スパイスサマーの話



今年の夏の暑さを舐めてた。
冷房が効いてる電車を降りたらむわって広がった熱気に背中や首筋から一気に汗が吹き出してきた。
日差しと生温い風とマスクで籠った湿気が身体の熱をあげる。
日焼け止めを塗っててもジリジリ焼けていくような感覚にくらくらするけど、それでも足取りは軽やかに改札を抜けた。
待ち合わせまではまだ10分もある。
余裕を持って出てきたけど、あと10分でこのソワソワが収まるとは思えなかったからもっとはやく来ても良かったかもしれない。
手にしたスマホ画面にはつい数秒前にきた『もうちょっとで着く!外暑いから涼しいところで待っててね』って文字と謝ってるミニオンのスタンプ。
おそらく深澤くんからプレゼントされたであろうそのスタンプシリーズは、グループLINEでも頻繁に登場していた。
直射日光は当たらないけどまあまあ暑い駅前で、なるべく人が少ない場所を探してそこに落ち着く。
マスクしてるしキャップも被ってるし繁華街でもないし、そもそも早朝だから人も少なくてバレることはおそらくないけど念には念を入れて。
2人でいてもいくらでも言い訳ができるしメンバーと遊ぶことはよくあるって雑誌でも言ってるから怪しまれることはない。
でも俺にとっては”プライベートな時間に梅田と2人で会う”っていうのは特別な意味を持つ。
だってそれは、たぶん、

「…デート」

だと思ってたけど、口にした途端にちょっと冷静になる。
俺はデートだと思ってるけど梅田はそんな特別視していない可能性が高い。
2人でプライベートな時間に会うことも2人でごはんに行くことも当たり前にやってきたし、付き合う前と後で関係性が大きく変わったかと聞かれたらあまり自信はない。
俺から好意を持って誘うことや触れることはあるけど、梅田発信でなにかアクションを起こしたことはあったっけ?
あの時、そう、御園座の夜だけだ。
でもあれは部屋に行きたいって言った俺のアクションから起こったことで、あの日俺が部屋に行きたいって言わなかったら梅田は自分から俺にキスしたりしなかったと思う。
つまり、梅田の俺に対する気持ちはまだまだ曖昧ってことだ。
もっと俺のことを好きになってほしい。
たとえ今日、梅田がデートだと思ってなくても。

「…っ!」

悶々とそんなことを考えてた時、改札の向こうでふわって赤色が揺れたのが見えてスマホをポケットに仕舞った。
電車が止まるホームから下がる階段をパタパタ降りてきて、でも途中にあった鏡でぱぱって前髪を直して、そのまま小走りで改札を抜ける。
キョロキョロ視線が動いて、俺を見つけた瞬間、まだ距離が遠いのにパッて笑顔になって大きく手を振って、ちょ、待っ、……っ可愛い!!!
赤色のワンピース、夏らしいサンダル、小さいバッグ、くるくるした髪を片方だけ耳にかけて透明なイヤリングが揺れてる。
細い指に赤い指輪がついてるし、メイクがいつもと全然違う。
それに、

「俊介!」

名前呼んで笑いかけられたらもう致命傷だ。
これは、無理だ。
『梅田はデートだと思ってないかもしれない』なんて思ってた自分を殴りたい。
バチバチのガチガチにデート仕様な梅田を前になにもできなくて、なにも言えなくて、改札抜けてまっすぐ俺のところに走り寄ってくるのがあまりにも眩しくて、後ずさったらドンって建物の壁に背中が当たった。

「え、大丈夫?暑くてふらついた?」
「いや!だいじょぶ!」
「ほんとに?」
「ほんとほんと!」
「…ごめんね、遅れて」
「ううん、今2分前だよ。俺が早く着いちゃっただけだから」

後ずさった俺を心配するように梅田が俺のシャツを掴んだだけでドキドキする。
ちょっと、これはやばいかもしれない。
グループでステージに立った時に綺麗に見えることを最優先させたヒールの高い靴は今はない。
身長差5センチ、じっと目を見たら逸らすことなんてできなくて、梅田の瞳の中のキラキラを真正面から浴びてしまう距離。
緊張、ドキドキ、嬉しさ、ちょっとだけ不安。
いろんな気持ちが混ざり合うけど、結論、この暑さと同じくらい舞い上がってるけど、それを表に出すのは男としてかっこ悪い。
いつも通り、意識なんて全くしてないですよって顔して梅田に笑った。

「お腹空いてる?」
「もちろん!朝、椿くんから教えてもらった筋トレメニューやってからきたからめっちゃ空いてる!」
「え、あれやったの?すごいな…。じゃあ行く?」
「うん!いざ!スパイスサマー!」

ウキウキ全開の梅田が早く早くって俺を急かす。
全身から溢れる明るいオーラがこの日を楽しみにしてたことを表してて見てるこっちまで笑顔になれるんだけど、これは果たして俺とデートしてるからなのか。
それとも、これから食べるハンバーガーのことを考えてるからなのか。
……後者な気がしてならない。






「おお……!!!」
「辛そう。梅田って辛いの平気?」
「たぶん。基本食べ物はなんでも食べられるよ。あ、俊介、写真撮ってもらってもいい?翔太くんとラウちゃんに送るから。あとメンバーにも!」
「はーい」

梅田の手から溢れそうな大きなハンバーガーと、机に置いてあるまだ包みが開かれていないハンバーガーたちと、クラフトコーラとチキンを画面いっぱいに入れて写真を撮った。
開店直後、お客さんがほとんどいない店内の1番奥の席に座った梅田は、心底嬉しそうにハンバーガーを手にしてる。
SnowManの翔太くんとラウールがCMを務めてるスパイスサマーメニューをどうしても食べたい梅田を連れてモスバーガーに来てるんだけど、これはデートと呼ぶのかどうか、本当にギリギリのラインだな。

「メンバーにLINEしといたよ」
「ありがとう。みんな起きてるかな?」
「どうだろう、あ、奏から返事きた。ハンバーガー欲しいって」
「了解!梅田イーツする」
「なにそれ」
「ウーバーイーツ的な」

お店に着いてすぐに翔太くんとラウールのパネルと写真を撮った梅田はIMPACTorsのグループLINEで『欲しい人いる?テイクアウトするよ!』って送っている。
この後サマパラの打ち合わせがあってメンバーみんな揃うから、ある意味俺たちは買い出し係だ。
早速奏から返事が来て、既読の数が増えてるから他のメンバーも見てるはず。
目を見開いた犬のスタンプと一緒に送られてきたばっきーの『うめめめちゃめちゃ可愛いんだけど!?なんで!?基ずるくない!?』は既読無視する。
相変わらず、誰かが抜け駆けすると誰かが『ずるい』って言い出す俺ら。
そこに恋愛の意味はないって分かってるけど、梅田の隣を譲る気はさらさらない。

「いただきます!」
「はいどうぞ」
「……」
「……」
「……」
「ん?食べないの?」
「そんなじーっと見られたら食べにくいよ」
「え、ごめん」

そんなに食べにくいかな。
たしかに正面に座ってるけど俺の手にもハンバーガーがある。
梅田が一口食べて『美味しい!』って笑うのを見たら自分も食べようと思ってたし、食べてるとこなんていつも見てるから気にしなくていいのに。
なんで食べにくいんだろうって首傾げてたら、かぁってほっぺた赤くした梅田が目を逸らした。

「思いっきりかぶりつきたいけど、思いっきりかぶりついてる顔って全然可愛くないから見ないでほしい」
「え…」
「見ないで」
「なんで?いつもはそんなこと言わないのに」
「……今は、”いつも”じゃないでしょ?」
「っ、」
「”いつも”は、こんなに頑張って可愛い私でいようとしてない」
「……」
「”いつも”じゃないし可愛いって思ってもらいたいから、がぶってするところは、ちょっと、見ないでもらえると嬉しい……」

最後の方、声になってなかった。
掠れるように自信なく消えた声とともに梅田の赤い顔がハンバーガーに隠されてしまう。
って言ってもそこまで大きくないから隠せてないし、隠せたところで俺はもう完全に被弾している。
ハンバーガー食べるためにマスクを取ったから俺のニヤニヤして緩み切った顔は隠せないし、隠すつもりもない。
『可愛い』
そうストレートに言えたらいいけどその言葉はなかなか言葉にしにくいし、これまで梅田に伝えたことはほとんどなかった。

「ちょ、なんで置くの!?」
「んー?全部見たいなって思って」
「見ないでって言ったよね?」
「”いつも”じゃないっていうのは、”今”の梅田は俺のために可愛くしてきてくれたって思ってもいい?」
「っ、」
「俺の都合の良いように解釈していい?」

自分が食べようとしてたハンバーガーは左手で持ってトレーの上に置いて。
右手を伸ばして自分の前髪をはらって瞬きしたら梅田がきゅって唇を引き結んだ。
そこに引かれた赤色のリップも、見たことないりんごみたいな赤。
目、逸らさないでって意味で見つめたら逸らさなかったけど潤んだ気がした。

「それは解釈違いだよ、うん、解釈違い、俊介が言ったこと、間違ってる」
「……」
「私がほんの少しでも、……俊介に可愛いって思ってもらいたかったから。か、彼女って、ほら、そういうものかなって」
「っ、」
「それでその、いろいろ、頑張ってる」
「っあはは、なにそれ、……可愛すぎるでしょ」
「っ、」

ああ、言ってしまった。
恥ずかしいから絶対言わないと思ってた言葉は、実際に現実世界であまりにも可愛いものに出会うと自然と口から溢れてしまうのかもしれない。
あーあ、こんなこと言うの、俺のキャラじゃないし梅田が知ってる基俊介じゃないんだろうな。
なんて思いながらぼんって真っ赤になった梅田を横目にハンバーガーにかぶりついた。
ニヤニヤは隠せない。
でもこれ以上何かを伝えたり触れたりすることはここではできない。
だからきっかけを作って状況を変えて展開を進めよう。
俺が食べたのを合図に梅田もハンバーガーに口をつけたけど、潤んでた目はうるうるどころじゃなくなって涙が滲んだ。

「か、辛い!!!!!」

想像以上に、刺激が強い。



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