モノクロリフレクション05



「うめめ、基くんのこと嫌いになったんですか?」
「…俺は時々新が怖いよ」
「え、なんで?」
「誰も聞かないようにしてたのになんで聞いちゃうかな」
「もう逆に褒めたいよ。新ってやっぱり人とは違うね。肝座ってる」
「え?」

うめめの言う通りだよ。
KAT-TUNのコンサート前にケータリングスペースにいたうめめは苦笑いしてお味噌汁を啜った。
何日か前からうめめと基くんの仲が険悪なのはみんな気づいてるけど、あまりにも険悪すぎて誰も話しかけられなかったのに新はなんでもない顔してその沈黙を突き破った。
1人黙々と食べてたうめめの正面に躊躇いなく座ったこともびっくりだけど、そんなストレートに聞くと思わなくてさらにびっくりだ。
2人が喋ってるところをしばらく見てない、というか基くんが近づくとうめめがあからさまに逃げていくんだけど、その光景はなんか異常。
俺が知ってる2人はいつもにこにこ笑ってるのに。
かといって俺ら後輩が首を突っ込んでいいのか分からなかった。
滝沢歌舞伎組の中でもうめめは先輩なほうだから。

「新と奏が心配するようなことは何もな、」
「そういうわけにはいかないよ」
「食べる量異常ですもん」
「これ何食目ですか?」
「5食?」
「ほらー、異常だ。大食いとかそういうレベルじゃないでしょ」
「全部残さず食べてるからいいでしょ」
「そんな食べてよく動けますね…、なんか、俺までお腹いっぱいになってきた」
「じゃあ春巻ちょうだい」
「っあ!……獲られた」
「お腹いっぱいって言うから」
「ええー…、ひどい…」

たしかにうめめは大食いだけど人の食べ物を奪ったりする人じゃない。
こんなことするってことは、なるべく態度に出さないようにしてるけどストレートに聞いてきた新にイラついてるんだ。
いつもお姉ちゃんぶってるけど、それを忘れるくらいイライラが支配しちゃってるんだ。
すんってした真顔がもう怖くて怖くて仕方がない。

「余計なこと気にしない。気にしてる暇あったらダンスの魅せ方を磨きましょう」
「うわ、結構リアルな指摘」
「昨日上田くんに言われたところ、ちゃんと直さないとね」
「はーい」
「あ、そうだ奏、3曲目の、」

言葉が途中で止まった。
俺に向いてた視線が上に伸びて、目が合って、ムッて不機嫌な顔になって。
うめめが箸を動かしたのと基くんがトレーを机に置いたのは同時だったと思う。
あ、やばい、この重い空気しんどい。

「ここ、座ってもいい?」
「あ、どうぞ」

新、なんでOKするの!?
絶対断るべきだったよ!?
基くんが近くに座ったのに存在すら感じてないように黙々とごはん食べてるうめめが怖いよ!?
え、うめめってこんな怖い空気出せる人だったの!?

「梅田」
「…なに?」
「それ食べ終わったらちょっといい?」
「よくない」
「っ、…5分でいいから」
「よくない」

笑っちゃうくらい噛み合ってないなこの2人。
基くんは箸も持たずにじっとうめめを見てるけどうめめは一瞬たりとも箸を止めない。
自分の分も新から奪った春巻もあっという間に口に放り込んでいく。
見ない、聞かない、応じない。
徹底して避けてるから基くんが可哀想だよ。

「梅田、」
「ごちそうさまでした」
「え、ちょ、うめめ!?」
「梅田待って、」
「待たない」

嘘でしょ、こんなに仲悪くなったの!?
ちょっとこれは笑えないよ。
呆然とする俺も新も眉間に皺寄せた基くんも無視してうめめは席を立った。
乱暴に椅子を引いたけど両手を合わせた『ごちそうさま』がいつものうめめのままで、イライラした態度とかけ離れた丁寧さに頭が混乱しそう。
え、ガチギレしてんじゃん。
うめめが見えなくなったのを見計らって新が声を潜めながら問いかけた。

「基くん、あんな嫌われるようなことしたんですか?」
「っ!?新もうやめて!」
「そうだぞ新!基のHPはもうゼロなんだから!」
「影山くん…」

わざと明るく茶化すような言い方をしたけど、影山くんは眉を下げて笑ってた。
この世の終わりみたいなふかーいため息を吐いた基くんを見てお手上げポーズをした影山くんを見て、あーもう俺らに出来ることないかもって思ってしまった。
うめめのガチギレまじで怖い。
こんなに無視する?
それなのにコンサート中とかISLAND TV撮ってる時はにこにこしてるからすごい。
オンとオフの切り替えを徹底してるけど、ここまできたらもう意地だと思う。

「…もー、わかった。俺がなんとかする!」
「え、なんとかって?」
「任せなさいって!」
「……大丈夫かな」

なにがどうなったらなんとかなるのか分からないけど、俺らは影山くんに託すしかなかった。






ない、ないないない!
私のiPadがない!
え、なんで!?
コンサート会場ではずっと持ってたはずで、最後出てくる時にも確認したはずなのに!
じゃあなんでないの?
ホテルの床にパンパンになってたリュックをひっくり返した。
溢れる荷物をかき分けて探すけど全然見つからない。
困る、どうしよう、なんで?
あそこには今まで描いたデザイン画も仕事に使う情報も全部入ってるから失くしたら大変なことになる。
どうして、なんで、忘れ物なんて滅多にしないのに。

「見つからなかったらどうしよう…」

心臓バクバクで泣きそうになりながら唇を噛んだ時、ポケットに入ってたスマホが鳴った。
画面には影山の名前が映ってて、通話ボタンを押したら相変わらずの明るい声が聞こえてきた。

「…はい」
『あ、晴?今どこ?ホテル?』
「うん、そうだけど」
『あのさ、さっき気づいたんだけど晴のiPad俺の荷物ん中入ってたわ』
「ええ!?なんで!?」
『分かんねえ。たぶん車の中で荷物ごっちゃになったんだと思う』
「えー、そんなことあるかな?」
『ほら、暗かったし新が鞄の中身ぶちまけたじゃん?みんなで拾ったからたぶんそん時だよ』
「それはあり得るかも。私のリュックも巻き添えくらったし」
『今そっち向かってるから、』

ピンポーン

影山の電話とタイミングを合わせるように部屋のインターホンが鳴った。
椿くんたちとごはん行くって言ってたのにわざわざここまで持ってきたくれたんだ。
よかった、とにかく早く手元に戻ってきてほしかったから。
影山、優しい。

「届けてくれたの?ありがとう!」
『あ、いや、』

影山が私の部屋まで届けてくれたんだって疑わなかったからドアスコープも覗かずに勢いよくドアを開けて、ピタって動きが止まる。
気まずそうな顔して立ってた俊介と目が合って一気に顔が曇ってしまった。
影山、じゃない!
ムッとしたままスマホを耳にあてる。

「影山、騙したな」
『人聞き悪いこと言うなよ。俺が届けるなんて言ってねえし』
「だからってなんで、」
『あ!焼き鳥来たから切るな!基から受け取って!』
「は?ちょ、影山!?」
『また明日な!』
「影山!」

どんなに叫んでも通話はもう切られてる。
これ、絶対騙された。
影山はあほなところがあるし空気読めないところもあるけど、今私と俊介が仲悪くなってることに気づかないわけない。
気づいた上で、何も考えずにこういうことする人でもない。
つまりこれは全部、影山の策略通りだ。
俊介が持ってるのは私のiPadに違いなかった。
じっと見る視線から逃げるようにドアに半分身体を隠した。

「…おつかれさま」
「…うん。iPadは?」
「はい」
「ありがと、…え、」
「……」
「ちょ、え?」

持ってたiPadに手を伸ばしたけどその手は空を切った。
私の手をかわすように何度もヒョイってiPadを動かして全然渡してくれない。
なんなの。
イライラを隠そうともせずに睨んだら、うぐって息が詰まった。
なんでそんな顔するの。
眉を下げて困った顔で、泣いてしまうんじゃないかって私の様子を伺ってる俊介を見て、なにも感じないほど冷たくはなれない。
iPadを背中に隠した俊介は、ドアが閉まらないように手で押さえて私の顔を覗き込んだ。

「卑怯な手使ってごめん」
「…うん」
「先に目的言っちゃうけど、この前のこと謝りにきた」
「…うん」
「5分でいいから話したい」
「……」
「お願い、1回でいいから仲直りのチャンスほしい」

ドアを押さえてた手が離れて目の前にiPadが差し出された。
これを受け取って部屋に入って鍵をかけることは出来る。
むしろその選択肢もあることを俊介は示してた。
ここで話を聞かずに距離を置くこともできるけど、でも、したくなかった。

『うめめ、基くんのこと嫌いになったんですか?』

嫌いになるわけない。
好きだよ。
大好きで、信じたくて、大事な友達だと思ってるから。
だから無視しちゃうくらい悲しかったんだ。

「……どうぞ」
「ありがとう、梅田」


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