えてて、ぼんやりとしかその表情は見えないけど、困ってることはわかる。

「結論から言うね」
「うん」
「梅田のドラマが終わったら俺、もう1回告白するから、返事してほしい」
「っ、」
「もし梅田も俺のことが好きなら、付き合ってることメンバーに言おう。もし好きじゃないなら、別れよう」

滝沢くんが退社するって聞いた日、梅田は自分の選択がメンバーの人生を変えるって言った。
その通りだと思う。
俺たちはお互いの人生をかけて夢を追いかけるって決めて、何よりも大切な古巣を出て新しい世界に行く。
そこまでしたなら途中で諦めることは許されないし、絶対にデビューしなきゃいけない。
自分のためにも、人生をかけてくれたメンバーのためにも。
だから、

「俺、どうやったらメンバーに俺と梅田のこと認めてもらえるかずっと考えてたんだよね。認められて、許されて、一緒に人生をかける資格があるのか。もちろんメンバー以外にバラすつもりはないし絶対隠し通すけど、でもメンバーにずっと黙ってるって言うのは違うよなって思った。そんな奴に人生かけたくないよな」
「…うん」
「俺はメンバーから“信頼”を得たい」
「……」
「だから、梅田と付き合ってるってメンバーに言いたい」

グループ内恋愛の正解は見つからないまま。
これが正解なのかわからない。
もしかしたら大反対されるかもしれない。
でも俺は、梅田のことを諦めきれない。
好きで好きで好きで、どうしようもないから。
だから、新しい事務所に行く前にケリをつけたい。
グループのために人生をかけてくれたメンバーから“信頼”を得たい。

「梅田のドラマが終わるまで待つから。終わったらもう1回告白するから、俺のこと、……男として好きじゃないなら断って」
「なんでそんな言い方するの?」

梅田が俺に一歩近づく。
目はもう暗闇に慣れていて、その表情ははっきりと俺に見えている。
今にも泣いてしまいそうな程に潤んだ目で、俺をじっと睨んでいた。

「俊介はもう私の気持ちなんて分かってるよね」
「分かんないよ」
「分かってるよ」
「分かるわけないだろ。梅田は俺に1回も好きって言ってない」
「っ、……私、好きでもない人とキスしたりしない」
「……」
「手繋いだり、2人で過ごしたり、抱きしめたりしないよ」
「……分かってるよ」

全部全部、分かってる。
梅田が俺のことが好きってことくらい、痛いくらい分かってるよ。
でも、それと同じくらい、横原との約束を大事に思ってることも分かってるんだよ。
梅田が手を握りしめた。
こんなに寒いのに、梅田の手は焼けそうなくらい熱くて、ぎゅうってすると俺の手に熱が移りそうだった。
でも、俺は握り返さなかった。

「梅田、こういうの、もう終わりにしよう」
「っ俊介、」
「付き合うか、別れるか、どっちかだよ」

俺はどうしようもなく、梅田の『好き』が欲しいんだよ。


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