リスクの話



Hey!Say!JUMP!さんの“ファンファーレ”がジュニアみんなに人気があることは俺らも知ってた。
各グループが趣向を凝らしたパフォーマンスを作ろうとしていたし、俺らも同じ。
踊りたくて、魅せたくて、だからクリエCのセトリに入れた。
どこのグループにも負けない自信があった。
だって振付が基くんとよこぴーだよ?
絶対にかっこいいって信頼があったし、実際、2人は期待以上のものを用意してくれた。

「…って感じ」
「おおおお!すっごい!」
「めっちゃかっこいいな!」

曲が終わって振り返ったよこぴーを見て思わず立ち上がると、影山くんも同じように立ち上がって大きく拳を突き上げた。
これはめちゃくちゃかっこいいしめちゃくちゃテンション上がる!

「まー、でもこっからだよ。これ全員で踊れるようにしないといけないんだから」
「そこだよねー、結構難しいっしょ?」
「今回はかなりレベル上げた」
「フォーメーションどんなん?」

なんて4人は言ってるけど興奮が隠せてないのか口元が緩んでるし、あらちはもう鏡を見ながら記憶を頼りに振りを入れ始めた。
俺の心臓もドキドキいってるけど、これはダンスがかっこいいからって理由だけじゃない。
俺らはグループじゃないけど、8人でクリエに立てる。
こうやって振付を考えて、魅せ方を考えて、パフォーマンスを、自分たちのライブを自分たちで作ることができる。
そのチャンスが与えらえたことがものすごく嬉しい。
だからみんないつもよりテンションが高かった。

「今日振り入れるよね?」
「そうだね、頭から一通り入れよう。固めるのは今度かな」
「よし!やるか、」
「あー、ごめん。無理」
「え?」
「無理。私これ踊れない」
「うめめ?」

じっと体育座りしてたうめめがまるで教師に当てられた時みたいにはいって挙手した。
テンション上がった俺たちとはあまりにも温度差がある声に、きょとんってした顔してあらちと目を合わす。
え、なに言ってんの?

「え、無理?梅田でもいけそうに作ったんだけど」
「これだけならいけるけど、今作ってるセトリの中に入るんでしょ?体力的に無理。終盤だし」
「まじかよー」
「まじですー」
「どこまでならいける?」
「えーっとBメロくらいまでならいけるけど、落ちサビきつい」
「えー、そこ変えたくない」
「じゃあ他で削れない?」
「俺サビの振付好きなのに!」
「でも無理なものは無理だよ」
「ちょ、え、待ってよ!!」

俺が立ったまま挙手したから今度はこっちに視線が揃う。
先輩や年上の皆から一斉に見られるのはまだ少し緊張するけど、でも、この8人では遠慮も敬語もなしにしようって決めたから。
だから、ぎゅっと手を握りしめた。

「うめめ、よこぴーと基くんの振付が踊れないってこと?」
「そうだよ。あの振付は私だと体力もたない」
「それってなんとかならないのかな」
「ならないって。急に体力増えたりしないから」
「でもさ!あの振付かっこいいのにもったいないよ!俺は変えたくない!」
「おおー奏そんなに俺らの振付好き?嬉しいねー」
「横原、茶化すなって」

ニヤニヤしてるのはよこぴーだけ。
皆スッと真顔になったけど基くんは何かを考えるように、俺の問いかけに応えるうめめを見てた。

「練習したらできるって可能性もあるじゃん」
「可能性がゼロとは言わない。でも高くない。だからそのリスクは取らない」
「なんで?せっかく8人でクリエ出られるんだよ?この振付絶対かっこいいって」
「わかるよ。だから無理って言ってる」
「無理じゃないかもしれない」
「奏、私たち、プロだよね?」
「そうだよ!だから、」
「だからだよ。プロで、アイドルで、お客さんからお金をいただく立場なの。中途半端なものは見せられない。自分がやりたいこと、求められていること、そしてできること。この3つが重なって初めて提供できるようになるの。リスクは、取らない」
「っ、」
「止める?」
「いいよ、やらせよ」

うめめの表情は変わらなかった。
俺が何を言っても変わらなくて、なんならずっと座ったままで、そこから微動だにせずに俺を見上げてる。
それが悔しくて仕方がない。
うめめが言ってることもわかる。
わかってるんだけど全然すっきりしない。
噛みついてるのは俺だけで、他の皆がなにも言わないことも余計にもやもやした。
皆はそれでいいと思ってるの?
その気持ちが顔に出てたのか、よこぴーがニヤって笑って息を吐いてうめめの頭をぐりぐり撫でまわした。

「ちょ、やめて、」
「まーね、奏の言うこともわかるよ?言ってること間違ってないし、俺も思うところもあるけど、こいつは考え変えないよ」
「変えたとこ見たことないもんね。結構頑固」
「俺も奏に賛成なんだけど、晴が絶対曲げないって分かってるからなんも言わないわ。てかさ、もし振付変わっても絶対かっこいいっしょ?」
「そりゃそうでしょ」
「もちろんもっとかっこよくする」
「横原!やめて!」
「みんななんで…」
「…晴ってさ」

ぐわーって頭を撫で回されてるうめめを横目に、大河くんが俺に近づいてきた。
その目の色は、長年培ってきたうめめへの信頼と、ほんのちょっとの諦めに見えた。

「はっきりしてんだよ。俺らが思ってる以上に、すっごい、びっくりするくらいはっきりしてるしさせたがる。でも責任感もある。だから無理って言ったことは本当に無理だし、やるって言ったことはどんな無茶してでも絶対やりきるから」
「……」
「あの振付を晴が無理って言うなら無理なんだよ」
「それって、……これからはうめめのパフォーマンスが俺らの限界になるってこと?俺らがどんなに頑張ってもうめめ以上にはなれないって意味?」

ぽろっと出たあらちの言葉は、たぶん、本人の背中がヒヤッとするほどの失言だったと思う。
その言葉を発していない俺でさえヒュっと息が詰まった。
すぐにギロって椿くんと影山くんが目を鋭くさせた。
あらちは俺らの中で一番後輩で年齢も下の方。
クリエCの仲間って言ってもまだまだ上下関係はある。
眉間に皺寄せた影山くんが口開く前に、よこぴーがふはって噴き出した。
空気を読んでいないように見えるその笑いが俺の強ばった肩を少しだけ楽にさせた。

「いいね新!言うねー!それ今まで梅田に言う人いなかったよ?さすが!」
「新、お前さ、」
「げえくんストップ。ばっきーも新のことそんなに睨まないで」
「出たよ不仲」
「不仲じゃないってば。てかそれ以前に今のはうめめに失礼、」
「横原もやめろ茶化すな。てか俺らがピリピリしてても当の本人ぽけーっとしてんだから」
「うわ、ほんとだ。何その顔」
「口開いてんだけど」
「晴はそれどんな感情なの?」
「え、いや、なんか、……感動してる」
「感動!?」
「なんで!?」
「新が先輩の私に本当の気持ち言おうとしてる」

表情を変えなかったうめめが立ち上がった。
立って、ぐっと何かを堪えた顔して、あらちの目の前にスタスタ歩いてったうめめはなぜかあらちの手を引いて俺の目の前に立った。
俺の手にもそっと触れる。
今度は表情が変わった。
ふわって、優しく笑った。

「2人とも、思ってること話して?」
「え、でも、」
「先輩後輩とか関係なく、思ってること教えて?私も、思ってること言う。てか新がさっき言ったこと、ちゃんと聞きたい」

きゅって握られた指先が少しだけ震えてることに気付いて、あらちと顔を見合わせた。
うめめ、もしかしたら怖いのかもしれない。
俺たちが言いたいことを聞くのが、怖いのかもしれない。
でもあらちは躊躇わなかった。

「さっきのは、その、言い方が悪かったかもしれません、ごめんなさい」
「ううん、そんなことないよ。続けて?」
「俺はクリエCのパフォーマンスのレベルをもっと上げたいと思ってて、基くんと横原くんの振り付けが好きで、今日見てかっこいいなって思って…」
「うん。それで?」
「クリエCはグループじゃないけど、1人じゃないから、だから、うめめが踊れないからって諦めるのは違うのかなって」
「俺もあらちと同じ気持ち。今回のクリエだけじゃなくてもっとこのメンバーでいろんなことやりたいって思ってる。だから、その、俺たちがやりたいことが、うめめ1人ができないからって諦めるのは、ちょっと、……納得がいかない」
「…うん」
「あ!違うの!うめめと俺らがそもそも体力面で差が出ちゃうってことも分かってるよ!?だからうめめがだめってわけじゃないんだけど、そういうどうにもならないことは考慮するけど、それでも諦めたくないというか、挑戦したい」
「なんて言うんだろう、上手く言葉が出てこないけど、……うめめが出来ないことも、8人なら出来ると思うんだよね」
「っ、」
「うめめが無理って今まで諦めてたことが8人だから出来るようになるんだと思う。ダンスだってうめめ1人じゃ無理かも。でも俺らみんなだったら、うめめが諦めてた魅せ方も出来るんじゃないかって」
「……」
「グループじゃないけど、”俺ら”ってそういうことだと思うんだ」
「うめめ、……俺はリスクとりたい。この8人ならとっても大丈夫だって思える」

熱くて痛い。
うめめの指先が熱くて、あらちの視線が熱くて、俺の心が熱かった。
だってあらちの言葉も俺の言葉もうめめだけに向けられた言葉じゃないから。
俺たちみんなに向けた言葉だと思うから。
俺たちはずっと1人で、グループに入れなくて、先に行ってしまう仲間を見送ってきて。
遂に掴んだチャンスだ。
逃したくない。
出来ることはなんでもやりたい。
今度はもう、諦めたくない。

「晴?どうすんの?」
「新と奏にこんな言わせて晴はやめるの?」

答えなんか分かってる聞き方だった。
影山くんと大河くんの顔は緩み切ってたし、他のみんなもニヤニヤ笑ってた。
誰かと何かを作るって、どんな気持ちなんだろう。
どんな困難が待ってるんだろう。
どんな楽しさがあるんだろう。
どんなことが起こるんだろう。
俺たちはまだ何も知らない。
これから知っていく。
知りたいから、知るための道をここで諦めない。
スンって鼻を啜ったうめめは、バンって強く俺とあらちの肩を叩いて眉を下げて笑った。

「やる。もう”無理”なんて言わない」






「立てる?」
「…立てない」
「だろうねー。水持ってくるよ」
「あー、いいよ、大丈夫」
「ほんと?」
「ほんと。ありがとね」

いらないって首を振った梅田がコツコツ床を叩いたからそこに腰を下ろした。
ダンスが終わってリハ場に寝転がってた、というか倒れ込んでた汗だくの梅田が起き上がって2人で前を向くと、鏡越しに目が合う。
喉が渇いてるに決まってる。
俺も少し渇いてたけど、それよりも隣に並んで話すことを優先したかった。
止まることなく溢れる言葉を、今、丁寧に拾いたかった。

「あははは、俊介疲れてる」
「まあそりゃね。こんなに自主練したら疲れるって」
「だよね。何時間やった?」
「わかんない。2時間くらい?」
「やば。こんなにやってまだ踊れないとは。明日も練習だー、頑張るー、でもしんどー、むずいー、でも頑張るー、踊るー」
「…ふはっ」
「え、なに?」
「梅田、言葉と顔が合ってない」

笑わずにはいられなかった。
汗だくで疲れた顔してしんどいむずいって弱音言ってるのに、梅田の頬は緩みっぱなしだ。
メンバーもスタッフさんも帰ってしまったリハ場にはくすくす笑う声が響いてて、廊下が薄暗くて少しだけ寒い。
なのに、心がぽかぽかして仕方がない。

「新も奏も大きくなったなー」
「親か」
「親じゃないけどさ、成長を感じるよ。だってちょっと前まで敬語だったんだよ?『梅田さん』って呼んで私にビクビクしてたのに、今日あんなにはっきり言うとは思わなかった」

この事務所で上下関係は絶対だ。
それは年功序列でもあり、入所順でもある。
時にはそれがなくなる関係性に発展することもあるけど、根底にはずっと残っている。
先輩と距離感が近いげえくんもばっきーももちろん俺も、先輩との距離感は弁えてる。
それを今日、新と奏は越えようとした。
無意識かわざとか分からないけど、今まで誰も踏み込んでこなかったところに踏み込んだ。

「…ついに言われちゃったな」

こてんって背中が床についた。
また床に倒れ込んだ梅田がポツってつぶやいた声は、小さいけど俺にははっきり聞こえる。

「いつか誰かに言われると思ってたの。私のせいでパフォーマンスのレベルが上がらないって。私が天井になってるって。心のどっかで思ってて、いつか誰かに言われるのが、ほんとは、……少し怖かった」
「うん、知ってた。……だから考えを変えなかったんでしょ?」
「ん?」
「梅田は、無理な時は無理って言うけどやるって言ったらやる。絶対やり切る」
「っ、」
「それ、破ったことないでしょ?」
「……私が唯一出来る、みんなに対する誠意だよ」
「げえくんもがちゃんも言ってたけど、変に頑固だよね」
「がっかりされたくないだけだよ。無理だなって思っても無理して、やってみて、結局出来なくて、迷惑がかかって、ごめんなさいって思って、『あーやっぱり梅田はできなかったか』って思われちゃうくらいだったら最初から無理なことしたくないなって。私自身がリスクにならないように、自分で予防線張ってる。『梅田がリスクだ』って言われたくないだけ。でもそう考えてること自体がもうリスクなのかな。結局、弱い人間だよ」
「……」
「引いた?」
「なんだよそれ。今更引かないよ。何回梅田の弱音聞いたと思ってんの」
「あはは、そっか、そうだよね」
「怖かったけど嬉しかったんでしょ」
「っ、」
「梅田の限界をみんなの限界にしたくないって言われて、嬉しかったんでしょ」
「……俊介はなんで分かるかな」
「なんでだろうね」

俺もこてんって背中を倒す。
横を向いたら梅田と目が合って、床がひんやり感じるくらい身体が熱い。
涙が溢れそうなくらい瞳が潤んでたのに、涙は溢れなかった。
キラキラ輝いたまま、本当に嬉しそうに笑ったんだ。

「えへへ、”俺ら”って嬉しいね」
「うん、嬉しい」
「奏、リスクとりたいって言ってたね。新も、私が無理なことも8人なら出来るって言ってた」
「うん」
「嬉しいなあ、だって1番年下と1番後輩が言ったんだよ?すごいよ、もう、嬉しくて、心臓痛い」
「水飲む?」
「大丈夫、でももうちょっとここいてもいい?」
「うん、いいよ」

嬉しいよ。
嬉しくて嬉しくて、絶対に手放したくない。
自分1人じゃできなかっただろう。
限界は壊せなかった。
リスクもとれなかった。
でもこれからは違う。
これからは1人の限界が限界じゃない。
みんなの限界が、”俺ら”の限界になるんだ。
そしてそれはずっと高く伸びていく。
俺らは、クリエCって仮の形ではあるけど”1人”じゃないんだ。

「もっと上手くなりたいな」
「なりたい、でいいの?」
「あははは、上手くなる、だね」

頬に触れようと伸びそうになった手を拳を握り締めて無理矢理止めた。
今触れたら、梅田が望んだ意味じゃない想いで触れてるって梅田に伝わってしまうって分かってたから。
だから、嬉しそうにくしゃってなった目を見つめて笑った。



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