パステルリフレクション07



やっと見つけた。

「梅田?」
「……」

新橋演舞場の駐車場。
ほとんど人が来ない1番奥に梅田が膝を抱えて座っていた。
顔が伏せられてて表情は見えない。
泣いてるのか、泣いてないのか、そもそもなにがあったのか。
わからないことだらけだけど、なんとなく1人にしてはいけない気がして。
ううん、俺が1人にしたくなくて。
隣に座って同じように膝を抱えると梅田はゆっくり顔を上げた。

「……なにも話したくない」
「……そっか」

それ以上、梅田は喋らなかった。
なにも口にせず、泣きもせず、ため息を吐くこともなく、ただ、静かにじっとどこかを見てた。
視線の先を見てもあるのは駐車場の壁だけで他には何も無い。
誰もいない。
きっとその目になにも映していない。
俺は、なにも言えずに隣に座って足元を見てた。
少しだけ汚れたスニーカーのつま先をじっと睨みつけてた。

梅田、ごめん。
聞いてた。
佐久間くんとの会話、全部聞いてたよ。
その想いは先輩への憧れか、異性としての好きか。
ぐるぐる回る気持ちの渦の中で、梅田は分からなくなってる。
自分の気持ちが分からなくて、曖昧で、不安定で、答えを探すべきか迷ってる。
でもその答えを見つけたところでどうなる?
宮舘くんのことが好きだと自覚して、どんな未来がある?
アイドルである俺たちが恋をして、その先に幸せなんかあるのか?

「…うん、よし」
「……」
「戻ろっか」

気持ちも思考も迷いも全部ごちゃ混ぜにして詰め込んで、荒ぶる気持ちを無理矢理押し込めて、溢れそうになった涙さえも押し殺して、梅田が笑った。
笑おうとした。
でも笑うことなんて出来なくて、苦しくて、辛くて、答えが出ないことに憤りを感じて。
その顔はいつもの梅田なんかじゃなかった。
こんなに苦しそうな顔、初めて見た。
なにが『よし』だよ。
なにも解決してない。
なにも変わってない。
これじゃあ梅田は、絶対笑えない。

「っ、」
「俊介?」
「……」
「どうしたの?戻ろうよ」

踏み込め。
踏み出せ。
欲しいなら理由なんか気にしないで踏み込めよ。
その手を離すな。

「っ、」

握った手を強引に引き寄せて、そのままぎゅっと抱き締めたら梅田の身体が固まった。
固まって、拒もうとしたけどそれさえも無視して痛いくらいに抱き締める。
俺の首筋から顔を出した梅田は、両手で何度も俺の背中をぽんぽん叩いた。

「俊介、なに、」
「話したくない」
「……」
「なにも、…話したくない」

我慢しないでよ。
苦しいなら話してよ。
頼ってよ。
泣いてよ。
でも泣くなら俺の前だけにしてよ。
それで、笑ってよ。
いつもみたいに楽しそうに笑ってよ。
失うかもしれない、後悔するかもしれない、傷付くかもしれない。
なにか、大きな過ちを犯してしまうかもしれない。
幸せになれないかもしれない。
でも、でもね、俺はもう見つけてしまった。
誤魔化せないところまで来てる。
今更止まるなんて無理だ。
俺は梅田が好きだ。
誰よりも好きだ。
やっと、見つけた。






「俺、みんなでグループ組みたい」

影山がそう言ったのは、8人分の餃子が運ばれてきた時だった。

「先に餃子のタレ配っていい?」
「こんな時もメシかよ」
「お腹空いちゃって」
「げえくん、そういう大事なことはせめて全員揃ってる時に言おうよ」
「え?誰かいない?」
「新がトイレ行ってる」
「このタイミングで!?」
「それ、そのままかげに返すよ」
「言うタイミングおかしいでしょ」
「あ、新戻ってきた」
「戻りました、え、なんかありました?」
「げえくんがグループ組みたいって」
「え!?グループ!?」
「すごい驚くじゃん」
「これが普通の反応だよ。俺らがげえくんが言うこと察しすぎなのよ」
「かげ分かりやすいからなー」
「でもさ、みんなちょっとは考えてたっしょ?俺ら8人でグループ組みたいなーって」

そう言った横原の声色が真面目で本気だったから、追加で頼もうと思って見てたメニュー表を閉じた。
滝沢歌舞伎の公演が続く中、こうして8人でごはんに来たのはワケがある。
リーダーの横原やみんなを引っ張る影山がなんとなく感じてた思い。
この8人でグループになりたいって気持ちを本気で話し合ってみようって。
明言されてたわけじゃないけど、みんなそれぞれなんとなく察して今日ここに座っている。
と、思ってたけど新の顔を見ると全員が察してたわけじゃなかったみたいだ。

「グループって、組みたいって言って組めるものじゃないですよね?」
「そうだけど、言わなきゃ始まんないじゃん」
「意思表示は大事だろうね」
「このままじゃ終われねえよ。俺ら今、誰もグループに選ばれてないし、個人で大きなお仕事貰えてるわけでもない。とにかく悔しい。もっといろんなことしたいしいろんな景色見たいじゃん」
「グループね…」
「あ、そっか、奏はグループにいたことあるもんね」
「だから難しさも知ってる。組むのも簡単じゃないし、続けるのも簡単じゃない」
「だからやるんだよ!」
「組みたいのは分かったけど、どうやる?真正面から事務所に言ったところで取り合ってくれないと思うけど」
「そこなんだよなー…、うーん…」
「俺ら今1番滝沢くんに近いじゃん?滝沢くんに言ってみるって言うのは?」
「それいいかも!」
「うわ、そんなストレートに攻める?」
「滝沢くん、話聞いてくれるのかな?」
「どうだろう…」
「…晴」
「ん?」
「餃子何個食べた?」
「……ん?」
「おま、それ以上食べんな!」
「うめめ話聞いてた!?」
「今すっごい大事な話してるよ!?」
「ちゃんと聞いてるよ?でもこれめっちゃ美味しい」
「味のコメント求めてないから」
「食べるの禁止」
「ああー……」

目の前にあった餃子の大皿が1番遠い位置まで持っていかれてしまった。
他の料理もイライラした横原に遠ざけられて、結局残ったのは水と餃子のタレだけ。
仕方なく箸を置いて背筋を正せば、見計った俊介が口を開いた。

「やることは山ほどあるけど、根本は変わらないと思うんだよね」
「なに?」
「熱量」
「熱量…」
「みんな滝沢歌舞伎通して感じてると思うけど、人の心を動かすのは熱量だよ。熱くて強くて人に伝染する熱量。それを表でも裏でも適切に表現する必要がある。すぐにグループ組めるなんて思ってないけど、今すぐに始めた方がいい」
「各々、自分にできることからやってくってことね」
「うん」

熱量。
人に伝染する熱さ。
私はそれを見たことがある。
2018年を駆け抜ける滝沢くんの背中。
殺すつもりでぶん殴るって言った涼太くんの背中。
メラッて上がる赤い炎。
私にも、私たちにも、同じくらい熱い炎が出せるのかな。

「……できるのかな」
「やるんだよ」
「影山…」
「無理でもなんでも、やるしかないんだよ」

そう言った影山の目はここにいる誰よりも熱かった。
その熱量が、私たちに伝染していく。






滝沢歌舞伎ZERO千穐楽公演。
駆け抜けた春が、もうすぐ、終わろうとしていた。
華やかな舞台とは裏腹に舞台袖は戦場のように演者とスタッフが駆け回っている。
次の演目はなにか、出るタイミングはいつか、少しでもパフォーマンスが良くなるためにはどうしたらいいか。
ずっとずっと、頭を回転させる毎日だった。
それも今日が最後だ。
鼠小僧が終わってWITH LOVEが始まるまでの間、髪の毛を乱暴に拭いたら周りに雫が飛ぶ。
水の演出で全身ずぶ濡れになった後、大急ぎでエンディングの衣装に着替えてると、いつもなら淡々とこなすこの時間も今日だけは何人か涙ぐんでいた。
気が抜けてるわけでも集中が切れてるわけでもなく、千穐楽を噛み締めていた。
このメンバーで立つ舞台は今日で最後。
辛くてしんどかったけど最高に楽しかった滝沢歌舞伎は、今日で最後だ。

うわ、やっば、
「翔太くん?」
「なに?」

翔太くんの焦った声にいち早く反応したのはがちゃんだった。
駆け寄って、ハッとする。
翔太くんのジャケットについてた装飾が取れてしまっていた。
縫い付けが甘かったのか、それとも他の理由か。
見ただけじゃわからないし理解する時間もない。
舞台は1秒1秒前に進んでいる。
このままじゃ舞台には立てない。
すぐに衣装スタッフさんを探したけど、皆さん他のSnowManメンバーにかかりっきりでこっちには来れそうにない。

これどうする、
「俺の着てください!」
「だめだ、デザインが違う」
「でも、」
「大河どいて」

凛とした声でがちゃんを押し退けた梅田は眉間に皺寄せてぎゅって難しい顔したまま、翔太くんのジャケットに触れた。
取れてしまった装飾を確認した時間は1秒もなかった。
すぐにジャケットを広げると、先輩なのに躊躇いもなく声を張り上げた。

「着てください」
え、
「いいから!時間もったいない!」
お、おう、
「梅田、あと30秒」

舞台上を映したカメラと聞こえてくる音楽とSnowManさんの動きを見ながら翔太くんが出なければならないタイミングまでの秒数をカウントする。
間に合うかどうかギリギリだけど、間に合わせるしかない。
翔太くんが着たジャケットに触れた梅田は持ってた針と糸で装飾を縫い付けていく。
完璧じゃなくても綺麗じゃなくてもいい。
この千穐楽公演が保てばいい。
でも、違和感を与えてはいけない。
息をしてないんじゃないかってくらい集中する梅田を横目に、がちゃんと舞台袖を走り回る。
照くん、そしてできる限りSnowManさんに状況を伝えて、あらゆる可能性に備える。
間に合う。
梅田は絶対に間に合う。
だって梅田は、宮舘くんにここを任されてるから。

晴が?
「はい」

俺の話を聞き終わらないうちに宮舘くんは走り出してた。
急いで梅田のところに行こうとして、でもこの後舞台に立つことも考えて。
髪型を整えながらジャケットを羽織って舞台袖についたのは、翔太くんが舞台に出なくてはいけないコンマ数秒前。

おい梅田、もう出、
「終わった!」
っさんきゅ!

装飾は見事にジャケットに縫い付けられてた。
他のメンバーと並んでも遜色なく、翔太くんの胸元でキラキラと照明を反射してた。
ニヤって笑った翔太くんが梅田の頭をくしゃって撫でて舞台の光の中に消えていく。
その背中を見てホッと息を吐いた梅田の頭に、今度は宮舘くんが触れた。
宮舘くんらしくない、力強く乱暴に撫で回して。
指先からも声からも高揚と熱を感じた。

ありがとう
「っ、」
よくやった

それだけ伝えて、宮舘くんも光の中に消えていく。

「……」

梅田はそこから動かなかった。
微動だにせず、ただ静かに、舞台上を見つめていた。
光と、水と、赤い衣装と、そこに立つSnowManを見ながら泣いてた。
声が出なくなるくらい、泣いてた。




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