お酒と彼女



「晴、決まった?」
「うーん、まだ」
「まだ?」
「まだ。えー、てかさ、やっぱりお酒よりごはんが重要じゃない?」
「そこまでいるかな?」
「いる気がする…。だって、お酒ってごはんを美味しく食べるためのものじゃん?」
「それは知ってんのよ。俺が言ってんのは、これ以上買うのかってこと」
「晴さ、自分が食べる量で考えんなよ?普通じゃないんだから」

へ?って顔してこっちを振り返った晴に、両手に下げてた紙袋を掲げた。
デパ地下の日持ちするお惣菜が詰まった紙袋は指に食い込むくらいパンパン。
十分吟味して買ったはずなのに、さっきから晴は『足りるかな?大丈夫かな?』って不安そう。
眉間に皺寄せた表情は、このお酒コーナーに来ても変わらなかった。

「口に合わなかったらどうしよう」
「新と奏はなんでも食べるっしょ」
「そうかな?嫌いなものとかない?ねえ影山、新の好み知ってるよね?」
「好き嫌いしないで食べろって言えばいいって」
「それ影山が言うならいいけど私が言ったら嫌われるわ」

2020年9月、新と奏がはたちになった。
みんなが何をプレゼントするか悩む中、晴は真っ先に『お酒とごはん』って決めて今日に至る。
2人はお酒が飲める歳になって、これから食の世界が広がる。
でもアルコールは合う合わないがあるから、まずはご家族とゆっくり楽しめるように家で食べられるお惣菜とお酒を。
そんな考えで晴は2人にお酒とごはんを贈ることにしたんだけど、それに付き合ってる俺とかげは正直もう疲れてる。
だって晴、全然決まんない。
いつものはっきりした思考とは違っていて、ごはん好きが全面に出ててちょっとめんどくさい。

「王道のビール?でも焼酎もいいよねー。カクテルも好き。お肉買ったからワイン?シャンパンかなー」
「無難なやつ選べば大丈夫だって」
「あ、飲みやすいなら梅酒は?」
「あー、いいんじゃね?」
「梅酒はだめ。うちの梅酒が1番美味しいもん。百貨店にも負けない」
「って言うけど、誰も飲んだことないじゃん」
「それな。噂でしか聞かない幻の梅酒」
「本当に美味しいって」
「信じらんねー、飲んだことないし」
「飲んだらわかるよー」
「誰も飲んだことないから分かんないよ」
「そんなことないから」

“そんなことない”っていうのは、誰か飲んだことがあるって意味なのか、誰も飲んだことないけど確実に美味しいって意味なのか。
問いかける前に晴はふふって笑って誤魔化して棚の上の方にあるお酒を手に取った。
うまくかわされたか?
晴の家にある自家製の梅酒はめちゃくちゃ美味しいらしいけど、飲んだことある人はきっといない。
甘くて、でもすっきりしてるそのお酒を晴は自慢するくせに俺たちの前には出さなかった。
新と奏がはたちになって、8人で集まってごはん食べる機会があれば出してくれるのかもしれないけど。
お酒を手に取ってラベルを見てまた棚に戻す。
その動きを繰り返してるけど、梅酒は手に取らなかった。

「あ!椿くんから電話きた!」
「着いたかな」
「地下一階にいるって言って。椿くんは奏の好み知ってるはず!」

手に取ったお酒は晴の好みには合わなかったのか、また背伸びして棚に戻そうとしたから後ろから瓶を取って俺が戻した。
高すぎて、爪先立ちの晴の背中がプルプルしてたから。
くるってこっちを振り返った晴があまりにもびっくりした顔だったからこっちもびっくりして目を見開くと、あははって柔らかく笑った。

「ありがとう、大河」
「いーえ」
「大河優しいね」
「いや、落としそうだったから」
「隣のやつ取ってほしい」
「はい」
「……これは違うな。隣は?」
「ん」
「あ、待ってその隣かな?」
「これ?」
「それそれ」
「…大河がうまく使われてる」
「パシリにすんなって」
「してないよ!」
「あ、椿くん来た」
「かげ、その紙袋なに?…あ、うめめお肉買ったの?奏はうなぎの方が好きだよ」
「うなぎか!買うわ!」
「まだ買うのかよ…」
「そんな食べらんないって…」
「大丈夫!多かったら私持って帰って食べる!」

ふんって謎にドヤ顔したけど、晴なら今日買ったもの全部食べられそうで怖いよ。




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