ミルク飴の話



「そんな友達、切っちゃえばよくない?」
「正論だな…」
「分かるよ?奏のその意見はめっちゃ分かる。でもさ、それって悲しいし怖いことだよ?奏も大学行ってるから分かると思うけど、仕事関係ない場所でできた友達って本当に貴重だし、一回離れたらもう戻ってこない」
「だからなに?なにも躊躇する理由ないと思うけど」
「…あ、影山くん戻ってきた」

終演後の楽屋、こんな時間まで奏が残ってるなんて本当に珍しい。
そのくらい、今は緊急事態だった。
丸く円になってた場所を新があけてくれたからそこに座る。
不機嫌な顔した晴とその腕を無理矢理掴んで家まで送っていった横原はここにはいない。
残ったメンバーでどうするか話そうと、基がマネージャーさんを連れてきてくれた。

「とりあえず、トラビスさんには事情説明した。あのインスタ、誰も晴がやったなんて思ってなかったよ」
「よかったー、まあそうだよね。うめめがやったとは思ってないよね」
「でもさ、怖くない?どんどんフォロワー増えてるし、きついコメントも増えてきてる。……そもそも、うめめ本人はこのアカウントのこと知らないのかな?」
「横原が見張ってる限りインスタは見てないらしい。てかあいつ、晴がSNS開こうとしたらふざけてスマホ奪ってるから」
「うわ、うざい……」
「話戻そうか。これ、もう事務所は把握してるんですよね?」
「もちろんです。犯人が誰であれ、新橋演舞場に出入りしている人が盗撮してることははっきりしてるので、明日、演舞場側と話をします。皆さんが梅田さんのことを思って犯人を隠したいのかもしれませんが、申し訳ないですけどこっちは普通に対応させてもらいます」
「俺はそれでいいと思いますよ。皆過保護すぎ」
「奏、珍しくない?」
「確かに」
「いつもだったらもっと晴のこと大事にしてんのに」
「じゃあ逆に聞くけど、皆はこのまま犯人隠してどうすんの?よこぴーがうめめに嫌われて終わんの?」
「それは、」
「俺は嫌だよ。うめめ守るためによこぴーがあんなに動いてんのにそれがなかったことにされたり、うめめに伝わらなかったり、これが原因でうめめとよこぴーが仲悪くなったりするの、絶対嫌。だったら友達なんて切っちゃえばいいと思うよ。てかこんなことする人友達じゃねえし」
「奏…」
「大河くんが言ってることも理解してる。でもそれって、よこぴーを悪者にしてまですることかな?俺はそう思わないんだけど」
「…横原はそれ望んでないんじゃない?」
「うん、それも分かってる。よこぴーはうめめにうざがられても嫌われてもいいし、なんならよこぴーが守ろうとしてたこともうめめは知らなくていいって思ってると思うよ。分かってるけどさ、そんなの嫌じゃん。うめめから聞くのってよこぴーの愚痴ばっかりじゃん。俺らだってよこぴーと同じくらいうめめのこと見張ってるのに、俺らの愚痴聞いたことある?ないでしょ?他のメンバーが悪者にならないように全部よこぴーが背負ってんじゃん」
「それは、…うん、そうだね」
「これ、今回で終わりじゃないと思う」
「っ、」
「これからこの仕事していくってなったらこういうことって絶対起こる。ファンかもしれないしスタッフさんかもしれないし友達かもしれない。その度にまたうめめのこと過保護に守るの?よこぴーが悪者になるの?それって本当にグループのためなの?」

大人が揃ったこの場で、最年少が一番冷静で、一番正論で、一番ドンと構えているように見えた。
奏が言ってることは全部正しい。
正しくて、横原のことを思ってて、晴のことも思ってて、IMPACTorsのことも思ってた。
そうだよな、奏の言う通りだよな。
比べる意味もないくらい、大切にしたいものははっきりしてるよな。

「…なんか、ちょっとだけ悲しいね」
「なにが?」
「この仕事してる限り、信じられるのはメンバーと家族と事務所の仲間だけってことなんだなって思って」
「新、それは違う。俺たちには絶対的に信じられる“メンバー”がいるってことだろ」
「影山くん…」
「急にめちゃめちゃリーダー感出すじゃん」
「あ、まじ?出てた?」
「めっちゃ出てた。なんかちょっとかっこいいよかげ」
「まじか!やったー!」
「いや、別にやったーって喜ぶところじゃないのよ」
「全然違うこと言ってたらどうしようかと思った!」
「全然違うこと言ってたとしてもリーダーらしいけどね」
「拓也は言葉じゃないから。気持ちと熱量だから」
「熱いなー、ほんとに」

ポロっと口から出ちゃった言葉だったけど、皆には伝わったみたいだ。
よかったー、たまにはリーダーらしいことできたみたい。
これからどうするか決まったからか笑い声が楽屋に響く。
この瞬間にもどこかでシャッターが押されてることはたぶん俺以外も気づいてるはず。
だからもう、明日、決着をつける。






寒い。
一気に寒くなりすぎだろ。
南座にいた時はあんなに暖かかったのに、新橋公演が始まってから一気に秋に突入した。
夜公演後にシャワー浴びて乾かしたはずなのに、髪が少しだけ濡れてる気がする。
早く帰って寝たいって気持ちが出てたからかいつのまにか早歩きになってたみたいで、ふと気づくと梅田は俺の少し後ろを歩いてた。

「どーぞ先に帰ってくださーい」

振り返ったら投げかけられた刺々しい声にめちゃめちゃイラっとする。
負けないくらい刺々しい視線を送ったらノロノロ歩いてきた梅田がやっと俺に追いついた。

「わざとゆっくり歩いてるだろ」
「歩くの遅くてイライラして、横原が先に帰ってくれないかなって思って」
「帰りませーん。てか、ゆっくり歩くのってあれじゃん。仕掛けてんじゃん」
「どういうこと?」
「『横原くんと少しでも一緒にいたいからゆっくり歩いてたの〜』ってやつ。好きな人を落とす作戦」
「なるほどー、横原はそういう作戦で落ちたことがあると」
「言ってねえわ」
「そんな作戦で落ちるのかな」
「人によってはキュンとすんじゃない?わざとゆっくり歩いたり、わざとヒール履いて走れなかったり」
「わざと終電逃したり?」
「そうそう、そういうやつ」
「女の子がそれやったらめちゃくちゃ可愛いかも。ストレートに言ってもキュンとしない?終電ないけど会いたいから車で来た!みたいな」
「なるほどー、梅田はそういう作戦で落ちたことがある、…っちょ、なんで走んの!?」
「作戦変更!私が先に逃げ切る!」

最悪だ。
虎者マチソワした日に全力疾走するかフツー!?
しかもめちゃめちゃ速いし。
なんとか少しずつ距離を詰めて追いついた時にはもう、梅田のマンションの前だった。

「はあ、はあ、はあ、お前、まじ、ありえな、」
「こっちの、セリフ、なんですけど、はあ、はあ、吐く、うどん、吐く、」
「吐くな」

見慣れてしまったマンション。
ここに来るのは何度目か。
たぶん今日が最後だ。
さっき、大河ちゃんから連絡が来てた。
明日、犯人が捕まって全部終わる。
俺が梅田を見張るのも終わる。
俺が俺自身の恐怖心を薄めるためにやってたこのかまちょも、終わる。

「…じゃあ、また明日」

オートロックのエントランスを越えてガラスの自動ドアが閉まる。
梅田がエレベータに入るまで見送るのがなんとなく癖ついてしまって、それまで足が動かない。
爪先3p向こう、マンションの敷地。
俺はまだ、ここは越えてはいない。
越えるきっかけも掴めないまま。

「……」
「…?」

いつもだったら『うざい!』って叫び出しそうな顔ですぐにエレベータに乗るのに、今日の梅田は乗らなかった。
それどころか踵を返してガラスの自動ドアを越えてこっちに戻ってくる。
え、なに?
忘れ物?

「横原」
「ん?」
「これあげる」
「は?え、なに?ミルク飴?」
「美味しいよ」
「それは知ってるわ」
「送ってくれてありがとう」
「っ、」
「今すぐ出せるものこれしかなかった。ちゃんとしたお礼は今度するけど、取り急ぎ今日のお礼ってことで」
「あー、うん、ありがとう。てか急になんで?いっつもお礼とかしないじゃん」
「横原がどんな理由で見張ってるのか分かんないけど、とりあえず私を1人にしたくないんだなってことだけは伝わってる。でもずっと私と一緒にいるのは横原が窮屈だと思うから、送ってくれるのは今日までで大丈夫」
「でも、」
「大丈夫、1人では帰らないから」
「……」
「ちゃんと誰かと帰るから。だから横原と一緒に帰るのは今日が最後ね」

ミルク飴を粉々にしてやろうかと思った。
お礼なんかいらなかった。
ありがとうも、大丈夫も、最後も、全部いらなかった。
窮屈だと思ったことなんて一度もない。
最後が来ることを望んでたけど、梅田から“最後”って線を引かれることは望んでなかった。

「っ、」
「横原?」

作戦なんていくらでもあった。
走って喉乾いたから水一杯くれない?とか、飴じゃなくてコンビニで肉まん奢れよとか、もう少し話したいとか、なんでもあった、なんでもよかった。
もう少し梅田との時間があるなら、なんでもよかった。
でもどの作戦を使っても効果がないことを理解してる。
効果があるのはたった一つだ。
ストレートに、貪欲に、ただありのままに、咄嗟に掴んでしまったこの手を離さないで『好きだ』って言えたら。
そうしたら、あと3p進めたのかもしれない。

「……」
「ん?」
「…お礼、焼き肉か寿司で」
「うわ!高いものばっかり!しかもどっちも最高で選べない!」
「究極の選択だな」
「無理だよ!選べないよ!」

選べよ、それくらい。
俺の選択に比べたら軽いだろ。
“好き”って選択肢しかないのに選べないこっちの身にもなってみろ、なんて、どうしようもなくかっこ悪い悪態をつきながらポケットの中でミルク飴を握りつぶした。


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