最強の夏の話



「うぅ、終わりたくないよ…」
「分かる!俺も終わりたくない!」
「そうだよね、終わりたくないよね」
「ずっとライブやってたい!」
「あ、そっち?」
「え、どっち?」
「晴が言ってるのはラーメンのことじゃない?」
「うん、こっち」
「そっちかよ!」
「太陽軒のラーメン、美味しすぎて食べ終わりたくない」

どんだけ食べる気だよ!
それ二杯目だぞ!?
サマパラ最終日の楽屋にはとんこつラーメンの匂いが漂ってる。
メイクも終わって影山美容室も終わった晴は本番に向けて腹ごしらえをしてるんだけど、その姿は初日からは想像もつかない。
吐きそうになって何も食べられなかった初日とは対照的に、二杯もラーメン食べてこの後チャーハンも食べるらしい。
なぜ太らない。
なぜ肌が荒れない。
なぜお腹を壊さない。
メンタルは繊細で実は弱いし怪我もしがちなことは知ってるけど、食べ物でトラブルはほぼないから異次元の胃袋なのかもしれない。
本番まで時間あるからなんとなく食べてる様子を見てると、晴は会場を映したモニターをじっと見てた。

「なんか懐かしいね。昔さ、入ったばっかりの頃に私たち3人、ジュニアマンション入れてもらったよね」
「入ったなーマンション」
「真ん中に入れる子がめっちゃ羨ましかったの覚えてるわ」
「出番なくて袖で待機してるときにこっそり暗幕捲って会場見て怒られたよね?」
「そうだっけ?」
「そうだったよ。暗幕捲ったの影山かな?」
「俺?晴じゃなかったっけ?」
「えー、影山だった気がする」
「それどっちでも良くない?」
「まあ、そうだね」

覚えてるのは断片的な記憶。
初めて立ったステージはキラキラしてて頭の中はふわふわしてて。
ただ、ここで”勝ちたい”って思いだけが溢れてた。
それが今はジュニアマンションでも先輩のバックでもなく、1番前に立ってる。
0番に立ってる。
そう思うだけで身体がぶるぶる奮い立つんだ。
サマパラはずっと楽しかったからあんまり懐かしむような気持ちにはならなかったけど、オーラスはやっぱり少しだけ昔を思い出す。
ラーメンのスープまで飲み干した晴は、満足したのか『ふぅ…』って息を吐いた。

「じゃあ、今日も願いますか?ひとつでも多く勝てるように」
「願いますか!」
「願っちゃいます?」
「願っちゃいます!」
「よっしゃー!いくぞー!」

このやりとりに意味なんてない。
ただの雑談だ。
ただの同期の他愛もない話だ。
でもこうやって躊躇いもなく『IMPACTorsで勝とう!』って同じ気持ちで願って同じタイミングで走り出せることが、ものすごく嬉しいんだ。
そしてこの気持ちはいつしか”当たり前”になっていく。
当たり前にしたいんだ。






ラーメンだって食べ終わりたくないけど、もちろんライブだって終わりたくない。
暑くて熱くてメラメラと燃え尽きてしまいそうな夏がもうすぐ終わる。
去年の夏この8人でTDCホールに立って、ここから始まったんだ。
衣装の道もアイドルの道も諦めきれなくて、でも一度は諦めてしまって、滝沢くんにチャンスを貰って、7人と一緒に勝ちたいって思って、無理して、傷付いて、喧嘩して、泣いて、怒鳴って、それでも笑って。
私はまたここに立っている。
衣装班でもなく、たった1人のアイドルでもなく、IMPACTorsの梅田晴として立っている。

「PINKyのみんなー!!!サマパラ楽しかったかー!!!」

ああ、楽しいな。
楽しくて楽しくて楽しくて、ずっとここにいたいな。
汗だくの7人が笑ってて、キラキラした照明が私たちを照らしてくれてて、何よりPINKyのみんなが私たちに光をくれてる。
この空間にずっといたいよ。
離れたくないよ。
私はみんなを幸せにできたかな。
私のパフォーマンスはみんなに伝わったかな。
私がここにいる意味はあったかな。
IMPACTorsは、勝てたのかな。

「…あ、」

アンコール、最後の曲。
1人でも多くのPINKyと目を合わせたくて客席を見渡してた時。
バルコニーで必死に振ってくれてる色は白だ。
私のメンバーカラーを振ってくれるその女の子は見覚えがあった。
昔から私を応援してくれてるファンの方だってわかった。
ありがとう、来てくれたんだ、嬉しい。
いろんな感情があって目を合わせて笑おうとしたら、その子が団扇を私に向けた。

『よこぴー、晴のソロはどうだった?』

紫色で書かれたその文字を見て、ゴクって唾を飲み込んだ。
今年のソロは私にとって大きな挑戦だった。
はじめてのソロだった。
今までやったことがない戦いだった。
IMPACTorsっていう仲間を手に入れたのにあえて1人でステージに立った。
私が1番苦手なダンスと、失敗が許されない先輩の曲と、勝たなければいけないプレッシャーの中で。
怖かったけどやってみたくて、でも負けたくなくて、私1人じゃ弱くて、それで、初めて横原に頼った。
諦めるのをやめた。
憧れに近づきたかった。
どうだった、のかな。
私が憧れたダンスに近づきたくて、私が大好きな振付を踊りたくて、横原の振付が弱いって思われたくなくて、とにかく毎公演必死だった。
私は、勝てたのかな。

「最強だったっしょ!」
「っわぁ、」

ガバって勢いよく後ろから肩に腕を回されて、危うく前に倒れるところだった。
慌てて私を支えた横原は『ごめん』って片手を上げて謝る仕草をしたけどその顔はゆるゆるに笑ってる。
肩に腕が回ったまま、ぎゅって身体が近い。
横原どうした。
確かにアツい人だけど、ステージ上で熱さをこんなに出すなんて珍しいね。
横原が私と肩組むなんて珍しいね。
珍しいどころか初めてだよ。
ねえ、最強だったって私のこと?
横原が振付してくれた私のソロのこと?
私をずっと応援してくれてるファンの前で、私が最強だって横原が断言してくれるの?
本当に?
そんなの私にはもったいないくらいだよ。
もったいないくらい、幸せだよ。

「っ、」

横原の声を受けてPINKyがものすごく嬉しそうに笑ったから、止められなくて涙が溢れちゃったけど横原は笑ったままだった。
動揺しないし止めようとしないし涙を拭こうとしない。
知ってるんだよね。
泣いてるのは悲しいからじゃないって。
どれだけ泣いても汚くならないって。
横原がかけてくれた魔法のおかげで、どれだけ泣いてもキラキラした星空が広がってるんだって。
横原は全部知ってる。
こうなることが分かってたのかな。

「夏の晴は最強だった!すげー強かった!勝った!」
「違うよ!横原が最強にしてくれたんだよ!」

私を応援してくれる白いペンライトの光に向かって2人でピースサインを繰り返した。
それに応えてくれるPINKyが好きで、大切で、ずっと一緒にいたくて。
ああ、夏が終わるね。
最強を手に入れた夏が、終わるね。





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