パステルリフレクション03



何回経験してもこの瞬間はテンション上がる。
普段着ることのないキラキラの衣装を身に纏い、鏡に映る自分と目が合って少しだけ緊張感が増した。
滝沢歌舞伎ZEROの本番はすぐそこまで迫ってる。
第1回目の衣装合わせは朝早くから行われてて、スケジュールに余裕があるジュニアから始まった。
グッと噛み締めた俺とは対照的に、げえくんは口を大きく開けて笑った。

「うわ!やばい!めっちゃかっこいいじゃん!」
「ほんとだ。これ桜?」
「たぶん!なあ晴ー?これって桜ー?」
「そうだけど、っあ!影山裾踏まないで!」
「あ、ごめん」
「後でサイズ直しにいくからあんま動かないでね!」
「はーい」
「椿くん、ちょっと腕上げてもらっていいですか?」
「うん。…あれ?」
「長いですね、ちょっと詰めま、」
「梅田ー!俺らこれ着ていいの?」
「これオープニング?」
「いいけどジャケットはまだ着ないでください!サイズ見るんで!」

梅田に軽く注意されたげえくんは、踏んでた衣装の裾を丁寧に直して大人しくそこに立ってた。
宮舘くんが考えてくれた衣装はどの衣装もこれまでの滝沢歌舞伎とは違っていて、上品さが上がっていて、でも華やかで、思わずジュニア同士で魅入ってしまう。
そんな落ち着いた衣装とは正反対に梅田はずっと稽古場をバタバタ走り回っていた。
1人だけ稽古着のジャージのまま、ジュニア一人一人のサイズを見て衣装スタッフさんに修正点を伝えていく。
的確で早くてすごく仕事ができる、ように見えてるけど、その目の下にクマができてることはみんな気づいてた。
気付いてたけど誰もなにも言わなかった。

「影山、サイズ見るからこっち来て」
「よっしゃ、俺の番!」
「まち針刺すから動かないでね」

げえくんが嬉しそうに走り寄ると、梅田はテキパキとサイズ合わせをしていく。
それをぼーっと見てると衣擦れの音がして、いつのまにか隣に横原が立ってた。
サイズ合わせが終わったのか裾にまち針刺したまま、横原も梅田を見てた。

「どう?なんとかなったの?」
「……ごめん、なんとかなってない」
「だろうな。あいつクマやばい。もしかして昨日も練習してた?」
「してたよ。ここ閉まる直前まで」
「もってぃ毎日残ってんの?」
「毎日じゃないけど、残れる日は待ってる。でも相変わらず『大丈夫』しか言わないからさ。梅田が満足するまで残って、駅まで一緒に帰ってる」
「優しいねもってぃは。俺ならキレてるわ」
「別に優しくないでしょ。友達だし、普通だよ」
「友達ねぇ…」
「…なに?」
「……俺らってなんなんだろうな」

あ、違う。
これは梅田の話じゃない。
これはきっと、横原自身の話だ。
衣装合わせでザワザワ騒がしい稽古場に溢れた言葉はあまりにも小さかったけど、俺にははっきり聞こえた。
ぐさっと、深く刺さった。

「同じ事務所にいて、同僚で、同じ舞台に出るけどグループでもなんでもない。言ったらライバルじゃん?で、今目の前でしんどくなってる梅田がいて、それをパフォーマンス面以外で助ける意味ってあんのかな」
「……」
「もってぃみたいに”友達だから”って理由なら分かるけど、正直俺は梅田と友達じゃない。先輩後輩だし、同じ事務所の人だけど同期でも仲間でもなんでもない。だからパフォーマンス面では意見言うけど、他の部分で踏み込む理由がない。てか、ぶっちゃけ梅田にはイライラしてる。から回ってる感がむかつく。もう置いていきたい。これ以上、遅れるわけにはいかない」
「……」
「……あー、ごめん、俺リーダーとして言っちゃいけないこと言ってるわ」
「そんなことないよ。立場とか関係なく、それは横原の本当の気持ちだから」

事務所に入って、周りに追い越されていく光景を何度見た?
何度後輩のバックで唇を噛んだ?
仲間が欲しいと何度願った?
横原の言葉はきついけどそれは真実だ。
俺たちはグループでも何でもない。
だから、どこまで踏み込むべきか分からない。
踏み込んだことがプラスに働くのか分からない。
稽古場の外から大きな笑い声が聞こえてきた。
佐久間くんと康二くんだってすぐにわかった。
ああ、いいな、羨ましいな。
グループであることが、仲間がいることが、お互いに踏み込めることが、こんなにも羨ましい。
俺たちはそれを持っていない。
どうやったら手に入るのか、それさえも分からない。

「なあ、これって晴が考えた?」
「そうだけど、でもジュニアの衣装はSnowManの衣装をベースに考えたから全部私がやったわけじゃない」
「でもすごくね?あ!この腕のとこなんかさ、前にiPadに描いてたやつだろ?」
「まあ…」
「やっぱり晴すげーよ!俺晴の衣装めっちゃ好きだ!めっちゃかっこいい!」
「…うん、ありがと」
「なんて言ったらいいか分かんねえけど、わくわくするんだよな!これ着て今すぐお客さんの前に立ちたいって感じるっていうか!今すぐ踊りたいって感じるんだよ!」
「…影山、ちょっと腕あげて」
「おう!てかさ、晴が考えた衣装って他にもあるよな?今日着れる?俺めっちゃ楽しみなんだけど!絶対勝て、」
「っやめて!!!」

パチン!って音がして、梅田が持ってたボールペンを落とした。
指に思いっきり力が入って弾かれたボールペンは、稽古場の床に転がってげえくんの足に当たる。
大きくて軋んでて泣きそうな声で急に叫んで、ザワザワしてた稽古場が一瞬で静まり返った。

「晴?」
「…やめてよ、そんなんじゃない」
「え、」
「…っ、」

げえくんの衣装をぎゅって握った梅田の指先が白い。
梅田が完成前の衣装に皺をつけるなんてあり得なかった。
絶対、どんなことがあってもありえないんだよ。
だから普通じゃない。
梅田はもう、普通じゃいられないくらい限界だった。

もー正門!それ裏表逆に着てんぞ!
「え!?」
ほんまや!なにしてん!
「うわ、すんません!」
慣れてないと難しいよなー
昔佐久間も間違えてたよね
そうだっけ?
え、てか今年の衣装やばくね!?俺のこれ!?

足が動かなかった。
今すぐ梅田の側に行くべきだったのに、友達なのに、ずっと隣にいたのに、この事態にどうしたらいいのか分からなくて。
気付いたら稽古場に入ってきた佐久間くんと康二くんと阿部くんが場を和ませてくれて、深澤くんが衣装を見て大きな声で騒いで、宮舘くんが梅田の肩を優しく叩いた。


「っ、…はい」
俺かわるよ
「いえ、大丈、」
下に昨日頼んだ衣装来てるから持ってきてくれない?オーガンジーだから軽いと思う。ごめんね?こんなこと頼んで
「……」
お願いできる?
「…わかりました」
「晴…」

落ちたボールペンをげえくんが拾ったけど、梅田は見向きもしなかった。
目を伏せて、口をぎゅっと引き結んで、逃げるように稽古場から出ていって。
不安そうな顔したげえくんを安心させるように宮舘くんが笑った。
追いかけられなかった。
追いかけて、なにを言ったらいいのか、どこまで梅田に踏み込んでいいのか、分からなかった。
俺はもう”友達”の領域には踏み込んでる。
踏み込んで出来ること全部やったけど、それでも梅田は苦しそうで、笑ってくれなくて。
これ以上、踏み込んでも許される理由が見つからなかったんだ。
『戻ってこないかもな』なんて横原は言ったけど、梅田はものの数分で戻ってきた。
腕いっぱいに衣装を抱えて、涙なんか見せずに、精一杯笑って、稽古場に戻ってきた。






「あ…」

出演者全員分の衣装の修正点が書かれた書類を上から順番にチェックしてると、その的確さにため息が出る。
全部、涼太くんの字だ。
私が書いた修正点に丁寧に追記されてた。
滝沢歌舞伎ZEROの打ち合わせが始まった時とは比べ物にならないほど分かりやすくて、的確で、それでいてワクワクするような文字が並んでる。
書類をめくってもめくってもそれが続いていて、これならなんの問題もなく修正された衣装が出来上がりそう。
他にも仕事が残ってるけど、確認してみたら全部涼太くんがやってくれてた。
私の仕事なのに。
私がやらなければいけなかった仕事なのに。
私が衣装班になったのは去年だ。
今年は2年目。
なのに涼太くんは軽々とそれを超えていく。
超えて、進んで、もう背中が見えなくなりそう。

「はぁ…」

衣装班の打ち合わせスペース。
真ん中、涼太くんの隣の席。
今年、私はここに座ってるけどその意義はなんだ?
去年、下座に座ってた時となにが変わった?
滝沢歌舞伎ZEROを成功させたい。
座長SnowManを伝説にしたい。
その目的は涼太くんと一緒で、だから涼太くんに踏み込んで、衣装のことも稽古も必死だった。
その結果、なにができた?
私はなにを残した?
私は、涼太くんの成長スピードと潜在能力に圧倒されて、ただただ立ち止まってただけなんじゃないかな。
だとしたら、私がここに座る意味なんてないんじゃないかな。
去年と同じように下座に座って、雑用してたらよかったんじゃ、


「っ!?」

急に名前を呼ばれて肩が上がる。
真ん中の椅子から勢いよく立ち上がって振り返ったら涼太くんが後ろに立ってた。
あれ、私、ぼーっとしてて全然気付かなかった。

あ、ごめん、驚かせた?
「え、あ、いや、大丈夫です」
ほんと?ごめん、仕事してた?ちょっと来てほしいんだけど、いい?
「はい…」

いい?なんて聞くけど涼太くんはイエス以外の返事を聞かないように見えた。
手招きされるままに部屋を出ると、廊下の窓に私が映る。
もう夜も遅くて外は真っ暗だ。
映った私の顔は疲れ切ってたし髪もボサボサで、でも梳かす気にもならなかった。
呼ばれる理由が分からない。
今日の仕事でなにか不備があったのかもしれない。
なにか取り返しのつかない大きなミスをしてしまったのかもしれない。
思い当たる節がありすぎて自分の足先を見つめて歩いてたら、涼太くんの歩みが止まった。

あ、2人ともまだいたんだ
「お疲れさまです」
お疲れ。だてさんたちも帰る?これからメシ行くけど一緒に行く?

顔上げなくても声で誰かわかった。
俊介、先に帰ったと思ったのに岩本くんと一緒にいたんだ。
顔も上げられずにぼーっとしてたら、涼太くんは2人を捕まえた。

ちょうどよかった
え?なにが?
2人、まだ時間ある?ちょっと手伝ってほしいんだけど






こんなにも”あわあわ”って効果音が似合う表情ってあるんだ、って思った。
鏡の前に立たされた梅田は鏡越しに、後ろに立ってる宮舘くんにあわあわした視線を送るけど宮舘くん本人は涼しい顔で顎に手を当てて考え込んでた。

「あ、あの、え、涼太くん?なんで、」
照、次それ着せて
こっちが先なの?
そう、赤が先。基そこ離さないでね。帯締めるから
「はい。梅田、触るよ?痛かったら言って」
「ちょ、待って、なんで、」

梅田の腰に触れるとびくって動いた。
たぶん、あんまり触られたくないんだろうけど宮舘くんに指示されてるから我慢してもらうしかない。
その間に照くんは赤い着物を出してまた重ねていく。
帰り際に呼び止められて連れてこられたのは稽古場で、宮舘くんはうきうきして衣装ケースの中から艶やかな着物を取り出した。
帯も小物も全部揃ってて、見るだけで目がチカチカするようなそれを広げて『じゃあ着ようか』って梅田に声をかけて。
本来は衣装スタッフさんが着せてくれるんだけど今日はもう帰ってしまったから、たまたまここに残ってた俺と照くんが手伝うことになって。
疲れた顔でずっとぼーっとしてた梅田は拒否する時間も与えられないまま、こうして鏡の前に立たされてる。
それで、めちゃくちゃあわあわしてる。

結構派手じゃね?あー、でも金さん銀さんと並ぶとこのくらい色があった方がいいか
うん、舞台で映えると思うよ。あとお化粧もするし。カツラもつけるしね
梅田、横向いて?
「は、はい」
うん、こっちはOK
基、あと髪飾りね
「はい。…これはどこに付ければ?」
晴が一番美しく見えるところだよ
「え、どこだろ、難しいな…」
難しくないよ。女性はね、みんな美しいから

宮舘くんらしい言葉だな、さすがだな、なんて思ってたら持ってた髪飾りを抜き取られる。
ボサボサだった梅田の髪を梳いてパパッと整えると、髪を耳にかけて桜の髪飾りで止めた。
ずっとあわあわ不安そうな顔してた梅田がぱちって瞬きして鏡に映った自分を見てハッて息を飲んだ。
大きく目を見開いて指先をぐりぐり擦り合わせて。

うん、いいじゃん!可愛いよ。すっごいお姫様
うん、お姫様だ。赤がメインだけど、所々金と銀を入れたのは正解だったね。ちゃんと金さんと銀さんの妹に見える
これ、みんなもファンの子もびっくりするんじゃない?

滝沢歌舞伎ZEROの二幕、梅田は佐久間くんと翔太くんが演じる金之助と銀之助の妹を演じる。
セリフも少なく出るのは数分だけど、そのたった数分のために艶やかな着物が用意された。
すべて宮舘くんのプロデュースで、すべて梅田のために作られてた。
梅田本人を見ながらなぜか稽古場をぶらぶら歩いてる宮舘くんの表情は柔らかくて、笑ってて、すごく嬉しそうだった。

この着物さっき届いて、本当は明日衣装合わせする予定だったんだけどどうしても今日晴に着てほしくて。絶対似合うし絶対綺麗だと思ったから早く見たくてさ。でも俺1人じゃ着せられないから、照と基いてくれて助かったよ
てか、この着物めっちゃいいやつっしょ?
うん、結構細かく要望出させていただいたんだけど、なんとか採用されたみたい
めっちゃ良いと思う。この色梅田っぽいよ
はぁー、なんか安心した。晴に似合わなかったらどうしようかと思ったけど、大丈夫だった。想像より何倍も、…綺麗だ

聞いてるこっちが照れてしまうようなことを宮舘くんは笑ってさらっとまるで当たり前だと言わんばかりにつぶやいた。
すごい、本人目の前にしてこんなこと言えない。
俺に言ったわけじゃないのに俺が照れてしまってキョロキョロすると、やっと梅田の視線が動いたのが見えた。
じっと鏡に写ってた自分を凝視してたのに、宮舘くんに視線を移して、ふわって笑いかけられて、それで、くしゃって顔を歪ませた。

「…っ!」
「梅田!?ちょ、待って!」

制止も聞かずに梅田は宮舘くんがつけた髪飾りを髪ごと引っ張って乱暴に外そうとしたから慌ててその手を掴んだ。
せっかくつけてもらったのになにを考えてんだ!
しかも無理矢理取ろうとするなんて!
そもそも引っ張っても取れないから!
梅田の手を掴んだ時、違和感に気付いて顔を覗き込んだ。
震えてる。
びっくりするくらい震えてて、冷たくて、小さくて、それで、目が合って名前を呼んだらもっと顔が歪んだ。

「うっ、」
「梅田!?ど、どうしたの!?大丈夫!?」
「ご、ごめんなさ、ふぶっ」
だてさん!?それは乱暴じゃない?
でも衣装が濡れるから

まただ。
また一歩が出なかった。
俺が一歩出す前に宮舘くんがもう触れてた。
くしゃって顔を歪ませた梅田の目はものの数秒で涙でいっぱいになって、頬にぶわって溢れ出した。
目の前で泣き出したからどうしたらいいのか分からなくて、思わず掴んでた梅田の手を離してしまって、その瞬間に宮舘くんの腕が梅田の目元に触れて。
急いだからか少しだけ乱暴になってしまったその当て方に照くんは苦笑したけど、梅田本人はさっきより震える手で宮舘くんの腕を掴んだ。
きゅって弱々しく掴んで、離さなかった。
くぐもった『ぐす、』って鼻を啜る音が何度も聞こえて、梅田の声が震えてた。

「ごめんなさい…」
大丈夫、衣装は濡れてないから
「そうじゃなくて、私、こんな、……こんな素敵な衣装貰えるような人じゃないです、だって、この衣装、最初は予定になかった、こんな豪華になる予定じゃなかった、ですよね、髪飾りだってなかった」
……
「私、なにもできてない、ほんとに足引っ張ってばっかりで、なにも、っなにもできてないの」
……
「なにもできてないのに、こんな素敵なことしていただくなんて、私が許せない、申し訳ない、着れない」
晴、
「ダンスも全然だめで、演技も全然だめで、みんなに追いつけない、いつのまにか後輩のジュニアが私を追い越して、椿くんはどんどん先に行っちゃう、影山が私の衣装褒めてくれるけど、私、そんな褒められるような仕事してない、だって、涼太くんはもう私なんかいなくても全部できちゃう、私なんかいなくても、全部、ぶん殴れるし、勝てる」
っ、
「梅田、」
「俊介にも迷惑かけてばっかりだし、横原は私にがっかりしてる、私、なにもできない、……ここにいる意味が見つからない」

ずっと走ってた。
滝沢歌舞伎ZEROが始まってから、梅田はずっと走り続けてた。
みんなに追いつきたくて、置いていかれたくなくて、1人になりたくなくて。
自分に与えられた仕事をちゃんとやろうと、ずっと、必死だった。
でもそれはいつか限界が来る。
立ち止まらないと。
休まないと。
みんなと同じ目的に向かって走れてるのか確かめないと。
意味ってなんだ。
梅田晴がここにいる意味。
梅田晴を必要としてる理由。
見つからないなんて言わないでよ。
梅田がいらないなんて思ってる人は1人もいないよ。
いたとしても俺は許さない。
絶対許さない。
けど、俺はもう気づいてる。
友達の俺が言えるのはここまでだ。
『梅田晴は必要だ』って声を上げることはできるけど、『梅田晴が必要な理由』を証明できるほど、俺は梅田に踏み込んでいない。
踏み込むのが怖かった。
だって俺たちはグループでもなんでもないんだ。
ただの友達なんだ。

「っごめんなさい、ほんとにごめんなさい、私やっぱりこれは着れな、」


宮舘くんが腕を外すと、涙でぐしゃぐしゃになった梅田が顔を上げた。
ぐすって何度も鼻を啜るけど涙は止まってくれない。
宮舘くんが顔を覗き込んで涙が頬を流れる度に優しく袖で拭う。
その仕草が優しくて、暖かくて、なのに俺はずっと手を握り締めてた。

「涼太く、」
泣くな!
「っ、」
滝沢歌舞伎はお客様に感動を届けるための舞台だ。その舞台に立つ者が自分から『ここにいる意味が見つからない』なんて言うな。なんのためにここにいるか?そんなの誰も教えてくれない。誰も見つけてくれない。自分で見つけて、自分で最後まで突き通すしかないんだよ。誰になに言われても揺るがないものを自分で掴み取るしかないんだよ
「……」
俺は座長のSnowManだからはっきり言うけど、……自分で見つけろ。ここにいる意味も、ここにいたいって思えるような理由も。晴自身が見つけるしかない

深く、強く、止めどなく溢れる涙を拭う宮舘くんの熱と一緒に染み込んでいく。
それは梅田だけじゃない。
俺にも突き刺さって、身体の奥深くまで広がっていく。
俺たちジュニアがここにいる意味。
ここにいたいと思えるような理由。
それはなんだ。
誰が決める。
誰が見つけてくれる。
事務所か、ファンか、仲間か、先輩か。
きっと全部違う。
自分だ。
自分しかいない。
自分で見つけなきゃ、先には進めない。
梅田の涙は止まらない。
気持ちと一緒に溢れて、止まらない。
宮舘くんは一瞬たりとも目を離さずに梅田を見つめ続けて、笑った。

でも、宮舘涼太としては違うことを思ってる。座長SnowManじゃなくて宮舘涼太個人としては、……晴は必要だよ
「っ、」
確かに優秀じゃないかもしれない、みんなに遅れてるかもしれない。でも晴はちゃんとできてる。ちゃんとここにいる意味を持ってる
「涼太くん…」
大丈夫、晴の頑張りは見てるよ。俺も見てるしSnowManも見てる。もちろん基たちジュニアもちゃんと見てる。ちゃんと見てるから、大丈夫。不安にならないで
「っぐす…」
大丈夫。晴は強くはないけど決して弱い人じゃないから
「涼太く、っ、」
大丈夫

涙を拭う宮舘くんの手を梅田が掴んだ。
ぎゅっと掴んで離さなくて、強く、強く、その熱を求めてた。
子供みたいにわんわん泣いてるけどその顔はくしゃってなってない。
力が抜けて素直に涙が溢れて、それを優しい目で見ながら宮舘くんは梅田の髪に触れた。
踏み込んだ。
宮舘くんは、梅田に大きく踏み込んだんだ。
俺が躊躇してるその一歩を軽々と踏み出したんだ。
宮舘くんがつけた桜の髪飾りが揺れて、シャラって音が鳴った。
綺麗だと思ったのに、綺麗だとは認めたくなかった。
悔しくて悔しくてたまらなかった。






言葉にならない言葉を吐き出す間、照くんは黙って耳を傾けてくれてた。
終電間近の電車に人はまばらで、この車両には俺たちしかいなかった。
『どうした?』って聞いてくれた照くんの優しさに甘えてただただ溜まってた気持ちを外に出していく。
梅田がずっと心配だった。
友達だから助けたくて、笑ってほしくて、なんとかしたくて、でもなにも出来なかった。
なにもできなくて、ただ梅田のそばにいることしか出来なかった。
結局梅田は爆発する寸前まで不安に追い込まれてて、それでも俺は一歩踏み出せなくて、梅田は泣いてしまって、それで、宮舘くんが涙を拭った。
口から出てくるのは日本語だけど日本語になってない。
ただの気持ちの羅列。
それは段々自分の話になっていく。
ジュニアとして月日が経ち、同期や後輩がどんどん先に行ってしまって、俺はまだジュニアのままで。
ここから先の努力の仕方が分からなかった。
グループを組みたくて、でもやり方も分からなかった。
ネガティブな悩みじゃない。
気持ちはポジティブなのに進み方が分からなくて歯痒くて悔しくて。
SnowManさんみたいに進みたかった。
辛抱強く、強かに、一歩一歩、進みたかった。
静かに話を聞いてくれてた照くんは最寄り駅に着く寸前、俺の目をじっと見て、たった一言を残した。

欲しいなら理由なんか気にしないで踏み込め。じゃないと手に入らない

欲しいなら。
俺が、それを欲しいと思うなら。
踏み込むには理由がいると思ってた。
踏み込む理由になるような関係性が必要だと思ってた。
友達でも同僚でもなく、もっとなにか別のものが必要だと思ってた。
でもそんなものいらない。
ただ欲しいから。
俺が手に入れたいから。
そんな自分勝手な理由でも、突き通せば意味になる。
俺がここにいる意味。
梅田がここにいる意味。
そして、俺たちがここにいる意味。






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