名古屋駅のホームの話



「本当に危険なので、各自気をつけてください」

SnowManさんの人気が凄まじいことはわかってた。
昔から身に染みてたし、この数ヶ月間滝沢歌舞伎を通して毎日実感してた。
この人たちはすごい、この人たちはかっこいい、この人たちは魅力に溢れてる。
でも、まさかこんなところまで影響すると思わなくて。

「梅田、リュック俺が持とうか?」
「ううん、大丈夫だよ、ありがとう」

名古屋駅の駐車場に着いた私たちIMPACTorsを乗せた車の中は緊迫した雰囲気が漂っていた。
事前にスタッフさんから説明があったんだけど、名古屋駅にファンの方が集まってしまっていて、現場は大混乱らしい。
一般の方にも迷惑がかかっていて、このままでは大変なことになる。
って言っても私たちにできることは少なくて、とにかく迅速に、安全に、周りに気をつけながら新幹線に乗り込むこと。
各自、周りをよく見て動くこと。
それしかできない。

「うわ、こりゃすげーな…」

名古屋駅の中は人でごった返していて、たぶんSnowManさんか私たちIMPACTorsのファンの方だと思う。
その数の多さに息を呑んで、リュックの持ち手をぎゅっと握りしめた。

「IMPACTorsの皆さんそろそろ行きます」
「はい!」
「怪我をしない、させない、安全第一」
「なにそれ、呪文?」
「心意気、的な?」
「それを言うならおまじないじゃない?」
「うーん、どちらかというと肝に銘じろ、みたいな」
「つばっくんたち、喋ってないで行くよ」
「はいはい」

キャップを深く被った横原に手招きされて、新幹線に向かって固まって歩き出した。
きゃーって歓声とざわざわした喧騒が聞こえるけど、応えてはいけない。
なるべく視線を向けず、手なんか絶対振ってはいけないって事務所から言われてる。
だって、本来はこの場で会うことはできないから。
きちんとした場所、例えば劇場で会うべきだから。
SnowManさんが乗車するまで混乱が大きかったせいで発車時刻までギリギリだ。
急がないと間に合わないし、もっと混乱が大きくなっちゃう。
でも誰かを怪我させてしまわないように気をつけないと。
あ、発車ベル鳴る、

「っうわ!?」

ホームに響いたプルルルルって発車音に気を取られた一瞬、視界がぐるんって回った。
なにが起こったのか分からなかったけど、ドン!ってお尻の痛みで無理矢理理解する。
当然のことながらSnowManさんの警備に人数が割かれてたから私たちについてくれたスタッフさんは1人だった。
みんな子供じゃないし、移動くらいできる。
そう思ってて、いつのまにか私が1番後ろを歩いてた。
だから隙があった?
誰かが私のリュックを思いっきり引っ張った。
強い力で強引に引かれて尻餅をついてしまう。
咄嗟に着いた手のひら、痛い。
荷物がぱんぱんのリュックは私の行動を制限するには十分で。
え、誰が引っ張ったの?
パッて後ろを振り返ったけど、誰が引っ張ったのかなんてわからない。
特定できない。
だってそこにはたくさんの人がいたから。
先に乗ってたSnowManさんを見ようと窓を覗き込む人、SnowManさんを追いかけてた人、もしかしたら私個人を追いかけてた人がいたのかもしれない。
リュックを引っ張られた恐怖よりも、なんでこんなことしたんだろうって疑問の方が勝ってしまって、自分に迫ってたものに気づかない。

「っうめめ!!!」
「へ?」

新に呼ばれてパッと顔を正面に戻したら誰かの手が私に伸びてた。
誰か分からない、リュックを引っ張った人なのか、それとも別の人なのか。
人混みの中から私に伸ばされた手は男性で、その奥に見えた口元がニヤって弧を描いて、あ、これはだめだってやっと気づく。
なにをされるかわからない。
その指先が私の髪に触れて頭に手のひらの熱を感じた時、パシッて乾いた音が鳴った。

「触んな」
「なっ、」
「うめめ立って!」
「っはい!」
「…新!」
「え、うわ!」
「っ、」

一瞬だった。
ほんの数秒間の出来事に頭が追いつかない。
怖い顔した奏がその男の人の手をパシッて叩いて、私の手を引っ張って立たせてくれた。
その手をぎゅっと握られたと思ったら思いっきり投げ飛ばされて。
新幹線の乗り込み口で腕広げてた新の胸にぱんぱんのリュックごとドンって飛び込んで。
衝撃でふらついたけど新は私を受け止めてぎゅっとしたまま倒れなかった。
なにがどうなったのか理解する間もなく発車ベルが鳴り終わって、扉が閉まる直前に奏が滑り込んできた。

「せ、セーフ」
「危なかったね」
「ほんとだよ、よかった新がそこにいてくれて」
「てか奏くんゴーイン過ぎ」
「しょうがないでしょ、乗り遅れるところだったんだから。2人とも間に合わせるには強引にいかないと無理だったって」

ふーって息吐いてる奏の背中越しに新幹線の車窓の景色がゆっくり動き出したのが見えた。
びっくりした、ちょっと息上がってるしドキドキしてる。
顔上げたら新と近い距離で目が合って、視線が『大丈夫?』って言ってる。
私を受け止めてもびくともしなかった新と強引だけど守ってくれた奏を見て、ああ、新も奏も”男の人”なんだな、なんてことを思って。
でもやっぱり私がお姉ちゃんだから2人のことが心配で。

「2人とも怪我してない?」
「いやいやいや」
「こっちのセリフなんだけど!」
「…ばっきー、除菌シート」
「あるよ」
「はい?…ちょ、なになになに!?」
「うめめ、大人しくしてて」
「もう!まったく!ほんとに!梅田!」

車内の通路にいた俊介も奏と同じくらい怖い顔してて、椿くんから受け取った除菌シートでさっき男の人が触れた髪をちょっと乱暴に拭き取った。
マスクしててもわかる、すっごい怒ってる。

「だから俺がリュック持つって言ったのに」
「ごめん」
「触られるとか、ありえないから」
「大丈夫だよ、なにもされてないし」
「触られた時点でだめだから」

大袈裟だなー、なんて笑おうとしたけどその言葉を飲み込んだ。

「奏、足大丈夫?」
「大丈夫、なんともないよ、ちょっと当たっただけ」
「漫画みたいな駆け込み乗車だったな」
「もう二度とやりたくないけどね」
「新は?怪我してない?」
「してないけど、うめめのリュック重すぎ…、衝撃やばかった…」
「…晴、いい加減荷物軽くしろって」

呆れて肩をすくめた奏は左足をプラプラして無事をアピールしてたけど、たぶん、乗車する時にどこかにぶつけたんだ。
それに、大きなリュックと私を受け止めてくれた新も涼しい顔してるだけで怪我してるかもしれない。
そもそも2人が助けてくれなかったら、私は新幹線に乗り遅れてたかもしれないし、1人だけ取り残されて誰かに何かをされてたかもしれない。
ゾッとして口を噤んだら、それに気付いた俊介の声が柔らかくなった。

「梅田になにもなくてよかった」
「っ、」
「ほんとに、それだけだよ」
「基くんの言う通りだよ」
「うん、よかった」

言葉通り、それだけだと。
“もしも”や”かもしれない”を考え始めたらキリが無いけど、今は、私も奏も新も、大きな怪我なくここに揃ってることが何よりなんだ。
私の罪悪感なんて吹き飛ばすくらい、みんな優しかった。

「…うん、みんなありがとう」
「次はねえからな!怪我をしない!安全第一!」
「あはは、さっきの聞いてたの?怪我をさせない、も入れておいて。……じゃあ、あの、申し訳ないんだけど、座らせてもらってもいいかな?」
「へ?」
「ちょっと、もう、き、気持ち悪い…」
「っあ!そうだったごめん!」
「乗り物酔い!」

発車して数分だけど、その数分が私の三半規管をボロボロにしてくる。
もう乗り物酔いが来てる。
頭の先から血の気が引いて身体が冷たくなる感覚の中で、新が私を支えてた腕を解いて俊介が除菌シートをゴミ箱に入れて椿くんがリュックを下ろしてくれる中、きゅって手を引かれてそのままゆっくり引かれて席に座らせてくれた。
気持ち悪さで視界がぐるぐるしてても、握られた手ですぐに誰か分かった。

「ありがと、横原…」
「ん。とりあえず、吐かないで」
「頑張る」
「頑張れ。……もってぃー!隣座ってやって!」

視界も身体もぐるぐるしてきた。
乗り物はやっぱり苦手。
なんとか気持ち悪さと戦う中で、メンバーの優しさが嬉しくて嬉しくて、思わず頬が緩んでしまって。
隣に座った俊介が訝しげな顔してたけどなんで笑ってるのか察してくれたのか、目を細めて笑ってくれた。



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