「好き」と言えない話



時々、『あ、晴は女の子だな』って強く感じる瞬間がある。
ジュニアの1人として、IMPACTorsのメンバーとして、そして幼い頃からの同期として。
俺は晴と過ごしてきた時間が長いけど、でも見ているのは“お仕事”の顔が一番多い。
プライベートで遊ぶ仲じゃないし、大河みたいに大学が同じなわけでもない。
それでも晴の“女の子”な顔を見る瞬間は何度かあって。
今日はその瞬間がいつも以上に多い。

「お酒って美味しいよねー」
酒も美味しいけど、飲み会の雰囲気っていいよな
「わかるー、なんだろう、ちょっと頭がふわふわしてる感じね。なんでも話せるし。…あ、飲み終わった」
晴、次なに飲む?
「梅酒あるー?」
ないわ。缶チューハイしかない
「えー、もー、なんでもいいよ」
はい
「ありがとう。まつくの分ある?」
ある
「よかったー」

…晴ってあんなに飲んで大丈夫な人?
「酔って体調悪くなったことないから大丈夫。酔うと忘れ物するけど」
へー、忘れ物するんだ
「それを毎回届ける基」
うわ、めっちゃ想像できる
「基が一番晴のこと分かってるからさ。『これ梅田の忘れ物!』ってすぐ気づくんだぜ?」

ベロベロに酔った晴を心配して元太がそっと耳打ちしてきたけど、大丈夫だよって返事をしておく。
晴だって大人だから悪酔いするような人じゃない。
ここまで酔ってたらなにかしら忘れ物はすると思うけど、ここはホテルだから忘れ物しても大丈夫だろう。
『虎者』京都南座公演が始まって数日。
公演終わりにホテルの部屋で遊んだり飲んだりすることは珍しくない。
仕事に影響がない範囲で皆それぞれ京都を楽しんでる。
それは俺たちも同じで、仲が良い松倉と元太と部屋飲みしようぜってなって、たまたま廊下で会った晴を誘ったら快く参加してくれた。
元太と松倉とは、ごはんに行ったことはあるけどお酒を飲むのは初めてだろう。
お酒を飲んで酔いが回った晴の顔はかなり赤いし、なんとなく目も潤んでるように見える。
でも暑いって言いながらも長袖のジャージは上まできっちりジッパー閉めてるし、俺らともちゃんと距離を空けてる。
そういうところが晴らしいなとは思うけど、普段は見ないふにゃふにゃした顔に『女の子だな』なんて、思う。
それは松倉と元太も同じで、距離を履き違えないように気をつけてるように見えた。
変な意味で意識はしないけど、普段見慣れない姿に驚くのは普通のことだ。

IMPACTorsは皆で飲んだりすんの?
「コロナ流行ってからは、全員ではないかも。個別ではあるよね?」
「あるな。俺なんか大河と椿くんとしょっちゅうごはん行ってる」
「えびちり本当仲いいよね。トラビスは?皆でごはんとか行くの?」
俺らもコロナなってからは減ったな
結構皆忙しいしね
「メンバーが個人仕事で頑張ってる姿見るとめっちゃ嬉しくなる」
「分かる!俺メンバーが出てる雑誌とか全部買っちゃうもん!」
「わかるー!」
仲良いな
「うん、IMPACTors仲良いし、みんなすっごい素敵な人だと思うよ」
メンバーのこと好き?
元太ニヤけすぎ
聞いてみたかったんだよね
「うん、大好き」
「ちょ、やめろよ、急に告白すんなよ!ドキドキすんじゃん!」
別に告白はしてなくね?
かげ1人のことだけじゃなくね?
「いいじゃん!ちょっとはドキドキさせてくれよ!」
正直さ、酔ってるから聞くけど
「ん?」
晴がもしメンバーの中で付き合うなら誰?
うわ!それ聞くのかよ!
俺も元太に便乗するわ

どこかのアイドル雑誌みたいなありきたりな質問。
聞かれたことあるし、その時に晴はなんて答えてたっけ?
その答えを思い出せない程些細なことで、晴本人も俺たちメンバーも気にしたことなんてなかった。
だからさらっとかわすと思ってたのに、晴は眉を下げて笑って缶チューハイを飲み干した。

「……誰にも教えない」
なんだよそれ!
教えろ!どうせ朝になったら忘れてんだから!
「嘘嘘。皆大好きだし、そんなこと考えたことないよ」

あれ?
その目、見たことある。
教えないって言った晴の目、俺はそれをどこかで見たことがある。
どこだ?
いつだ?
晴は新しい缶チューハイを開けながらもう別の話をしてるし、松倉と元太はなにも疑ってない。
でもその一瞬、伏せた目に俺は見覚えがある。
思い出せ。
俺はいつ見たんだ?

「…あ!!!」
びっくりした!なに?
かげ声でかいよ!
「元太も声でかい」

思い出した。
あの時だ。

『みんな、可愛くなったからって晴に惚れんなよ!』

俺がほんの冗談でそう言った時。
目を合わせなかった基と横原。
2人と同じ目をしてる。
何かを悟らせないように、何かを隠すように。
俺の真っ直ぐな視線から逃げるように。
でも俺には分かる。
誤魔化せるわけない。
晴が、見たこともないくらい”女の子”の顔してた。






しゅん?わりぃー、飲ませ過ぎた、晴潰しちゃったわ
「はあ!?」
ごめーん!
怒んないで!
まじでなんもしてないから!指一本触れてないから!
お前、それは嘘だろ!さっき触ってただろ!
やましいところは触ってない!
「っ部屋番号!!!どこ!?!?」

とんでもない電話だ。
スマホ越しに聞こえてくる松松の声は明らかに酔ってる。
いつもよりワントーンもツートーンも高い声を聞きながら、怒りよりも焦りよりも心配が強くなっていく。
潰れた?
梅田が?
てか松松と何してんの?
聞き出した部屋はワンフロア上で、エレベーター待てなくて階段で駆け上がった。
電話で伝えられた部屋の扉を強く叩けば、出てきたのは松松じゃなくて拓也。
てか酒臭っ!顔赤っ!

「もといー!来たかー!」
「拓也声でかい。梅田は?」
「中で寝てる!ちょーっと飲み過ぎたな!松倉ー!基来たから晴起こしてー!」
「だから拓也声でかいってば」

そう?って首傾げてるけど相当うるさい。
まだ遅い時間じゃないけど、ホテルに迷惑がかかりそうだったからドアを閉めた。
部屋に散らばるお酒の缶とお菓子とおつまみ。
水入ったペットボトルが一本もないってどういうこと?
床に落ちてるのはトランプとUNO?
まだ10時だよ?
何時からどんだけ飲んだらこんなになるの?

しゅん、まじでごめん
晴?起きれる?
「んー?」

んー?じゃないよ。
なにその顔。
めちゃくちゃ酔ってるじゃん。
床に座って壁にもたれかかった梅田の顔は真っ赤で、元太が呼び掛けてもほとんど反応がない。
暑くて汗かいてるのか、前髪がぺたっておでこに張り付いてる。
電話で『触ってない!』って主張してたのはほんとうみたいで、元太は声をかけるだけで梅田には触れなかった。
京都遠征のために新調したって言ってた黒いジャージは上までジッパーが閉まってる。
長袖長ズボンで身体のラインが出るような服ではない。
いつも通り、なにも変わりない服装なのにぽやぽやして酔った表情がいつもと全然違ってすごく嫌だ。
はあーって大きなため息を吐けば、松松の2人が揃って両手を合わせた。

ごめん、潰すつもりはなかったんだけど、俺らも酔っててどんどんお酒開けちゃって
晴が酔ったらどうなるかわかんなくてさ。かげから、調子悪くなったことないって聞いて、つい…
「うん、なんとなく状況はわかった。梅田も2人と飲めてテンション上がったんだと思うよ。というか、こっちこそごめん。うちのメンバーが迷惑かけて」
いや、それは全然大丈夫だけどさ
てか、とりあえず基呼ばなきゃって思って連絡しちゃったけど、どうしよう?
「俺部屋まで送るよ。2人はここの片づけとかあるでしょ?拓也ー」
「なに?」
「梅田の部屋の鍵知らない?」
「え、どこだろ、探すわ!スマホはここにある」
「お願いね」

汗で髪が張り付いた頬に触れたら想像以上に熱くてびっくりした。
ヒヤッとした俺の手が触れたら梅田が身じろぎしたけど起きる気配はない。
これはきっとだめだ、起きない。
完全に潰れてる。

「基、鍵あった!」
「拓也、部屋まで来てもらってもいい?ドア開けてほしい」
「いいけど、…え、基運べる?」
「大丈夫」

ほぼ寝ちゃってるから許可取らなくていいやって思って何も言わずに梅田を抱き上げたんだけど、さすがに振動で気づいたらしい。
薄ら開いた目と視線が合う。
俺だってわかったのかふにゃって顔が緩んで胸に擦り寄ってきたから、慌てて松松と拓也に見えてなかったか確認する。
こんな顔、見せられない。
幸いにも気づかれなかったみたいで、拓也がドアを開けて待っててくれてた。
少し冷静になれたのか、さっきより声が小さい。

「じゃあ俺ら行くな」
おう。しゅんほんとにごめんな?
「ううん、連絡ありがとう。2人とも二日酔い注意ね」
気を付けるわ
晴起きてる?また明日な?
「んー」
寝てんじゃん
「ごめん」
しゅんが謝ることじゃないから
「起きてるー、2人ともありがと」
また飲もうな
次は潰さないようにするわ。おやすみ

ここまで酔うのは褒められたことじゃないけど、松松も拓也も梅田も笑ってて楽しい部屋飲みだったみたいで、それはそれでよかったと思う。
滝沢歌舞伎の時のような緊張感とは違う、オンとオフのメリハリ。
先輩と仲良くなるのはいいことだし、ロングラン公演だからリフレッシュは大事にすべき。
それでも心のどこかで、少しは女の子としての危機感を持ってほしいと思うこともある。
どんなに暑くてもジッパーを下げなかったことが梅田の危機管理だったのかもしれないけど、そんなもの、男からしたらないに等しい。
触れて感じる熱が、俺の方にも移ってきそうだ。

「はい、開いた」
「ありがとう」
「晴ー、スマホと鍵、机の上に置いとくからな」
「んー」
「あ、俺自分のスマホ松倉の部屋に忘れた」
「取りに行って片づけ手伝ってあげなよ」
「晴大丈夫?」
「このまま寝かせて俺も帰るわ」
「じゃあ頼むな。基ありがとう。晴、おやすみ」
「おやすみー」

拓也が手を振って扉を閉めたら一気に静かになった。
ベッドに下ろせば衣擦れの音だけが聞こえる。
抱きかかえてワンフロア分下りてくる間に梅田の意識は覚醒したらしい。
真っ赤な顔でボーっとしてるけど、梅田はベッドに寝転がらずにちょこんって座ってた。

「冷蔵庫開けるね。水ある?」
「あると思う」
「じゃあそれ飲んでお酒抜こうか」
「うん」
「はい。…梅田?」

水の入ったペットボトルを差し出したら、それを受け取らずに俺の反対の手をきゅって握った。
信じられないくらい手が熱い。
ベッドに座った梅田と傍に立ってる俺。
ふにゃふにゃの顔で見上げられて、触れられて、その目の熱さにびっくりして思考が止まる。

「俊介」
「ん?」
「悪酔いごめんなさい。来てくれてありがとう、嬉しかった」
「っ、」

熱が触れたのは一瞬。
えへへって嬉しそうに笑った梅田はすぐに手を離してしまった。
パって水を受け取ってゴクゴク飲み始めて、もう俺を見ていない。
心臓がドクドクうるさい。
なにか、別の自分が身体中を駆け巡るような感覚に慌てて頭を振った。
ホテルの部屋に2人っきり。
酔った梅田からはいつもの甘い香り、そこに混ざるお酒の香り。
香りが濃い気がするのはなんで?
俺のせい?
梅田のせい?
水を飲んだ梅田が小さい声で『暑い…』って漏らした。
なんの躊躇いもなくジャージのジッパーに手を伸ばしたから慌てて背を向ける。
全部開けて脱ぐつもりだったのか、首元を緩めたかったのか。
そんなのどっちでもよかった。
ただ、見たら止められないって本能的に分かった。

「……」

でも、背を向けたのは失敗だったかもしれない。
目に入ってきたのは机の上に広げられた手書きのノートだった。
何度も使ってるのか決して綺麗とは言えないノートで、梅田の書き殴った字が並んでる。
さっきとは別の自分が身体中を駆け巡る。
黒い、自分。
ところどころ追記されてる文字が、横原の字だって気づいてしまった。

「これ…」
「あ、それ?ダンス用のノートだよ。教えてもらったことメモってるの」
「梅田が紙のノート使うなんて珍しいね。iPad使わないの?」
「うん。衣装デザインする時はiPadがいいんだけど、ダンスはノート持ちながら練習するから。片手で持てるサイズじゃないとだめなの」
「え、そうなの?ノート持って踊ってるとこなんて見たことないけど」
「横原と自主練する時だけ使ってるの」
「……」
「横原ね、めちゃくちゃアドバイスくれるの。全部覚えきれないからメモってる。でもなかなか横原みたいに踊れないんだよね」
「……梅田さ、ほんとに横原のダンス好きだよね」
「うん、好き。IMPACTorsは皆ダンス上手いし特徴あると思うけど、横原が一番好きだな」
「っ、」
「私もあんなふうになりたい」

沸々と沸き上がる感情の正体を知ってる。
どんな時に現れてどんな時に消えるのか、俺は知ってる。
けど、知らなかった。
こんな突然爆発するなんて、知らなかったんだ。

「…梅田」

理性なんてどこかに飛ばしてしまえばいい。
何を我慢する必要がある?
俺は梅田の彼氏で、梅田は俺の彼女だ。
付き合ってるのは俺で、横原じゃない。
梅田が俺のことを男として好きなわけじゃないって分かってる。
分かってる上で無理矢理付き合ってるけど、いつか絶対好きにさせてみせるって自信があった。
梅田に一番近いのは俺だって、絶対的な自信がある。
でも、本当にそうなのか?
本当に、梅田に一番近いのは俺なのか?
もう、わかんなくなってきた。

『誰にも渡さない』

そう俺に言った横原の真意はわからないのに、宣戦布告に思えてプツって何かが切れた。
梅田の隣に座ったらギシってベッドが鳴る。
シングルベッド、2人で寝たら狭いだろうけど、十分だ。
今度は俺から手を握ったら梅田がびっくりして目を見開いた。
なにも言わずにずいって顔を近づけたら、怖かったのかきゅって目が閉じる。
いいよ、目閉じてて。
梅田を傷つけることはしない。
指先を絡める、髪に触れる、優しくキスする。
全部、梅田が好きだってサイン。
梅田は一度も拒まない。
好きだって何度も伝えた。
好きだって何度も触れた。
だから伝わってると思ってた。
好きだから、ずっと待ってた。
でも、ない。
梅田からの『私も好きだよ』は、一度だってない。
横原への『好き』と俺への“特別”が違うことは分かってる。
比べるものじゃないし比べたところで意味はないし、ただ俺が嫉妬してるだけ。
でももう限界だから。
今夜、俺はもう全部やめるよ。
なにも抑えない、なにも制限しない、なにも考えられない。
ただただ、梅田の『好き』が聞きたい。

「ちょ、しゅ、っ、〜〜〜、」

聞きたいって思うのに喋る隙なんて与えないんだから、矛盾してるよな。
ごめん、でも今は触れていたい。
舌を絡めたらお酒の香りが鼻を抜ける。
酔った梅田は、手も耳も唇も舌も、全部が熱い。
耳に噛みついたらびくって身体が動いた。
舌で触れた首筋は汗でしっとりしてる。
さっき梅田が自分で開けたジッパーは首元で中途半端に止まったまま。
キスしながら下まで下げたら、中には白いTシャツを着てた。
薄着で、身体のラインが出てる。
部屋飲みでジャージを脱がなかったのは正解だよ、梅田。
これからすることを考えても正解だ。
一度唇を離したら梅田がぷはって大きく息を吸った。
Tシャツの裾から手を入れて肌に触れる。

「待って、え、どうしたの?」
「どうしたって?」
「なんで急に、」
「急じゃないよ」
「っ、」
「急なんかじゃない、“やっと”だよ。俺はずっと梅田に触りたかった」

どこまでしていいか、なんて聞かない。
最後までいかずに止められるか、なんて考えない。
そんなの俺にもわからない。
甘い匂いとお酒の匂いと熱い身体と、溜まりに溜まった嫉妬にくらくらする。
これからなにするか、気づかないほど梅田はバカじゃない。
ジッパーが下がりきったジャージを肩から抜く時、梅田の身体は震えてた。
もしかしたら泣いてたかもしれない。
でも全部無視してベッドに押し倒した。
怖がらせたくない、傷つけたくない、大事にしたい。
でも、他の人に取られたくない、他の人のことを考えてほしくない。
俺のことだけどを見てほしい。
ううん、そんな大きなもんじゃない。
ただ、ただ俺は、

「…俊介は“特別”だよ」
「っ、」
「それじゃだめなの?」
「……」
「俊介が私のこと好きでいてくれてるってすごく伝わってる、分かってるよ。私、ちゃんと応えたいって思ってる。俊介のこと大事に思ってるし、“特別”だよ。私にとって俊介は“特別”な人なんだよ」
「……」
「それじゃだめなの?なんでそんなに怒ってるの?」

怒ってる?
俺が?
俺は怒ってなんかない。
梅田を泣かせるつもりなんかない。
なのに梅田の目からは今にも涙が溢れそうで身体が震えてる。
押し倒した時にベッドに押さえつけた梅田の手を強く握ってしまって、苦しそうに顔が歪んだ。

「怒ってない、俺は別に梅田に怒ってないよ、俺はただ、っ、……」
「ただ、なに?」
「俺はただ、……梅田に『好き』って言ってほしいだけ」
「っ、」

ほら、それが答えだよ。
びっくりした顔してない。
驚きもしない。
唇を噛んだその表情、自覚あったんでしょ。
横原にも、時にはメンバーにだって言うのに俺だけには言ってない自覚が。
俺がそれを求めてたことも知ってたんでしょ。
梅田が自分で言ったんだよ?俺が“特別”だって。
顔見たらわかる。
どれだけ一緒に過ごしてきて、どれだけ俺が梅田のこと見てたと思ってんの。
これ以上、触れてもキスしても結果は同じだ。
梅田は言わない。
絶対に、『好き』って言わない。
サマパラの時に俺は“もっと欲しい”って思ったよ。
もっと欲しいし、一番欲しいものはずっと前から明確なんだよ。
でも、それが手に入る未来が見えない。

梅田の身体を起こして、脱がせたジャージを肩に戻す。
梅田はきゅっと唇を噛みしめてた。
痛いくらいに噛みしめてたけど、かける言葉が見つからなかった。
俺はできることは全部やったつもりだ。
好きだと伝えた。
好きだと触れた。
『好き』が欲しいって明確にした。
それでも梅田はなにも言わない。
俺からのキスを受け入れても、俺が触れることを許しても、梅田はなにも言わない。

「…俊介」
「…なに」

梅田は泣かなかった。
目は涙でいっぱいだったけど泣かなくて、俺をまっすぐに見てきた。

「…好きって言えなくてごめんなさい」
「…うん」
「でも、あのね、言い訳になっちゃうかもしれないけど、私いろいろ考えてるの」
「…うん」
「俊介のこととか、グループのこととか、他にもいろいろ、その、ずっと考えてて」
「…うん」
「それで、その、……まだ答えが出なくて、だから、」
「だから好きって言えない?」
「っ、」
「それは俺のこと男として好きだけど言えないの?好きじゃないから言えないの?」
「違う、そういうことじゃない、そうじゃなくて、…っ、……俊介が“特別”だから言えない」
「……」
「……」
「……」
「…しゅん、」
「なんだよ、それ」

初めて梅田が分からない。
なにを考えてるのか、なにが言いたいのか、なにをどうしたいのか、初めて微塵も理解できない。
俺に言ってることも、俺の手を握った意味も、全部が分からない。
梅田が俺をどう思ってるのか、全く見えない。
自嘲したら梅田の目から涙が溢れ出した。
それでも俺は、梅田の手を振り払った。

「付き合ってる、キスもする、触れてもいい、でも男として好きではない、『好き』って言えない、でもいつでも味方でいてほしい、独り占めしたい、誰よりも“特別”で、だから不安にならないでって、それって、そんなの、そんなのさ、……“特別”の搾取だよ」
「っ、」
「俺は梅田が好きなんだよ。女の子として好き。『好き』って言ってほしいに決まってる。それが欲しいよ。梅田は“特別”だけど、……“特別”じゃない」

ああ、もう、“特別”がなにかもわからない。
俺がどんな存在なのかもわからない。
梅田にどう見えてるのか聞きたくもない。
もう、梅田に触れるのが怖いよ。
こんな“特別”、俺はいらない。




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