マリトッツォの話



コンビニで見た瞬間、これは絶対喜ぶってわかってた。

「こ、こ、これが噂のマリトッツォ!?」
「あははは、うめめほんといい反応してくれるね」
「やっと会えたよマリトッツォ〜〜〜!!!」

俺がコンビニで買ってきたマリトッツォを両手で受け取ったうめめは目をキラキラさせて溢れそうなほど詰め込まれたクリームを見つめた。
買ってきてよかった。
事の発端は昨日のリハ終わり。
メンバーと駅まで歩いてたらTwitterのトレンドに上がってた『マリトッツォ』って単語にうめめが首を傾げて『マリトッツォってなに?』って言い出して。
最近人気のスイーツってことは知ってたけど実物を見たことがなかったうめめはマリトッツォに興味津々。
美味しいのかな、どんな大きさなのかな、不二家さんに売ってるかな、なんて駅でばいばいするまでずっと話してて。
あ、これは食べたいんだろうなーってわかりやすかったから、今朝コンビニ寄った時に買ってみた。

「うわ、出たマリトッツォ」
「横原食べたことあるの?」
「あるよ」
「え、……お腹大丈夫?サマパラあるよ?」
「梅田、俺のことバカにしてんだろ」
「してないし、っ大丈夫だよ!ぷよぷよでも横原可愛いから!」
「全然嬉しくない!」
「まあ、これ一個食べたくらいじゃ太らないよ」
「そのフォローも傷つくよ」
「ありがとう椿くん!リハ終わったら食べるね!」
「つばっくん、相変わらず梅田に甘すぎ」
「優しいって言って」
「甘いって自覚はあるけどさ、こんだけ喜んでたらあげたくなっちゃうじゃん」

うめめの先輩ポジション、俺はおいしいと思ってるよ。
グループの中じゃ年上組で歴も長いし、新と奏のお姉さんになろうとしてるうめめは、頑固で不言実行で表向きはあまり甘えたがらなくて常に”大人”であろうとしてる。
でも、うめめの唯一の先輩である俺の前では素直になってくれてると思うから。
俺がうめめに甘いっていうより、素直に甘えてくれるうめめが可愛くて俺が甘えてほしいって望んでるだけ。
マリトッツォを大事そうに持ったまま開けたリハ室の冷蔵庫には、メンバーが持ってきた飲み物が何個か入ってる。
1番存在感があるのは『基』って大きな字で書いてあるもってぃのミルクティーだ。

「あれ?俊介もう来てる?」
「みたいだね」
「中身入ってるかな?めめに飲まれてないかな?」
「さすがに目黒くん飲まないっしょ」
「ミルクティー事件は起こらないか」
「梅田も名前書いといたら?」
「大丈夫でしょ。食べ物入れとくなんて私くらいだから誰も食べないって」

そう言ってミルクティーの隣にそっとマリトッツォを置いた。






っていうのが3時間前の話。
で、今。
マリトッツォを冷蔵庫に入れてから3時間後。

「っ、〜〜っ、っああ……」

冷蔵庫から無くなったマリトッツォを思って、うめめは声にならない叫びを上げた。

「やられたね」
「ほら、だから名前書いとけって言ったのに」
「なに?今度はなに事件?」
「マリトッツォ事件」
「マリトッツォ?」

首を傾げたもってぃがうめめの肩越しに冷蔵庫を覗き込んで事態を察した。
リハ前にうめめが大切に大切に入れておいたマリトッツォは跡形もなく無くなってた。
誰が食べたのか、証拠もない。
リハの休憩中の今、メンバーもスタッフさんもこの冷蔵庫を使ってる。

「犯人探しする?」
「……しない」
「しないの?えー、意外。食べ物の恨みは恐ろしいって言うかと思ってた」
「もし、もしね?食べたのが奏か新だったら怒れないし、影山か大河だったら血みどろの戦いになるから追及しない方が平和な気がする」
「ちょ、待て待て、後半だいぶ物騒だったよ?」
「同期へのあたりきつくね?でも大河ちゃんの可能性あるよ。甘いものよく食べてるじゃん。グミとか」
「大河とは戦いたくないな…」
「戦う前提なの?本当にがちゃんが食べたなら素直に謝ってくれると思うけどね」
「はぁー、私のマリトッツォ、どうか元気で…」
「もう誰かの腹ん中だよ」
「……え、というか、2人の中に犯人いないよね?」
「怖い怖い怖い!」
「おま、本気でグーパンする構えすんなって!てか食べないわ!梅田がそんな悲しい顔するってわかってんのにそんなんしねぇよ!」
「だよね…、俊介も横原も優しいもんね…、疑ってごめん…」

パタンって閉じた冷蔵庫の音が悲しそうに聞こえる。
糖分足りてないのか過激な発言を繰り返すうめめを見て、もってぃも横原を肩をすくめた。
本気でマリトッツォ食べたかったんだろうな。
くるって振り返ったうめめは俺の前でぱんって両手を合わせて顔を覗き込んだ。
あ、ちょっと待って可愛いぞ?

「椿くんお願い!今日、帰りに不二家寄ってください!貰ったのに食べられなかったの申し訳ないから、椿くんの分と自分の分買いたい!」
「っ、…いいよっ!行こうっ!」
「やった!それを楽しみに残りの仕事頑張る!」

キラキラな顔でそんなことお願いされたら行くに決まってんじゃん!
うめめにお金は出させないよ!
俺が出すよ!
こうやって全力で甘えられたりお願いされたりしたら、叶えたくなっちゃうって!
行こうって意味でうめめの手に触れようとしたら、うめめがリハ室に向けて歩き出したから空振りに終わったけど(拒否られてない。全然拒否られてないよ)、るんるん気分で歩いてるうめめを、にやける顔を隠さずに追いかけた。

「…あれ、絶対奢ってもらう気じゃん」
「わかんないよ?本当に梅田が払うのかも」
「それはない。絶対つばっくんが出すって。てか梅田に出させないって」
「まあ、そうだろうね」
「……狙ってんのか天然なのか知んないけどさ、梅田ってああやってデートに誘うの上手くね?」
「デートではないよ」
「あれで断れるやついないだろ」
「デートではない」
「デートだよ!!!羨ましいだろ!!!」
「っ違う!」

うわ、もってぃ怖っ!
でも、2人で寄り道することは決定だから!
2人で!!!



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