わかんない話



良くも悪くも、プロだった。

「梅田、荷物あげよっか?」
「いいの?ありがとう」

『虎者』南座公演が終わって東京に戻る新幹線。
お馴染みの大きいリュックを荷物棚に乗せようとした梅田に声をかけたら笑ってありがとうを言ってくれた。
遠征先の新幹線で梅田の荷物を俺が上げるのはいつもの光景で、それを見てメンバーがホッとしたのが気配で伝わってきた。
そういえば、何年か前に大喧嘩した時は俺は梅田を助けなかったし、梅田も他の人に頼んで荷物を上げてもらってたっけ。
まあでも、リュックを上げた後、梅田は俺の隣には座らなかったし俺も呼ばなかったから仲直りしたわけじゃない。

「新、隣いい?」
「え、………う、うん」
「すーっごい嫌な顔したね」
「だってうめめ酔うんだもん」
「大丈夫。今めちゃくちゃ眠いから秒で寝るよ」
「ならいいけど…」

後ろの席に座ってる新はものすごく嫌そうだったけど梅田が言ったことは本当みたいで、新幹線が発車した数秒後には寝息が聞こえてきた。
たぶん東京着くまで起きない。
寝てしまえば乗り物酔いの心配もない。
乗車前にばっきーが慌てて買ってたビニール袋は出番がないんだろう。
新の『本当に秒で寝た…』って驚きの声を聞いてからシートに深く腰掛けると、拓也がスマホから目を離した。

「心配なら隣座ればいいのに」
「ううん、いい」
「ふーん…」

納得してない顔の拓也に苦笑いで返しておく。
俺も梅田も、ジュニアといえどプロだ。
喧嘩しても気まずくても、たとえ別れの危機だろうと、そんなことは表には出さないし出してはいけない。
梅田が海人くんに怒られてがちゃんと屋上で話してから、俺たちは普通に戻った。
いつも通り、いつもと同じ、仕事にもグループの雰囲気にも影響させない。
そんな関係を取り繕うように演じてる。
2人で何かを話したわけじゃないけど、あの日からなんとなくお互いにそうしている。
それでも少しは違和感が出てしまう。
だってずっと隣にいて、お互いが特別だったんだ。
今、その柔らかい雰囲気は消えてしまったんだ。

「…あ、よこ」
「おー、もってぃも手洗う?」
「うん」

東京に着くまでまだまだ時間がある。
お腹空いたからなにか食べたいけどコロナのこともあって先に手を洗おうと車両間に行ったら、横原が洗面スペースで手を洗っていた。
ガタガタ揺れる振動と音が響いてるけど、横原の声はよく聞こえる。
洗面スペースから退いてくれたけど、横原は席には戻らなかった。

「いつ仲直りすんの?」
「なにが?」
「梅田と」
「……別に喧嘩したわけじゃない」
「じゃあ別れたってこと?」
「っ、」

ガタガタ揺れる音にジャーって水音が混ざる。
洗ってた俺の手は予想外の問いかけに動きを止めてしまった。
そんなこといきなり聞かれると思わなかった。
なんで、いつ、どこで知ったのか。
梅田が言うはずない。
グループに伝えるのはタイミングを見ようって2人で話して、誰にも言わないって約束して付き合ってた。
だから絶対に梅田が言ったわけじゃない。
じゃあ何で横原が知ってる?

「……」
「……」

なんでそう思ったのか聞きたかったのに、鏡越しに横原と目が合ったらそんな言葉は消えてなくなった。
なんで、か、なんて、あまりにも愚問だ。
そんなこと今更聞いたってなんの意味もない。
思い返せば、俺たちはその問いをお互いにしている。

『好きなんでしょ?梅田のこと』

『横原、……梅田のこと好きなの?』

俺は言わなかった。
横原は答えなかった。
そう、俺たちはどこかで牽制してたし、確信を得たかったくせに確定された時に返す言葉をなにも持っていなかった。
梅田にとって”特別”な俺と、梅田に何度も”好き”って言われる横原。
それが今、はっきりする。
はっきりさせたかった。
牽制でも駆け引きでもなく、シンプルに、ただ、今の事実だけを明らかにしたかった。

「別れてないよ。俺と梅田は付き合ってる」
「…そう」
「でも梅田は俺のこと好きじゃない」
「は?それどういう意味?」
「そのままの意味」

全然納得できないって顔で横原が眉を顰めたけど無視して蛇口を閉めた。
ハンカチで手を拭く間も横原は質問を投げ続けるけど、正直、俺が聞きたいくらいだよ。

「付き合ってるんだよな?」
「うん」
「なのに梅田はもってぃのこと好きじゃない?なんで?」
「”特別”だけど好きじゃないんだよ。それを俺が無理矢理付き合わせてるの」
「……え、全然よくわかんないんだけど」
「俺もだよ」
「は?」
「梅田のこと好きだから、もう、よくわかんないの」

手を洗ったばかりなのに手汗が滲んで気持ち悪い。
ずっと思ってた気持ちを言葉にして口から出してしまえば、その思いは強くなる。
好きなのに、好きだから、誰よりも好きだからこそもっともっと分からなくなる。
梅田の気持ちが何も分からないんだよ。

「もってぃは”特別”なんじゃないの?」
「でも梅田が”好き”って言う相手は横原だよ」
「それはもってぃが思ってるような”好き”じゃないっしょ」
「うん、分かってる。でも俺には一度も言ったことない」
「もってぃ、」
「だから俺はもう”特別”は嫌なんだよ」

こんな話したって何にもならない。
何も生まれない。
だから、まだなにか言いたそうな横原を無視して座席に戻った。



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