モノクロリフレクション03



ジュニアマンションから見える東京ドームに涙が出そうになった。
自分の身体なのに自分の身体じゃないみたいな変な感覚。
キラキラ光るペンライトの海が綺麗だなって思うのに、それが一つも自分に向けられていない気がして頭がガンガンする。
俺の今の位置はここ。
ここからどこへいける?
どこまでいける?
ステージ真ん中から登場して歓声を浴びる、俺より後輩のグループまで?
センターステージで会場を最高潮に沸せるSnowManさんまで?
そもそもここにはいない、デビュー組の先輩まで?
どこまで俺はいける?
ああ、悔しい。
悔しくて心が張り裂けそう。
諦めとか腐ってるとか、そういうことじゃなくて、血反吐はきながら何年も滝沢歌舞伎をやってきたのにまだここなのかって現実に心がついていかない。
一言も喋ることなく、カメラに抜かれることもなく、俺の後ろにいる人にペンライトを向ける人の前で踊るのか、なんて、黒い感情ばかりが渦巻く。

「美 少年あと20秒しかない!」
「はい!」
「あー!浮所ちょっと待って!襟立ってる!襟!」
「へ?あ、すみません!」
「…はいOK!うんかっこいい!いってらっしゃい!」
「いってきます!」
「楽しんで!」

梅田はこんなに声が通る人だったっけ。
こんなに力強く後輩の背中を押せる人だったっけ。
俺と同じデザインのジュニアマンションの衣装を着たまま、少し伸びた髪をピンで適当に止めたまま、周りと身長を合わせるために用意されてたヒールの高い靴のままでステージ裏を駆け回ってた。
予定表もなにも見てない。
衣装に隠れる腕にびっしり書かれた文字を見ながらブツブツ呟きながら走り回ってる。
美 少年がステージに上がればすぐに別のジュニアの出番がやってくる。
その人がステージに上がるまで、そのギリギリまで、衣装を整えながら笑顔で声をかけてた。

「梅田!次あっち!」
「っ待ってください、まだせぶんめんが、」
「あー、それ私がやっとくんであっち!」
「はい!」
「梅田ー!」
「はい!すぐ行きます!」

刻々と状況が変わるステージ裏で梅田を呼ぶ声がずっと響いてた。
ずっとずっと、スタッフさんもジュニアも梅田を呼んでた。
梅田を必要として、梅田はそれに応えてて、俺が見たこともないような必死な顔で走り回ってた。

「っ、」

俺の隣を走り抜けていく時も、見向きもしない。
俺はそこから動けなかった。
東京ドームの歓声が遠くに聞こえる。
梅田は走ってるのに、俺は一歩も動けなかった。

地響きのような歓声の後、SnowManさんのデビューが決定したことを知った。
気の遠くなるような距離に、クラクラした。






「あれ?基もう帰んの?」
「うん、おつかれ」
「おつかれ!」

終演後の楽屋はかなり騒がしかった。
突然発表されたSnowManさんとSixTONESさんのデビュー。
会場では喜びの声と一緒に他のグループ担当の方の悲鳴もあったってスタッフさんから聞いた。
前に進んだ人と今いる自分の位置を突き付けられた人。
次は自分たちだって気合いが入る人もいれば、どうしようって落ち込む人もいて。
俺たち歌舞伎組は落ち込んでる暇なんてない。
明日からはKAT-TUNのツアーが始まる。
身体を休めて明日も笑ってステージに立たなきゃいけない。
わかってる。
わかってるんだけど心がしんどい時もあって。
今日はもう何も考えずに寝てしまいたい。

「梅田、大丈夫?明日からツアーだよね?」
「絆創膏貼っておけば大丈夫です、ありがとうございます」

ガサガサに枯れた声に顔を上げると、廊下の向こうから梅田がこっちに向かって歩いてた。
スタッフさんから受け取った絆創膏の束と全然減ってないペットボトルの水と、ジュニアマンションで履いてたヒールの高い靴を持って、靴下のまま歩くから足音がしない。
腕にびっしり書いてあった文字は汗で流れたのかほとんど消えかかっている。
疲れてる顔してたけど、俺と目が合ったらふわって笑った。

「俊介、お疲れさま」
「お疲れさま。足、どうしたの?血出てるよ」
「ずっとヒールで走ってたら靴擦れしちゃった」
「うわ、痛そう…。靴替えたらよかったのに」
「その予定だったんだけど、思った以上に余裕なくて…。気づいたらコンサート終わってた」

えへへって笑ったけど痛みがあるのは明白だった。
ボサボサの髪も血が滲んだ足も文字が消えかかってる腕も、全部梅田が頑張った証拠だ。
それと同時に、梅田が、今日、この場で求められてた証拠だ。

「梅田ー!」
「はい!」
「美 少年の衣装が1着ないって衣装班が呼んでる!」
「ええ!?靴替えたらすぐ行きます!」

ほら、また呼ばれた。
自分の背中からかけられた声に応えた数秒後、梅田がまた俺を見たけど俺は見れなかった。
梅田の顔が見れなくて、ただ、梅田が持ってた靴を睨みつけてた。

「ねえ、俊介もう帰るよね?」
「うん、帰るよ、俺の仕事は終わったし」
「あとで連絡してもいい?ちょっと、……相談したいことあって」
「なに?」
「え?あ、えっと、ここじゃ言えないからまたあとで電話してもいい?今日じゃなくても全然いいんだけど、できれば近いうちに話したくて、」
「っなんで俺?」
「へ?」
「俺に相談したってなんにもならないでしょ」
「俊介?」
「相談されても梅田の気持ちなんて俺はもう分かんないよ。みんなに必要とされてて、何度も呼ばれて、求められる人なんだよ梅田は。俺とは違う。俺が梅田に言えることなんてないよ。相談したって意味ない」

ああ、情けない。
悔しくて悔しくてもう吐きそうだ。
ジュニアマンションから見えたペンライトの海が俺に押し寄せてくる。
あの光が俺に向けられる日はくるのか?
向けてもらえるような人になれるのか?
俺の名前を呼んでくれる人なんて、一体何人いるんだ?
頭の中でいろんな人が『梅田!』って呼ぶ声が響いてる。
梅田は求められてた。
ずっとずっと、求められてた。
嫉妬なのか羨望なのか、もう、分からない。

「梅田はもう俺とは違う」
「っ、……当たり前だよ、みんな違うよ、同じ人なんていない」
「だから俺に相談したって意味ない」
「そうじゃない!そうじゃないよ、俊介…、求められてるとか必要としてるとか、そんなの関係ないよ」
「じゃあなに?冷やかし?ジュニアマンションしか出れないような俺になに相談すんの?衣装班から必要とされてる梅田が?」

ガン!って音と一緒に、靴が床に落ちた。
床に転がったヒールを目で追うと、ヒールがかなりすり減ってるのが分かる。
それが余計にイライラする。
震える手でそれを拾った梅田は俺をキッと睨みつけた。
睨みつけたけど、涙でいっぱいだった。

「……私は嬉しかったんだよ」
「……」
「あの日、『明日から笑えるなら何でも聞く』って俊介が言ってくれて、すごく嬉しくて、すごく救われたんだよ。だから相談したいって思った。誰にも言えない話も俊介なら話したいって思ったんだよ」
「……」
「俊介だけは、絶対、私の話聞いてくれるって信じてたんだよ…!」
「っ、……そんなの、梅田の勝手だろ」
「…もういい!」

足音は聞こえない。
血が滲んだ靴下のままで俺の横を通り過ぎた梅田がどこにいったのか、泣いてたのか、怒ってたのか、もう分からない。
後ろを振り返らない俺には、なにも分からない。
最低な言い方をした自覚はあったけど、発した言葉に対する思いは本音だった。
俺はきっと、自分が思ってる以上にプライドが高くて面倒くさい男で、好きな女の子の前で劣等感を見せたくないなんて変に強がる、どうしようもなく情けない人間だった。


backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP