モノクロリフレクション08



KAT-TUNさんのライブが終わった後、びっくりするくらい梅田に会えなくなった。
10月から舞台『ジャニーズ伝説』が始まって、俺、ばっきー、横原、奏はほぼ毎日日生劇場にいる。
げえくんと新は虎者の稽古が大詰めでかなり忙しい。
で、梅田はというと、大きな仕事は入ってないけど通常レッスンと大学の講義で忙しくしてるらしい。
俺が持ってる梅田の情報が”らしい”しかなくてため息が出る。
自分も忙しかったのと元々連絡がまめな方じゃないから梅田に連絡するタイミングがなくて。
まあ、何も連絡こないってことは何事もなく元気なんだと思うけど。
それにしたって、気にならないわけじゃない。

「うわー」
「よこぴーどしたの?…あ、うめめと大河くんだ。久々に顔見たかも」
「なになに?」

日生劇場の楽屋で、奏が横原のスマホを覗き込むと2人して声を上げた。
なに、そんな面白いことあったの?
俺も奏の横から覗き込むと、そこにはがちゃんと梅田が映ってる写真。
あわせてがちゃんからメッセージが送られてくる。

『爆睡』

「2人ともちゃんと大学生だな」
「大学生してんなー」
「うめめでも授業中寝るんだね。意外」
「ちゃんとしてるように見えて、そうでもない時もあるよ」
「こんなわかりやすく寝るやついる?」

がちゃんから送られてきた写真に映ってたのは講義室っぽいところで机に突っ伏して寝てる梅田と、それを前の席から自分も入れて自撮りしてるがちゃんだった。
大きな窓から入ってきた太陽の光が梅田のメガネに反射してる。
メガネなんてかける人じゃないから、一応の変装なのか。
机に散らばったルーズリーフやぱんぱんに詰まったリュックはいつもの梅田と同じだけど、こうして写真で見ると普通の大学生に見える。
レッスン着とは全然違う見たこともないような可愛らしい服と、ふわふわした髪が梅田を知らない人みたいに見せている。

「てかなんで2人で写真撮れるの?」
「あー、奏は知らなかったっけ?この2人大学一緒」
「え!?あ、そっか、なんかそれ前に聞いた気がする。あれ、同い年?」
「ううん、梅田は今4年」
「がちゃんは3年じゃなかったっけ?」
「あ、うめめは休学してたのか。えー、同期で同じ大学なんて仲良いね」
「偶然らしいけどね。梅田が明治学院選んだのは中島健人くんの影響だし」
「へー」
「…あ、動画来た」

がちゃんから送られてきた動画を横原がタップすると、梅田がボサボサの髪を撫で付けながらメガネを外して目を擦ってた。

『晴、寝過ぎ』
『やってしまった…、あー、レジュメ…』
『もらっといたよ』
『ありがとう、助かります』
『ねえ』
『んー?』
『これ横原に送るからなんか言って』
『横原?なんで横原?』
『今何してんの?って連絡きたから送るわ』
『何してるって、…勉強してるわ』

「いやしてねえだろ」
「動画に突っ込むなって」

『えー、なんだろ、なんかって何?大河なんか言ってよ』
『俺はいいよ。晴なんかメッセージないの?』
『あー、じゃあジャニーズ伝説の衣装の写真送ってほしい。出来るだけたくさん。せめて全身、横、後ろのパターンがほしい』
『だって横原。よろしくね?』
『よろしくー』

お願い、って両手合わせた梅田がカメラいっぱいに映って、そこで動画は終わってた。
梅田らしいっちゃらしいけど、まさか動画でお願いされるとは思ってなかったのか横原は呆れ顔だ。

「めんど」
「とか言って、ちゃんと送ってあげるんでしょ?よこぴー優しいから」
「やんないよ。…あ、つばっくん!」
「なにー?」
「梅田のお願い聞いてやってよ」
「え、うめめ?聞く聞く!最近会えてないけど元気なの?」
「大学で爆睡してるよ。動画見る?」

楽屋に戻ってきたばっきーにさっきの動画を見せてる間、違和感に気づく。
梅田の髪が伸びてる。
いつも伸びたらすぐに短くするのに切った様子がない。
それがなんだって言えばそうなんだけど、すごく気になった。
梅田がショートヘアを貫くのは『衣装とパフォーマンスで魅せたいから、髪型はいつも同じでいい。そっちの方がパフォーマンスの変化がわかりやすいでしょ?』って言ってたからだ。
じゃあ、なんで今は切らない?
偶然か?






会えないって思ってたのにその姿を不意に見つけると、びっくりして固まってしまう。
俺が知る限り、今梅田に大きな仕事は来ていないから大学とレッスンに専念してると思ってて、だからこの時間に事務所にいるとは思わなかったし、まさかそんな恰好でいると思わなかったんだ。

「え、なんかあったの?」
「久々に会った第一声がそれ?」
「いや、だって、え、どうしたの!?」

所属タレントなら誰でも入れる事務所の食堂の隅に座ってた梅田は黒いスーツを着てた。
私服っぽくないしおしゃれ用でもない、所謂リクルートスーツってやつだと思う。
真っ黒のジャケットは椅子にかけられてたけど、白いシャツと膝丈のスカート、黒いパンプスは見覚えがある。
去年、俺が大学卒業する前に同級生が着ていたから。
食堂の机に大盛りのパスタがなかったら、まさかリクルートスーツの女の子が梅田だなんて気づかなかったと思う。
見慣れない姿に動揺したまま目の前に座ったら、定食のお味噌汁が少しだけお盆に零れてしまったけどそんなことどうでもよかった。
不満そうな顔した梅田は眉を寄せたまま挨拶を強請った。

「久しぶりに会ったのに最初に話すのが『なんかあった?』は嫌」
「へ?あー、ごめん。久しぶり梅田、元気だった?」
「うん、大正解。久しぶりだね、俊介。めっちゃ元気」
「じゃあ早速聞くけど、それ、どうしたの?」
「ん?スーツ!」
「見たらわかるよ」
「俊介はどうしたの?舞台中でしょ?」
「今日は休演日」
「休演日に事務所くるって、相当仕事熱心だね」
「仕事あったから来ただけ。梅田は?今日はここで仕事?」
「んー?」
「んー?じゃなくて」

俺の問いをすり抜けるような返事にムッとしたのに梅田がケラケラ笑ってるからさらにムッとしてしまった。
イライラを見せつけるよう味噌カツに豪快に齧り付いたら、さすがに笑うのをやめてフォークを置いた。

「午前中、ゼミのプレゼンがあったんだよね。うちのゼミ、プレゼンする人はスーツ必須なの」
「そうなんだ。卒論関連?」
「まあそんな感じ」
「そっか…」
「…安心した?」
「え?」
「就活じゃないよ」

気付かれてた。
今後は俺が箸を置く番。
涼しい顔した梅田は器用にフォークにパスタを絡めてぱくぱく食べ始めた。
言われたことは図星だ。
リクルートスーツの梅田を見た瞬間、真っ先に浮かんだのは就活だ。
KAT-TUNツアーの遠征先で相談を受けた後、梅田とその話をしたことはなかった。
なかったから、どんな決断をしたのか、そもそももう決断したのか、俺はなにも知らなかった。
もしアイドルと別の道を選んだとしてもいきなり上手くいくのはほんの一握り。
それは、ここを去っていく人達を見てきた俺たちは分かってる。
だからこそ新しい道を選ぶなら準備と計画と努力が必要で、梅田はそれをちゃんとやる人だと思うから。
リクルートスーツも書類しか入らないような薄い鞄も、控えめなメイクも、なにもかもがその決断のための準備に見えてしまう。
この続きを話すつもりはないのか、梅田は俺に箸を持つように手で促した。

「ジャニーズ伝説どう?順調?」
「順調だよ」
「みんなちゃんとごはん食べてる?」
「食べてるし、みんな元気。てか、質問がお母さんみたいだよ」
「あはは、そうかも。気になっちゃうんだよね、みんなのこと。最近大河にしか会ってないし」
「げえくんと新は?」
「昨日、新が電話くれて喋ったよ。影山はしばらく喋ってないな」
「そうなんだ。ジャニーズ伝説はいつ見に来る?」
「え?」
「見学。来るでしょ?ばっきーが『うめめいつ来るんだー』って毎日言ってるよ」
「あー…」

先輩であるばっきーの名前を出したのはわざとだ。
俺や横原、年下の奏の名前を出したとしても曖昧な返事をされると思ったから。
梅田は先輩のばっきーの名前を出して、曖昧な返事をすることはない。
言いにくそうに目を逸らしたから、やっぱりばっきーの名前を出してよかった。
狙い通りに返事はかえってきたけど思っていたものとは違って、また箸が止まってしまう。

「ごめん、行けないかも」
「…忙しい?」
「…うん、ちょっと」
「そっか」

強制させるものでもない。
来たからといってなにかが変わるわけでもない。
それでも、いつもだったら見学に来るのにそれをはぐらかしているのがすごく嫌だった。
なにか隠し事をされている気分。
すべてを知りたいわけではないけど、なにも知らずにどこかへ行ってしまうのは怖い。
それに、今の梅田に会えないのは辛い。

「梅田、」
「ねえ俊介」
「…ん?」
「まとまってない話してもいい?とりあえず喋りたくて。あ、食べながら聞いてもらって全然大丈夫」
「うん、いいよ」
「ありがとう。…滝沢歌舞伎の時に涼太くんが言ってたこと覚えてる?」
「…『ここにいる意味を自分で見つけろ』ってやつ?」
「そう。私ね、最近そればっかり考えてる」
「……」
「ここにいる意味って、なんなんだろう。本当はね、一番の理想って私の存在が認められることだと思ったの。“梅田晴”って存在が無条件に必要不可欠になればいいなって思ってたんだけど、でもそれって“甘え”なのかなって」
「……」
「仕事において、私が私であるだけで必要とされることなんてないし、それは意味のない存在理由な気がしてて。仕事って、なにかを生み出さないと対価を得られないでしょ?あ、対価っていうのはお給料だったり地位だったり歓声だったりすると思うんだけど、とにかく、そういうものを得るためには私が何ができるのかを示す必要があって。で、それってなんなんだろうってずっと考えてて。…ごめん、急にこんな話」
「ううん、いいよ、続けて?」

まるでぐちゃぐちゃのリュックの中身と一緒だ。
梅田は基本的には几帳面で、綺麗な空間が好きで、目に映るものは真っ直ぐに並べる癖があるけど、目に見えない頭の中はいつも散らかってる。
考えてる言葉と見えている景色と次にやるべき目標が時にごっちゃになって、アイデアとタスクの波で決壊寸前になる。
それを表しているのがいつもパンパンのリュックと、今みたいな言葉の渦。
考えていることを自分で整理するかのように吐き出すこの瞬間、梅田の中で必要な答えを弾きだそうとしているんだ。

「勝つためには努力が必要で、努力し続けなきゃいけないって思ってて。そのために私はなにができるのかなって、ずっと考えてて」
「…うん」
「それで、私、……あー、ごめん、なに話してるのか分かんなくなった。ゴール見失った」
「だいぶ煮詰まってるってことは分かった」
「はあ、…弱いなーほんとに」
「弱くはないでしょ」
「そう?」
「うん。梅田は弱くないよ」
「…ありがとう」

よく先輩方が『事務所に入ることより続けることが一番大変』って言っていた。
その通りだと思う。
でも辞めるって決断することだって大変で、ものすごく勇気がいることだって知っている。
まだ22歳だけどもう22歳だ。
将来を決めるには未熟過ぎるけど、無条件に夢を見るほど幼くない。
決断するタイミングはいくらでもあった。
進学、卒業、後輩のデビュー。
悔しさを原動力にして歯喰いしばってここまで来たけど、ここから先もその気持ちが続くかどうかは誰にも分らない。
ふと、俺になにができるんだ?って問う。
梅田より後輩で、梅田より仕事の数が少なかった俺が、同じアイドルとして何ができるのか、もしかして何もできないのか。
そう、きっと何もできない。
俺じゃなくて、例えば宮舘くんだって梅田の将来を決断することはできない。
だって梅田の人生だから。
それでも俺の気持ちを伝えるのは我儘なのかな。

「…髪伸びたね」

トレードマークだったショートヘアは肩よりも長く伸びて、触れると指の間をスルスル流れていく。
俺にとって梅田のショートヘアはアイドルの象徴だった。
衣装の魅せ方とパフォーマンスレベルを限界まで高めて、それ以外を削ぎ落とそうとする梅田の固い意志だった。
ほとんどが男で構成されたこの事務所で、俺らと並んでパフォーマンスをするための梅田の配慮でもあった。
あくまで自分はジャニーズ事務所のアイドルなんだと、そう、象徴していると思ってた。
それが今は長く伸びている。
俯けば梅田の顔を隠してしまうほどに長く、普通の女の子のようにふわふわで。

「切らないの?」
「切った方がいい?」
「…どうだろう」

切ってほしいと言えば梅田は切ったのかもしれない。
どんなに懇願しても切らなかったのかもしれない。
俺は、なにも答えを出せなかった。
梅田と出会って7年、滝沢歌舞伎で仲良くなって4年。
ずっと一緒にやってきた。
なにかきっかけがあったわけじゃない。
いつの間にか仲良くなって、いつの間にか隣が心地よくなって、いつの間にか好きになっていたんだ。
梅田がいなくなる未来なんて全く予想してなかったんだ。
俺は今、初めて梅田がいない未来を、もう二度とショートヘアが見れない未来を、覚悟しなければいけないと。
そう、強く、自覚した。




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