約束の話02



何度見てもきつい。
何度見ても慣れない。
何度見ても、頭から離れない。
そして実感するんだ。
俺は涙を止めることはできないって。
俺ができることは、泣いても負けないようにすること。
泣いても、それが無駄じゃなかったって思えるようにすること。
でももう、それもできないかもしれない。
今、ずっと、俺自身が梅田を泣かせてる。

「梅田…」

盗撮、ストーカー、週刊誌。
遠い世界の話だと思ってた。
ジュニアの俺たちなんか誰にも狙われないと思ってた。
だけど、幸か不幸かもうそんな存在じゃない。
誰かに狙われる存在になった。
ファンもスタッフも共演者も、周りの人間に常に裏切られるリスクを抱えながら生きていかなきゃいけない。
メンバーだけが絶対的に信じられるから、だから、1人でも失いたくない。
好きだと言わないでほしい。
遠まわしに言ったけど、要は、別れてほしい。

「……嫌」

頭では理解してる。
全部理解して、俺の考えも分かってて、グループの将来も考えてて。
梅田は馬鹿じゃない。
感情だけで動くような人でもない。
ちゃんといろんなことを考えて、不言実行で確実な結果を掴んできた人だ。
そんな梅田が泣きながら絞り出したのは、どうしよもなく強いわがままだった。

「嫌だ」
「…梅田、」
「横原が言ってることわかってる、けど、でも、嫌。私、それはできない。このまま諦めるなんてできない」
「梅田、」
「嫌、嫌だよ、私、どうしても嫌だ、」

最初から勝ち目なんてないって分かってる。
子供みたいに泣きながら駄々こねて、負けを認めてる顔してる。
梅田に勝負できるカードなんてもうない。
隠し通すから、外ではメンバーとして接するから、ファンに認められるくらいのアイドルになるから。
そんなカードを、梅田は出そうともしない。
ただ『嫌』って繰り返しても勝てないのに、それしか言わない。
それがすべてだからだ。
それしかないからだ。

「好きなの」
「っ、」
「私、俊介のことが好き…!」
「……」
「誰よりも特別で、誰にも渡したくない…!」

俺は確実に勝てるカードを持ってる。
『自分の恋愛と俺らIMPACTorsの将来、どっちが大事なの?俺らの未来潰す気?』
そう聞けば梅田は絶対にIMPACTorsを選ぶ。
確実に俺が勝てる。
それはもう、この話を始めた時から分かってて、それを出すタイミングを測ってる。
このカードを使ったら俺はきっと嫌われるし、なんならこの先口も聞いてもらえないかもしれない。
泣き顔どころか、二度と笑ってくれないかもしれない。
それでもよかった。
俺が悪者になっても、どこからか情報を掴んだ第三者に梅田ともってぃを傷つけられるよりマシだった。
でも、

「好きなの…」

そんな顔で言われたら、出せるわけないよな。
どれだけ嫌われてもいいから笑ってほしいって願った女の子にそんなこと言われたら、言えるわけない。
無理矢理従わせることなんてできない。

「……俺も好きだよ」

ああ、やっぱりきついな。
好きな人が泣いてるのは、きつい。
乱暴に目元を擦ってた右手を掴んでぎゅうって握りしめた。
自分のパーカーの袖を伸ばして、涙が流れてる梅田の左頬にそっと触れる。
止められたらいいのに。
俺が、止められたらいいのにね。

「俺も好きな人いるんだよね」
「え!?」
「めちゃめちゃ好きで、どうしても欲しくて、どんなことしてでも守りたい人」
「し、知らなかった」
「うん、晴だけに教える。晴だから教えた。どういう意味か分かる?」
「…?」
「俺も、その人に好きって言わない」
「っ、」
「晴だけに辛い思いさせない。俺もここで決める。IMPACTorsのために、その人に好きって伝えない」
「…そんなの、横原がめちゃくちゃ辛いじゃん」
「うん。でも晴だってめちゃめちゃ辛い」
「私の巻き添えで横原が辛いのは嫌」
「巻き添えじゃない。覚悟しようぜって話」
「覚悟…」
「IMPACTorsに人生賭けて勝負して、勝つ覚悟。そのために、お互い 『好き』って言わない」
「……」
「お?これは嫌じゃない?」
「好きでいてもいい?」
「っ、」
「俊介のこと、好きでいてもいい?誰よりも特別で、誰よりも好きでいてもいい?」
「…うん」
「この先、ずっと好きでいてもいい?」
「…うん、いいよ」
「じゃあ約束して」
「……」
「私は俊介に好きって言わないから、どれだけ欲しくても手を伸ばさないから、だから、横原も好きな人に好きって言わないで」

差し出された震えた小指。
強く握ったら折れてしまいそうで、早く捕まえなきゃ消えてしまいそうで。
何度そのポーズをしたんだろう。
何度メンバーと約束したんだろう。
何度PINKyと約束したんだろう。
数えきれないくらい約束したし、これからも何度も約束するし、何度もその約束を叶えていく。
でもこの約束は、俺と晴だけの約束。
この先ずっと、2人で守っていく約束。
きゅって小指が絡んだら、もっともっと涙が溢れてきた。

「…大好きだなぁ」
「…うん」
「俊介に伝えたいこといっぱいある」
「…うん」
「横原は?」
「ん?俺は、……うん、俺も好きだよ、めちゃめちゃ好き」
「うん、そっか…」
「でも別に好きって言えなくてもいい。そいつが笑ってくれるならそれでいい」
「…ごめん」
「え、なんでまた泣く!?」
「私のせいで横原が好きな人のこと諦めちゃう…、そんなに好きなのに、」
「は?諦めてねえから。勝手に決めんな。俺だって、好きって言わないけどずっと好きだよ」
「私と同じ?」
「そう、同じ」
「……ありがとう。横原が約束してくれるなら頑張れる気がする。大好きって言えなくても、大好きって気持ち無理矢理捨てなくても、笑える気がする」
「うん、笑っててよ。……晴は笑ってる方がいい」

この先、辛いことは多いと思う。
我慢できない時もある。
泣くこともある。
言いたくて、伝えたくて、欲しくて、触れたくて、それでも自分の気持ちを押し殺さないといけない時が絶対にくる。
でも1人じゃないから。
好きって気持ちを抑えてるのは晴だけじゃないから。
俺も一緒だから。

「約束ね」
「うん」
「絶対破らないでね」

返事はしなかった。
できなかった。
そのかわり、絡んだ小指をぎゅうって握りしめた。
俺はもう、約束を破ってる。


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