滝沢歌舞伎ZERO2021御園座ホテルの話02



「髪、ぼさってなってるよ?」
「へ?あー、ありがとう」
「ん」

アイスのカップとスプーンを片手で持って髪を梳くと梅田はへらって笑ってなされるがままだった。
ホテルの部屋の温度は温くて放っておくとどんどんアイスが溶けてしまう。
部屋に入れてもらって早々に食べ始めたアイスはもうすぐなくなりそう。
ベッドに腰掛けた梅田と椅子を貸してもらってる俺の距離はそこまで遠くなくて、お互いの膝が触れてる。
『部屋に行きたい』なんて言ったら緊張させてしまうかなって思ったけど、梅田はいつも通りのすっぴんでいつも通りのTシャツとジャージで、いつも通り荷物をスーツケースに突っ込んでた。
しかも机の上にはいつも使ってるiPadが出しっぱなしで、きっとギリギリまで衣装関連のなにかをやってたことがわかる。
本当に、いつも通り。
付き合う前となにも変わらない。

「はー、美味しかった」
「ほんと?よかった」
「これ食べたかったんだよね。期間限定だから今年はもう食べられないかもしれないって思ってた。最高。幸せ」
「……」
「なに?」
「ううん、なんでもない」

その顔が見たくて、コンビニ3軒回ってアイス探したって言ったらびっくりするかな。
稽古場で『これ食べたいよねー』なんてげえくんと話してるのを盗み聞きしてたんだけど、どうやらお気に召したみたいだ。
さて、食べ終わったらどうするか。
先に言っておくと、いやらしいことをするために部屋に来たつもりはない。
ただ単純に2人の時間が欲しかっただけだ。
遠征期間中はずっとメンバー皆で行動してるから2人になれるチャンスはない。
だから俺から動くしかない。
いきなり梅田の部屋に行ってもよかったけど、事前に告知したのは梅田に俺を意識してほしかったからだ。
付き合ってから始めてホテルの部屋で2人っきりになる。
嫌なら断れるはずなのに梅田は断らなかったから、少なくとも“彼氏の俺が部屋に行く”ってことは受け入れてくれるらしい。

「梅田…」
「ん?」
「なんでもない」
「ふは、なんでもないって顔じゃない」

ギシってベッドが軋む。
梅田の隣に腰掛けることに許可は取らなかった。
触れてもいい範囲は既に了解を得ている。
今更『隣にいっていい?』なんて聞かないし、『触っていい?』なんて聞かない。
こてんって肩に頭を擦り付けたら、ふふって笑った声が耳元で聞こえる。
目を閉じてゆっくり息を吸ったら、大好きな甘い匂いがした。

「弱ってる?」
「弱ってないよ、疲れてはいる」
「あー、今日も2公演だったもんね。どうする?もう部屋戻って休む?」
「戻らない」
「でも疲れてるんでしょ?」
「……疲れてるから梅田んとこ来たんでしょ?」
「っ、」
「…ふは、身体固まった」

ちょっと甘いこと言ったらかちかちに肩が固まったのが分かった。
反応が可愛いなー、なんて思いながらそのまま強引に押し倒したら目を丸くした梅田が不安そうにこっちを見つめた。

「ちょ、待って、」
「大丈夫、なにもしないから」
「俊介の“しない”は信用できない!前科があるから!」
「今日は本当。怖がらせるようなこと、なにもしない」

焦ってる梅田と冷静な俺の温度差がすごいけど、梅田に覆い被さってた体勢から隣に寝転がったらちょっとだけ警戒心が薄れた。
2人で寝るには狭いシングルベッドの上で向かい合って寝転がって。
押し倒したせいで乱れた髪を梳いてると、そういえばこうやってベッドの上で隣に寝転がるのは初めてかもしれないってことに気付いた。
近くで見たら梅田のまつ毛がくりんってなってて、間接照明が当たって目が綺麗。
梅田をじっと見ながら何度も何度も髪を撫でる俺の顔は完全に緩み切ってる。

「…俊介ってさ、髪長い人が好きなのによく私の髪触るよね」
「髪が長い人が好きっていうのはあくまでタイプだから現実は違うってことだよ。それに、梅田は伸ばさないでしょ?」
「伸ばさない。短い方がIMPACTorsで並んだ時に見栄えがいいから」
「うん、その考えすごくいいと思う。だから短いままでいてね」
「…短くても、好きなの?」
「うん」
「そ、…うなんだ」

なんで自分で聞いておいて照れるんだ。
ドギマギしてるのが可愛くて、ずいって近づいてぎゅうって抱き締める。
ああ、やっぱり甘い匂いする。
あと、いつもは感じない石鹸の香り。
遠慮がちに伸びてきた梅田の手が俺の背中に回ったから、それだけでもう顔が溶けそうなくらい緩んでしまう。
よかった、ぎゅって抱きしめてたら俺の顔は見えない。

「俊介?」
「んー?」
「寝そうでしょ」
「んー」
「呼吸ゆっくりになってきてる。あと、身体あっつい」
「このまま一緒に寝ちゃう?」
「それはだめ」
「分かってるけどもうちょっと」

甘い匂いとふわふわの身体と溜まった疲れに頭回らなくなってきた。
微睡みが気持ちよくて、このまま寝てしまえたらどんなにいいだろうかって、ボーっとする頭で考えてしまう。
梅田は嫌がるだろうし、だめって分かってるから自分の部屋に戻るけど、この時間が幸せすぎて逆に辛い。
もう目を開けてられなくて梅田をぎゅっと抱きしめてたら、もぞもぞ腕の中で動く気配がした。

「俊介?」
「んー?」
「怒らないでね?」
「んー、…っ!?」
「あっ、」

あっぶな、え、なにが起こった!?
ベッドのシーツが擦れる音とぐいって近づいた甘い匂い、薄ら目を開けた時に飛び込んできた光景に思わず顔を逸らしてしまった。
俺の背中に回ってた梅田の手が、いつのまにか肩に添えられてた。
ぐいって背伸びするように身体を近づけた梅田が、今、絶対、確実に、……俺にキスしようとしてた。

「っごめん!」

ガバって勢いよく起き上がった梅田は、真っ赤な顔して後ずさったから壁に背中をドンって打ち付けた。
真っ赤な顔で、眉を寄せて、100%後悔してますって表情で口元を抑えて。
申し訳なさ過ぎて俺の顔見れないのか、変に視線が泳いでる、
いやいや、なにがごめん!?
むしろ俺がごめんだよ!?
なんで避けた俺!?

「梅田、」
「ごめん、ほんとにごめん、や、違うの、私、俊介が嫌がることするつもりなくて、その、」
「っ嫌がってない!」
「っ、」
「嫌がってないよ。むしろ嬉しすぎるというか、現実か分からなかったからびっくりして避けちゃっただけ、ごめん」
「ごめん、急にしたらびっくりするよね、そうだよね、うん、ごめんなさい、なんかこういうの久々すぎて、その、勝手がわからなくなってる」
「…久々って?」
「え?あの、前に彼氏がいた時から時間経ってるし、どうやってキスしたらいいのかちょっとわかんなくなってて、」

梅田の頭の中がショートしてるのがよく分かる。
頭の中に浮かんだ言葉を整理できなくてただただ言葉が溢れてるだけ。
たくさん考えてるようでなにも考えてない。
仕事の時にこういう梅田を何度も見てきたけど、恋愛においてもテンパるとこうなるんだなって初めて知った。
あわあわしたまま所在なさげにこねくり回してる手を掴んで強く引っ張たら、今度は梅田が俺を押し倒したみたいだ。
ホテルの天井と、もっと顔が赤くなった梅田と、耳からぱらぱら落ちてくる髪を見て、どんどん欲しくなる。

「怒ってる」
「え!?」
「梅田が、俺と一緒にいるのに元カレの話したから怒ってんの」
「…怒ってないじゃん」
「怒ってるよ」
「怒ってないよ。だってすっごいにやけてる」

梅田の指摘は尤もだ。
大正解だ。
試験があったなら120点だ。
そう、俺は怒ってなんかいない。
元カレに嫉妬なんてしない。
どこの誰か知らないけど、そいつより梅田を好きな自信がある。
そいつより、梅田を大切にできる自信がある。
でもさ、俺は諦めが悪い男だしすっごいポジティブだから。
このチャンス、逃さない。

「梅田からキスしてくれないと許さない」
「っ!?…ずるいよ俊介」
「悪いのは梅田だよ。自覚あるでしょ?」
「…自首するから許して」
「自首したから逮捕するよ」

逃さない。
逃すわけない。
全力で照れて全力で逃げようとしてて全力で俺を意識してる梅田を逃がすわけにはいかない。
無理強いしてることは分かってるけど、多少強引でも俺のことを男として意識してほしかった。
俺に覆いかぶさって見下ろしてるからぱらぱら落ちてくる髪を耳にかける。
そのまま首裏に手を添えてもっと近づいたら、吐息が唇にかかる。
梅田は目を逸らさなかった。

「…キス、しても自分の部屋戻るよね?」
「戻るよ。約束する」
「じゃあ、どこまでしていいの?」
「え?」
「分からないから、帰りたくないって思う前に、…止めて」

今から15分後、俺は何食わぬ顔で自分の部屋に戻ることになる。
廊下ですれ違った新にも怪しまれないくらい、自然で、普通で、いつも通りの俺で。
このむずむずした気持ちを、部屋に戻るまで誰にも悟られないように隠し通した自分を褒めてあげたい。
ここを出る直前、梅田は『俊介が本気で怒ってたから、罪を償いました』なんて言ってたけど、もう何を言ってるか分からない。
あんなキスしておいて、罪滅ぼしとか言わないでほしい。
あれはずるい。
あれこそ大罪だ。
罪悪感でキスしたわけでも強制されてキスしたわけでも謝罪の意味でキスしたわけでもなかった。
あのキスは、梅田は俺のことが男として好きなんだって期待してしまうには十分で。
『帰りたくないって思う前に』なんて無理だ。
俺はこの部屋に入った時から帰りたくないって思ってたよ。
ずっとずっと、必死に理性と戦ってたんだよ。
何度も何度もキスする梅田の唇の感覚が消えない。
口開けてって言うみたいに、俺の唇に触れた舌のしびれるような感覚が今も身体中に残ってる。
その先はだめだ、帰る帰らない以前に一線超えちゃうって限界で梅田のキスを止めた後、梅田は謝らなかった。
一度も謝らなくて、悪いことしたなんて微塵も思ってない顔で、最後にもう一度俺を抱きしめたから。
今日はなにもかもが俺の負けだった。
優位に立って俺の欲望を叶えられたと思ってたけど、逆だった。
今日は最初から最後まで全部、梅田にやられっぱなしだった。



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