無責任な話
ストレス、ストレス、ストレス。
横原のかまちょが本当にストレス。
昼夜間どころじゃない。
ずっと一緒にいる、というか気づいたらいる。
私になにかを話しかける時もあればなにも話さない時もある。
横原がいなくても横原の指示でメンバーの誰かがくっついてくる。
とにかく、1人の時間がない。
いくら仲がいいグループっていってももう限界だ。
昼公演が終わった後、横原の目を盗んで楽屋を抜け出した。
今日はタイミングがいいのか、横原は影山と奏を連れてどこかへ行ったみたいだ。
よし、今の内にどこか1人になれる場所に隠れなきゃ。
新橋演舞場はいろんな部屋があるけど、一番落ち着く場所はずっと変わらない。
衣装が仕舞ってある部屋に入れば、優しい香りがして大きく息を吸い込んだ。
「あ…」
「あ…」
誰もいないと思ったのに先客がいた。
壁に寄りかかって本を読んでた俊介が顔を上げて目が合う。
そういえば最近、俊介はよく本を読んでいて、楽屋じゃ騒がしいからって外に出ていた。
まさかここにいるとは思わなかった。
京都のホテルで話した時以来、俊介とは2人にはなっていない。
一気に緊張して息がしにくくなってしまう。
出たほうがいいかな、気まずいかなって思った時、俊介のスマホが鳴った。
「もしもし?あー、よこ?」
「っ、」
「なに?……うん、…え、あー、ごめん、あとでいい?これから1月の舞台の件で電話しないといけないんだよね。そうそう、衣装部屋使わせてもらってる。30分くらいかかるかも。…うん、はい、じゃーあとで、はーい」
「……」
「…逃走中?」
「…うん」
「なら共犯者になろうかな」
「え?」
「こっちおいで?」
横原との電話を切った俊介は隣の床をぽんぽん叩いた。
隣に座ってもいいってことだって理解してそこに腰を下ろす。
肩がぶつからない、でも呼吸音が聞こえるような、そんな距離。
横並びじゃ俊介の顔が見えなくて、伸ばされたつま先をなんとなくじっと見つめてた。
昼夜間で騒がしいはずなのに、俊介が本のページを捲る音が妙にはっきり聞こえる。
「電話しないの?」
「さっきのは嘘」
「え、嘘なの?」
「この部屋、仕事で使うって言ったら横原は入ってこないでしょ?」
「…ありがとう」
私のために嘘を吐いてくれたんだ。
お礼を言っても、俊介はなんのこと?って顔で笑うだけ。
俊介のこういう自然な優しさが本当に暖かくて嬉しくて。
久々に得られた自由な時間にゆっくり息を吐いた。
思っていたよりストレスが溜まってたみたいで、自分でもびっくりしてしまう。
横原のことが嫌いになったわけじゃない。
なにも考えなしにこういうことをする人じゃないことも知ってる。
だからこそ、理由がわからなくて釈然としないんだ。
いつかはきっと理由を教えてくれるって分かってるんだけど、それがいつなのか分からない。
それでも、ストレスを全面に出すのは申し訳なさも感じるわけで。
膝を抱えて出てきた声は少しだけ震えてた。
「…横原、怒ってた?」
「ううん、そういう電話じゃなかったよ。話したいことあるから今来れる?って」
「そっか…」
「心配?」
「心配というか、……私を探して新橋演舞場を走り回ってたらどうしようって思って」
「あははは、それはそれで見たいけどね。よこがそんなに必死に走り回ることなくない?」
「でも今の横原ならやりかねない。昼夜間疲れて寝ちゃうような横原が、なんでか分かんないけど新橋公演始まってからずっと私にくっついてるんだよ?もう、お願いだから休んでほしい。私のこと放っておいて休むか、『俺は寝るからそこにいろ』って命令してほしい。まあ、従うかどうかわかんないけど…。横原、私のこと見張ってるくせに、私の行動を制限するようなこと絶対言ってこない」
「……」
「私、そんなにやばそうに見えるのかな?なんかやらかしそうに見える?横原にはずっと見張ってないと危ない奴に見えてるのかな」
「……めちゃめちゃ大事にしてるんだよ」
「え?なんて言ったの?」
「分かった。共犯じゃなくて俺が主犯になるよ」
どういうこと?って聞いてる間に俊介はもう本を閉じてた。
さっき鳴ってたスマホを今度はこっちから鳴らして、まるで悪役みたいにニヤって笑う。
あ、舞台にいるミミズクの顔だ。
「あ、よこ?俺が先に梅田捕まえたんで、昼夜間は俺が一緒にいるから。しばらくこっちこないでね。じゃ」
電話の向こうから聞こえてきた横原の驚いた声を無視して切った俊介は、それはもう満足げに笑ってて。
それがなんだか面白くて私まで笑ってしまった。
主犯になるってそういうこと?
逃げたのは私じゃなくて、俊介が捕まえたってことにしてくれるの?
これで横原は私を探さない。
横原が不満に思っても、私を怒ることはできない。
ニヤってドヤ顔したくせに、自分でなんて言ったのか思い出して気まずそうに目を逸らした。
なにそれ、ずるいよ。
耳が赤いから、恥ずかしかったんだなってすぐに分かった。
私も恥ずかしくなってしまって、また横並びでつま先を見つめる。
俊介は、本を開こうとはしなかった。
「……」
「……」
なにも話してないのに、泣きそうになってしまうのはなんでだろう。
話したいことはいっぱいあるのに。
聞いてほしいこともいっぱいあるのに。
でも言葉が出てこない。
だってどこからが“メンバー”の距離なのか、私は分からないんだ。
グループになる前から私にとって俊介は“特別”だった。
そこが揺らいだことはなかったし、これから先もずっと揺らぐことはないと思ってた。
でも、俊介にとっては“特別の搾取”だったから。
きっと、ずっと俊介を傷つけてたから。
ああ、やばい、蓋が開く。
頑丈に蓋をしたはずなのに、2人っきりになった途端にこんなに簡単に外れる。
しばらく考えたくないって思ってたのに、そんなの無理だった。
2人っきりになっちゃったら、だめだ。
「梅田?」
柔らかい声に顔を上げると、俊介は笑ってた。
いつもと同じ、なにも変わらない、私を安心させるように、笑った。
床についてた手に指先が伸びる。
あと数センチで触れるのに、俊介は触れなかった。
それ以上、手を伸ばさなかった。
「あははは、」
「なんで笑うの?」
「んー?梅田の顔、久しぶりにちゃんと見たなって思って」
「っ、」
「…それだけ」
本当にそれだけだった。
顔が逸らされる。
触れそうだった指先が離れていく。
ああ、そうだ。
ここで『好きだ』と言われた。
ここでキスされた。
ここでキスを拒まなかった。
きっと俊介も、同じことを思い出してる。
『……梅田は俺のこと好きだと思ってた』
『っ、』
『男として好きなんだと思ってたよ』
その問いの答えを私はいつまで先延ばしにするんだろう。
分かってるくせに。
全部全部全部、分かってるくせに。
“特別”って、なんて都合のいい言葉なんだろう。
なんて、最低な言い訳なんだろう。
※『Masquerade』を読んでいなくても楽しめると思いますが、『Masquerade▽晩夏の太陽』をあわせて読むとより話が分かりやすいかと。
俺は『晴は強くはないけど決して弱い人じゃない』って言ったことがある。
その言葉に嘘はないし、晴を表現する言葉として最適だったと思ってる。
なにも間違ったことは言ってない。
けれど、晴以外の人にはいつもこう言っていた。
『晴は、弱い人じゃないけど、強くはない』
「おつかれさまです!IMPACTorsの梅田です!」
「お!梅田!おつかれ!てか久々じゃね?」
「お久しぶりです!突然すみません!涼太くんいますか!」
「お菓子食べるか?差し入れ美味しいぞ?あ、太陽軒行くか?ラーメン奢ってやる」
「ありがとうございます!でも遠慮しておきます!涼太くんいますか!」
「なんでだよ梅田!俺だて様より梅田のこと可愛がってんじゃん!」
「嬉しいです!でも涼太くんに会いに来ました!涼太くんいますか!」
「ふっか、相変わらず不憫」
コントみたいなやりとりが面白くてついつい出るタイミングを見失ってしまった。
舞台期間中の晴がなんでテレビ局のSnowManの楽屋にいるのか全然分からないんだけど、服装を見る限り舞台終わりに急いできたんだろう。
コートのボタンが開いてて、マフラーは首に引っかけたままだ。
息も上がってるし、ここまで走ってきたのかな?
連絡先も知ってるしお互いに仕事のスケジュールがパンパンなのも知ってる。
それでも直接会いたいなにか特別な理由があるんだろう。
「晴、久しぶり」
「お久しぶりです!突然ごめんなさい!少しだけでいいのでお話したいです!」
「阿部ちゃん、何分くらい大丈夫?」
「10分くらいは大丈夫」
「じゃあ10分後に戻るね」
「10分もご迷惑はかけられません!3分だけください!」
「お前、こんな時でもラーメンかよ」
「あははは、カップラーメン?」
「俺、作って待ってようか?一緒に食う?」
「いえ!すぐにお暇いたします!」
「くははは!フラれてんじゃん!」
キリっとした顔で指で“3”を見せる晴は、なんだかかっこよくて、でもちょっとどこか抜けてる後輩の女の子で、滝沢歌舞伎の時の空気が戻ってきたみたいだ。
何年も前から一緒に仕事をしてきた仲間。
後輩ではあるけど、同じ土俵で戦うアイドルだと思っている。
強くないけど弱くない、弱くないけど強くない、でも、強くなりたいと思っている女の子。
「はい、どうぞ」
「この部屋使っていいんですか?」
「うん、俺ら人数多いから2部屋用意していただいたんだけど、皆一部屋に集まっちゃうんだよね」
「あはは、SnowManさんらしい」
「もう少ししたら他のメンバーも戻ってくると思うから、帰る前に顔見せてあげて?」
「はい」
なんて返事をしつつ、晴は本当に3分で帰るつもりなんだろう。
こうやって会いに来てくれることは迷惑なんかじゃない、むしろ久々に会えて嬉しいって思うし、そう伝えていても彼女は自分で決めた3分で話を終える。
不言実行と時に有言実行が混ざるのは晴の性格かな。
早速本題に入りたいのか、晴は近くにあった椅子を引き寄せて俺と正面で向き合った。
「突然ごめんなさい。私、今悩んでいて、それで、悩みを相談できる人が涼太くんしかいなくて…」
「俺?メンバーじゃなくて?」
「はい。この悩みは涼太くんに聞いてほしいです。私のこと、叱ってくれたり素敵な言葉をくれたりするのは涼太くんだったから…。あの、今から話すこと、支離滅裂でなに言ってんだこいつってなると思うんですけど、聞いてもらえますか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。迷惑かけてすみません」
「迷惑じゃないし、迷惑かどうかは俺が決めるから謝るのはなし」
「っ、はい、ありがとうございます」
瞳が、涙でいっぱいだった。
思えば晴は、自分の気持ちや自分の話をすることが苦手だった。
滝沢歌舞伎の時もそう、今もそう。
自分の気持ちを話すことがすごく苦手。
メンバーのことは信頼してるだろうけど、グループの中じゃ晴は年上組で歴も長い。
だから弱音を言えないことも多い。
悲しい話をしてるわけじゃないのに、どこか後ろめたい。
いつも不言実行で、不確定なことを誰かと話すことに抵抗がある。
涙が溢れそうだったからポケットからハンカチを取り出したけど、晴はそれを手で制した。
泣かずに話すんだって、覚悟に思えた。
「デビューしたアイドルの先輩としてアドバイスください」
「うん」
「涼太くん、私、……身の丈に合ってないくらいに欲張りになってしまいました」
「……」
「7人と出会って夢ができました。この世界でずっと頑張れるくらい大事な夢です。それだけでも幸せなのにその7人とグループを組ませてもらって、グループ名もいただけて、ライブも舞台も他のお仕事も、曲も衣装もいただけて、本当に、自分でも信じられないくらい幸せなことばっかり起こって、IMPACTorsだったら何にでも勝てるってくらい強くなって、誰にも負けないくらい強くなって、毎日が嘘みたいにキラキラしてて、ずっと欲しかったものが、今、私の手の中にあります」
「うん」
「手の中にいっぱいで、もう溢れそうで、これ以上持ったらなにかが零れちゃう、これ以上望んじゃだめって思ってるのに、欲しいものがあります」
「……」
「どうしても欲しいんです。誰にも渡したくないものがあります。その人が笑ってる顔見るとどんどん欲張りになって、もっともっとって、私の手の中はもう幸せなことでいっぱいなのにもっと欲しくなります。なにかが零れちゃうかもしれないのに、欲しいんです、うん、そう、私、すっごく欲しい、欲しくて欲しくて堪らない」
「…晴、」
「アイドルなのに、進んじゃだめだって分かってるのに、絶対だめだって佐久間くんに教えてもらったのに、”そういう”好きはだめだって理解してるのに、なのに、なのに私、……俊介の“好き”が欲しい」
かける言葉はいくらでもあった。
俺はずっと見てきた。
その欲張りな気持ちがどんな未来に繋がるのか、ずっとずっと見てきただろ。
反対されても突き通す覚悟の“好き”も、グループのために飲み込んだ“阿部ちゃん”って叫びも、頭が真っ白になった血の色も、殴らなかった拳の痛みも、最低な景色も。
晴は俺に“デビューした先輩”としてアドバイスが欲しいって言った。
何を言ってほしいか、なんて明白なんだよ。
その気持ちを拒絶してほしいんだ。
始めない、進まない、ここで止まってなかったことにしろ。
そう命令してほしいんだろ。
デビューした先輩から、『グループ内恋愛はするな。今すぐやめろ』って、そう言ってほしいんだろ。
もう、自分じゃ止められないから。
欲しくて欲しくて堪らないから。
そして、晴が欲しいって言えば、基はなんの躊躇いもなく与えるってわかってるから。
だからもう、俺から言えることはたったひとつだよ。
「…晴?」
「涼太く、」
「無責任だよ」
「っ!?」
「その判断を俺に任せるのはものすごく無責任だ。自分の中でもう決まってることをわざわざ俺に否定させるのは卑怯だと思うよ。俺に相談してくれるのも甘えてくれるのも嬉しい。いつでも来い。でもこれは違う。無責任に逃げることはしてほしくない」
一瞬で涙が引っ込んだ。
きつい言葉だったかな。
でも、これしか言うことはない。
膝の上で強張ってた手をそっと包み込む。
氷みたいに冷たかった手を暖めたい。
厳しいことを言うのは、晴が強くなれる人だからだ。
「俺はまた同じことを言うけど、……“アイドル”って世界にいる理由は自分で見つけろ。ここにいる理由もここにいたいって思えるような理由も、晴自身が見つけるしかない。それは誰にも決められないし、決めさせない。手に入れたものが増えても、欲しいものが増えても、それはずっと変わらない。自分で最後まで突き通すしかない。欲しいなら手に入れられるように努力したらいい。離したくないなら、奪われたくないなら、全力で守ればいい。他に守りたいものがあるなら手離したっていい。すべては自分の責任で、自分の選択で、自分で決めるんだ。人に決めてもらって自分は傷付きたくないなんて、そんな無責任なことは通用しない」
「涼太くん…」
「今回は”宮舘涼太”としても大丈夫って言ってあげられない。なにかあっても俺は守ってあげられない。晴はもうIMPACTorsの1人で、俺はSnowManの宮舘涼太だから。お互い、それぞれの場所で頑張っていかないといけない。でもね、晴は強くないけど決して弱い人じゃないし、強くなれる人だし強くなってるから」
「っ、」
「この手は小さいけど、たくさんの幸せを持てる人だと思うよ。それに、この手にある幸せは与えられたものばっかりじゃない。晴やIMPACTorsのメンバーが自分たちで手に入れてきたものだろ?」
「……」
「欲しいなら手に入れろ。他に守りたいものがあるなら捨てろ。そうやって、全部自分で決めて、やるなら殺すつもりでぶん殴れ…!」
「……」
「俺から言えることはこれだけかな」
「っありがとう、涼太くん…!」
止めようと思えば止められた。
これ以上進まないよう、無理矢理にでも想いを止めることはできた。
止めた方が、晴とIMPACTorsにとってはよかったのかもしれない。
だけど言えなかった。
最後まで『基を好きになるのはやめろ』って言えなかった。
きっちり3分。
暖かくなった手を宝物みたいに大事に抱えながら、晴は楽屋を出て行った。
「おっちー、だて様こっちの楽屋にいたんだー」
「おつかれ佐久間」
「さっき梅田とすれ違ったよ」
「うん、さっきまで話してた」
明るいピンク色が入ってきたと思ったら、佐久間は晴が座ってた椅子に腰かけた。
その近くにあった机の下に手を伸ばして、置き忘れていた充電コードを拾う。
視線が合ってないのに話しかけてきた声はいつもよりちょっと低い。
「……だて様が止めなかったの、ちょっと意外だったなー」
「聞いてたの?」
「これ取りにきたらたまたま聞こえて。誰かに聞かれるわけにもいかないから部屋の前で待ってた」
「門番してくれてたんだ。ありがとう」
「ううん、全然。だて様ってグループ内恋愛反対派だったからびっくりした」
「あんな顔で『どうしても欲しい』って言われたら佐久間でも止められなかったと思うよ」
「そう?」
「うん。……俺の時とは全然違った」
「あれ?ちょっと悔しい?」
「まさか。そういうんじゃなくて、女性って2年でこんなに綺麗になるんだなって思って」
「こ、国王…!なんて高貴なお言葉…!」
「佐久間、ありがとね」
「へ?なにが?」
「2年前、俺と晴のこと考えて言いたくないこと言ってくれて」
「…違うよ。俺は俺が決めた通りに動いただけ」
結局、俺も佐久間も分かってるんだ。
どんな言葉をかけても、どんなことをしても、どんな悲劇があっても、変わらない想いがあるってことを。
何年経っても突き通す覚悟があれば、叶う“好き”があるってことを。
「おーい2人とも、収録始まるよー」
「……」
「……」
「え、なに?どうしたの?」
「改めて阿部ちゃんがすごい存在に思えてきた」
「うん。何年越しに実らせたんだろう」
「え?なんの話?」