パステルリフレクション08



『よかったよ』

滝沢歌舞伎の打ち上げで滝沢くんからいただいたその一言を何度も何度も頭の中で繰り返す。
メンバーと顔を見合わせて、嬉しくて泣いてしまいそうで、でもこれはただの通過点で、通過点にしなくてはいけなくて。
明日からはまた新しいお仕事が始まるしファンの方もさらなる活躍を待ってくださってる。
だから進み続けなくてはならない。
でも、今日だけは。
今日だけは無条件に美味しいお酒と美味しいお料理を楽しんでいいと思うんだ。

だて様ー!そっちお酒ある?
大丈夫、あるよ
はいはーい!

テンション高い佐久間が動き回ってる宴会場はSnowManやジュニア、滝沢歌舞伎のスタッフでごちゃっとしている。
1番奥に座る滝沢くんの前はふっかと影山が陣取ってなにかを必死に話してるし、SnowManメンバーはお世話になった各スタッフさんに挨拶に行き、この後『盛り上げろ』って振られることを見越してコソコソ打ち合わせしてるジュニアもいる。
その中からここ数ヶ月で見慣れたショートカットを探すけど全然見当たらない。
いつも一緒にいる基や椿の近くにもいなくて、キョロキョロ視線を動かした。
いない?と思ったら、衣装スタッフさんに混じって楽しそうに話してる晴を見つけた。

「私はオープニングの衣装が1番好きでしたね!」
「えー、でも私は晴ちゃんが意見出してた二幕の衣装もよかったと思う」
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと」
「今年、晴ちゃんすっごい戦力だったよ。去年はどうなるかと思ったけど」
「きょ、去年の話はしないでください…使えないお荷物だったので…!」
「今年の成長が凄すぎたってことだよ」
俺もそう思います
「涼太くん…、」
「あ、ここ座ります?」
いえ、大丈夫です。そのかわり晴お借りしてもいいですか?
「どうぞ」

手招きすればスッと立ち上がった晴がグラスを持って輪の中から出てきた。
顔色は変わってなくてグラスもほとんど減ってない。
目の前のテーブルの食事も進んでなかった。
それがなんとなく引っかかってて。
騒がしい宴会場じゃ話せないから外に出ると、隣の部屋が空いていた。
店内は貸切のはずで誰も咎めないだろうから、そこに座ってグラスをカチンって軽く当てる。

お疲れさま
「お疲れさまです。……ほんとに、座長お疲れさまでした」

ペコって頭を下げたからつむじが見えた。
数秒、なにも言わずに晴は頭を下げ続けて、ごくってなにかを飲み込んで顔を上げた。
新橋演舞場の前に切った髪が中途半端に伸びて、邪魔そうに耳にかける。
照明に当てられた耳がほんのり赤い気がして、じっとその目を見つめた。

千穐楽の時、翔太の衣装直してくれてありがとう。晴がいなかったら大変なことになってた
「いえ、そんなことないです。なんとか間に合っただけで、防げた事故だったと思います」
それでもあれは晴の功績だよ。だから何回も言うけど、ありがとう
「……恐縮です」

グラスが汗をかいてる。
水滴がつくことも厭わないのか濡れた指先が狭いテーブルに置かれて、あと数センチ伸ばしたら俺の指先に当たりそうだった。
伸ばしはしない。
むしろ逆で、晴は俺の正面に置いてたグラスを脇に置き直してじっと目を見つめ返した。

「涼太くん」
なに?
「……好きです」

その瞳の色を理解できないほど子供じゃない。
でも、その瞳の熱を誤魔化せるほど大人じゃなかった。
小さくて、弱くて、子供で、ここにいる意味がわからなかった女の子がこんなにも強くなった。
千穐楽、基が俺を呼びにきた時、俺はだめだと思ったよ。
翔太のトラブルに晴はなにも対応できないと思ったよ。
だから走った。
だから急いだ。
あらゆる最悪な場面を想定して、座長としてどんなことがあっても対応しなくてはいけないと思って。
でも、見えた細い指先に安心したんだ。
針と糸を操ってこの場をなんとかしようとする姿に、自分でも驚くくらい安心したんだ。

晴に任せるからね

晴は俺のお願いをちゃんと果たしてくれた。
最高な形で叶えてくれた。
俺は君がずっと可愛かったよ。
俺のことを慕ってくれる大切な後輩で、本当に大好きだった。
でも、あの背中を見て感じた。
晴は後輩じゃない。
弟子でもないしサポートでもない。
俺と同じ気持ちを持ったプロになってほしい。
1人のプロとしてこれから舞台に挑んでほしい。
また一緒に仕事がしたい。
これで終わりたくない。
ボロボロになりながら駆け抜けた春を、思い出にはしたくない。

うん、ありがとう。俺も、晴の仕事が好きだよ
「っ、」
晴の衣装は本当に素晴らしかった

瞳の色は変わらなかった。
変わらず、熱く、逸らされることもなく逃げることもなく俺の瞳を離さないままで、それで、心から嬉しそうに笑ったんだ。

「っありがとうございます…!」






「よいしょ…」

お酒が回ってフラフラしてる。
お腹もいっぱいで少しだけ眠いけど、猛烈に梅酒が飲みたくなってしまった。
キッチンの下にある棚の1番奥。
今年もお母さんから送ってもらった梅酒はガラス瓶の中で鈍く光っていて、グラスに注いでゆっくりと喉を通せば、ふわっと梅の香りが広がった。
今、とにかくその甘味に浸りたかった。

「……」

私は、勝てたのかな。
この春、がむしゃらに涼太くんの背中を追いかけて、みんなとぶつかって、泣いて、必死になって、熱量を感じて、それで、勝てたのかな。
どれだけ考えてもわからなかった。
分からなかったけど、千穐楽のあの瞬間、涼太くんが光の中に飛び込んでいく光景が目に焼き付いている。
あれは間違いなく”勝ち”だった。
あの光と水と赤が混ざった空間は、SnowManが勝ったんだっていう空間に違いなかった。
私が事務所に入った時からずっとずっと求めてたものだった。
ドキドキが止まらない。
まだ心臓がうるさい。
止め方が分からなくてグラスを傾けたらもう空だった。
足りない、もっと飲みたい。
あの瞬間を忘れたくない。
なのに無機質なインターホンが私のドキドキを遮る。

「…はい」
『梅田』
「俊介?え、なんで?どうしたの?」
『これ』
「っあ!」

モニターに映ってたのは数分前に駅で別れた俊介だった。
カメラに映るように掲げられたのは私のお財布。
あれ、なんで?
打ち上げ会場に忘れてた?
慌てて玄関のドアを開けると、呆れた顔した俊介が玄関先に立っていた。

「梅田、お財布忘れてたよ」
「ごめん、気づかなかった…、あーこれじゃ新のこと言えないね」
「携帯も出ないし、なんかあったのかと思った」
「ごめん、リュックに入れっぱなしだ…、よく私の家わかったね。超能力?」
「そんなわけないでしょ。免許証に書いてあった」
「あー…」
「拾ったのが俺でよかったよ。危ないよ?他の人だったらどうすんの」
「ごめん、ありがとね」
「…お酒飲んでる?」
「あー、うん…」

慌てて出てきたから梅酒が入ったグラスを持ったままだった。
えへへって曖昧に笑って誤魔化したのに俊介の顔はむっとしたままで、心なしか怒ってるように見える。
怒る理由が分からなくて首を傾げてたら、手首を掴まれてグラスをぐいって鼻先まで引っ張られた。

「甘い匂いする」
「梅酒だよ?」
「いい匂い。どこの?」
「梅田家。実家から送ってもらったの」
「へー、作ってるの?」
「うん、毎年お母さんが作ってる。美味しいよ?飲む?」
「……」
「俊介、」
「泣いた?」
「っ、」
「目、赤いよ」

狙ってたのは梅酒じゃなかった。
手首を掴んだのはこのためだったって気づいた頃にはもう遅い。
近い距離で覗き込まれて、目が合わないように視線を逸らすだけで精一杯だった。
泣いた、か、どうか。
その問いに答えることは簡単で、明白だった。
私は泣いてない。
涼太くんと話した時も、涼太くんがいなくなった後も、今も。
私は泣いてなんかいない。
そう答えたらよかったのに、俊介の目が嘘吐くなって言ってた。
嘘を吐くことも、強がることも、誤魔化すことも、許さなかった。

「…涙は出なかったから、泣いてないよ」
「宮舘くんとなんかあった?」
「……」
「もし、もしね、梅田が俺になにかを話すことで楽になるなら聞く。話して、吐き出して、泣いて、それで明日から笑えるなら聞くよ」
「……」
「なんでも聞く」
「…大丈夫だよ」
「梅田、」
「っだって、っ、……なにもなかったから」
「……」
「涼太くんとは、なにもなかったの」

好きだと思った。
今しか伝えられないと思った。
明日からはもう涼太くんは走り出してしまうから。
きっとすぐに見えなくなってしまうから。
だから伝えた。
でもその好きが”そういう”好きだったのか、今でも分からない。
涼太くんのことが好きだ。
涼太くんの言葉も、涼太くんの衣装も、涼太くんの笑顔も、全部が好きだ。
私に触れる涼太くんの手が大好きだ。
これが”そういう”好きなのか”憧れ”なのか、もう少しでわかった気がする。
もう少し進んだら全部わかったと思うの。
でも進まなかった。
進めなかったんじゃなくて、自分の意思で進まなかった。
佐久間くんに言われたからじゃない。
想いに応えてもらえる見込みがなかったからじゃない。
千穐楽のあの時、私の頭を乱暴に撫でた涼太くんの笑顔が1番好きだったから。
梅田晴に向けられた笑顔じゃなくて、ジュニアの梅田晴に向けられた笑顔だった。
お仕事のプロとして私を見てくれてた。
それが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、大切にしたかった。
壊れるくらいだったらこれ以上進まなくていい。
自分の想いなんて、分からなくていい。

「大丈夫」
「梅田…」
「ありがとう俊介」

俊介、大丈夫だよ。
私は泣いてない。
傷付いてもいない。
きっとすぐに笑える。
ボロボロになりながら駆け抜けた春を、私の糧として大切に大切に受け止める。
涼太くんへの想いも、糧にしてみせる。
思い出なんかにしない。




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