予感の話



「うわー!出遅れた!」
「うめめ残念でしたー」
「もうここしか空いてねえから!」
「あれ、また同期トリオ並ぶの?仲良し」
「余りものじゃん…」
「俺と大河に失礼だぞ」
「ごめんごめん」
「残り物には福があるよ」

虎者、新橋演舞場小屋入りの日。
広い楽屋に並べられた化粧台の内、空いてたのは俺とかげの間だけだった。
早い者勝ちで場所を決めるって昨日から予告されてたのに、晴は珍しく楽屋入りが遅くて一番最後だった。
昨日の疲れが残ってるのかいつも重そうなリュックがさらに重く見えるし、配慮なくドン!って床に下ろしたから俺を通り越して一番隅に座ってた基がびくって肩を上げた。

「あ、ごめん俊介」
「大丈夫?そんな重くて肩外れない?」
「大丈夫、私以外と肩がっちりしてるから!」
「隣に拓也いるとがっちり見えないけどね」
「いえーい!」
「いえーいって盛り上がることではない」
「あ、梅田きた」
「横原おはよー」
「ダンボール届いてたからここ置いとく」
「ありがとう」

楽屋入り初日は俺たちもスタッフさんもバタバタしていて、扉が空きっぱなしになってる楽屋をメンバーもスタッフさんもトラビスさんも行ったり来たり。
明日からは虎者の新橋公演が始まる。
できるだけ早めに準備を整えたいし今日も稽古が待っているわけで、ゆっくりしている時間はあんまりない。
慌ててリュックの荷解きをしてた晴が化粧台に置いた本を見て、椿くんが身を乗り出した。

「あ!うめめマウストラップ読んでんの!?」
「うん」
「嬉しいけど複雑」
「え、なんで?」
「結末分からないまま舞台見てほしい気持ちもある」
「舞台見に行く前提?」
「え!?来ないの!?」
「行くけど」
「なんだよ!意地悪すんなよ!」

ぷんぷんして少しだけ顔をしかめた椿くんを見て晴が笑った。
晴が読んでるのは1月に椿くんが主演をする舞台マウストラップの原作本。
ニヤニヤした晴とそれに乗っかったかげが『よ!主演俳優!』って椿くんを煽ってて、本人は嫌そうな声をあげるけどその顔は緩んでる。
12月まで虎者、年明けから椿くんはマウストラップ、かげは有頂天作家、横原はGARNET OPERA、基はあの子より、私。
IMPACTorsのグループ名にもある通り、演技のお仕事が決まっている。
本人はもちろんだけど、晴を含めたメンバー全員が喜んでたし、楽しみにしてた。
楽屋の雰囲気はいい。
南座で晴が閉めた蓋は、まだ閉まったまま。
開ける気配は感じられないけど、きっとそれでいい気がする。

「あのー…」

椿くんを筆頭に騒がしい楽屋に、その声は小さくて届かなかった。
たまたま後ろを振り返った俺がその人と目が合って、あ、なにか困ってるんだなって察する。
扉は開けっ放しだったけど入るのを躊躇してたその人に駆け寄ると、安心したのか息を吐いた。

「どうかしましたか?」
「はい、晴ちゃ、あー、梅田さんに用がありまして」
「呼びますね。晴ー!」
「はーい!」

晴ちゃん?
スタッフTシャツ着たその人から発せられる『晴ちゃん』には驚いたけど、突っ込んで聞くことはしなかった。
晴の交友関係を全部知ってるわけじゃないし、いつのまにかスタッフさんに名前で呼ばれるくらい仲良くなったのかもしれない。
新橋演舞場には俺より遥かに多く立ってるから、ここのスタッフさんと交流があるのは当たり前だ。
でも、こっちに近づいてきた晴はその人と目が合っても特段いつもの態度と変わらなかった。

「はい、梅田です」
「これ、届いてました」
「あー!ありがとうございます!」
「なにこれ」
「冷凍うどん」
「冷凍うどん!?」
「うん。京都で食べたうどんめっちゃ美味しくて!小腹空いたら食べようと思って送ってもらったの」
「小腹って量じゃないよ。どう見ても食事。……晴が心配になってきた」
「え?大丈夫だよ。大河にもわけてあげる」
「その心配じゃないから」
「ありがとうございます。クール便だから冷たかったですよね?」
「いえ、大丈夫です」
「あ!あとで一緒に食べますか?」
「いや、いらないです。……というか、私のこと覚えてる?」
「え?」

さっきから感じてた違和感は正しかったみたい。
このスタッフさん、晴と知り合いっぽいのに晴からはそれを全然感じなかった。
問われた本人もポカンとしてるし。
『あ、やばい、覚えてない、誰だっけ!?』って表情に出てしまってる晴を見て、その人はくすっと笑った。

「覚えてないか」
「ご、ごめんない!新橋演舞場からついてくださるスタッフさんですよね!?まだスタッフさん全員とご挨拶できてなくて、それで、…ってこれ全部言い訳ですね、すみませ、」
「そうじゃなくて。私、久瀬晶だよ」
「くぜあきら、さん、……あー!久瀬ちゃん!」
「思い出した?」
「思い出した!英語Aクラス!」
「久しぶり、晴ちゃん」
「ええー!全然気づかなくてごめん!え、え、え、でもすっごい雰囲気変わったよね!?」
「うん、結構変えた。社会人デビュー?的な?」

さっきまでの表情が嘘みたいに晴の顔が明るくなった。
マスクしてても分かるくらい目元が緩んで、ハイタッチしたかったのか冷凍うどんが入ったダンボールを落としそうになったから慌てて手を添える。

「大河ありがとう」
「知り合いなの?」
「うん、大学2年の時に同じ英語のクラスだった久瀬ちゃん!」
「って言っても何回か話しただけ。晴ちゃんは違うグループだったし、その時からアイドルの仕事忙しかったし」
「試験前にレジュメ貸してもらって本当に嬉しかったよ!あの時は久瀬ちゃんのおかげで単位取れたって言っても過言ではない!舞台関係の仕事に就いてたの知らなかった!」
「3年生になったらクラス変わっちゃったもんね。連絡先も交換できなかったし」
「晴、それ持ってく」
「いいの?ありがとう!」

会話が弾んできたから冷凍うどんのダンボールを受け取って冷蔵庫に持っていく。
これ、早めに冷凍庫入れたほうがいいよな。
慌ただしい楽屋の入り口が一瞬だけ女子会みたいな雰囲気になってる。
まあ、女子会行ったことないから知らないけど。
同じ年ごろの女の子と話す晴を見てると大学時代を思い出す。
学年は違ったけど、構内で見かけることは多かったから。
いい意味で仕事から離れて普通の女の子になれる場所。
そこで見かける晴は、事務所で会う晴とは違う人みたいだった。
タイミングよくカッターを持ってきてくれた基は、晴に視線を向けたままカッターを差し出した。

「あれ誰?」
「新橋から参加してくれてる久瀬ってスタッフさん。晴の大学時代の友達みたい」
「あー、それでか。なんか見覚えあると思った」
「え、なんで覚えてんの?」
「何回か梅田の大学行ったことあって、」
「うわ、出ました昔からうめめと仲いいマウント」
「してないわ。てかばっきーなに?」
「俺もカッター使いたい」
「ちょっと待って、先に冷凍うどん」
「もってぃーすごくない?なんでうめめの友達覚えてんの?」
「俺、あの人話したことあると思う。『これ渡してください』ってノート預かったことあるし」
「その記憶力、晴に分けてあげてほしいよ。晴はすぐに思い出せなかったから」
「でもあんな顔だったっけ?メイク?」
「社会人になって雰囲気変えたんだって。それにしても、友達のこと忘れる?」
「仕方がないんじゃない?大学生の時の梅田って、いろいろいっぱいいっぱいだったし。友達っていってもちょっとしか話してない人なのかも」
「……まーたマウント取ったな。その時のこと俺知ってますよ的な」
「取ってない。俺もう行くね」
「あ、怒った?」
「怒ってないよ」

はははって笑ったから怒ってないみたいだけど、晴のことでからかわれるのはもう嫌みたいだ。
自分の化粧台に戻っていく基はもう一度だけ晴を見た。
久瀬さんと話す晴は笑ってて、楽しそうで、友達と再会できて嬉しそうに見える。
ふと、横原も晴を見てることに気付く。
その視線が優しくもなく嬉しそうでもなく、どこか警戒している気がして。
なんとなく、少しだけ、なにか嫌な予感がした。


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