オリジナル衣装の話



それは、椿くんと奏のSHOCKが無事に千秋楽を迎えた後のこと。

「あれ?晴は?」
「さっきまでそこにいたよ。今いないけど」
「なんだよ、どこ行ったんだよ。晴ー!」
「げえくん、稽古時間じゃないから梅田喋れない」
「あー、そうだった!」

晴が喋れなくなってからしばらく経つけど、稽古の時は普通に喋ってるからうっかり大声で呼んでしまった。
稽古では声張っても大丈夫なくらいに回復したけど、大事をとってまだまだお喋り禁止令が続く。
近くにいても晴は返事ができないから、呼んでもだめなんだった。
リハ着に着替えるメンバーの間を縫って稽古場を見渡すけど晴の姿はない。
それに、SnowManさんもまだいないしスタッフさんも少なかった。
なんか、いつもと違う。

「…今日って俺らだけでリハだっけ?」
「SnowManさんも来るはずだけど」
「そういえば、俺らだけいつもより集合時間早かったね」
「あー、俺もそれ気になってた。なんでだろ?」
「居残り?」
「朝練的な?あり得るな。俺らまだかっこよく踊れてないし」

なんて話をしながら稽古に向けてストレッチしてた時、リハ場に晴が戻ってきた。
今日のマスクはまだ白い。
この後SnowManさんがリハ場に来たら絶対落書きされる、てか、お喋り禁止令が出てから毎日誰かしらに落書きされてるから。
ちなみに、昨日は佐久間くんが『梅田晴!参上!』って書いてた。
ん?
なんで大きなスケッチブック持ってんの?

「お、晴!どこ行ってたんだよ!」

突然ですが!皆さんに発表があります!

「え、発表?」

喋れないからスケッチブックをパッと広げて俺らに向けたけどそれを見てたのは俺くらいだ。
横原なんて見向きもしないでスマホ弄ってて、それに眉間に皺寄せた晴は書いてある文字を読むように俺にジェスチャーしてきた。

「突然ですが!皆さんに発表があります!…って晴が言ってるからみんな注目!」
「なに?」
「よこぴースマホやめて」
「なに?あー、梅田?なんかあんの?」

やっと全員の視線が集まると、今度は基に読んでほしいってジェスチャーをしてスケッチブックを捲る。
え、それ事前に用意してたの!?

「えーっと?…ついに完成しました!」
「なにが?」
「あ、あれか」
「あー、あれね」
「みんなが喜ぶこと間違いなし!」
「それはもうわかってる」
「なんだと思いますか?わかった人は挙手!」
「このくだりいる?」
「絶対いらない。ちゃんと読んであげてる基くん優しいよ」
「晴、引っ張らない方がいいよ。どんどんハードル上がるし」
「そのくらい自信あるってこと?」
「早く出せって!」
「もう何出てくるのがわかってんのよ」
「……」

ニヤニヤして高いテンションの晴、汗かく稽古の前に用意されたこの時間、晴が立つ向こうにある扉から聞こえるキャスターの音。
これから発表されることは何か、もう全員わかってるのに晴はもっと盛り上げたいのかスケッチブックを捲るけど、基は続きを読まなかった。

「梅田、結論まで飛ばしていいよ。俺らもうわかってるしめちゃめちゃ喜ぶから」
「俺もう着たい!出して!」
「早く出せー」
「うめめ早く出して」
「……」
「……というわけで!オリジナル衣装が完成しましたー!!!」
「やったー!!!」
「きたきたきたー!!!」
「やっぱり」
「全員わかってただろ」
「全然納得してない顔してる」
「うめめありがとう!」
「ありがとう」
「今日イチ嬉しい発表だよ!」

用意してたスケッチブックの半分も見せられなかったからちょっと不機嫌な顔したけど、扉からスタッフさんがハンガーラックを運び入れてくれたら晴の顔がパッと明るくなった。
俺らもその光景を見て一気にテンションが上がる。
晴が作った俺らの衣装。
眩しいくらいにキラキラ輝くその衣装は手に取ると壊れてしまいそうで、でも1秒でも早く袖を通したくて。

「やっば!!!え、待ってめっちゃかっこよくね!?」
「やばいやばいやばい!!!ジャニーズみたい!!!」
「奏、俺らジャニーズだから!!!」
「わかってるけど!!!わかってるけどさ!!!」
「あ、俺の名前書いてある」
「俺これ?丈短いやつ?」
「背中にIMPACTorsって書いてあるじゃん。かっこいい」
「自分の名前のシールしか貼ってないって、なんかいいね。今までは先輩の名前の上に貼ってたからさ」
「ちょっと待ってくれよ!!!かっこよすぎる!!!天才か!?」

ずっとずっと憧れだったジャニーズの衣装だ。
キラキラしててかっこよくて、それでいてものすごく強そう。
そういえば、この前宮舘くんが晴の話をしていた。
晴は何年も滝沢歌舞伎の衣装に関わってるけど、今年は信じられないくらい即決したって。
俺らにどんな衣装が合うのか、どんな衣装だったら勝てるのか、最初からわかってたみたいにスパスパ決めていたって。
迷うことなくこれを選んでくれたって。
やっぱり晴は天才だし、俺らのことが好きすぎる。
俺らがわいわい騒ぐ中、晴は衣装の説明をしようとしたのかスケッチブックを捲って見せてきたけど誰も見てない。
自分たちの衣装に夢中で、文字なんて頭に入ってこないんだ。
言葉なんかいらないよ。
説明なんていらない。
これを見ただけで晴がこの衣装にどれだけ思いを込めてくれたのかわかるから。

「はいこれ、梅田の衣装。とりあえず着替えな?俺らも着るし。いろいろ伝えたいことあるかもだけど、まずはこれ着て8人で並びたいから」
「……」
「俺らはここで着替えちゃうから。ね?」

ハンガーに”梅田”って書かれた衣装を晴に渡した基は、優しくその背中を押した。






梅田が用意した衣装を着た時、サイズが合わなかったことなんてなかった。
先輩のお下がりだろうと時間がない中で急遽用意された衣装だろうと、サイズが合わず違和感を感じたことなんて一度もなかった。
それは梅田が細かく俺らの採寸をして、ダンスの動きやすさも考慮して、ひとりひとりの癖まで考えて衣装を用意してたからだ。

「…やっば」

衣装を着た自分を鏡で見た時思わず声が漏れた。
これはもう、恐怖だ。
笑ってしまったのは嬉しいからでも楽しいからでもない。
紛れもない恐怖。
俺たちのために梅田が作った衣装があまりにもピッタリだったからだ。
くるって振り返った背中には”IMPACTors”って文字が入っていて、グループの名前を背負うことがどんなに覚悟がいることか、袖を通して改めて実感する。
凄すぎて足が震えた。
梅田、お前、なんてもの作ったんだよ。
怖くなってしまうくらいの衣装を用意した張本人は、着替えを終えて恐る恐るリハ場の扉を開けて中に入ってきた。
衣装を纏った7人を見て、その目が大きく見開かれた。
声が出せなくても息を呑んだのがわかる。

「うめめ俺と同じデザインだ」
「うわ!うめめめっちゃ似合うよ!かっこいい!てかあらちーとジャケット同じか!」
「なるほどね!デザインは2・3・3で揃えてるのね」
「晴!この衣装やばいって!めっちゃすごい!」

わーって騒いだメンバーのスピードについていけないのかパチパチ瞬きを繰り返した梅田は、メンバーに駆け寄って1人ずつ衣装を確かめてた。
ジャケットの丈とか袖とかインナーとのバランスとか、衣装担当としての役目を全うしたいのか完全な仕事モードで動いてて。

「……」
「…梅田?」

たまたまもってぃの番になった時、8人が横並びで並んだ。
鏡にその姿が映って、背中の”IMPACTors”が見えて、リハ場の照明を受けてキラキラ輝いてて。
その姿をじっと見てた。
目に焼き付けるように見て、それで、もってぃがもう一度梅田の名前を呼んだらパッと顔を上げてスケッチブックを手に取った。

「晴?」
「なんか喋りたいみたい」

きゅるきゅるマジックペンの音を聞きながら言葉を待った。
梅田にしては乱暴な文字が並んで、その気持ちの熱さに驚く。
1番近くで手元を覗き込んでた奏がみんなに聞こえるように読み上げてくれた。

「どうしよう!みんなかっこよくてやばい!」
「いやいや!うめめの衣装のおかげだから」
「そうだよ。晴の衣装がかっこいいからでしょ」
「でもさ、晴が言う通り俺らめっちゃかっこよくね?」
「自分で言う?」
「もう言っちゃう!てか言っちゃっていいっしょ!だって俺らこんなにかっこいいんだぜ!?」
「これでWildfire踊ったらめっちゃかっこいいよ!絶対!」
「とりあえず写真撮ろうか」
「撮りたい!俺、家族に送りたいんだよね。妹も喜びそう」
「あー、俺も親に送りたい」
「あ、続きがあるよ。えーっと、……みんなが着てくれて勝てるって確信した!ありがとう。でもありがとうじゃ伝わらない。…えー、うめめそんなにテンション上がってんの?」

声が出せないから、梅田は奏の言葉に何度も何度も強く頷いてた。
その表情だけでも十分伝わってると思うけどね。
嬉しそうに笑うメンバーを見て梅田も嬉しそうに笑って。
気持ちが文字になると余計に響いてきて。
その目元が少しだけ濡れていたこと、気付いてたけどなにも突っ込まなかった。

「じゃあハグでもしとく?」

なんて冗談で言ったのに、1秒もしないうちにぎゅうって抱きつかれて。

「横原」
「っ、ちょ、梅田!?本気にした!?」

びっくりして固まってる間にもう身体は離れてて、梅田は隣にいた大河ちゃんを抱きしめてた。
ほんの数秒。
されど数秒。
梅田に抱きしめられたのは初めてで、その身体が想像以上に熱くて、驚いてる暇もなくその熱は離れていく。
なにが起きてるのか頭で理解してる間、他のメンバーにも平等に与えられるハグとお喋り禁止令を破って呼ぶ名前を聞いてた。

「大河」
「うん」
「椿くん」
「はいおいでー」
「奏」
「あはは、うめめ珍しー」
「新」
「うわぁ、恥ずかしい…」
「かげや、」
「晴!俺もありがとうって思ってる!」
「…俊介」
「…うん」

一瞬の熱と、一度だけ呼ばれた名前。
たったそれだけ。
でも、梅田の思いも覚悟も”勝ちたい”って願いも、伝えるには十分だった。
全部、伝わってた。
数日後には幕が上がる。
俺たち8人がIMPACTorsになって、初めて全員で客前に出る。
“勝ちたい”って願いものせて、舞台に立つんだ。

「よし!写真撮ろう!あと円陣組もうぜ!!!」




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