誰よりも特別な話



「よこぴーさ、うめめのこと晴って呼んでたね」

ニヤニヤしてそう言えば、うわってわかりやすく嫌そうな顔したよこぴーがため息を吐いた。
図星だ。
俺は聞き逃さないよ?
っていうか、マイクで拾って俺らのイヤモニには入っちゃってたからみんな聞こえてたはず。
案の定、椿くんもニヤニヤしながら会話に入ってきた。
終演後の楽屋は初日を終えた安心感で割とゆるーい雰囲気に包まれてる。

「俺も聞いたー。まさか横原が呼ぶと思わなくてびっくりした」
「ピースもしてたよね?」
「え、そうなの?俺それ見てないわ」
「椿くんよこぴーと一緒の下手タワーだもんね。上手タワーからはがっつり見えたよ」
「うわー、あとで映像で確認しよ!映ってる?」
「映ってないよ、裏でやってんだから」
「あ、ピースしたって認めた」
「…まあ、やったけどさ」

恥ずかしそうに誤魔化しちゃって、可愛いなーよこぴー。
タイミングよく、椿くんが見てた今日のライブ映像はうめめのソロに差し掛かった。
ステージ袖で見てた時も度肝抜かれたけど、こうして客席視点で見ても迫力がすごい。
熱量が凄まじくて、こっちまで熱くなるパフォーマンスだ。
さっきまでのよこぴーを揶揄う空気が一瞬にして真剣なものに変わった。

「自分の振付でこんな風に踊る姿見たらさ、そりゃピースもしたくなるよな」
「…うん、すげえよ、晴は」

頬杖ついてそう自然とつぶやいたその声に目を見開く。
仲良くなったとか距離が縮まったとか、なんか、そういうありきたりなきっかけじゃないような気がして。
よこぴーの中でうめめとの関係性がガラッと変わった瞬間を見た気がして。
去年のサマパラで俺と新がうめめに物申した時、よこぴーは笑ってた。
笑って、茶化して、『こいつは考え変えないから』ってどこかで一線引いてた。
それが今は全然違う。
うめめも変わったけど、よこぴーだって変わった気がする。
2人とも、諦めた顔をしなくなった。
今回、うめめのソロをよこぴーが振付することになった経緯は詳しく知らない。
たぶん、2人以外真実は知らない。
でもなんとなくわかる。
2人が、昔諦めた何かを取り戻そうとしてることはなんとなーく感じ取ってる。
ピースしたってことは取り戻せたのかな?
うめめのソロが終わってよこぴーが息を吐いたら、また楽屋にゆるーい雰囲気が帰ってきた。

「俺も晴って呼んでみようかなー」
「つばっくんはたまに呼んでるよね」
「呼んでるけど、慣れてないからびっくりされる」
「あははは、拒否られてんじゃね?」
「そんなことないって!」
「そんなことあるかもよ?」
「なんでだよ!なんで横原はよくて俺はだめなんだよ!」

ライブ終わっても元気にぷんぷんしてる椿くんを笑ってたら楽屋の扉が開いた。
シャワー浴び終わったうめめが髪濡れたまま戻ってきて、ゲラゲラ笑ってる俺ら3人を見て首を傾げる。

「なに盛り上がってるの?あ、今日のMC見返してる?」
「晴!」
「え、ん?え、……なんですか?」
「ちょ、なんで敬語になんの!?おかしくね!?横原はよくてなんで俺はだめなわけ!?」
「声高っ!え、奏、なんの話?」
「よこぴーがうめめのこと晴って呼んだのに、椿くんが呼ぶと引くのはなんで?って話」
「あー…」

キョロキョロって視線が動いてバチってよこぴーと視線がぶつかる。
どっちも逸らさないからバチバチの大きい目で見つめ合っててこっちが照れてしまいそう。
先に逸らしたのはよこぴーだった。
ふいって、何にも気にしてませーんって顔で逸らしたけど、ちょっと照れてるって俺にはわかる。

「今日のSPARKはめっちゃ良かったから、俺もなんか変なテンションになってたわ」
「え!?よかった!?ほんと!?」
「まあ」
「ほんとほんと。めーっちゃよかったよ」
「そこんとこもっと詳しくいいですか!?」
「うめめ欲しがるねー」
「欲しがるよ!だって褒められたいもん!横原先生の振付だよ?成功したなら成功を噛み締めたい!」

『わがままごめんなさい!』って言いながらもうめめは俺たちの輪の中に入ってきて早く褒めて褒めてってまるで犬みたいに尻尾を振ってきた。
自分のパフォーマンスを褒められたいっていうことではなくて、よこぴーに『俺が振付してよかった』って思ってほしいんだと思うよ。
たぶんね。
俺の前なのに”お姉ちゃん”が無くなったうめめは久々だ。
新も呼んでこようかな、てかこっちの楽屋に来てくれないかな。
そんな期待をしてたらノック音が聞こえてきた。

「次シャワー使う人いるー?」
「あ、俺使いたい!」
「どうぞ。終わったら拓也にも声かけてね」
「OK!」

うめめの後にシャワー使ったのか、こっちも髪濡れたままの基くんが扉から顔を出した。
さっぱりして髪がヘタってなってる。

「あ、基くんも参加する?」
「なにを?」
「晴のソロ大反省会」
「嘘でしょ、数秒前まで褒めてくれる流れだったよね?」
「褒める代表のつばっくんがシャワー行っちゃうから。俺は晴のこと褒めないからさ」
「ダメ出しの日々がまた始まる…、覚悟してます横原先生…」
「とか言って、よこぴーどうせ晴のこと褒めるんでしょ?褒め倒すんでしょ?」
「褒めないって」
「ねえ、俺がいなくなるってわかった途端に横原も奏も見せつけるように晴って呼ぶのやめて?なんなの?俺を傷つけたいの?」
「椿先輩、シャワーどうぞ?」
「もーやめて!晴まで俺をいじらないで!これから無理矢理でも晴って呼んでやるからな!もう二度とうめめって呼ばないからな!」

捨て台詞みたいにそう吠えて部屋から出て行く椿くんをケラケラ笑って送り出す。
あんなこと言ってるけど本当に傷ついてたらどうしようか。
まあでも、うめめもそこは感じ取ってくれると思し、もし次に椿くんが晴って呼んだら笑顔で応えてくれるんだろうな。

「梅田、反省会するなら先に髪乾かしたら?風邪ひくよ」
「そうだよ晴、乾かしてきなよ」
「あー、そうだね、そうする。でも横原帰らないでね?ガチで反省会やりたいから。待っててよ?」
「おー」

はよ行けってよこぴーが手を振ったらうめめは肩にかけてたタオルで髪拭きながら基くんと一緒に部屋から出て行った。
髪乾かすの10分くらい?
それまで他の映像見ようかな。
俺が映像を見ようとしたらよこぴーは立ち上がって部屋を出て行こうとしてる。
なんで?
待っててって言われたのに!
止めようとする前によこぴーは俺を手招きした。

「奏もケータリング見に行こうぜ。あいつ、戻ってきたら絶対ごはん食うから今のうちに用意しよう」
「あー、そういえばうめめ朝からなにも食べてないんだっけ」

よく見てるしよく気づくな。
またからかったら照れるかなーってニヤニヤしたけど、それを見越してたのかよこぴーはさっさと廊下に出てしまった。






「ドライヤー2個あるっけ?」
「あるよ。ばっきーが用意してくれてるから」
「さすが椿くん。ありがたやー」

静かに、そっと、バレないように鳴ったカチャッて施錠音に梅田は気づかない。
2人っきりのメイクルーム。
明日もライブがあるから各々のメイク道具が転がってるけど、ここに用事があるメンバーはほとんどいないだろう。
休むなら楽屋だし、横原と奏が映像チェックしてるなら自然とそこに集まるはず。
つまりここには誰も来ない。
誰も、来ないでほしい。

「梅田」
「んー?」
「あのさ」
「うん、なに?」
「……」
「え、どうしたの?具合悪い?お腹空いた?」

鏡台の前でくるって振り返った梅田が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。
近づいたら自然と梅田の腰が鏡台の縁に当たる。
追い込んでも微塵も警戒しないで首を傾げてるけど、ドライヤー持ってた手に俺の手を重ねたらさすがにハッとした。

「俊介、待って、誰か来たら、」
「鍵閉めてるから」
「え?いつ閉めたの?」
「いつでもいいでしょ」
「良くな、」
「だってこうでもしなきゃ2人になれない」
「っ、」
「はぁー、無理、限界、爆発しそう」

ドライヤーを梅田の手から抜き取ってそのままぎゅうって抱き締めたら耳元で『冷た、』って聞こえた。
あ、まだ髪乾かしてなかった。
そうだよな、冷たいよな。
そう思うのに『じゃあそれぞれ乾かそうか。ドライヤー2台あるし』なんて言葉は出てこない。
離れたくない。
背中に回った手が少しだけ控えめに俺のシャツをきゅっと握った。

「俊介、大丈夫?初日疲れちゃった?」
「ううん、大丈夫」
「なんか嫌なことあった?ほらtwitterとかで嫌なこと言われた?」
「全然」
「じゃあどうしたの?無理で限界で爆発しそうなんでしょ?」
「うん」
「悩みがあったら言って?」
「……聞いてくれるの?」
「うん、なんでも言ってよ。私は絶対味方だから」
「じゃあ言うけど」
「うん」

抱き締めてた腕を少しだけ解いて梅田と近い距離で目を合わせる。
濡れたままの髪を耳にかけたらその表情がよく見えた。
大丈夫、なんでも言って、力になるから、守るから。
そんな強くて優しくて頼もしい顔を、一瞬で困らせてみたい。
俺が知らない梅田を、俺が引き出してみたい。

「…キスしたい」
「っ!?え、」
「今、キスしたい。触りたい」

情けない、指先が震えてきた。
全部本音だ。
毎日一緒に仕事してるのに、毎日2人で笑い合ってるのに、触れることはできない。
2人っきりになることもできない。
何もできない。
こうして見つめ合って手を握ることもできない。
俺は自分が思ってたよりだめみたいだ。
ライブが始まって、ファンに求められたら梅田は自ら進んで笑顔を見せるし、男ウケする衣装も着るし、ファンサだってする。
それに耐えられるのか?
毎日のようにメンバーと絡んで、触れて、俺以上に見つめ合って笑うのに?
耐えられるの?
……俺のことが男として好きなのか確証がないこの関係のままで?

「……」
「……」

こんな迫り方して困らせてるってわかってる。
どうやって拒否したらいいのか考えさせてしまっているってわかってる。
でも無理だ、限界だ、爆発する。
肌を露出した白い衣装も、拓也にセットされたシルバーの髪も、みんなに名前を呼ばれることも、……横原にこの先の未来を牽制されたことも。
もう、ぐちゃぐちゃなんだよ。

「好き…」

頬に触れたら俺の手の熱さに梅田が瞬きした。
長いまつ毛が揺れる。
瞼で煌めいてた星空は今はなくなってる。
何もない、素の梅田の瞳。
その瞳が熱を持って俺を見つめた。
熱い手に重ねられた梅田の手は冷たかった。

「……なんでそんな顔するの?」
「え?」
「無理で限界で爆発しそうって、なんでか分かんないけど、でも、なんで俊介がそんな不安な顔するの?」
「なんでって、それは…、っ…」
「特別だよ?」
「っ、」
「俊介は私にとって特別だよ?それだけは絶対。なにがあっても変わらない。ずっとずっと、俊介のこと大事にする」

”特別”ってなんだ。
どういう意味だ。
梅田にとって俺は”特別”で大事で、彼氏だ。
だからなんだ?
キスできる?
触れられる?
抱き締められる?
じゃあなんで『好き』って言わないんだよ。
……横原には何度だって言うのに。
目を見て、まっすぐ、『好き』って笑うのに。

「っごめん、」
「ちょ、…っ、」

ごめん、なんて言っておいて、申し訳ないなんて微塵も思ってない。
強引に引き寄せた腰も、乱暴にぶつかった唇も、全部俺の意思でわざと強く当たった。
シャワー浴びたばっかりでまだ熱い俺の唇の熱が、湯冷めした梅田の唇に移っていく。

「んっ、しゅん、っふぁ、」
「っ、」

周りの音が消える。
キスしてるリップ音と梅田の荒い息遣いと服が擦れる音しか聞こえない。
それしか聞きたくない。
頭の中がチカチカする。
唇の熱が気持ちよくてどうにかなりそう。
先に舌に触れたのはどっちだ?
もうわからないし、どっちでもいい。
見せてほしい。
俺しか見れない姿を、全部見せてほしい。

「んぁ、」
「声、やめて、」
「むり、」

本当にやめてくれ。
そんな声聞いたら止まらなくなるだろ。
そんな、俺しか聞けないような声、出さないでよ。
ぎゅうって痛いくらいに抱き締めて首筋を噛んだらビクって身体が動いた。
なに、ここ弱いの?
それとも噛まれるのが好き?
首筋を甘噛みしながらゆっくり息を吸ったら甘い匂いがする。
香水なんかつけてない。
なのに漂ってくる甘い香りにくらくらする。
このまま溶けてしまいたい。
もう一度舌に触れたらくたって身体が倒れそうになったから、抱き上げてソファに腰を下ろした。
俺の膝の上に乗せた梅田の身体にはもう力が入ってない。
すとんって膝に座ったまま息が荒くて、涙目でとろんってした顔を見たらもっと欲しくなる。

「ねえ?」
「ん…?」
「俺のこと好き?」
「っ、……分からない」
「…そっか」
「っでも!でも、特別だよ。俊介は私にとって特別で、誰よりも特別で、大事で、だから、…その顔は私以外には見せたくない」
「……」
「誰にも見せないで、キスもしないで、触らないで。俊介の”特別”は、……私だけがいい」
「…あははは、」

無理だ。
これはもう無理だよ。
もっと欲しくて堪らなくなる。
全部こっちのセリフだよ、梅田。
その顔誰にも見せないで。
絶対、俺だけに見せて。



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