滝沢歌舞伎ZERO2021御園座ホテルの話01



「…いや、やめよう」

これはさすがに浮かれすぎている、かも、しれない。
名古屋遠征に持ってきたスーツケースの中に突っ込んでた淡い色のパーカーとハーフパンツを着てホテルの部屋の鏡の前に立った自分を見て、ちょっと引いてしまった。
いかにも気合い入ってる感じがよくない気がする。
そもそも、遠征用のホテル着なんてジャージで十分だし、こんなに脚を出す必要もないし、こんなに”女の子”な服を着る必要もない。
お風呂上りに丁寧に髪をブローする必要もないし、すっぴんで大丈夫かな?って気を遣う必要もないし、気休め程度にビューラーでまつ毛を上げる必要もない。
そう、ただの遠征なら。
私だって、ホテルで着るものなんて拘る必要ないと思ってる。
遠征に出発する前日、わざわざこんな可愛い服をスーツケースに入れた自分は何を考えてるんだ。
だって、でも、なんて言い訳ばかりが頭の中をぐるぐるしてる。
それもこれも、全部俊介のせいだ。
遠征に出る前に『タイミング合えば部屋行っていい?』なんて聞くからだ。
休演日前日の今日、『今日の夜行ってもいい?』なんてLINEしてくるからだ。

「梅田、なんか違うよ梅田…」

鏡に映る自分に向かって、うーん、って頭を抱えてしまう。
好きだと言ったのは俊介だ。
それに対して私は応えていない。
なのにこれじゃあまるで私が俊介のこと好きみたいだ。
違うよ梅田。
いろいろ順番が違う。
触れることもキスすることも可愛く見られたいって気持ちも、全部、好きになってから発生するものだよ。
“好き”に先行して発生するものじゃないよ。
こんなのおかしい。
違う。
滝沢歌舞伎を全身全霊でやりすぎて頭のネジを御園座に落としてきたのかもしれない。
浮かれてる自分が恥ずかしくなってパーカーを脱ごうとした時、コンコンってドアがノックされた。

「っ、」

ちょっと待ってほしい。
せめて着替えてからにしてほしい。
こんな気合いが入った服じゃなくて、もっと普通で無難な服に着替えてからにしてほしいって思ってたのに、ノックは鳴りやまない。
この格好じゃ俊介に会えない。
気合い入りすぎって引かれたらどうしよう。
無理だ、そんなの辛すぎる。
どこかの映画のスパイ並みに息を潜めて去るのを待ってたのに、ポケットに入れてたスマホからすごい音量の着信音が響いてしまって。
思わず『うわあ!』って声が出て、その拍子に通話ボタンを押してしまった。
なんたる不覚。
それ以前に、なんでマナーモードにしてなかったんだ私。
もう電話に出るしかない。

「…もしもし?」
『いるんじゃん』
「え、あれ?横原?」
『俺以外に誰が俺の携帯から電話かけんの?』
「びっくりして見ずに出ちゃった」
『そう。てか、部屋にいるなら開けてくんね?』

スマホ越しに聞こえる声とバッチリあったタイミングでコンコンってノックが聞こえる。
あれ?俊介じゃない?
なんだ、横原だったんだ。
今の自分の格好を思うと出たくないけど、ここで出なかったら怪しまれる。
断る理由が思いつかないし、変に疑われてこのあと俊介が来ることを悟られたくない。
出るしかない…!
背に腹はかえられぬ…!

「…はい」
「…どうした」
「お願いだからなにも突っ込まないで。横原ボケ担当なんだからボケて。私が全力で突っ込むから」
「ちょ、言ってること意味わからん」

恥ずかしくて顔が熱くて仕方がないし、横原の顔見れない。
だってこんな格好、仕事でもしたことないし、今まで遠征した時にもこんな服着た事なかった。
明らかに動揺した横原の声に、あーやっぱり着なきゃよかったなって思ったし、俊介が来る前に絶対着替えようって誓った。
こんなの全然、似合ってない。
用件を聞こうと思ったら廊下の向こうから知らない人が歩いてくるのが見えてハッとする。
関係者以外が通ることもあるから、あんまり廊下で話すのはよくないかもしれない。
横原を部屋に招き入れてドアを閉じると、周りの音が急に静かになった。

「明日さ、休演日じゃん?なんか予定ある?」
「ううん、なにもないよ」
「奏がひつまぶし食べに行きたいって」
「行く!!!」
「声でか」
「ひつまぶし絶対食べるって決めてた。やったー、嬉しい。横原も行くの?」
「奏が来てって言うから行くけど」
「照れちゃって。本当は嬉しいくせに」
「梅田が行くなら断ろうかな。お前めっちゃ食うし。見てるこっちが食欲なくすし」
「食欲なくすのは新でしょ。えー、一緒に行こうよ。奏は横原と行きたがってるんでしょ?行くしか選択肢ないよ。大丈夫保障する。ひつまぶしはめちゃくちゃ美味しい」
「梅田はなんでも美味いって言うじゃん」
「食が素晴らしいってことだね」

愛知の名物ひつまぶし。
絶対食べるって決めてたし、ウナギが好きな奏も絶対食べたいだろうなって思ってた。
休演日だからどんだけ食べても滝沢歌舞伎には影響しない。
こんなにいい条件で食べられる日はないよ。
最高のお誘いだ。
明日食べられるであろうひつまぶしを想像して完全に頬が緩んでたら、ニヤニヤした横原が私の脚を指さした。

「で?」
「ん?」
「今日どうした?」
「…お帰りくださーい、っあ!」
「いやいやいや、触れないわけにはいかないでしょ」

ドア開けて追い返そうとしたのに、内開きのドアは横原に抑えられて開けられなくなってしまった。
なんてことするんだ。
そもそも何が狙いなんだろう。
私をからかって楽しんでるな?

「どうした梅田。その服珍しくね?」
「……まあ、私にだって可愛い服着たい時もあるよ?」
「この後誰か来るんだろ」
「っ、」
「誰か来るから、そんな脚出してんの?」
「え、いや、ちが、」
「誰が来んの?てか、そいつって、」

心臓がドクドク言ってる。
どうやって説明したらいいんだろう。
なんて言ったらいいんだろう。
横原は私と俊介が付き合ってるって知らないしこの後ここに来ることも知らない。
だから変に疑われたらまずいよ。
返事に困ってたら横原の問いを遮るように、コンコンって、またドアがノックされた。

「しゅ、っむぐ、」

俊介が来たんだと思った。
だから思わず声が出ちゃったのに、名前言い終わる前に横原に口を押えられて声が出なかった。
え、なんで?
口を塞がれた手首を掴んだけど横原の力が強くて解けない。
顔を上げて横原を見て、余計分からなくなる。
なんでそんな焦った顔してるの?
なんでそんな『やばい』って顔でドア見てるの?
なんで、私の口から手離してくれないの?
分からないことだらけだけど、この状況をどうにかしたい。
声出せないし繰り返されるノックに反応できないから、このままじゃ部屋に誰もいないと思われちゃう。
この固まった状況を解いたのは、なぜか、聞きなれた大河の声だった。

「あれ?晴いないかも」
「えー、なんで?さっきよこぴーがうめめの部屋行くって言ってたよ」
「SnowManさんの方に行ったのかな。誰も出ない」

「…なんだよ、大河ちゃんか」
「ぷは、」

フッて、焦ってた顔が一瞬で消えた。
安心したような、悪い悪戯がバレなくてホッとしたような、そんな顔に切り替わって。
口から手が離れたから大きく息を吸ってると、横原は私のことなんて見向きもしないでドアを開けた。
ちょっと待ってその切り替え、なに?
聞きたかったのにドアが開いた音で帰ろうとしてた大河と奏がこっちを振り返ったから、なにも聞けなくなってしまう。

「あれ、いるじゃん」
「ほんとだ」
「ごめん、梅田が厳重にチェーンまでかけてたから外すのに時間かかった」
「よこぴーやっぱりここにいた。椿くんの部屋でゲームやるからおいでよ」
「いいけど椿くん大丈夫?新にボコボコにされてんでしょ?」
「今日こそは倒すって。うめめも来る?」
「あ、晴それこの前言ってたやつじゃん」
「へ?」
「その服、前にSnowManさんにおすすめされてたブランドでしょ?そこのブランドいいよね。俺も今狙ってる」
「そうなんだ。へー、可愛いね!」

大河ナイス!
なんて素晴らしい同期なんだ!
この流れ、逃さない!

「そう!そうなの!SnowManさんに勧められて買っちゃた!ブログ始まったからSnowManさんとお揃いの服で撮りたいなって思ってて!でも思ったより丈短かったから、写真は諦めようかな」
「たしかに。ネットで見るより短いね」
「ね。ちょっと残念」
「俺らで写真撮ろうよ。ブログに載せなくてもいいからさ」
「ありがとう奏。せっかくなら大河が買ってから撮ろうよ」
「え、俺買うの確定?」
「翔太くんも持ってるって言ってた」
「買う」
「即答かよ。…てか梅田、そうならそうって最初から言えって」

呆れた顔した横原はそれだけ言って背を向けて廊下を進んでいく。
もう話す気はないみたいだけど、その背中を見ながらホッとした。
よかった、上手く誤魔化せた。
あの理由ならもう怪しまれない。
大河ありがとう。
持つべきものは良い同期だ。






理由なんてなかった。
反射的に身体が動いた。
あの瞬間、ノックしたのはもってぃだって疑わなかった。
梅田があんな服をわざわざ着る相手はもってぃしかいないって確信してた。
だから、もってぃが訪ねてきた時に梅田と部屋に2人っきりっていうのは絶対にあってはならないことだった。
隠れたって意味なかったのに。
もしノックしたのがもってぃで、ドア開けるまで動かなかったら?
俺みたいに電話して、着信音で部屋にいることがバレたら?
絶対ややこしいことになってた。
それなのにあんなことをしたのはなんでだ。
なんで梅田の口を塞いで、バレないように身を潜めた?
なんで?

「あ、基くんおつかれ」
「っ、」
「おつかれー」

ちょうどエレベーターから出てきて廊下で会ったのはもってぃで、その手にはコンビニの袋があった。
中身はわからない。
自分のものなのか、誰かのものなのか。
なにも不思議なことなんてないのに、妙に緊張してもってぃを観察してしまう。

「椿くんの部屋でゲームするけど来る?」
「今日はいいや。さっき照くん達とやったし。あんまりうるさくしないようにね」
「基くんには言われたくないけどね!先週、うるさ過ぎてスタッフさんに怒られたんでしょ?」
「あれは深澤くんが悪い。…っ、よこ?なに?」

ほらまた、これも無意識。
つばっくんの部屋の前にいた俺らを追い越して梅田の部屋の方へ進んでいくもってぃの腕を掴んでしまった。
コンビニの袋がガサって音を鳴らす。
その音が妙に耳障りで、自分の気持ちがもっとわからなくなる。
なんで止めた?
なんで行かせたくない?
俺はもってぃを梅田の部屋に行かせなくないのか?
なんで?
わからないことだらけで混乱してるけど、なんとか身体に命令を出してもってぃの腕を離した。

「ごめん、なんでもない」
「そう?じゃあ俺もう行くね。あんまり夜更かししないように」
「はーい、また明日」
「じゃあね」

ひらひら手を振って廊下を歩いていくもってぃをじっと見つめる。
心なしか早歩きなのは、袋に入ったアイスが溶けないように急いでるからなのか、早く部屋に行きたいからなのか。
さっき腕を掴んだ時に見えた袋の中には、アイスが2つ入ってた。
もってぃがどの部屋に入ったのかわからなかった。
快く俺らを受け入れてくれたつばっくんが部屋に入れてくれて早々にドアを閉めたから。
確実なのは、アイスが2つあったってことだけだ。

理由を探してる。
なんであんなことをしたのか、理由を考えて、考えて考えて考えて、行きついた先にある答えは自分でも全然納得できなかった。
もしノックしたのがもってぃだったら、梅田の部屋に2人でいるところをもってぃに見られたら、あの瞬間、頭の中をぎゅるぎゅる全力回転させて必死に言い訳を考えてた。
そう、必死に言い訳を探してたんだ
梅田の部屋に行って、あの格好の梅田を見て、“触れたい”って思った自分の下心をもってぃに隠す言い訳を俺は探してたんだ。
これじゃあまるで…、

「嘘だろ…」
「こっちのセリフ!横原早く加勢して!負けちゃうから!」

ごめん、もう負けたかもしんない。



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