きゅんとさせたい話



「よーこーはーらー」
「なに?」
「何してんのかなーって思って。ISLAND TV見てる?」
「いや、サマパラ」
「あー、サマパラ」
「他のグループのやつね」
「え、私も見たい!」

廊下の向こうかトコトコ歩いてきた梅田は、ソファでだらーって動画見てた俺の方に寄ってきた。
頭にぽすってのってるのは見覚えのあるキャップ。
たぶん新のやつだ。
そういえば、さっきまで新と別の部屋で話してたのを見かけた気がする。
新に飽きられたからこっちにきたのか?
隣に座った梅田が俺の手元のスマホを覗き込んだら肩が当たる。
距離、いつもより近いなって思ったけど言うのはやめた。

「…上手いな」

他のグループのパフォーマンスを見る目が真剣だったから。
何かを掴もうと必死だったから。
梅田はサマパラが終わってから少し変わった。
前よりも色んなことに興味を持ち始めたし、衣装だけじゃなくて歌もダンスも力を入れるようになった。
今まで手を抜いてたわけじゃない。
今まで以上に色んなことを学ぼうとしてて、少しずつ”無理”を減らしているような。
そんな感じ。
正直、俺は影山くんと大河ちゃんと梅田の同期トリオが口にする”勝ちたい”の感覚がよくわからない。
その感覚はきっと理解出来なくて、100%共感することはなくて、あの3人だけの特別な感情なんだと思う。
…あー、やめよ。
また梅田関連で”他の人が羨ましい現象”に陥るところだった。
俺らこの現象に陥りすぎ。
そういえば、俺はみんなのこと羨ましいって思うけど、みんなから言われたことはないな。
なんだよ、俺だけ羨ましがられたことないのか。
俺だけ、梅田から特別扱いされてないのかもしれない。
1人で勝手にモヤっとしたけど、梅田本人はスマホから目を離さずに真剣に動画を見てた。

「あ、ここめっちゃかっこいいね」
「わかる。このダンスいいよな」
「次はこういう振りも入れてよ」
「え、梅田これ踊れんの?」
「うわ!今のは傷ついた、不満、ひどい」

ぶーって不機嫌な顔になってこっちを睨みつけてきたけど怖くはない。
怒ってると言うより本当にショックなんだろう。
色んなことを学んで、視野が広くなって、やりたいことが増えて。
でもできることが一気に増えるわけじゃないから。
焦ってもすぐにはレベルアップしないから。
梅田はそれを分かってるけど、指摘されたらそれはそれでムカつくんだろうな。
リアルな話、この振付は今の梅田には結構きついと思う。
それに、他のグループが踊れてるレベルで踊っても意味がない。
梅田が言う通り”勝てない”んだろう。

「梅田、」
「でも好きだから」
「え?」
「好きだから、踊れるように頑張るよ。私、悠毅の振付が1番好きだから絶対踊りたい」
「は、」
「だから私のこと信頼して振り付けしてよ。”無理”って言わないから。ね?悠毅?」

ちょっと待て。
いや待つな。
え、どっちだ?
これは俺試されてる?
なんて答えるべき?
触れる?
笑って受け流す?
え?
こてんって首傾げて俺をじっと見たから思考が止まる。
口開いたままただただスマホから流れる音を聞いてた。
こんな時にラブソング歌うなまじで。
え、てかほんとにどうした?
梅田、お前、俺のこと悠毅って呼んだことねえじゃん。
きゅるきゅるした目は瞬きもせずに俺を見つめてるけど、なんとか頭の中を回転させて廊下の奥を見た。
なんか怪しい。

「っ新か!!!」
「うわ!バレた!」
「お前、何して、あ!動画撮ってんな!?」
「やば、見つかった、」
「新逃げて!横原の照れた顔を全国のファンに届けるんだ!」
「はい!」
「は!?お前らグルかよ!ちょ、てか離せって!」
「離さない!行け新!私の屍を超えて行くんだー!」
「うめめ演技下手」
「そ、そこは言わなくていいんだよ!」

さっきまでの雰囲気が散ってギャーギャー騒ぐ梅田は俺の手首を掴んで離さない。
スマホ持って逃走した新を追いかけたいのに、梅田に捕まってるしソファがあるスペースは狭くて抜けられない。
完全にやられた。
こいつら、俺をはめやがった。
追いかけるのが無理だと判断して座ってため息を吐けば、ニヤニヤした梅田が覗き込んできた。

「大成功!」
「お前ら、なにしてんだよ」
「横原が悪いんだよ」
「なんで俺…」
「横原、ISLAND TVでファンの人向けにきゅんとする動画撮らないじゃん?おせちとかセピアとかよくわかんない動画が多いから、たまにはアイドルっぽいの見たいよね?って話に新となって。だから、”きゅんとしてる横原の照れた姿を見たいね”作戦を新と考えてやってみた」
「ダサい。作戦名がめちゃくちゃダサい」
「う、まあ、そうかも…。でも成功してよかった!1番の問題は私が横原の照れた顔を引き出せるかどうかだったんだけど、思ったよりすんなりいった。まさか名前呼ばれるだけであんな顔すると思わなかったよー」

そこじゃねえよ。
そりゃ名前もそうだけど。
悠毅って呼ばれたことないからびっくりしたけど。
でも名前呼ばれたくらいできゅんとするわけねえじゃん。

「いやー、大満足!横原もあれくらいで照れるなんてお子様だなー。最年長とは思えな、うぎゃ、っちょ、よこは、」
「晴」
「!?」

ニヤニヤニヤニヤしやがって、ムカつくな。
勝手にからかって勝手に動画撮って勝手に子供扱いすんな。
名前呼ばれたくらいで照れるようなお子様でもないし、そもそも問題はそこじゃねえよ。
あんな、……ガチの顔で好きって言うな。

ぐいって引っ張って強引にソファに押し倒したら梅田がびっくりして固まった。
頭に乗ってた新の帽子が床に落ちる。
お子様はどっちだよ。
名前呼ばれたくらいできゅんとして全力で照れてんのは、どっちだよ。
逃げられないように手首を掴んでたけどたぶん梅田は逃げない。
というか、逃げられない。
自分のことを大人だとか年上組だとかお姉ちゃんだとか言ってるけど、こういう攻めにめちゃくちゃ弱いことを知ってる。
その証拠に、顔を近づけたら真っ赤になって目をぎゅっと瞑った。

「ちょっと待っ、ど、動画撮ってる?」
「は?撮ってねえよ、なんで?」
「仕返しで撮ってるのかなって、思って、」
「あー、じゃあ撮っとく?」
「それはやめて、…っひょわ!?」
「ひょわ?なんて声出してんの?」

床に落ちた新の帽子を拾おうと屈んだら梅田に覆い被さる形になる。
それにびっくりしたのか変な声が出たから、くはって噴き出してしまった。
どんだけ慣れてないの?
本当に慣れてない?
男に触られることが?
そんなことないでしょ。
ああ、そうか。
……もってぃはこんな触り方しないか。
そう言ってやろうと思ったけどやめた。
怒るか泣くか、誤魔化されるか。
どっちにしろ、俺と梅田の信頼関係が崩れる予感しかしない。
俺だって確信があるわけじゃない。
だからこうして梅田に触れた。
梅田がもってぃの好きな人だって確信があったらこんなことしない。
確信がないから、触れる。

「痛っ、」
「仕返しされたくないならそもそも嘘つくなって」

キャップを梅田の顔にぶつけて起き上がってソファから離れる。
梅田は自分で起き上がって帽子をくしゃって握って、こっちを睨みつけた。

「嘘じゃないよ!」
「なにが?」
「横原の振付が好きなの、それは嘘じゃない」
「あはは、そう?ありがと。俺も梅田の衣装好きだよ」
「っ、」

あ、本当に嘘じゃないみたいだ。
作られた『悠毅』よりもいつもと同じ『横原』の方がしっくりくる。
梅田の『好きだよ』は特別な意味じゃないって分かってるけど、こうやって面と向かって言われたら普通に嬉しい。
たぶん他の人にも言ってるんだろうけど。
まあでも、いっか。
俺だけ特別じゃないかもしれないってモヤモヤは少し解消された。
さて、新のスマホを回収しないと。






水飲みたいなーって思って事務所のキッチンに向かうと、近くのソファの背にぐでーって顔を埋めたうめめが小さく唸ってた。

「うー…」
「何してんの?体調悪い?」
「いや…」
「うめめ、どうした?」
「最年長の本気…、えぐい…」

顔赤くて唸ってるから体調悪いのかと思った。
悩んでる?
嫌なことされた?
相手が横原っぽいし、あいつはちょっと変わってるから色んな可能性が否定できないけど、隣に座ってもうめめは話そうとはしなかった。
相談するほどのことでもないって思ってラーメンの話を振ると、ニコニコで飛びついてきたから元気そう。

「その帽子どうしたの?くしゃくしゃだけど」
「あ、やばいこれ新のだった…」
「ちょ、気をつけなよ、余計不仲説出るよ…」

俺も人のこと言えないけど後輩とは仲良くしような…。




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