『Top Of The World』MV撮影の話



どんよりした曇り空の隙間からうっすら陽の光が差し込んでる。
決していい天気とは言えないけど、逆にこの雰囲気が良さを引き立ててるかもしれない。
この衣装に袖を通すのは二度目だ。
ピンク色のグローブを付けてると、晴がうっとりした目で見つめてきた。

「ああ…!やっぱりこの衣装良すぎ…!」
「自画自賛?」
「自グループ自賛かな?」
「どういうこと?」
「IMPACTorsめっちゃかっこいいってこと」
「あー、そういうことか」
「やっぱりピンクグローブめっちゃいいよね。黒に映える。あとショートジャケットもいい。大河はやっぱりトップスは短め、パンツはキュッとしたスキニーが似合うと思うんだよね。袖が少し長いのも可愛い。この衣装、みんなが着ると最強だよ。シンプルにかっこいいけど笑うと可愛い。すごい。好き」

よく喋るなーって思って、とりあえず話を聞いておく。
衣装関連で興奮した晴は基本的にずっと喋ってるけど会話がしたいわけじゃないってもう知ってる。
テンション上がったまま俺の衣装とか手とか触ってくるけどされるがままにしておいた。
でも、こういうのを見つけて不機嫌になる人がいるわけで。

「うわ!まーたがちゃんとうめめがいちゃついてる!」
「いちゃついてない」
「同期トリオずるいんだよ相変わらず!距離!近い!ソーシャルディスタンス!いちゃいちゃしない!」
「いちゃついてない」
「椿くんもめっちゃ似合うよね。いいよ。銀髪なのがさらにいい。かっこいい」
「え、そう?うめめも可愛いよ」
「ありがとう」
「いちゃいちゃしない」
「いちゃついてない」
「どんな会話よ」

不機嫌な顔で話に入ってきた椿くんだったけど晴に褒められたら一気に顔が緩んだ。
メンバーだろうと女の子だろうと、誰からでも、着飾った自分をストレートに褒めてくれるのは嬉しいに決まってるから分からんでもないけど。
2人でスキップしながら踊り出しそうなほどうきうきしてたけど、もってぃがカメラを向けたら晴はサッと俺の背中に隠れた。

「もー、梅田、諦めなさい」
「嫌だ。カメラ苦手なの。無理」
「あ、無理って言った。ってことはもう無理だよ」
「諦めなよもってぃ」

もってぃが持ってるのは自前のカメラ。
結構いいやつで画質がえげつないし、すごく綺麗に撮れる。
お姉さんに貰ったらしく、今日の撮影の様子を撮ろうと朝から回してるのに晴はなかなか映ろうとしなかった。
もともとカメラがそんなに得意じゃなくて、ISLAND TVの投稿もカメラ係になりがち。
見かねた横原や奏が晴を撮って動画アップしてるけど数は多くない。
無理って言ったら無理なんだって、晴の性格分かってるのにもってぃは何度もレンズを向けた。

「せっかくだからメンバー全員撮りたいの」
「さっき撮ったじゃん」
「ブレてたの!梅田が走るから!」
「大河と椿くんがかっこよくキメてくれるから2人撮って。ダブルたいがだよ。あ、それかあらみな撮りなよ!可愛いよ!」
「俺は梅田が撮りたいんだってば!」
「っ、……横原!振り全部飛んだ!振り確認させて!」
「は?なんで全部飛んでんだよ」

あーあ、逃げられた。
奏と喋ってた横原を捕まえてTop Of The Worldの振り確認を始めた晴はこっちに背を向けてしまった。
スッと不機嫌な顔になったもってぃはレンズから目を離す。
わかりやすく肩を落としたから俺と椿くんは顔を見合わせて息を吐いた。

「まぁまぁもってぃ、そんな落ち込むなって。そのうちシャッターチャンス来るよ」
「アイドルなのにカメラが苦手ってやばいからね」
「せっかくカメラもらったから全員撮りたいのに…」
「さっき撮ってなかった?」
「あんまり上手く撮れてないんだよね」
「見せて?」

カメラについてたモニターを見てると、俺らメンバーが映ってる写真ばっかり。
お、さすがかげ。
主人公ばりのにっこりした笑顔が多いな。
みんなレンズに向けて笑ってるのに晴は困った顔しかしてないし、ブレてるのばっかり。

「あ!これは?これ結構写りよくない?」
「ほぼ隠し撮りだけどね」
「でも自然じゃない?いつものうめめっぽくて可愛いよ」
「まあたしかに」
「え、そう?梅田ってもっとかわい、っ、……もうちょっと良くない?」
「ちょっと待って今可愛いって言った!?」
「言ってない言ってない言ってない」
「言ったよね!?写真より実物の方が可愛いって言ったよね!?」
「言ってないから!」
「言ったね」
「言ってない!」

珍しい。
もってぃが梅田のことそういうふうに褒めたことなんて見たことない。
ポロッと出たってことは本音なのかな?
ここぞとばかりに椿くんに揶揄われて必死に否定してるけど、顔が赤いから全然意味ない。
ぐりって肩に回ってきた椿くんの腕を鬱陶しそうにするけど、無駄だと思ったのかもってぃは振り払わなかった。

「そんな照れることじゃなくね?メンバー同士で言うことあんじゃん。うめめだって俺らのことかっこいいってしょっちゅう言うし」
「別に照れてないから」
「身体あっつ。照れてんじゃん」
「……たとえ事実でも言わないようにしてんの」
「なんで?」
「なんでって、なんか、…俺や梅田が意図してない意味に捉えられたら嫌だから」

意味、とは。
メンバー同士で言う”可愛い”の意味なんてひとつだけだ。
メンバーとして好きだから。
それ以上でもそれ以下でもない。
それを分かってるから俺たちはお互いに褒め合うし、ありがとうを言うし、向けられた言葉を素直に受け止めてる。
でももってぃはそうじゃないんだろう。
もちろん晴のことはメンバーとして大事に思ってるだろうけど、たぶん、もってぃは晴のことちゃんと女の子として扱ってるから。
それはもってぃの性格か、本当に女の子として意識してるからなのか、俺にはわからないけど。

「別に言ってもいいと思うけどね。うめめ喜ぶよ?」
「梅田は大人だね、お姉ちゃんだね、って言った方が喜ぶよ」
「それは間違いない」
「じゃあ俺が言おう。カメラ用意!」
「え、」
「うめめー!」
「なにー?」
「もってぃがー!うめめは写真より実物の方が可愛いって言ってるー!」
「ちょ、椿く、」
「ぶっとばすぞ」
「うわ、もってぃどうした?めずらし」

今の『ぶっとばすぞ』は割と本気だったよ?
もってぃ怒らせたって知らないからね。
ピリッとした雰囲気が流れてもってぃの顔めっちゃ怖いけど、言われた本人は横原の隣で『へ?』って顔して固まってた。
固まって、怒ってるもってぃとまずいって顔した椿くんと、こいつらなにしてんだ?って顔でため息吐いてる横原を順番に見て。
スタスタスタってすごいスピードで近づいてきた晴は中途半端にもってぃが構えてたカメラを奪い取って、ピースサインで自撮りをした。
え、なんで自撮り?

「梅田、」
「だったら実物と同じくらい可愛く撮れるように上手くなってね」
「え、」
「返す」
「え、ちょ、俺?」
「横原ー!続きやろ!」

颯爽と戻ってった晴は怒ってないように見せかけてちょっと怒ってるかも。
椿くんのこと一回も見なかったし、苦手なカメラに自分で写ったし。
晴に押し付けられたもってぃのカメラを本人に返したいけど、椿くんを睨みつけてるから返せる雰囲気じゃない。
なんか、思ったより踏んじゃいけない地雷だった?
可愛いって言うことくらい普通だし、椿くんのからかいもそんなに悪いことじゃない気がするけどね。
咎めるような声はいつもよりちょっと鋭い。

「ばっきー」
「ご、ごめんて、そんなに怒るとは思わなくて」
「…はぁ、もー。次はないからね」
「本当にごめん!」
「あ、ねえ、待って。これ見て?」
「なに?」

カメラのモニターを覗き込んだもってぃは目を見開いて、そこに写ってる晴を見つめた。
たぶん、椿くんが晴を呼んだ時にもってぃが思わずシャッター押しちゃったんだ。
レンズ覗いてないから偶然撮れたものだと思うけど、たぶん晴がこの表情をしたのは一瞬だったと思う。
それを切り取れるって、本当に運がいい。

「可愛いなーうめめ」
「……」
「言わないの?」
「…言わないの」

言わないんかい。
『もってぃが可愛いって言ってる』って聞いてこんな照れた顔したのに、それでも言わないのか。
でも可愛いって思ってるでしょ、絶対。
ニヤけた顔が隠せてないし、さっきまでの鋭い声が嘘みたいに柔らかくなった。



backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP