サマパラの話



夢みたいだと思った。
キラキラしたステージと会場いっぱいに響くみんなの歌とステージ最前列に誰もいない空間。
私たちが1番前、0番の立ち位置。
バックダンサーでもサポートメンバーでもない。
私たちの名前が載って、私たちが作るステージ。
サマパラ、通称“クリエC”8人の公演。
予定していた2公演はあっという間に過ぎていく。

「はぁ、はぁ、はぁ、」
「晴踏ん張れ」
「っうん」

影山に叩かれた背中が痛い。
心臓も痛い。
酸素が足りない。
身体はもう悲鳴を上げてる。
リハではこんなに辛くなかった。
本番の怖さにビビってる自分がいる。
気づかないうちに緊張していたのか、情けない。
そんな弱い自分を必死に抑え込んでなんとか笑えてるのは、顔を上げたら7人がいるからだ。
私が用意した衣装を着たみんなが、楽しくて仕方がないって顔で笑ってるからだ。
あと少し、もう少し、もう少しで走りきれる。
だから、私の身体、もう少しだけもって。

「晴、大丈、」
「大丈夫。無理じゃない」

そう、無理じゃない。
私はあの時、無理じゃないって言ったんだ。
やり切る。
でも本当は、もう“無理”だった。
そのことに気づいてしまっていた。
頭では必死に否定したけど、身体には如実に現れてる。
体力がもたない。
少しでも気を抜いたら倒れそう。
2公演でこの辛さ。
舐めてた。
スイッチが入ったら電池切れなんか気にならないと思ってたけど、全然そんなことなかった。
私は、弱かった。

「っ!?」

ライブが終わるまであと数曲。
夢みたいだー、なんて暗示でなんとか乗り切るしかないと思ってたのに、今は夢なんかじゃなくて現実なんだって唐突に理解した。
理解させられた。
突き刺すような痛みによって。

「…うめめ?」
「だいじょぶ、」
「ちょ、え、うめめ!?」
「黙って、大丈夫だから」

配信用のカメラに映らない一瞬、フラついた私に新と奏が気づいたけど、こっちに来ないでって手で制した。
足、完全にやっちゃった。
折れてはないけどまずいことになった。
我慢が続かなかった。
ほんの少しの緩みがすぐにミスになる。
じくじくする痛みは左足首から身体を駆け上がって頭にガンガン響いてくる。
ライブが終わるまであと3曲。
踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ。
梅田晴、気合い入れろ。
ここで倒れるわけにはいかない。
そう思うのにもう笑えなかった。
痛い、どうしよう、無理かも。
いや、もうずっと前から私は”無理”だった。
でも、8人が”無理”なわけじゃない。
それを証明したかった。
あれ、次の曲なんだっけ。
痛みと不安に頭の中が支配される。
どうしよう、まずい、このままじゃ、

「うめめ、大丈夫」

マイクを通さず聞こえた新の声に顔を上げる。
何が大丈夫なのか、全然わかんないよ新。
小さくて幼くて可愛い新に、何ができるの?
そう思ってしまった私を殴るような視線が、もう一つ、私を突き刺した。

「うめめ」
「大丈夫だからね」
「右?左?」
「え、」
「どっち?」
「…左」
「わかった」
「え、あらた、」
「絶対大丈夫だからファンには笑って」

2人が言葉にしたのはそれだけだった。
だったそれだけで、私の”無理”を壊していく。
え、大丈夫ってどういうこと?
その答えは分からないまま、2人はまたアイドルの顔になってカメラを向いた。
腫れ始めている私の左足に気づいたのは新と奏だけだ。
次の曲のイントロがかかってグッと唇を噛み締めた。
何が大丈夫なのか全然わからなかったけど、私を見た2人の目が信じられないくらい逞しかったから。
私の”お姉ちゃん”を、力尽くで押し込めてきたから。
だから、死に物狂いで踊った。
いつもと同じように笑った。
この8人の公演を待ち望んでくださってたファンの皆さんには辛い表情なんか絶対見せなかった。
根拠なんかないけど、2人が言うなら大丈夫な気がした。
信じられるって思ったの。

「ありがとうございましたー!!!」

影山の声が響いて配信が終わる。
カメラのスイッチが切れた途端、足の痛みが限界を超えた。
もう無理とかそういう次元じゃない。
立ってられないし、ゆっくりしゃがむことも出来ない。
痛む左足じゃ身体を支えられなくてガクッと力が抜けた瞬間、それがわかってたみたいに新が私を抱きとめてそのまま2人でしゃがみ込んだ。

「梅田!?」
「え、新どうした?」
「ちょ、ええ!?どうした!?」
「お?さすがに晴も限界だったかー?」
「影山くん、そういうんじゃないです」
「へ?」
「うめめ、靴脱がせるよ」
「うん、痛っ、」
「これガチのやつ?」
「ガチだよ。よこぴー、うめめのタオルとお水持ってきて。椿くんうめめのマイクお願い」
「わかった」
「う、うん」
「スタッフさーん!こっち!氷ください!あと病院に連絡してください!」
「奏と新は晴の足気づいてたの?」
「うん」
「うわ!めっちゃ腫れてんじゃん!いつから?」
「DANGERの前から」
「は?この足でDANGERとBANGER NIGHTやったの?」
「嘘でしょ?」
「持ってきた」
「よこぴーありがと、タオルちょうだい。うめめ触るよ?汗すごいから」
「うめめ、ジャケット脱げる?」
「この足でダンスって、おいー、晴!お前何考えて、」
「なんで言わなかったの?」
「っ、」
「梅田も、新と奏も、なんで言わなかったの?こういうことはすぐ言って。まず連絡。イヤモニしてるよね?言えば俺らにもスタッフさんにも伝わった。伝わったらライブ中でもフォローできるし終わってからすぐに助けられるんだよ」

あ、怒ってる声だってすぐに分かった。
私が倒れてみんなが慌てて動く中、俊介は立ったまま私を睨みつけてた。
怖いくらいにスッて目を細めて、本気で怒ってた。
平和主義で滅多に怒らない俊介が怒ってて息をのむ。
空気がピリッとしたけど、新も奏も怯まなかった。

「言ったらどうなってましたか?ダンス削ってた?みんなで作ってうめめが『無理って言わない』って言ったものを変えてた?」
「それは、」
「っ無理じゃないって証明したかったんです」
「……」
「うめめ1人だったら怪我して踊れなくて無理だったけど、みんながいるから無理じゃないって思いたかった。だから俺も奏くんもライブ終わった瞬間に動いた」
「みんなに言う暇はなかったし、痛くてもうめめは最後までやるだろうからそのあと俺とあらちで助けるって思ったんだよ」
「言わなかったのはごめんなさい。そこまで気が回らなかった。どうやったらうめめ守れるかなってそれしか考えてなくて。これが正解かわからなかったけど、……途中で止めちゃだめだし、どんな形でもやり切ることが”無理じゃない”ことの証明になるって思って」
「っ、」
「うん、俺もあらちも分かってた。分かってたんだよ基くん」

びっくりした。
びっくりして足の痛みを感じなくなった。
だって、新がこんな強く話せるなんて思わなかったの。
私の手を握る奏の手が、こんなに熱いなんて思わなかったの。
私だけじゃない。
みんなもびっくりしてて、目を見開いて、はぁーってため息を吐いた俊介が私の隣にしゃがみ込んだ。

「2人の気持ちはわかった。でも次からは絶対言って。その方が上手くいくこともあるからね。それに、ダンスを変えるかどうかは場合によるでしょ。俺たちはこれからもこの仕事やるんだし、もちろん梅田もやるんだから。ここでの怪我をこれからに影響させちゃいけない。取り返しのつかないことにはさせない。そのために俺らもスタッフさんもいるんだから」
「うん」
「わかった」
「てか普通にビビった。いきなり梅田と新が倒れたらびっくりするから」
「それは本当にごめんなさい」
「まあ今回は結果オーライなんじゃない?2人のおかげでライブはやり切れたわけだし」
「でも基くんも言ってたけど、晴が倒れてヒヤッとしたからもうやめて」
「だね。次はないようになんとかしないと」
「うん。じゃあ、……泣いちゃったお姉ちゃんをどうにかしようか」
「な、なんで言うのぉ」
「ええ!?うめめ泣いてんの!?」

言わなくてもいいでしょって俊介を睨みつけたいのに目がぐしゅぐしゅで無理だった。
スタッフさんもバタバタ動いてくれてる中、ステージで立てなくなって後輩の腕の中で泣いてるなんて恥ずかしすぎる。
何歳だよ、まったく、いい大人が。
そんな私を気遣ってか、奏が持ってたタオルを私の頭にかけた俊介がぽんぽんって頭に触れた。
顔が見えないようにタオルで目元を隠したのに、2人の優しい声は耳に入ってくる。

「お姉ちゃんじゃないよ」
「うん、うめめはお姉ちゃんじゃない」

ずっと言い張ってたそれが剥がれると、私たちは対等だ。
2人は後輩で、年下で、私が守ってあげたい存在で。
でもいつの間にか、私が守られてた。
私が守りたいと思うのと同じくらい、ううん、それ以上に2人は私を守りたいと思ってくれてて、きっと私のために“無理”を壊してくれたんだ。
成長著しいどころじゃないよ。
クリエCが出来てから、2人がどんどん大きくかっこよくなっていく。

「晴」
「うわあ、ちょ、かげや、」
「げえくん大丈夫?運べる?」
「大丈夫、俺運ぶわ。…てかなんか、むかつく」
「へ?っ痛!?え!?大河!?」
「かげ、わかる。むかつく」

なににむかつく?
それを聞きたいのに痛みで声が出ない。
さっきまでとは別の意味で涙が出る。
ひょいって私を横抱きにした影山と腫れた足首にちょんって指で触れた大河は、イラついた表情を隠しもしなかった。

「なに?影山くんとがちゃん嫉妬?あらみなと梅田が仲良すぎた?」
「そんなんじゃないよ。でもなんか!……っなんとも言えない感情!」
「医療スタッフさんいる?…あー、とりあえずマッサージ室ね。そこまで行くよ。こんなに腫れてんだから」
「ちょ!?痛いってば!」
「あんまり触っちゃだめだよ」
「いや、どう見てもこれは同期2人が嫉妬でしょ」
「いつもと逆だ」
「あはは、ほんとだ。いつもは俺らが影山くんと大河くんのこと羨ましがってるもんね」
「……横原、たぶん違うよ」
「ん?」
「嫉妬じゃない。……勝てる武器を揃えてたのに、梅田が最後まで“勝てる” って思えなかったのが悔しいんだよ」

1人だったら無理だった。
でも8人だから無理じゃなかった。
でも、……“無理じゃなかった“だけ。
及第点、ノルマクリア、とりあえず乗り越えた。
決して勝てたわけじゃない。
新と奏のおかげで乗り切れたけど、勝てたわけじゃない。
それどころかライブの途中で”無理”って思った。
それはすなわち、勝ちから遠ざかってたってことだ。
言葉にしなくてもそれは分かってた。
私も影山も大河も、ぎゅって強く拳を握った。
もっと強くなりたい。
誰にも負けずに、私たち自身が”勝てる”って確信するような、そんなアイドルになりたい。




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