仮眠の話



「晴、ステップ間違えてる」
「……」
「晴?」
「ごめん、無理だ」
「え?」
「は?」
「リーダー!」
「なに?」

珍しい、晴が俺のことリーダーって呼んだ。
サマパラに向けたダンス練習は毎日のように続いてて、今日は午後からスタートだった。
朝早くから個人仕事をしてきた晴は少し動きがゆっくりかな?って思ってたけど振り付け担当の横原と基にちゃんとついてきてて特に問題がないように思ってた。
そんなことなかったのかな?
今も足取りが不安定。
『無理』って単語にイラッとした表情を見せたのは横原だったけど、そんなこと気づいてないのかわざと無視したのかわかんないけど、晴は真っ直ぐ俺のところに歩いてくる。

「申し訳ないんですが、10分だけ仮眠の時間ください」
「え?仮眠?」
「うめめ眠いの?」
「眠いの限界を越えてちょっと本気でやばいかもしれない。全然集中できない。ダンスもいつもより下手だし」
「そんなことないと思うけど」
「寝たら上手くなんの?」
「寝てる間に学習装置で経験値積むから横原より上手くなるよ」
「ならないっしょ。てか寝てたら学習装置意味ないから」
「あれ?あ、そっか、私が起きてる状態で横原がバトルに勝てば私にも経験値がつくのか。……ごめん、ほんとに頭回らなくなってきた。私さっきなんて言った?ポケモンの話した?」
「俺のことめっちゃイケメンって言った」
「あー言った言った、いけめん」
「ちょ、やめろ、ボケたんだよ」
「え、そうなの?でも思ってるよ?」
「頭回して喋ってくれ」
「わかった!頭回ってないのはわかったから!」

いつもならテンポよく横原と喋るのになんかお互いに会話がからぶってる。
眠気がやばいのは十分理解したし、このまま続けてもいいものは出来上がらない。
だったら休んだほうがいいに決まってる。

「10分で大丈夫か?」
「平気、ありがとう。みんなもありがとう、少しだけ我儘言います」
「全然大丈夫」
「新、そっちに置いてある荷物どかしてもらってもいい?」
「はい。うめめここどうぞ」
「ありがとう」
「椅子で平気?他の部屋行く?女の子を椅子に寝かせるわけには…」
「ここで。他の部屋で寝てて誰か来たらどうすんだよ」
「よこぴー優しい。うめめが1人で寝てるの心配なんでしょ?」
「違うわ。IMPACTorsで取ってんのこの部屋だけだし、他の人に迷惑かけない方がいい」
「他の部屋だと起きれない気がするから、私はここがいいな」
「うめめがそう言うなら」
「俺らほんとに10分で起こすからな」
「うん、お願いします」
「梅田、そこにある俺の上着使って?汗かいてると思うから風邪引かないようにね」
「ありがとう」

リハ室の一角に何個かあった椅子の上に丸まった晴は、基のパーカーに包まって目を閉じた。
じーっと見てた奏が近づいて様子を見て、小声で『寝てる』って教えてくれたけどどんだけ寝るの早いんだよ。
数秒で寝た晴をなんとなくみんな見つめてて、さっきまでの練習の空気は一旦切れてしまった。
まあでも、時計見たら2時間以上練習してるから、いいタイミングかもしれない。
水飲もう。
休憩!

「てかなんで寝不足?ゲーム?」
「晴はゲームしないっしょ」
「でもさっきポケモンの話してたね」
「うめめもポケモンやるのかな?」
「衣装の仕事か!」
「昨日はそんなに遅くまで話してないよね?」
「うん、してないね。途中でうめめの既読つかなくなったから寝落ちしたのかと」
「あ、そっかサマパラは椿くんと大河も衣装見てるんだっけ」
「ちょっとだけね」
「……あ、新やめときな。梅田が嫌がるよ」
「ブログ用に1枚だけ」

寝てる晴にスマホのカメラを向けた新はシャッター音も気にせずに何枚も寝顔を撮ってた。
結構なシャッター音が鳴ってるのに起きる気配はないし、俺らしかいないからいいと思ったのか顔に何もかけてない。
曝け出されてる寝顔を撮る新の後ろから、椿くんもスマホを構えた。

「ばっきー、嫌われるよ」
「大丈夫っしょ」
「新は大丈夫だけど椿くんはわかんないっすよ」
「え、なんで?」
「俺と奏くんは何してもうめめ許してくれるし」
「ねー」
「うわ、出たよ最年少の特権。ずるいよな!なんで怒られないんだよ!」
「その理屈なら俺も怒られないっしょ!先輩だし!」
「いや、椿くんはだめだよ」
「うん、だめだと思う」
「なんでよ」

さすがに勝手に写真載せたら晴は怒るだろうけど、新が言うように最年少2人がなんかしても怒らない気がする。
ぷんぷんって怒った顔した椿くんだったけど、晴の寝顔をじっと見ながらニヤニヤにやけてる。
身じろぎしたからか耳にかけてた髪が顔に落ちてきて、そこに触れる前に少しだけ重い基の声が飛んできた。

「ばっきー、触んないで」
「大丈夫、起こさないから」

晴を見てる椿くんは基の表情は見えてないから平気で晴に触って落ちてた髪を耳にかけたけど、基は眉間に皺寄せてそれをじっと見てた。
触ったところで晴は嫌がらないと思うけど。
警戒心が強いのは最初だけ。
仲良くなってからは距離感爆速で詰めてくる人だから、メンバーとの距離はめちゃくちゃ近いのに。
怖い顔の理由を聞こうと思ったけど、基と晴は仲良いから軽い嫉妬かな?なんて片付けて水を飲み干した。
満足いく写真が撮れたのか、新はスマホを閉じて晴を見つめてる。

「なんか、うめめ可愛くなったよね」
「最初から可愛いでしょ」
「椿くんのそれは妹みたいにってことでしょ?新が言ってるのは、女の子としてってこと」
「女の子って歳じゃないけどな」
「それ言うなよ、悲しくなるだろ最年長」
「……そうかな?」
「大河?」
「可愛くなったっていうか、本来の晴が出てきてるんだと思うよ」
「あー、……なんとなくわかるかも」

よくわからないことを言い出したからか、晴を見てた椿くんと新がこっちに戻ってきた。
興味津々って感じでみんなの視線が集まるけど、話すのはきっと俺じゃなくて大河のほうがいい。
こういうのってみんな知らないのかな?
同期の俺らは、昔から感じてた。

「晴って、グループ組む前はジャニーズJr.の梅田晴じゃん?だから女の子らしい格好とかあんまりしないようにしてたんだよね。あくまでバックで踊るジュニアで、他の男のジュニアと並んでも違和感がないように気を遣ってた。メイクもあんまりしないしパンツばっかり履くし髪も短いし。でも、本来の晴って可愛いもの好きだし、濃いメイクも好きなんだよね」
「そういう晴のことは俺より大河の方が詳しいかも。大学一緒だし」
「っあ!思い出した!昔さ、大河くんが大学の動画送ってくれたよね?ほら、うめめが寝てるやつ!」
「え、そうだっけ?」
「送られてきたわ。ジャニーズ伝説ん時かな?動画で梅田が『衣装の写真送れ』って言ってるやつ」
「そん時のうめめめっちゃ可愛かった!女の子っぽかったし、仕事で会う時と全然違った」

ジュニアの仕事はいろいろあるけど、メインになるのは先輩のツアーのバックだ。
晴はステージ衣装にも興味があったからバックを務めることは多くて。
でもそれは自然と他の男のジュニアと横並びになることが増えるってことだ。
1人だけ浮くわけにはいかない。
女だからって、凹ませるわけにはいかない。

「他のジュニアと並べるように見た目を気にするっていうのは、晴の意地だと思うんだよね」
「滝沢歌舞伎の時みたいにならないようにってことかも。置いていかれたくないって」
「……ちょ、なんで俺見んの?」
「だってうめめと色々あったの横原でしょ?」
「え、なにそれ!俺知らない!」
「俺も知らない!」
「知らないまんまでいいよ。昔のことだし」
「それもあるのかわかんないけど、晴は自分を消してたわけで」
「今はもう、その必要がなくなったってことね。……IMPACTorsの梅田晴だから」

いつのまにか晴の方に近づいてた基が落ちそうになってたパーカーを掛け直す。
その表情は俺らからは見えないけど、声が優しくてこっちまで顔が緩んでしまう。
そう、晴はもうジュニアの1人じゃない。
IMPACTorsの梅田晴になって、1人のアイドルとして名字がついた。
だから最近、私服も髪型もメイクも変わっていく。
本来の晴が出ている。
それは身につけるものだけじゃなくて、表情に出てるから。
だからみんな、晴が可愛くなったなーって思うのかもしれない。

「みんな、可愛くなったからって晴に惚れんなよ!」
「っ、」
「……」
「グループ内恋愛禁止ってこと?」
「いやー、ちょっと待ってかげ、俺わっかんないよ?」
「椿くんはない」
「うん、ない」
「あるかもしんないよ?うめめが可愛すぎて好きになっちゃうかも!」
「ない」
「絶対ない。ずっと妹扱いだよ」
「椿くんはない」
「なんだよ、がちゃんまでそんなこと言ってー、あるかもしんないじゃーん」

あるわけないって思ってる。
ずっと昔から一緒に夢を追いかけてきた仲間であり、友達であり、もちろん女の子だとは思ってるけどもっと深いところで繋がってるから。
たとえ晴が今より可愛くなろうと、魅力的になろうと、俺らIMPACTorsの関係は変わらないって思ってる。
本気で恋愛禁止にしたいわけじゃない。
ほんの冗談のつもりだった。
まさかメンバーの誰かが晴のことを本気で好きになるなんて、想像もしてなかったんだ。

「はい10分経った、再開しよ。もってぃ、梅田起こして」
「うん。…梅田?10分だよ」
「……ふぁ、あい、おきます」
「起きてくださーい」
「ちょっと頭すっきりした、ありがとリーダー」

基と横原は、一度も俺と目が合わなかった。



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