甘いアイスの話



煮詰まった。
グツグツに煮詰まって煮崩れしそう。
なにがって、頭の中が。

「がちゃん、どう?」
「うーん、やばい」
「だよね、やばいよね」

隣でうんうん唸ってたがちゃんもお手上げ状態だった。
事務所の机の上にはサマパラの衣装に関する資料が山のように置かれてて、俺たちはスタッフさんから宿題をもらってるのに全然終わらない。
俺たちに似合う衣装は何か、どんなコンセプトなのか、どんなアイドルになりたいのか。
もちろんプロの衣装スタッフさんがついてくれてるから俺たちが切ったり縫ったりして作るわけじゃないんだけど、アイデアは俺たちの頭の中にある。
それを言葉や文字にして伝えるのがこんなに難しいとは。
2人で出したアイデアに対する最初のイメージ図が上がってきたけど、なんか、思ってたのと違う。
その”違う”の違和感を俺たちは言語化できていなかった。

「やっぱりうめめすげーなー。これずっとやってたんでしょ?しかもアイドルやりながら。やばいわー」
「積み重ねだよね。今ならなんで晴があんなにiPad持ち歩いてたのかわかる。結局さ、ひたすらインプットしてひたすらアウトプットしてたんだよ。だから鍛えられてる」
「でもこれからは俺らもそのレベルになんないとなー」
「ふぅー、気合い入れなきゃ」
「つってもさすがに聞きに行かない?」
「…行きますか」

悩んでても仕方がない。
いいものを作るためには先駆者に聞くのが1番だし、宿題を提出する時間も迫ってる。
とことんやり倒したいから、躓くところは助けてもらおう。
同じ建物の別フロアにあるリハ室に向かうと音楽が音漏れしてる。
V6さんの”SPARK”ってことは、うめめはまだ横原とソロの練習をしてるみたいだ。

「うめめ、」
「ああーーー!!!もーーー!!!」
「え、なに?」
「もーーー!!!おーーー!!!」
「めっちゃ怖いんだけど」
「唸っても上手くなんねーよー」
「分かってるんだけどーーー!!!」

すごい光景。
鏡の前でしゃがみ込んだうめめは頭抱えながら唸ってて、その隣に立ってる横原は腕くんだまま苦笑して鏡越しにうめめを見てた。
なに?
なにやってんの?
ダンスレッスン中に全然見ない光景だし、そもそもうめめがこんな大声で唸ってるところなんて見たことない。
こてんってうめめが大の字で寝転んで視界が変わったら、俺らと目が合った。

「あ、つばきくんとたいが…」
「全部ひらがなに聞こえた」
「俺も。どうしたうめめ?横原にいじめられてんの?」
「いじめてねえよ」
「全然できない自分が嫌い!もうすんごい下手!消えてなくなりたい!」
「なんとかしてよダブルたいが。こいつ、全然踊れなくて自己肯定感爆下がり中なの」
「ああーーー、なんでこんなにダンスできないのーーー、ジャニーズなのに……、入所何年目よ……、もー……」

こんなにうじうじするうめめは珍しくてがちゃんと顔を見合わせた。
床に寝そべったままこっちに背を向けて丸くなってしまったうめめをどうしたらいいのか横原もわかんないんだろう。
奏と新がいなくてよかった。
2人がいたら強がってお姉さんぶって、こんな姿、意地でも見せないだろうから。
溜め込んで爆発するよりは出してくれた方がいい。
もしかして、『無理』って言わずにできないことをやろうとするとショートしてしまうのかもしれない。
うん、たぶんきっとそう。
できない、できる見込みもない、でもやりたい。
そんな時、感情が爆発するんだ。
ここは先輩の俺が励まそうって意気込んだのに、うめめは急にガバって自分で立ち上がった。

「踊ろう」
「え!?」
「踊らなきゃ。練習しなきゃ踊れるわけない」
「どういうテンション?」
「…あのさ、梅田、情緒って知ってる?」
「へ?」
「めっちゃ情緒不安定じゃん」
「俺は心配だよ…」

コロコロ変わる表情とテンションに俺らが追いつけないよ。
横原振付のソロ曲はうまくいってないのかな?
全体の通しリハまでまだスケジュールに余裕はあるけど、うめめの心には全然余裕がないように見えた。
なんか、いろいろ回ってない。

「……あ!もってぃいいところに!今なんかしてる?」
「今なんもしてないよ。え?なに?」

横原が視線を向けたのは俺らの後ろで、くるって振り返ったらちょうど今来たのか基が立ってた。
ん?って首傾げてるけど、床で丸まったうめめを見て目を見開いた。
そうだよなー、こんな姿滅多に見ないもんなー。

「梅田、10分休憩」
「え、まだできるよ!?」
「俺が疲れたから休憩したいんだよ。もってぃ、悪いけど梅田の休憩付き合ってよ」
「うん、いいよ。がちゃん、上ってどっか別のグループが使ってた?」
「いや、誰もいないよ」
「じゃあ上行こうか、梅田」
「でも、」
「10分後に再開するから切り替えてこいって」
「…はい」

あ、やっと大人しく納得した。
基に連れられてトボトボ歩いて行く背中を見て横原が安心したように息を吐いた。
そうだよな、うめめの様子がおかしい時は基だよな。
今のうめめは体力が足りないわけでもダンスが下手なわけでもなくて、たぶん、自信がないんだと思う。
自分が憧れてた横原の振り付けで踊る自分のパフォーマンスに納得できないんだ。
だからあんなに不安定なんだ。

「うめめの特効薬は基俊介だねー」
「基俊介の特効薬も梅田晴だけどね」
「やっぱ基ずるいよなー、こういうとこすぐ持ってく」
「誘導したのは横原」
「これでまともになってくれるといいけど。…てか、2人とも梅田に用事だった?ごめん、俺余計なことした?」
「いや、大丈夫。こっちでなんとかする」

これはもう、自分たちでなんとかするしかないっしょ。






「ありがとう」
「なにが?」
「休憩、付き合ってくれて」
「あー、ううん、全然いいよ」

元気ないな。
しょんぼりしたままダンスで乱れた髪を耳にかけた梅田は、椅子に座って机に突っ伏してしまった。
ソロ曲の練習が始まって数日。
俺も全部見てるわけじゃないけど、聞いたところによると相当きついらしい。
ソロコーナーは時間的には短いから、”SPARK”だけで体力を持っていかれることはない。
ただ、横原の振り付けはすごかった。
俺も振り入れの時に横原が踊ってるのを見たけど、かなり難しいし正直梅田ができるとは思えなかった。
梅田のことはよく知ってるけど、決してダンスが得意な部類ではない。
そんな梅田がステージで1人でダンスナンバーを披露するなんて。

「泣いてんの?」
「泣かないよ。反省中」
「反省だけ?自分のこと責めてない?」
「責めてないけど、でも、……深く反省」

突っ伏したまま何も喋らないから頭をふわふわ撫でる。
ゆっくり撫でれば俺の手のスピードに合わせるように梅田がゆっくり息を吸った。
落ち着いて、大丈夫、できる。
もちろん焦ることもあるけど、できるようになってきてるから大丈夫。
誰も見捨てたりしないから大丈夫。
そう思うのに、そう言いたいのに、俺が言うのは違う気がするんだ。
だって梅田は知ってる。
俺が絶対に梅田を置いていかないことも1人にしないことも知ってる。
付き合ってるからとかそういうことではなくて、俺は梅田の”特別”だから。
じゃあなんて声をかける?
なんて言ったら笑ってくれる?
わからないまま頭を撫で続けて、答えを出す前に梅田は歩き出しちゃうんだよ。

「うん、大丈夫、戻るね」
「もう?」
「うん、冷静になって考えたら直さなきゃいけないところいっぱいあるから、頑張る」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう。俊介といて少し落ち着いた」
「俺なんもしてないけどね」
「そんなことないよ。一緒にいてくれるだけで嬉しい。……絶対に自分のことを必要としてくれる人がいるって、想像以上に贅沢で心強くて幸せなことだから」
「っ、」
「よし!頑張る!」

なんて言葉をかけようか迷ってた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
梅田は言葉なんて何もいらなかったのかもしれない。
こうしてただ笑って、触れて、一緒にいるだけで、俺が梅田の隣にいる意味はあったのかもしれない。
思えばいつだって、俺が落ち込んでる時は梅田が側にいてくれて、ただただ一緒にいてくれて、最後にはこうやって笑ってたっけ。

「うわっ、!?」

横原がいる部屋に戻って行く梅田の腕を引っ張ったらバランス崩して俺の胸に倒れ込んでくる。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけぎゅってしたら甘い香りがふわって舞って、俺の香水と混ざった。
ああ、甘い、甘くて好きだ。
抱き締めたのは一瞬で、梅田が抵抗する暇もなく身体は離れていく。
びっくりした顔してるけど、その目に少しだけドキドキが混ざってることを知っている。
事務所内でこんなことすると思わなかったでしょ?
俺が1番そう思ってるよ。
でも、考えるより先に動いちゃったんだよ。

「頑張って」
「うん…!」






「バニラ?チョコ?」
「横原どっち?」
「梅田が好きな方選びなよ」
「じゃあバニラ。優しいねぇ」
「これくらいでそんな顔すんな」
「毎日横原のありがたみを感じてるよ」
「ドーモ」

疲れて頭がショートしてんのか。
たかがアイス選ばせてあげたくらいで泣きそうな顔でしみじみするのはやめてほしい。
『まだ帰りたくない』って女の子に言われて嬉しくないのは梅田が初めてかもしれない。
事務所のビル消灯時間ギリギリ。
明日もリハあるのに最後まで残ってソロ曲の練習をした梅田はもうヘトヘトだ。
すぐに帰った方がいいに決まってるのにこうして残ってるのは、帰り際に冷凍庫でアイスを見つけたから。
誰のものかわからないけど、名前書いてないから勝手に食べてしまう。
『IMPACTorsの梅田横原が食べました』って冷凍庫に貼っておいたから、もし持ち主がいたら連絡をください。
少年忍者じゃないことを祈る。
少年忍者だったらごめん、3倍にして返す。

「ふはー、生き返るー」

バニラアイスを掬ったスプーンを咥えたままソファに脱力した梅田の顔はめちゃくちゃ疲れてていつもより目が開いていない。
当たり前っちゃ当たり前か。
どんだけ練習したのかわかんないくらい踊りまくった。
アイスを食べながらも、SPARKの鼻歌に合わせて手首をくるくる回してる。
そしてこのセリフを聞くのは何回目だ?

「帰りたくない」
「いや、帰れよ」
「帰りたくないよー、だって全然できてない」
「できてないけど帰れって。ここ閉まるし。てか明日朝フツーに仕事だからね?」
「ねえ、あと一曲だけ!お願い!」
「…はぁー」

呆れのため息じゃなくて諦めのため息。
俺もなかなか頑固者だけど梅田もなかなかに強気で図々しいんだよな。
ため息を了承と捉えたのかアイスのカップ置いてある机にスマホを立てかけた。
流してる映像は俺と梅田が横並びで踊ってるリハ映像。
それをじっと見ながら、アイスが溶ける前に口に運んでいく。

「そこ、腕低い」
「はい」
「右足出すの遅い」
「はい」
「カウント取れてない。ここは表じゃなくて裏」
「はい」
「顔死んでる」
「うっ、言われた、はい、分かってます」

指摘、指摘、指摘の嵐。
直すべきところはいくらでもあってゴールなんてない。
勝ちたいなら出来ること全部やったってまだまだ足りないんだよ。
グサグサ図星のことを言いすぎたのか、梅田の返事が少しずつ弱くなっていく。
俺だってきついこと言いたいわけじゃないよ。
ただ、頼ってくれたから全力で応えたいだけ。

「はぁー、まだまだ全然だー、がんばる…」
「……アイス食う?」
「もう食べてるけど」
「こっち。俺のチョコも食う?」
「え!?いいの!?食べる!!!横原優しいー」

少しだけ暗かった表情が一瞬でパァァって効果音がつきそうなくらい明るい顔になった。
食べ物で笑顔になるって単純なやつだけど、こういう時の梅田の笑った顔は嫌いじゃない。
スプーンで掬ったチョコアイスを差し出せばめちゃくちゃ嬉しそうにぱくって咥えたから、今度は俺の思考がショートする。
いや、スプーンごと受け取れや。
俺から促しておいてなんだけど、嫌だって断れよ。
せめて少しは躊躇ってくれ。
なんて言えたらいいんだけど、そんな言葉も出てこない。

「あああ…、チョコ最高…、チョコしか勝たん…」

とろけた顔で噛み締めるように目を閉じたから、もう勘弁してくれってまたため息が出た。
こういうところが嫌だ。
普段梅田と話してる時にこんな感情は出てこない。
同じグループのメンバーとしか思わない。
こんな、こんなうずうずするような感情は出てこないし、出していいもんじゃないんだよ。
例えば、瞬きもせずに俺を見つめる時、幸せそうにご飯を食べてる時、『聞いて聞いて!』って話しかけてくる時、俺のダンスを見て目をキラキラさせてる時、……俺のことを好きだと言う時。
ずっと気づかないふりをしてる。
自覚していないふりをすべきだと決めている。

「……やーい、間接キスー」
「小学生か。いい大人なんだからそれくらい気にしないでしょ。あ、横原が嫌だったならごめん、謝る」
「別にいいけど」
「そもそも横原があーんってやってきたんじゃん」
「本当に来るとは思わなかった」
「あははは、なにそれ」

梅田が使ったスプーンをそのまま俺が使っても何も言わないし、照れることもないし、もはやスプーンなんてどうでもいいって顔して自分のアイスを食べてる。
気にしないって気持ちも理解できなくはない。
事務所に入って何年?
男女の意識もないような年齢からこの世界にいて生き残ってきたんだ。
特に梅田はIMPACTorsになるまで”ジュニアの1人”って意識を決して忘れなかった。
他の男と同じように仕事をしてきた。
だから間接キスくらいでなんやかんや言うようなやつじゃない。
分かってる。
俺以外が同じことをしても梅田の反応は変わらないんだろう。
でも、言って欲しかったのかもしれない。
ううん、言葉にしなくてもいい。
仕草や態度や視線で、『俊介に悪いからそういうことはしない』って、示してほしかったんだと思う。
もってぃの存在を示唆してほしかったんだと思う。

「ああ…、やっぱり横原悠毅しか勝たん…、ほんっっっとにダンス上手いよね」
「……梅田さぁ」
「んー?」

『もってぃと付き合ってんの?』

って、喉まで出かかって止めた。
何を根拠にそう思う?
何を証拠にそう決めつける?
聞いたところで梅田は首を縦には振らない。
付き合ってたとしても、迂闊に口を滑らすような2人じゃない。
それに、梅田がもってぃのことを男として好きかどうか確信なんてなかった。
もってぃの片想いなのかもしれない。
2人の間には何もないのかもしれない。
なら、新橋演舞場で見たもってぃのガッツポーズはなんだったんだ?
それを知る術はない。
それでも俺はきっと、……確定させたいんだよ。

「……明日からもうちょいきつくするわ」
「え、うん…!がんばる!」
「なんでちょっと嬉しそうなわけ?」
「横原先生に、梅田はまだできるって思われてるんだなーって思って。嬉しいよ、ありがとう」

聞きたいことは言葉にできない。
欲しい確証は得られない。
手に入ったところで意味なんてない。
俺は確定させたいんだ。
もってぃは梅田が好きで、梅田はもってぃが好きで、俺は2人のことをメンバーとして、あるいは友達として大切なんだって、俺の頭の中で確定させたいんだ。
それ以外の感情はないと、確証を持ちたいんだ。

俺が梅田のことを好きだなんて、そんな感情は無いんだと、信じていたいんだよ。




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