ジュニアカレンダーの話



寒い。
真冬に浴衣着て屋外で撮影なんて寒くて身体が震えてる。
早く暖かいところに行きたいし早く着替えたいけど、撮影はまだまだ続く。
とりあえず自分のソロショットが撮り終わって屋内に逃げると、うめめが手招きしてた。

「あ、奏撮影終わった?こっちおいで」
「うわ!ストーブあんじゃん!」
「あと温かいお茶あるから飲む?」
「飲む!」

待機スペースにはスタッフさんが用意してくれたストーブとケータリングが用意されてた。
ありがたい気遣い。
あのままずっと外にいたら風邪引くところだった。
うめめから受け取った紙コップで手を温めつつストーブの近くで暖を取ってると、うめめがじっと俺を見てきた。

「なに?」
「奏は身長高いから浴衣がより映えるね。その柄もいい感じ。かっこいいよ」
「ありがとう。もしかして、今回の衣装もうめめプロデュース?」
「ううん、違うよ。毎回やらせてもらえるわけじゃないから」
「えー、そうなの?うめめなんでもやってると思ってた」
「いやいや、そんな力ないから」

なんて謙遜するけど、衣装関連の仕事の幅がかなり広がってることはみんな知ってる。
もちろん、本業のアイドルも手を抜いてるわけじゃない。
メンバーの活躍の場が増えることは素直に嬉しいし、なにより仕事してるうめめはいつも楽しそう。
にこにこ笑ってる今日のうめめは初めてのグループでのカレンダー撮影だから気合い入ってるのか、いつもよりメイクが強めですごく美人。
ショートヘアでもメイクさんが器用にセットしてくれたのか、浴衣に合わせてアップになってた。
隣に並ぶと頸が見えるし、『ん?』ってこっちを見上げられるとちょっとドキッとする。

「どうした奏?」
「いやー、うめめもアイドルなんだなー」
「なにそれ」
「上目遣い?ドキッとしちゃうよ。あと浴衣めちゃくちゃ可愛い」
「ありがとう。そう言う奏にドキッとしちゃうよ」

本気で思ってないくせに。
嬉しそうに笑ったけど顔色は変わらないしにこにこ笑ってるだけ。
照れてもないし意識もしてない。
それどころか『お茶美味しいー』って縁側に座ったおばあちゃんみたいな声出して。
これが大人の余裕なのか?
今俺に対してお姉ちゃんスイッチ入ってないと思うけど、たとえ素でもうめめはやっぱり年上で先輩だ。
2人でまったりお茶飲んでたら、ボールペン持った浴衣の基くんがこっちに近づいてきた。

「梅田ー」
「んー?なに?アンケート終わった?」
「まだ。今ちょっといい?話し中?」
「いいよー」
「どうぞー」

撮影と並行して行われてるアンケート。
カレンダーの付録としてついてくるプロフィールカードの裏面に掲載されるらしいんだけど、何を書いたらいいのか迷ってるメンバーもいて。
基くんはあんまり迷わないだろうなーって思ってたけど、曇った表情を見ると迷ってるのかな?

「右手かして?」
「はい」

差し出された手にうめめがなんの躊躇いもなく右手を重ねると、基くんはぐいって引っ張って手首を自分の鼻に寄せた。
びっくりした、キスするのかと思った。
唇に触れる直前で止めてすんって息を吸い込んで匂いを嗅いだけど、満足のいくものじゃなかったのか首を傾げてて。

「うーん、わかんないな」
「なにが?」
「…こっちか」
「へ?」
「っあ!」

思わず俺が声出しちゃったよ。
またぐいって手を引っ張られたらうめめがトンって一歩前に踏み出して。
一気に距離が近くなったと思ったら基くんがうめめの首筋に顔を寄せて。
びっくりした、今度こそキスするのかと思った。
身長がそこまで高くない基くんだけどうめめと並ぶと高いわけで。
ちょっと屈んで首筋ですんって息を吸ったら、納得したのかパッとうめめから離れた。

「うん、わかった。ありがとね」
「え、なにが?」
「もう大丈夫。やっぱり甘かった」
「だからなにが!?」

うめめ、なんでわかんないの。
ばかなの?
満足した顔で戻っていく基くんとぷんぷん怒ってるうめめを見ながら呆然とするしかない。
なんなら呆れてちょっとため息出た。
今年のプロフィールカード裏の質問Bは”好きな香り”。
基くん、絶対今嗅いだ香り書くつもりでしょ。

「もー、なんだったの?」
「……うめめ、香水つけてる?」
「え、つけてるけど、もしかして臭い!?」
「いや、あんまり強い匂い感じないけど、本当につけてるのかなーって」
「あー、つけてるけど薄めにしてる。この匂い嫌いな人もいるかなーって思って。ほら、ちょっと甘いでしょ?」

そう言って右手の手首をこっちに向けたから顔を近づけて嗅いでみた。
たしかに、近づくとほんのり甘い匂いがする。
知らなかった。
隣に立って漂ってくる香りは爽やかな香りだけど、近づくとこんなにも甘い。
……え、待って、基くん、『やっぱり甘かった』って言ってたよね?
今気付いたわけじゃない。
基くん、ここまで近付いたらうめめから甘い香りがするって前から知ってたんだ。
知っててそれを確かめに来たんだ。
そんなこと微塵も気付かないのか、うめめは真剣に自分の手首の香りを気にしてる。

「この香り苦手?私は好きなんだけどな…、変えようかな…」
「変えなくていいんじゃない?」
「そう?」
「うん、変えたら基くん悲しむよ?」
「なんで俊介が悲しむの?」
「その香り、基くんが好きな香りだからだよ」
「え、そうなの?」
「え、そうでしょ」
「え?なんで奏はそう思うの?」
「……うめめ、基くんのプロフィールカードちゃんと見なよ」

全然わかってない顔してるけど、見たらわかるよ。
絶対、”甘いにおい”って書いてあるから。




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