諦めるのをやめた話



信じてたけど、心のどこかで怖かった。
『梅田には無理だよ』って言われる気がして、まだまだ追いつけない気がして、私の選択に誠意がないって思われてしまうんじゃないかって。
怖い、指先が震えてる、マスクで隠れた口から出てきた言葉はたぶんぼやけていて、はっきりと断言できなかった。
それでも目を逸らさなかったのは目を合わせなきゃ伝えられないって思ったからだ。
私が言いたいことを言った後、正面に座った横原はじーっと私を見て黙ってた。

「どう、かな…?」
「……」
「…痛っ!?」
「梅田、顔こえーよ」

ばちんってデコピンされたおでこが痛い。
急に飛んできた指先に困惑してる私を見て横原はニヤニヤ笑って身体をダラっとソファに預けてる。
みんなが帰ったリハ室はがらんとしてて静かで、デコピンの音が大きく聞こえたけど涙が出るほどの痛みじゃない。
伸びてきて邪魔な髪を耳にかけると、横原はやっと口を開いた。

「俺相当厳しいけど大丈夫そ?」
「え?」
「え?」
「え、やってくれるの?」
「やってほしいんじゃないの?」
「え、あ、うん……」
「なに?」
「……断られるかと思ってた」
「……なんで断ると思ってんの」

今度は横原が困惑顔してる。
うん、そうだよね、そんな顔になっちゃうよね。
私が言ってることは意味不明で横原が困惑するのもわかるんだけど、でも、私は私でこのお願いをする今日までずっと不安だったんだ。
諦めることをやめるって決断するのは、すごく怖かったんだ。

サマパラIMPACTors公演ではユニット曲やソロ曲を披露することになってる。
歌が得意な影山は歌メインにしたり、新は大人っぽい曲で新しい魅せ方に挑戦したり、それぞれが自分のソロをプロデュースしてて。
ある程度自分の要望が通りやすいソロ曲。
私は、自分が1番苦手としている”ダンス”をメインに据えようとしていて、その振付をどうしても横原にお願いしたかった。
そう、たった数分前に横原にソロ曲の振付をお願いしたんだ。

「てか俺は梅田が心配なんだけど。衣装どうすんの?新しい衣装、2着もあるじゃん」
「今回は大河と椿くんも衣装携わってくれるからある程度お任せしようと思ってて。スタッフさんも手伝ってくれるし、大丈夫。……と、いうかね、実は、今回のサマパラは衣装よりこっちに力入れたい」
「え、まじで言ってる?」
「うん、まじで言ってる」

衣装にまっすぐ向き合ってた私がこんなこと言うなんてびっくりさせてしまったかもしれない。
これまで衣装以外で要望言ったことないもんね。
でも本気だ。
私はソロのダンスに全力で挑みたい。
この夏、このタイミングで挑戦しなかったらきっと一生後悔する。
横原の背筋がスッと伸びて、声が少しだけ低くなった。
あ、本気の顔してる。

「諦めるの、やめんの?」
「っ、……それ覚えてたの?」
「覚えてるよ。てか忘れらんねえわ」

2019年、滝沢歌舞伎ZERO。
横原がジュニアのリーダーを務めてた年、衣装と演者と二足の草鞋を履いてた私は稽古についていけなくなって横原と険悪になった時期があった。
昔から横原はダンスが上手くて、かっこよくて、私なんて到底追いつけなくて、でも私は横原みたいに踊りたくて。
がむしゃらに空回りして横原に迷惑をかけて、当然、そんな私は置いていかれそうになって、それで、あの時私は横原みたいに踊ることを諦めた。
自分にできることは全力でやるけど出来ないことはしない。
どこまでできるのか、どこからできないのか、『無理』って言うギリギリのラインを探って、そのラインで止まることが誠意だと思って。
見捨てるべきか、追いつくまで待つべきか、なんて選択を横原にも他の誰にも背負ってほしくなかったから。
全部自分の責任でやり通したかった。
全部自分でやって、勝ちたかった。
でも今は違う。
今はメンバーがいる。
もし私が負けてもIMPACTorsは勝てる。
私が『無理』でもIMPACTorsが無理なわけじゃない。
そうみんなが教えてくれたから。
だから諦めることをやめたい。
やめて、もっともっと先に行ってみたい。

「私ね、横原のダンスが好きなんだよ」
「…うん」
「遠くからでもシルエットだけでも横原だってわかる。ジュニアマンションにいたって見つけられる自信があるし、横原の振付を踊りたいって誰よりも思ってる。本当にね、好きなの。大好き」
「…うん」
「……頼ってもいいかな?」
「っ、」
「私、勝ちたいけどまだまだ甘いし弱虫だし泣いちゃうしこんな自分が嫌。もっと強くなりたいし誰にも文句言われないパフォーマンスしたいし置いていかれたくない。でも1人だときっと頑張れない。心のどこかで『無理』って甘えちゃう。でもそんなんじゃだめだって思ってるの、だから、…横原に頼ってもいい?」

ああ、恥ずかしい。
めちゃくちゃかっこ悪い。
これは私の弱さだ。
ずっとずっと『無理』って言葉で予防線を張ってたんだ。
『ほら、やっぱりできなかったじゃん』って、私の1番弱いところを突かれるのが怖くてずっと弱さを隠してた。
こんなの、メンバーでさえ見せられない。
見せたくない。
弱いところなんて全部隠して、常にかっこよくて優しくて強くて何にでも勝てる強い梅田晴でいたい。
いたい、けど。
それじゃ強くなれない。
今までと同じじゃだめなんだよ。
また去年のサマパラみたいになってしまう。
そんなの嫌だ。
同じなんてだめ。
進化しなきゃ、ここにいる意味がない。
ここにいる意味を証明し続けなきゃ、IMPACTorsは勝てないんだよ。

「っ、……?」

横原の目を見ても何を考えてるのか分からなかった。
何を考えてて、私のお願いをどう思ってて、何を言おうとしているのか全然分からなかった。
ゆっくり伸びてきた指先が左の瞼に触れる。
いつもの横原が絶対しないようなことしてきたから私もびっくりして何も言えない。
視線は合ったままなのに、横原が何を見てるのか全然わからない。
左の瞼に触れたまま何も言わないから右目だけでじっと見つめ返せば、自慢の二重幅が柔らかく弧を描いて笑った。

「ふはっ、」
「え、なに?なんで笑うの?」
「やっとかよ、って思って」
「やっと?なにが?」

くすくす笑われてる意味がわからないのに私を無視して横原はまだ瞼に触れてる。
そんなにそこが気になるのか。
リハ終わりだからメイクしてないしなにも汚れてないはずなのに優しく撫でるから、横原のことがもっとわからなくなる。
あ、いや、わかったかも。
優しく触れてるそこは、アイシャドウを塗る場所だ。
横原がくれた、星空みたいな魔法のアイシャドウが煌めいてた場所だ。

「梅田が俺に頼るの初めてだよ」
「え、そんなことないよ?」
「そんなことある。滝沢歌舞伎の時はどんなにしんどくても頼ってこなかった。去年のサマパラも、ISLAND FESも、クリエも、梅田は俺に頼ったことない。辛い時とか泣きたい時にもってぃとかつばっくんとか、俺が知らないところでメンバーに頼ってたのかもしんないけど俺には頼ったことなかった。なのにここでかよ。え、ここで?しかもソロで?このタイミングでそんなこと俺にお願いすんの?まじかよ、本気か?」
「横原、……もしかして照れてる?」
「当たり前だろ。俺、そんな真正面から好きって言われて頼られて平然といられるような奴じゃないわ。梅田が思ってるよりめちゃくちゃ嬉しい」
「え、嬉しいの?」
「そりゃそうだろ」
「そ、うなんだ」
「梅田は梅田なりのポリシーがあって頼らなかったのかもしんないけど、俺はずっと前から梅田に頼られたかったよ。ずっと待ってた」
「っ、」
「不言実行でやりたいこと全然言わねえしなにが辛いのかも言わねえし大人ぶって責任持って全部やり遂げますって顔してほんとは裏でコソコソ泣いてる梅田が、まさか俺のこと頼ってくれるとは思わなかった。頼られたからには本気でやる。……梅田のソロ、誰よりもかっこいい振付するよ」
「……」
「頼ってくれて、ありがとう」

瞼に触れる指先が熱い。
熱くて焼けてしまいそうで、1秒でも早くその指を離してほしかった。
片目じゃ足りない。
右目だけじゃ、横原の嬉しそうな顔を受け止めるには足りなくて。
ううん、たとえ両目が開いてても受け止められなかった。
横原がこんなに優しい目をするなんて、知らなかった。






「と、いうわけで、梅田ソロの”SPARK”は俺が振付するから」
「はあ!?」
「え、ずるくね!?」
「ええー!?うめめいいな!!!」
「てかうめめ”SPARK”やるの!?V6さんの!?」
「思いっきり滝沢歌舞伎の血じゃん」
「すっげー!晴は三宅健くんになんの!?」
「横原が振付するってことは本家とは違うんだよね!?」
「ちょ、いっぺんに喋らないで!」

きゃんきゃん騒ぎ出したメンバーに少しぷんぷんしてる梅田を横目に笑いが止まらない。
この反応、予想通りだ。
サマパラのセットリストを決める打ち合わせは毎回議論が白熱するけど、今回はそれと違った興奮で満ちてる。
サマパラはいつものように俺ともってぃが振付を担当する曲があるけど、今回は振付師さんに振付をお願いしてる曲もある。
それは『俺ともってぃの振付曲をここぞ!って時に使いたい』っていうメンバーの総意があったから。
だからソロ曲で、しかも俺が出ない梅田のソロで振付をすることにみんなびっくりしてる。
たぶん1番びっくりしてるのはもってぃだろう。
大きい目がさらに大きく見開かれてる。

「梅田」
「ん?」
「できる?大丈夫?衣装の仕事もあるよね?あ、いや、反対してるわけじゃないんだけど、梅田がダンス系のソロでくると思わなくて」
「大丈夫だよ。今回は大河と椿くんにお願いしてる部分も多いから。2人にお任せして、私はソロ頑張るよ」
「うめめに衣装任されるってやばいな!でも頑張るよ!俺らも衣装やってみたかったし!」
「晴に助けてもらう部分は多いだろうけど、俺らだけでできるところもあると思うから」
「2人の衣装めっちゃ楽しみ」
「横原は大丈夫なの?他の曲の振付もあるけど」
「正直やばいけど、なんとかするわ」
「なんとかって…」
「よこぴー嬉しそうだね」
「だよな。ずっとにやけてねえ?」
「みんなには悪いけど、梅田から直々に指名されてっからね、俺」
「うわ!なにこいつマウント取ってんの!?」
「うーわ!よこぴーやっば!」
「そのドヤ顔なんなの?」
「横原くんがうめめマウント取るの珍しくない?」
「いっつも俺らにマウント取られてんのに!なんだよ!今回は横原がマウント取んのかよ!」
「普通逆じゃない?私が『横原先生の振付取った!』ってマウント取る方じゃない?」
「だったらマウント取ってよ。『横原先生の振付は私のものよ!』って」
「私そんなキャラじゃないよ」
「うん、そんなキャラじゃない」
「てかまじで羨ましい!横原の振付ずるいって!俺もいつかつけてほしかったのに!」
「俺も振付してよ!」
「さすがにもう無理よ!?」
「今回は横原先生の振付は私のものってことで」
「晴、そんなに横原の振付好きだったっけ?」
「知らなかった?私は昔から横原のダンスめちゃくちゃ大好きだよ」
「俺も好き」
「えー、俺も好き!どこが好き?」
「えっとー、まずは…」

これ以上ややこしくするつもりはない。
関係性を壊すつもりもない。
瞼に触れた時の熱に名前をつけるつもりは絶対にない。
だから大丈夫、安心してほしい。
振付お願いされたくらいでなにも変わらない。
変えない。
変わるはずない。
そう確信してるのに、どうしてももってぃの顔が見れなかった。
何度も『好き』って繰り返す梅田を止めることもできなかった。
目は口ほどに物を言う。
今、俺の目はきっと、熱くて焼けてしまいそうな熱を持ってる。
そんな目でもってぃを見れるはずもなかった。


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