花火と彼女



2019年くらいの話
※IMPACTors結成前
※梅田は大学生


「……最悪だ」

どうしても行きたかったお店に寄った帰り、花火大会に向かう人混みに捕まった。
花火を見るベストスポットの〇〇公園は二駅先だから大丈夫だと思ってたけど、夏の風物詩を見たい人は俺の予想を遥かに越えてたみたいだ。
人の流れに沿って駅に向かうけど、お互いに肩がぶつかるし暑いしものすごく不快。
早くここから抜け出したい。
出来るだけ早歩きで人の波を縫うように前だけ見て進んでたら、ドンって誰かが横からぶつかってきた。

「っ、」
「すみませ、っあ!」

咄嗟に倒れてきた女性を受け止めたら見覚えのある顔と目が合った。
梅田だ。
青い浴衣を着てショートの髪が可愛らしく編まれてる。
滝沢歌舞伎の鼠小僧で見慣れた赤い着物とは正反対の色だけど、すごく鮮やか。
え、なんでここに?
向こうもびっくりした顔したけど、一瞬で体勢を立て直して俺の腕に自分の腕を絡めた。
え、…は?

「すみません!彼氏来たんで!もー、遅いよ悠毅!」
「は?」
「ごめんなさーい!」
「ちょ、おい!」
「待って!」
「うわ、逃げられた」

引き攣った愛想笑いを向けてたのは梅田の後ろにいた3人の若い男だった。
顔が赤いしお酒の匂いがきついし、全員漏れなくビール缶を持ってる。
なんだ、ナンパか?
その3人の正体を考える暇もなく、梅田は俺の腕を引っ張ってスルスル人混みを進んでいく。
波が途切れたところで上手く抜け出して、コンビニの角を曲がって細い脇道に飛び込んだ。

「おい、梅田、」
「ちょっと待ってね、…っわ!」
「いやいや、お前が出たらだめだろ」

あいつらが追いかけてきてないか確認するように角から顔出そうとしてたから慌てて腕を掴んでこっちに引き寄せた。
覗いてあいつらがいたらどうすんだよ。
酔っ払いなんて何するかわかんないんだから危ないだろ。
梅田を背中に隠して確認すると、あいつらはいなくて花火を目指して歩く人混みがすごい。
上手く撒けたか?
安心して息を吐いたら、腕を掴んでた俺の手に梅田が触れる。

「あの人たち追いかけてきてる?」
「いや、いなくなった」
「はぁー、よかった…。横原ほんとありがとう!助かった!」

パンって両手を合わせてありがとうって言ってるけど、何が何だかわからない。
薄暗い脇道でも梅田の困った表情と、いつもと違うメイクははっきりと見えた。
聞けば、大学の友達と遊びに来たら逸れてしまってどうしようかと迷ってたらあいつらに絡まれた、と。
俺が居合わせたのはたまたまで、びっくりしたけどここで逃げ切るしかないと思った、と。

「巻き込んでごめんね」
「それはいいけどさ、てか梅田ってジャニーズ以外にも友達いたんだ」
「あ、失礼だぞ」

ぷんぷんって効果音がつきそうな顔で機嫌が悪くなったけど当然の疑問だ。
事務所で会う時は男社会で仕事してて、仲良しなのはもってぃや影山くんや椿くんだ。
プライベートでもジュニアと遊んでることは知ってる。
だから梅田がジャニーズ以外の人といるところなんて見たことないし、俺は友達じゃないから大学の友達の話を聞く機会なんてない。
こう考えて実感するけど、俺は仕事以外の梅田を何も知らない。
青色の浴衣を選ぶところも、ぷるぷるな赤いリップを使うことも、動いたら取れてしまいそうな揺れるイヤーカフをつけることも。
小さな鞄の中でスマホが鳴ったようで、取り出したらバックライトが梅田の顔を照らす。
暑いのかメイクか、頬がふわって赤かった。

「友達から?」
「うん、もう〇〇公園着いたって」
「あー、あそこか。ここからだと、」

遠いなって言おうとした言葉が大きな音と光に遮られる。
脇道からはほとんど見えないけど、空がパッと明るくなってカラフルな光の粒が少しだけビルの隙間から見えた。
ここからじゃ全景を見れないけど、どうやら花火が始まったらしい。
『始まっちゃったよ…』って残念そうな顔したのに梅田はここを動こうとしなかった。

「…横原?」
「ん?」
「もう用事ない?帰る?」
「うん、帰るけど」
「じゃあ一緒に帰ろう!駅まで!」
「は?え、友達は?合流しないの?」
「今から行っても花火終わっちゃうし、私以外にも逸れちゃった子がいるみたいで自由解散になった」
「本当に自由だな…」
「この人混みだから仕方ないよね。まあ明日も大学で会えるから」
「……梅田、まさか俺をボディガードにするつもり?」
「そんなことないけど、いてくれたら心強いよ」

お願い!ってまた両手を合わせる梅田を見てため息が出た。
嫌とか呆れてるとかそういうことじゃなくて、なんて言うか、無意識にこうやって誘うのが上手いなって思ったんだ。
酔っ払いに絡まれたくないから一緒に帰ろう、っていうのが真理だろうけど、人によっては『もしかして俺と帰りたいのか?』って期待する奴もいるんだろう。
梅田はそういう、こっちが勘違いをしてしまうような”余白”が多いんだ。
ドーンって花火が上がるたびに梅田の顔に色の光が降り注ぐ。
花火は綺麗なはずなのに大きな音がなる度にびくって眉を寄せるから、そういえば梅田は雷が苦手ってもってぃが言ってたのをなんとなく思い出した。
ほら、また”余白”だ。
友達と合流する頃には花火が終わってしまうから帰りたいのか、俺と一緒に帰りたいのか、花火の音が雷に似てて怖いから帰りたいのか。
まあどれでもいいか。
どのみち帰ることには変わりない。

「じゃあ帰る?」
「うん!」

花火を見上げる梅田は別人に見える。
友達でも同じ事務所の同僚でも他人でもない、ただの梅田晴だ。
青い浴衣も赤いリップも揺れるイヤーカフも、俺を見上げて嬉しそうに笑う顔も、全部、俺が知らない梅田晴。

「ねえ、横原」
「なに?」
「花火綺麗だね!」

じんわりと滲む汗は、夏のせいだと思うことにした。


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