選択肢を捨てる話



「横原、あけおめー」
「いや、さっき会ったし」

既視感。
神社の鳥居の前で軽く手を挙げる梅田と空に上がっていく白い息は、去年の元日に見た光景とほぼ一緒だ。
家から1番近い神社は初詣に来た人で混雑している。
東京ドームで解散してから数十時間、梅田から電話が来てから数分。
テキトーな服にコート着て髪もボサボサのまま待ち合わせた神社で、梅田は腫れた瞼をメガネで隠して待っていた。

「で?なに?」
「……とりあえず、お参りしない?」

『話がしたい』って聞こえないほど小さい声で電話してきた割に、梅田はヘラヘラ笑って参拝列に俺を引っ張った。
隠そうとしても泣いたことは明白で、もってぃとなんかあったことはもっと明白。
それ以外、俺だけをここに呼び出す理由が見つからなかった。
並んでる間に話しかけても上の空だし、屋台で何か食べようかって誘っても反応が薄い。
お前、そんなんでお参りしても神様に怒られんぞって言ったけど、それさえも生返事。
なんていうか、焦る。
こんなにも元気がない梅田は久々で、その梅田の近くに俺しかいないことも久々。
あんまり焦んない自分の心臓がバクバク言ってることがわかって、そっと心臓を押さえた。

「ん」
「え?」
「飲む?」
「……ありがとう」

参拝が終わって境内の奥へ行けば、人気のない場所にベンチが置かれていた。
昔は喫煙スペースだったのか灰皿スタンドが置かれてるけど、今は使用禁止の貼り紙が貼られている。
自販機で買ったホットコーヒーを差し出せば、梅田は指先を温めるように両手で握りしめた。

「で?どうしたの?」
「……」
「なんか元気ないみたいだけど?どうした?屋台メシに興味ない梅田なんて梅田じゃねぇじゃん」
「……横原?」
「ん?」
「ごめん、約束破る」

は?
俺の手から滑り落ちた缶コーヒーが、地面の土に当たって鈍い音を響かせた。
びっくりして目を見開いたまま梅田をじっと見つめても視線は合わない。
梅田は唇を噛み締めて眉間に皺寄せて、自分のショートブーツの足先に視線を落としていた。

「俊介に、ちゃんと、…っちゃんと好きって言いたい」
「……」
「好きって伝えて、それで、メンバーに私たちが付き合ってるってこと言いた、」
「言ってどうすんの?」
「っ、」
「言ってどうすんだよ」
「信頼してほしいの」
「グループ内恋愛してるやつの何を信頼すんの?」
「グループに迷惑はかけないって信頼してほしい」

無意識にはあーって大きなため息が出た。
怒りとか呆れとか焦りとか、全部混ざったため息に梅田の視線がこっちを向いたけど、今度は俺の視線が足先に落ちた。
なんでそうなるんだよ。
信頼?
迷惑はかけない?
本気で言ってるのか?
俺ら6人が全員漏れなく2人のこと信頼してグループ内恋愛に目を瞑ると思ってるのか?
誰か1人でも反対したら、その瞬間にグループの信頼は終わるぞ。
俺ら人生かけてんだぞ。
2人のことがバレたら、グループの未来なんて一瞬で潰れるんだぞ。
それをわかって言ってんのか。

なんて、それっぽい否定の言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。

「……はは、」
「横原?」

あーあ、情けない。
俺が梅田の視線から逃げた理由は違うのに。
もっと別の理由で、俺は約束を守ってほしかった。
視線を上げれば、梅田がまっすぐ俺を見ていた。

「それってさ、もってぃのことをこの先ずっと好きでいるってこと?」
「っ、」
「もってぃ以外の人は好きにならないし、もってぃだけが好きってことだよな?」

俺たちは人生をかけた。
人生をかけてこのグループでやっていくって覚悟決めた。
それでもグループ内恋愛を続けて、それをメンバーに話して、信頼が欲しいってことは、そういうことだろ?
この先一生、もってぃと付き合っていく覚悟があるってことだよな?
俺との約束を破るってことは、俺を悪者にして自分を傷つけずに別れる選択肢を捨てるってことだぞ。

「……晴、俺は、」
「うん、私、ずっと俊介だけが好きだよ」
「っ、」
「この先ずっとずっとずっと、俊介が私のことを好きじゃなくなっても、好きだよ」

一瞬でいいから迷ってほしかった。
そうしたら、俺も約束を破るのに。
俺は晴のことが、ものすごく好きだって言えるのに。

「……そっか」

悔しい、悲しい、辛い、を通り越して、口元に笑みが溢れる。
出来るなら、その笑顔を俺に向けてほしかった。
その『好き』を得るチャンスを掴みたかった。
でももう遅い。
“約束”なんて言って、結局分かってた。
梅田がどのくらいもってぃのことが好きか、痛いくらい分かってた。

「俺は晴のことももってぃのことも信頼してないけど」
「え!?嘘でしょ!?」
「信頼してないけど、晴には笑っててほしいから、信頼する努力はするよ」
「えー、なにそれ」
「俺は、晴の味方だから」

地面に落ちた缶コーヒーを拾うために屈んで顔を隠した。
情けない顔を晒したくなくて、でも梅田には笑ってほしくて冗談を言って、でも冗談なんかじゃなくて。
“信頼”なんて言うけど全部上手くいくわけない。
絶対どっかでバレるに決まってる。
でもその時がなるべく引き延ばせるように俺は味方するよ。
晴が笑えるなら、なんでもするよ。

backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP