かまってくれんの?って話



どうしてこうもアホなのかって言いたくなる瞬間がいっぱいある。
警戒心が薄いのか、同性を信じ切ってるのか、自分にはそんな価値ないと思ってるのか。
これが俺の考えすぎだったらいいなって思うけど、そうではないことを俺の長年の勘が言っている。
悪い予感っていうのは当たるものだ。
そしてそれを未然に防ぐのはとても難しい。

「梅田」
「んー?」
「……別になんもない」
「なんもないんかーい」

呆れた顔した梅田は解凍して湯気が上がるうどんをそれはもうとんでもなく美味しそうに啜った。
その幸せそうな顔やめろ。
俺も食べたくなるけど、少し太ってしまったので自制する。
新橋演舞場の中にある食事ができるスペース、うどんを啜る梅田と目の前で和菓子を摘まむのをどうにか我慢してる俺。
昼夜間のこの時間は寝息と騒がしい声とISLAND TVを撮る音が混ざってる。
偶然にも、この時間は梅田と2人っきりだった。

「なんもないってなに?かまちょモードなの?」
「話したいことあったけど忘れた」
「お、年だね」
「それ自分にも返ってくるからな」
「私まだ誕生日来てないから24歳」
「あー、そうだっけ」
「そうだよ。あ、ひどい、私の誕生日覚えてないんでしょ」
「覚えてるわ。2月2日」
「わー、正解!えらいえらい」
「おい、よしよしすんな」
「かまってあげてる」
「結構です」

わざわざ箸を置いて頭を撫でようとした手を軽く叩いて拒否した。
くすくす笑ってるのが妙にイラつく。
じっとこっちを見てくるのが嫌で目を逸らした隙に和菓子を獲られた。
この盗人め。
どんだけ食べ物に執着してるんだよ。
そう怒ってやりたいのに、『食後に食べよー』なんて笑ってる顔を見るとなんにも言えなくなる。
遠くで奏の笑い声が聞こえた。
頭の中で『うめめのこと好きなんだね』が奏の声で再生されてため息が出る。

「今度はため息?なに?どうしたの?」
「……梅田さ」
「ん?」

お前、盗撮されてるって気づいてる?

「……」
「…?」
「……」
「……」
「……」
「…これは、イケメンに見つめられて何秒耐えられるかって耐久レース?」
「俺圧勝じゃん」
「私勝つ自信ある。横原が勝ったらこのお菓子あげてもいいよ」
「盗んだお菓子を賞品にすんな」

言うべきか、言わないべきか。
俺だって確信はない。
証拠もないし、まだまだ分からないことだらけだ。
それでも予感と気配は感じてる。
新橋演舞場の中で感じるカメラの音と嫌な視線。
俺たちじゃない。
トラビスさんでもない。
確実に梅田に向いている。
犯人の目星はついてるけど、今は公演期間中だ。
ましてや主演は先輩。
トラビスさんに迷惑かけるわけにはいかない。
どう動くべきかまだ迷ってる。
だから、迷ってる間になにか起こってしまうのが嫌で梅田を1人にしたくない。
俺、今、めちゃめちゃ怖いよ。
俺や俺たちが何もできないところで梅田が危険なことに巻き込まれるんじゃないかって、怖い。

「ねえ、よこは、」
「かまってくれんの?」
「え?」
「俺にかまってくれんの?って聞いてんの」
「いいけど、どうした?今までで一番かまちょ強いね」
「明日から昼夜間は俺の話相手な」
「え!?」
「虎者期間中ずっと」
「ずっと!?え!?嘘でしょ!?」
「いいって言ったの梅田だから」
「ちょっと待って!?そういうことだと思ってなかった!」
「不満?こんなイケメンがずっと一緒にいるって言ってんのに?」
「めちゃくちゃ不満!!!」

強引、こじつけ、強制的な束縛。
とりあえずなんでもいい。
うざいって思われたって嫌われたっていい。
とにかく、守れる場所にいてほしい。






「…うざい」
「…うめめでもうざいとか使うんだね」
「そりゃ使うよ。だってうざいもん」
「黒マスクでそれ言われると怖いです」
「うざいーうざいーうざいー」
「梅田先輩、怖いです」
「新、リュックの口開いてる」
「え?……あ、財布ない」
「もー、また?落とした?楽屋かな?」
「たぶん楽屋。取りに戻るね」
「じゃあ私は先に帰る、」
「だめ。待ってて。横原くんに駅まで一緒に行けって言われて、」
「横原うざーーーい!もう!1人にしてよ!てか1人で帰れる!子供じゃないんだから!何歳だと思ってんの!?最年長だぞ!24歳!来年25!成人してんの!免許持ってるし!」
「ええー…、免許は関係な、」
「じゃあね!!!おつかれ!!!また明日!!!」
「お、おつかれさまです…」
「八つ当たりごめん!明日にはちゃんとお姉ちゃんに戻る!」
「はい…」

横原くん、ごめん、頼まれた任務は果たせませんでした…。
ここ最近、横原くんは引くくらいうめめにべったりだった。
昼夜間はもちろんだし、帰りも一緒だし、朝も一緒に楽屋入りする姿を見かける。
2人はたまたま同じエリアに住んでるって聞いてたけど、もしかしたら駅まで迎えに行ってるのかも。
最初は『仲良いのかな?』なんて思ってたけど、日に日にうめめの表情が暗くなっていって『うざい』が口癖になって明らかにストレスを感じている。
これはもはや罰ゲームだ。
横原くんにストーカーされる罰ゲーム。
そしてその手伝いをさせられた俺。
トボトボ戻った楽屋には横原くんと大河くんが残ってた。

「新?どうした?」
「財布忘れた」
「また?」
「もー、みんなして『また?』って言わないでよ」
「まただから仕方ないでしょ」
「梅田は?」
「逃げられた」
「は?」
「横原うざい!って叫んで逃げられちゃったよ」
「はあ!?あいつ、1人で帰んなって言って、っあー!俺行くわ!」
「追いかけるの!?」
「うん」

嘘でしょ、そこまでする?
これはもう笑えないくらい過保護だよ。
こんなの絶対うざいじゃん。
引くわ。
うめめがかわいそうになってきた。
コートを乱暴に持った横原くんが楽屋を出ようとした時、戻ってきた椿くんとぶつかってしまう。

「っと、横原?」
「梅田に逃げられた。あいつ今1人」
「まじ?追いかける?でもこっち終わったよ」
「え、あー、どうしよ」
「横原、俺が晴追いかけるわ。だいぶ横原にイライラしてるみたいだし、俺が行った方がいいかも」
「ごめん、がちゃんお願い」
「がちゃん任せた」

なにがなんだかわからないまま状況は変わっていく。
大河くんがうめめを追いかけて楽屋を出ていって、入れ替わりで楽屋に入ってきた椿くんはスマホをいじりながら声を潜めて、眉間に皺寄せた横原くんはそのスマホを覗き込んだ。
この場で俺だけがなにも分かってない。
分からないからどうしたらいいのかもっと分からない。
そんな俺に気付いたのか、横原くんが手招きした。

「いけた?」
「結構加工されてたけど、なんとかなった」
「さすがつばっくん」
「…なにこれ、インスタ?」
「梅田のなりすましアカウント」
「え!?」
「シー!新声が大きい!」
「つばっくんの声もでかい」
「ごめん」
「なりすましってどういうこと?」
「誰かが梅田になりすましてインスタに盗撮写真あげてる」
「え?」

信じられなくてスマホの画面を見ると、四角く区切られたそこには確かに新橋演舞場の内部の写真が載ってた。
衣装の一部とか、うめめの身体の一部とか、俺らの後ろ姿とか。
たぶん、これを見せられてもなんの写真なのかすぐには分からないかもしれない。
でも俺らのファンがこの写真を見て、さらに添えられた文章を見て、投稿時間とか発売されてる雑誌で話したエピソードとか、いろんなもので答え合わせをしたら“梅田晴の裏垢かもしれない”って思う人がいるかもしれない。
もう既にそういう人がいるんだろう。
俺が戸惑ってびっくりしてる間にも、そのアカウントのフォロワー数とコメント数はどんどん増えている。
本物か疑うコメントもあるけど、公演中に裏垢に盗撮写真をあげてるうめめへの批判コメントも多い。

「横原くんはいつこれ知ったの?」
「盗撮には先週から気付いてた。インスタにあげられてるって知ったのは一昨日」
「念のため聞くけど、うめめ本人のインスタってことはないよね?」
「ない。一番新しい投稿に『2人でうどん食べちゃった。お腹ぽよぽよにしてごめん』って書いてあるけど、俺食ってねえし。あいつ1人で2杯食べたから」
「え!?2杯!?相変わらず胃袋が異次元…」
「事務所には言った?」
「まだ」
「なんで?言ったほうが、」
「いいに決まってるんだけど、そう簡単に言えなくて。これ見て」
「…っ、」
「はぁー、やっぱりか」

インスタにあげられてた写真に誰かが反射で写り込んでる。
普通じゃ見えないその影を椿くんが加工していくと、俺らには馴染みのあるものが見える。
それが何か分かったから、横原くんが異様にうめめの傍を離れなかった理由も分かった。
新橋演舞場に出入りするスタッフさんが全員持ってるスタッフパス。
写り込んでたのは隅に印刷された番号だけ。
でもその番号は知ってる。
うめめと楽しそうに話してる姿を毎日見てるから、俺たちも番号を覚えてしまったんだ。
間違いない。
久瀬さんだ。
うめめの友達の久瀬さんがうめめになりすまして盗撮写真をインスタにあげてる。

「だから横原くんはあんなにうざくなったんだね」
「新、もうちょっと言葉選ぼうか」
「あ、ごめん」
「いいよ、その通りだし」
「いやいや、うめめになにかあっても守れるように傍にいたんでしょ?」
「そんなかっこいいもんじゃないから。なんかあってトラビスさんの舞台に泥塗るわけにはいかないじゃん」
「このこと、うめめ知ってるの?」
「『お前、友達に盗撮されてインスタでなりすましされてPINKyとトラビス担に叩かれてるよ』って言える?」
「……言えない」
「知ってるのは椿くんと大河ちゃんだけ」
「俺は写真の特定やってて、がちゃんはうめめと大学同じだからなんか分かることないか調べてもらってる」
「でもここまできたら俺らだけでどうにかできないから、事務所にもリーダー達にも言った方がいいかもな」
「問題はうめめにどう伝えるか…。でもなー、どう言ってもショックだよなー、友達だと思ってた人にこんなことされてたんだぜ?」
「……」
「新?」

アイコンをぐるっと囲った丸。
光るそれを押すとどうなるのか知っている。
今光ったってことは今なにかが投稿されたんだ。
押したら出てくる数秒のストーリー動画。
見えてるものが何で、添えられたコメントが誰のことを言ってるのか分かって頭の中がキンって冷えていく。

「新!?」

制止の声も聞かずに走り出す。
どうしてこんなことをするのか分からなかった。
楽しそうに話してるうめめの顔が頭から離れない。
舞台で必死になってる姿も、幕が下りるまで笑顔でいる姿も、終わった瞬間に倒れそうになるほど出し切る姿も、美味しそうにごはんを食べる姿も、全部見てる人なのに。
時には隣に座って笑ってる人なのに。
なのになんで、うめめを傷つけるようなことをするのか分からなかった。

「それ」
「っ、」
「僕の財布です」

数秒の動画、端だけ映った俺の財布、添えられた『まーた忘れてる。笑』の文字。
毎日、うどんを食べ終わった後にうめめがどんぶりを洗う流し台にいた久瀬さんの手には、俺の財布。
サッとポケットに仕舞ったのはスマホだ。
そういえば最後の投稿は、洗い終わった二つのどんぶりだった。

「佐藤さんのだったんですね。ちょうど今事務所のスタッフさんに届けようと思ってたんですよ。はい」
「…ありがとうございます」
「お渡しできてよかったです。じゃあおつかれさまです」
「…あの」
「はい?」
「久瀬さんって、……うめめの友達、なんですよね?」
「……」
「……」
「……友達、になりたかったんですけど、無理かもしれません」
「……」
「私、晴ちゃんが好きすぎるんです」

分からない。
もっと分からない。
恨みでも妬みでも悪意でもない。
でも好意でもない気がする。
なんだろう、もっと純粋ななにか。
好きだというこの人の目には、もっと純粋なにかがある気がする。


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