モノクロリフレクション06



視線は絶対逸らさないって決めてた。
梅田が何を言おうと、どれだけ拒絶されようと、俺からは絶対に視線を逸らさないって決めてから部屋に足を踏み入れた。
俺ら男たちの二人部屋とは違ってシングルベッドが1つ。
狭い床にはリュックと荷物が転がってて、さっきまで必死にiPadを探してた様子が目に浮かんだ。
荷物をパパッと片付けた梅田は、キョロキョロ部屋を見渡してベッドの端を指さした。

「そこ座って」
「え、ここでいいの?」
「うん。椅子は今使ってるから」

さすがにベッドを指定されると思わなくて躊躇ったけど、梅田の視線の先にあった椅子には荷物がいっぱいだった。
たしかにそこには座れないか。
出来るだけ端にゆっくり腰を下ろすと反対側に梅田が座って、ちゃんと向き合ってじっと視線が合うのは本当に久しぶりだって実感する。
真っ先に謝罪をしようとしたのに、先に梅田が口を開いた。

「5分で帰すつもりないから」
「え?」
「私、5分で帰すつもりないからね。だから俊介も5分で帰れると思わないで」

まるで不良に捕まった時の気分。
2人っきりの密室で何されるんだ、なんて思って。
口から出た言葉は強かったのに梅田の表情は全然強くない。
不安そうな顔して、膝の上で両手をぎゅっと握り締めてた。

「私、めちゃめちゃ怒ってる」
「うん」
「たぶん、俊介が想像してる倍以上にショックだったし、悲しかったし、イライラしてるから」
「うん」
「でも、……それでも俊介のこと大事な友達だと思ってるから」
「っ、」
「だから、私が許すまで帰さないからね」

なんて謝ったら許してもらえるか、なんて言ったら悲しみが消えるのか、なんて伝えたらまた笑ってくれるのか。
いろんな言葉を考えたけど、何を言っても情けない男の言い訳になってしまうってわかってた。
だからもう、こうするしかない。

「俺は梅田のこと特別だと思ってる」
「え、」
「これまでずっと一緒に活動してきて、弱いところも強いところも知ってる。俺は周りのジュニアより梅田と仲良い自信があるし、誰より梅田のこと知ってると思う。1番近い存在だと思ってるし、1番近くにいたいって思ってる」
「……」
「梅田の家で言ったことに嘘はない。梅田が笑えるならなんでも話聞くし、俺に出来ることはしたいし、泣いてる顔より笑ってる顔の方が見たい。それは全部、梅田のことが特別だからだよ」

この気持ちを表す適切な言葉が見つからなかった。
“好き”では自分勝手、”親友”では浅い、”仲間”というには未来が不確かすぎる。
足りない頭で考えてなんとか絞り出した言葉は”特別”。
俺にとって梅田は特別なんだよ。
誰にもかえられない俺の”特別”で、だからこそ後悔が大きい。
履いてたスニーカーを脱ぎ捨ててベッドの上で正座して、そのまま頭を下げる。
こんなことで許されるかはわからない。
でも、許されるまで何度だって伝えるよ。

「ごめん」
「……」
「ジュニア祭りの時の俺は本当に最低だった。でも二度とあんなことしない。梅田は俺の”特別”だから、この先ずっと大事にする。絶対守る。約束する」
「っ、」
「もう一度だけ、俺のこと信じてほしい」

1番近くにいるっていうのは自分が思ってるより簡単じゃない。
梅田も俺もアイドルで、それぞれ叶えたい夢があって、周りにたくさんの人がいて、いつ恋をするかわからない。
いつか梅田が誰かと出会って、その2人で笑って、俺から遠ざかっていく日が来るかもしれない。
それでも俺にとって梅田が”特別”なことには変わりないから。
この思いを伝えたい。
想いは伝えられないかもしれないけど、思いは伝えたいんだ。

「…俊介」

ギシッてベッドの軋む音がしてスプリングが揺れる。
ゆっくり顔を上げると、俺と同じように正座をした梅田がまたぎゅっと指先を握りしめてた。

「私もごめんなさい。ずっと無視してて、本当にごめん。俊介のことすごく傷付けたと思う。ごめん。あと、……ありがとう。誰かの”特別”になれるって、こんなに嬉しいんだね」
「…うん」
「私だって俊介は”特別”だよ」
「っ、」
「”特別”なんだよ」

俺はこの時の梅田の顔を一生忘れないと思う。
心底嬉しそうに、俺が伝えた言葉を大切に抱き締めるように噛みしめて、口にした『特別』は宝物みたいに繊細でキラキラしていた。
目が合って、じっと見つめて、視線に耐えられなくなったのかふはって噴き出して。
あー、よかった、いつもの梅田の笑顔だ。
俺が大好きな笑顔だ。

「俊介」
「ん?」
「……改めて、相談してもいい?」
「俺でよければなんでも聞くよ」
「ありがとう」

正座してた脚を崩した梅田は目を伏せて髪を耳にかけた。
滝沢歌舞伎が終わって随分伸びた気がする。
髪はもう耳にかかってるのに何度もかけるから、なにか、言いにくいことなのかなって雰囲気を察した。

「…私、アイドルとは別の道を考えてる」
「っ、え、ほんとに?」
「うん」

予想もしてなかった相談に言葉が出なくなった。
アイドルとは別の道が何か、なんて愚問だ。
梅田は衣装を仕事にすることを考えてるんだ。
梅田の努力からしたら当たり前の選択肢だったけど、本人の口から発せられると一気に現実味を帯びてくる。
アイドルを辞めて、衣装の道に進む。
そんな選択肢が梅田の中に生まれてる。
俺が口を噤んだからか、梅田が不安そうな顔して目を伏せたから慌てて俺も脚を崩して近づいた。
引いたわけでも否定したいわけでもない。
だからといって、手放しで応援できるわけじゃないけど。

「それはもう決めてるの?」
「ううん、まだ何も決めてないけど、でも、そんな道もあるのかなって思ってて。頭の片隅で考えてるくらい」
「そっか…、うん、そうか…」
「……ごめん、相談したいって言っておきながら急にこんなこと言って」
「ううん、大丈夫だよ」

答えを求められたらどうしようかと思った。
俺は今、梅田に伝えられる明確な答えを持っていなかった。
梅田が今までたくさん頑張ってきたことを誰より知ってるから、何も言えなかった。
アイドルを辞めないでほしい、衣装を頑張ってほしい。
どちらも正解で、どちらも間違いな気がしてしまって。
梅田も答えは求めてなかったのか、今この場で答えを出すことが怖かったのか、その先を何も言わずにホッとした顔で息を吐く。
誰にも言えなかった悩み、誰にも伝えられなかった迷い。
それを少しだけ俺の肩に下ろすことで、ゆっくり息を吐いた。

「聞いてくれてありがとう。俊介に聞いてもらえてちょっと楽になった」
「うん」

ベッドから立ち上がったのはこの話が終わりの合図。
俺も立ち上がってスニーカーを履いてるとベットサイドの時計が視界に入った。
最初に宣言した5分はとっくに過ぎてて、でも一瞬で2人の時間が終わってしまったようにも思う。
前を歩いてた梅田がドアを開けようとしてて、無意識にそのドアを後ろからトンって押さえた。
ドアは開かない。
もう少しだけ、ここに。
え?って顔した梅田が振り返って、近い距離で視線がぶつかる。
少しでも近づいたら身体が触れる。
なにかきっかけがあれば触れられる。
そして、俺はもうそのきっかけを持ってる。

「っ、」

ドアを押さえてる手とは反対の手で梅田の手に触れると、びっくりした顔したけど嫌がらなかった。
冷たい。
さっきまでずっと梅田自身が握りしめてたのに、すごく冷たい。

「俊介、なに?」
「んー、……特別だなって思って」
「あはは、なにそれ」
「なんだろね」

指先を絡めても梅田は嫌がらなかった。
存在を確かめるようにぎゅっと強く握ると握り返してきて、じんわり温かくなっていく。
どうか、この手と繋がるのは俺の手でありますように。
そしていつか、”特別”の先にある想いを伝えられますように。


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