パステルリフレクション04
まるで別人みたいだ。
そう思ったら目が離せなくなって、本来は正面の鏡を見てなきゃいけないところで思わず隣にいた梅田を見てしまった。
ジュニア全員で踊るダンス。
昨日までぽこっと梅田のところだけ凹んでた印象だったのに今はまったく感じない。
周りのジュニアと体格が違っても、背が低くても、そろって見えるし振りも固まってる。
俺だけじゃなくて振付師さんもびっくりして目を丸くしてた。
でもそのあと何度もうんうん頷いてて、それは梅田が合格点を貰ってる証拠だった。
なにが変わった?
なにを変えた?
こんな短期間でどうやったらあんなに良くなる?
「梅田」
「ん?」
他の演目の稽古が始まる中、俺たちは一旦休憩になった。
稽古場の隅で水を飲んでた梅田に声をかけて振り返ったその髪は、顎よりも短くなってサラサラ流れてる。
かなり切ったな。
もってぃと同じくらいか?
「お前、なにしたの?」
「へ?なにが?」
「今日めっちゃダンス良いよ。揃ってるし、綺麗」
「え、やった!リーダーに褒められると嬉しい」
「褒めるっていうか、急に変わったからびびってる」
「びびってる?え、ドン引きした顔してるじゃん」
「まあ、ちょっと引いてる」
「引かないで!」
「あ!晴!髪切るなら言えよ!」
「そんなのわざわざ言わないでしょ」
「あれでしょ?かげはショート好きだから事前に言っておかないとドキドキしちゃうんでしょ?」
「小学生か」
「そんなんじゃねえよ!でも言ってほしいじゃん!基と後ろ姿そっくりだし!」
「それは俺も思った。頭まんまる」
「似てるよね。双子ちゃんだね」
「双子みたいに小さいしね」
「は?」
「ちょ、拗ねんなって!」
「うめめショートカット似合うよ。耳掛け良いね」
「ありがとう」
他の奴らもわちゃわちゃ集まってきて俺が聞きたかったことは流れてしまった。
変わったのはパフォーマンスやダンスだけじゃない。
稽古が始まってから梅田がこんなに肩の力抜いて笑ってるのは初めてかもしれない。
その顔を見てほっとしてる自分がいて、俺は思ったより梅田を心配してたみたいだ。
元気になってくれてよかった、笑えるようになってよかった。
なにより、俺が思い描いてた滝沢歌舞伎のパフォーマンスに確実に近づいてる。
「っ横原!」
今度は梅田が俺を呼び止めた。
稽古場を出たら誰もいない廊下と自販機だけ。
そこまで俺を追いかけてきた梅田は、俺の顔を見て頭を下げた。
「ありがとう」
「は?なにが?」
「私のこと、見捨てないでくれてありがとう」
梅田は気づいてた。
自分がみんなに追いついていないことも、俺がそれにイライラしてたことも、俺が梅田を置いていこうとしてたことも。
『見捨てるつもりなんてなかった』
そう言うことはできなかった。
俺は見捨てようとしてた。
友達でもグループメンバーでもない梅田を、1人だけ置いていこうとしてたから。
「……お前、なにしたの?」
2回目の問い。
今度は誰にも邪魔されない。
頭を上げた梅田は、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「諦めることにした」
「は?」
「私ね、いろいろ考えたんだけど、リスク取らないことにしたの。自分がやりたいこと、求められていること、できること。これが重なることに集中して、それ以外には手を出さないことにした。……私、ずっと横原みたいに踊りたいって思ってた。横原のダンスが大好きだから」
「……」
「でも無理だってわかった。同じようには踊れない。すっごい練習したけど横原にはなれなかったから。だから、私が出来ることに集中した。振りが柔らか過ぎるかもしれないし迫力に欠けるかもしれないけど、丁寧に、他のジュニアに溶け込めるように、自分が出来ることだけをやったの。無理なことはしないって決めたの」
文字通り、諦めだ。
出来ることだけをして出来ないことはしない。
それはあまりにも自分本意で、わがままで、正直嫌いだ。
この言葉だけを聞いてたら俺は梅田を嫌いになってる。
でも嫌いにはならない、むしろ『梅田ってこんな考え方するんだ』って興味を持ち始めている。
それは、梅田のダンスが清々しかったからだ。
俺たちへの誠意が見えたからだ。
精一杯、リーダーの俺に応えようとしてくれてたからだ。
「横原、1人にしないでくれてありがとう」
お礼を言われる理由も、関係性もない。
梅田を見捨てても、俺にお礼をしなくても、きっと俺たちの関係は変わらない。
同じ事務所にいるやつで、先輩後輩で、友達でもなければグループでもない。
そんなのわかってるのに。
俺自身が一番痛感してるのに。
梅田の『ありがとう』が嬉しすぎて、それを大切に仕舞い込んだ。
「うわ…」
思わず感嘆の声が漏れた。
豪華な外観にデカデカと掲げられた『滝沢歌舞伎ZERO』の文字に心が踊る。
京都四條、南座。
ついに滝沢歌舞伎ZEROが始まる。
冬のキンと冷えた空気が肌に刺さって痛いけど突っ立ってる暇はない。
すぐに楽屋入りして衣装合わせして舞台稽古が始まる。
時間に余裕はなくてテキパキ動かないと全てが狂う過密スケジュールの中、早速トラブルが発生していた。
「晴、大丈夫かー?」
「だいじょぶじゃない…」
「もう吐いちゃえよ。そっちの方が楽っしょ」
「いやだめでしょ。南座で嘔吐はまずいよ。うめめ、さっきお水買ったから飲む?」
「ありがとう、ござます…うえ…」
「ダンス出来て何回ターンしてても大丈夫なのになんで新幹線がだめなんだ」
「だめな人はほんとにだめらしいね」
「まじ勘弁してほしい。遠征初日だぞ」
乗り物酔いが激しい梅田は新幹線で既にズタボロだった。
真っ青な顔して今にも吐きそうで、足取りもフラフラしてる。
酔い止め飲んだって言ってたけど効かなかったのか、ずっと衣装班の資料を見てたからか、本番が迫ってることの緊張からか、いつもよりかなり酔いがきてる。
ばっきーが渡した水を飲む梅田に歩くのが遅いって毒吐いてる横原だけど、その手には梅田のリュックがある。
荷物持ってあげるなんて優しいじゃん。
なんだかんだ言って稽古期間に仲を深めて、ちゃんとカンパニーっぽくなってきた。
「梅田、お前楽屋どこ?」
「えっと、どこだっけ…」
「梅田は俺らの大部屋の隣ね。一応個室だから」
「個室!?優遇されてんじゃん」
「毎年そうだよ。着替えとか困るし」
「あー、そっか、女の子だったわ」
「女の子って歳じゃないけど…、あ、でも私みんなと同じ部屋にいてもいい?着替える時は自分の部屋戻るから」
「なにー?うめめ寂しいのー?」
「去年、集合かかってるのに影山が私を呼びに来るの忘れて遅刻して滝沢くんにめちゃくちゃ怒られたから、同じことになりたくない」
「うわ、懐かしい。そんなことあったなー」
「あれはちゃんと謝ったじゃん!」
「うっ、背中叩かないで、吐く…」
「吐くな」
コントみたいなやりとりに思わずあははって笑っちゃったけど、咎めるような梅田の視線が飛んできて慌てて緩む口元を引き締めた。
稽古が始まって3週間、本番は数日後。
俺たちはやっと、心が一つになってきた。
二幕の衣装合わせが進む中、パッと目に飛び込んできた光景に瞬きを忘れた。
す、すごい、すごいすごいすごい!
「あの!あれ!見てください!すごい!ジュニアみんなすごい!」
「は?なにが?」
「個性出てるしみんなかっこいい!すごい!ですよね!」
「え?あー、うん、いいんじゃね?」
「めっちゃいい!!!」
興奮してテンション上がり過ぎて、たまたま隣にいた銀之助姿の翔太くんの腕をばんばん叩いてしまって、翔太くんは危うく持ってた小道具を落としてしまうところだった。
先輩になんて失礼なことを、って反省すべきだけど、そんなこと頭から抜け落ちるくらいテンションが上がっていた。
二幕のジュニアの衣装は私が担当させてもらった部分が多い。
涼太くんのアイデアを否定して無理矢理捻じ込んだ案もある。
でもそれを後悔しないくらいに良い出来栄えで大満足だ。
主役のSnowManを邪魔しない、でもジュニアの個性が光ってる。
「みんなすごいね、かっこいいよ、似合って、っわ!」
「っと、」
演舞場の狭い廊下を慌ただしく動く人の波をかき分けてみんなのところに行こうとしたら人とぶつかってよろけてしまった。
いつもなら踏ん張れるのに重い着物とカツラでバランスが取れなかった。
私も二幕の衣装、金さん銀さんの妹の衣装を着ている。
ドン!って壁にぶつかると思ったのに、それより先に涼太くんの腕が腰に回って抱きとめられた。
『あぶな、』って声がものすごく近くから聞こえて身体が固まる。
着物は厚いはずなのに、触れられた熱を感じてしまって指先が震えた。
「す、すみません」
「あんまりはしゃがないでね。お姫様なんだから」
「あの、それずっと気になってたんですけど、私って金さん銀さんの妹役であってお姫様ではないですよね?」
「そうだけど、俺はお姫様をイメージしてその衣装作ったし、晴はお姫様だと思うよ」
「っ、…涼太くんって、ほんとにそういうセリフが似合いますよね」
「ありがとう」
「褒めてないです」
「そう?褒められたと思った」
褒めてない。
むしろ嫌味で言ったんだ。
嫌味くらい言ってないと、ドキドキが伝わってしまいそう。
私だけに言ってるわけじゃないし、涼太くんのキャラに合わせてるだけだし、私のモチベーションを上げるために言ってくれてるんだと思う。
お姫様、なんて言われたら大抵の女の子は嬉しいものだから。
涼太くんは年下の女の子への接し方が上手くて慣れてる。
そういえば妹さんが2人いるんだっけ。
じゃあこの接し方は涼太くんにとっては普通なんだろう。
そんなことをうんうん考えてたら、今度は頬に涼太くんの手が触れた。
「顔色良さそうだね」
「へ?」
「新幹線ですごい酔ったって聞いたから大丈夫かなーって」
「大丈夫です。椿くんに薬もらって飲んだのでだいぶ良くなりました」
「そっか、よかった。もしなんかあったら横原とか基とか、誰でもいいから言ってね。あと、一個お願いがある」
「なんですか?」
「……俺がいない時に衣装でなんかあったら、頼むね」
「え、」
「ここに来て思ったけど、俺、思ったより緊張してるわ。もちろん俺が出来ることはなんでもするけどどうしても見えないところが出てきちゃうから。だから、そこは晴に任せる。これは宮舘涼太個人としてじゃなくて、座長SnowManとしてのお願い。晴に任せるからね」
「っ、」
「大丈夫。晴は出来るから」
「…っはい!!!」
ああ、どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。
この世界に入って1番嬉しいかもしれない。
任された。
あの涼太くんから、ううん、座長から任された。
嬉しくて嬉しくて、緊張も身体の震えもどこかへ飛んでいきそう。
頭がふわふわしてる。
視界がクリアになって、今ならなんでも見える気がした。
「梅田」
「ん?なに?」
ジュニアが集まるところへ行ったら私の顔を見て俊介が目を丸くした。
自分でも分かってる。
今の私はかなり顔が溶けてる。
嬉しさが隠せなくて、たぶん、すごく頬が上がってしまってるんだ。
驚いたのは一瞬だけで、俊介はすぐにふはって噴き出した。
「わかりやすいな。なんかいいことあったんでしょ」
「うん!!!」
「あははは、返事でかい。……よかったね」
「うん!!!」
よかったね、が優しくてまた私の心をふわふわさせる。
だから気づかない。
俊介がいつもより笑ってなかったことにも、眉を下げて一瞬目を伏せたことも。
「晴、それ金さん銀さんの妹の衣装?」
「そう、カツラつけたらそれっぽいよね」
「めっちゃいいじゃん!」
「うわーすごい!豪華だね!」
他のジュニアに褒められてる私を嬉しそうに見る涼太くんを俊介がじっと見ていたことも、私は知らない。