パステルリフレクション05



長い戦いが始まった。
開幕の感動に浸る暇もなく怒涛の毎日が過ぎていく。
稽古なんて比じゃないくらい本番の緊張感と疲れと達成感はハンパない。
ずっと極限状態で居続けなきゃいけないこの状態に身体も頭もついていかない。
しんどいって思うのにジュニアの中には涼しい顔してる奴もいて、経験でこうも顔つきが違うのかって少しだけビビる。
やっぱり、毎年出てる奴は強い。
それでも疲れは溜まっていくわけで。

ゴンっ!

「…いった!!!」
「うお、大丈夫か晴!?」
「すげー音したけど」

京都のホテルの一室に集まった俺たちが今日の公演の映像をチェックし始めたのは夜公演終わった数時間後だった。
本来なら次の日に備えてすぐ寝るけど、明日は休演日で少しだけ夜更かしが許される。
それぞれ好きに過ごせばいいのに、影山くんの発案で有志が集まってこうやって反省会をしている。
なんだかんだみんな真面目だ。
稽古で相当扱かれたけど、本番の映像を見るとまだまだパフォーマンスレベルが低いなって痛感して、悔しいのはみんな一緒。
この反省会で少しでもパフォーマンスを変えたい、そう思ってる。
ベッドの1番隅に腰掛けてた梅田はさすがに限界だったのかうとうとしてて、そのまま壁に頭を打ちつけた。

「大丈夫?」
「いったー、星見えた。逆に目覚めた」
「もう寝る?うめめだいぶ疲れてるっしょ」
「いや、ここまで来たら二幕も反省会しよ。明日休みだから夜更かししても大丈夫だし」
「俺、明日は朝から行きたいとこあるんだけど」
「反省会でリーダーが帰らないで」
「そもそもここ俺の部屋な。お前ら帰んないと寝れないから」
「じゃんけん負けた横原が悪い」
「あれ、俺ら何時に出るんだっけ?」
「お昼くらいじゃない?」
「2人で出かけるの?」
「うん。うめめも行く?」
「ごめん、私は美味しいもの食べに行くんで」
「出たよ大食い。またもってぃ連れ回すの?」
「連れ回したことないから。同意の上でごはん行ってるだけだから」
「明日は俺行かないよ?」
「え、もってぃと行くんじゃないの?」
「いや、明日は、」

梅田の言葉を遮るように『ピンポーン』ってインターホンが鳴った。
こんな時間に誰だ?
映像を止めようとしたもってぃに、別に見てていいよって手を振って立ち上がった。
俺の部屋だから俺が出ないと。
誰かルームサービス頼んだ?
他のジュニアか?
首傾げたままドアスコープ覗き込んで、慌てて鍵を開けた。

「お疲れさまです!」
お疲れさま。ごめんね、突然
「いえ。どうしたんですか?」
晴いる?部屋行ってもいなくてさ。基の部屋にもいなかったからここかなって
「いますよ。梅田ー!」
「はーい」
「宮舘くん来てるー!」

油断して間延びした返事したけど、訪ねてきたのが宮舘くんだって分かると梅田はシャキッと背筋を正した。
ボサってなってた髪を撫で付けたけどぴょんって跳ねた髪は直ってない。

「お疲れさまです、どうしたんですか?」
明日なんだけど、ごめん、行けなくなった
「え…」
YouTub撮影、結構延びるみたいで。夜もSnowManでごはん行くことになっちゃったから。お仕事関係の人もいるから断れなくて…
「わかりました。大丈夫ですよ!」
本当にごめん。必ず別の日に連れていくから
「大丈夫です、行けたら行く、くらいの気持ちで!私より他のこと優先してください。お仕事いっぱいあるのは嬉しいことですから。ほんとに、気にしないでください」
晴、ありがとう
「いえいえ。わざわざありがとうございます」

梅田がごはんに行く相手は宮舘くんだったのか。
SnowManと俺らジュニアは稽古期間中からかなり仲が良かったし、ごはんに行くことも多かった。
俺だって深澤くんに何回も連れて行ってもらってるし不思議なことじゃない。
この2人もよく一緒に仕事してるから行くんだろうなーって思ってそのやりとりを見てたけど、扉が閉まった瞬間に梅田はひらひら降ってた手を止めてあからさまに肩を落とした。

「はぁー、ごはん、なくなった」
「めちゃくちゃ落ち込んでんじゃん」
「そりゃ落ち込むよ。行きたかったもん」
「そんなに美味いとこなの?」
「うん、めちゃくちゃ人気のお店でようやく予約取れたのに…」
「それを理由に他の店でやけ食いしそうだな」
「否定はしない。でも涼太くんお仕事なら仕方ない。気持ち切り替える。俊介ー!ごはん行こう!」
「ごめん無理。俺明日用事あるから」
「……悲しみが2倍になった」
「ごめんって」
「じゃあうめめ、俺らと遊びに行こう」
「行く!椿くん本当に優しくて最高」
「いいよね?かげ」
「いいけどお財布忘れんなよ」
「もちろん!自分で食べた分は自分で払います」

落ち込んで、また落ち込んで、今度は喜んで。
感情が忙しいな。
映像は二幕の中盤まで進んでた。
誰も停止ボタンは押さないけど、集中力が切れた俺たちがさっきと同じ熱量で反省会を続ける気力は残ってなかった。
この部屋でこのまま寝てしまいそうなほどうとうとする梅田の頬を何度も突っつくもってぃを見てつばっくんが笑ってて。
きっとこの光景は毎年繰り返されてる。
稽古して、本番に挑んで、反省会して、くたくたになりながらまた明日を迎える。
こいつらと一緒にいる時間を数えるのはもうやめた。
長くて永遠に続くように思えるけど、続かないんだ。

「じゃあ横原おやすみ!」
「部屋貸してくれてありがとね」
「梅田、あとちょっとだから寝ないで」
「はい…また明日ねー」
「おー」
「おやすみ」

部屋から出て行く4人を見ながら、俺は未来のことを考えてた。
永遠に続いてほしいこの時が、終わった後のことを考えてた。






怒涛の南座公演が終わった。
何十公演もともに戦ってきた関西ジャニーズジュニアメンバーとの別れを惜しむ間も無く東京に戻らなくてはいけない。
東京では新橋演舞場に出演する東京ジュニアがもう決まっていて、俺たちの帰りを待たずに稽古が始まっている。
こっちはこっちでただ帰るだけじゃない。
移動中の新幹線では、後ろの席に座るげえくんと横原の声が微かに聞こえる。
南座最終日の映像を見ながら反省会して、新橋演舞場メンバーに何をどう伝えるかを今から組み立てていかなきゃいけない。
同じように梅田は酔い止めを飲んで新幹線の中で加入メンバーの衣装チェックをしてたけど、睡魔には勝てなかったみたいで。

「……」
「梅田?」

こてんって俺の肩に梅田の頭が当たったけど、そのままにしておいた。
仕事中は気を張って頑張ってるけど、スイッチが切れたらただの女の子で、俺たちに比べて体力もない。
疲れるのは当たり前で、限界なんてとっくの昔に越えてる。
手から滑り落ちそうだったノートとボールペンをそっと抜き取ってたら、前の席に座ってたばっきーが座席からひょこって顔を覗かせた。

「基、これうめめにかけてあげて」
「ありがとう」
「片手でいける?」
「いけるいける。たぶん、着くまで起きないよ」
「風邪引かないといいけど」
「これさっきまでばっきー着てた?」
「着てた着てた」
「だからか。あったかい」

ばっきーから受け取ったコートを梅田にかけるけど起きる気配はない。
それどころか微かに寝息を立てたまま俺の首筋に擦り寄ってきて。
一瞬、息が止まって視線が泳いでしまった。
乱されるな、意識するな。
そう思うのに、ふわっと香る甘いにおいに身体が固まってしまう。
香水かもしれないし、シャンプーかもしれない、柔軟剤かもしれない。
なにかも分からないその香りにうずうずしてる時、カツってブーツの靴音が聞こえた。

晴、あ、寝てる?
「はい、さっき寝ました。起こしますか?」
ううん、いいよ、休ませてあげて。東京着いてから話すから
「…あ、」
ん?
「いや、なんでもないです…」

心臓がドキドキした。
宮舘くんが梅田を見た一瞬、見たことない顔したから。
見たことないくらい優しい目をしてたから。
そんな顔するなんて知らなかった。
梅田のことそんな目で見る男がいるなんて、想像もしてなかったんだ。





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