約束の話03



「よこ、嘘吐きだな」

キュッてシャワーの栓を閉めた横原が振り返ったら髪から水が落ちる。
いつもよりかっこよく見える横顔に少しだけたじろいでしまった。
明らかに表情が変わった。
男の顔してる。

「秒で約束破るなよ」
「秒どころか、約束する前に破った」
「そんなんでよく突き通したな」
「いやー、あいつ鈍くてよかったわ」
「……」

鈍くてよかった?
どこがだよ。
自分の気持ち全部押し殺して、自分の欲も想いも全部うまく隠して、梅田が笑えるように必死だったくせに。
ケラケラ笑ってるのは強がりか。
俺には『あいつに気づいてほしかった』に聞こえた。

「なに?怒ってる?だからわざわざここまで来たの?」
「次が詰まってるから行けって言われたんだよ」
「あー、そう」

夜公演が終わった新橋演舞場のシャワー室はいつも混む。
個数が限られてるし、全員が同時に入れるわけじゃない。
梅田を送っていくって名目で一番を手に入れた横原と、なるべく早く済ませてって奏のお願いで俺が押し込まれた。

「……」
「……」
「…なんで俺に聞かせたの?」
「…もってぃが寝たフリしてるって分かってたから。本当に寝てたら聞かせなかった」

熱いシャワーが脳天から降ってくる。
水音で聞こえなくなりそうな声でも横原は聞き逃さない。
横原の言う通りだった。
あの時、俺は起きてた。
梅田の声も梅田の指先の熱も届いてた。
あと一言、あと1秒。
あと少しで、俺が何年も前からずっと欲しかったものが手に入ったんだ。
それは、俺が掴み取る前に離れてしまった。

「答えになってないよ」

衣装部屋を出てすぐに届いた『1人で聞いてて』ってLINEと電話。
梅田と横原の会話は全部聞こえてた。
梅田の震えた声も、鼻を啜る音も、何度も涙を拭う衣擦れも、『好き』も。
横原が掴み取った”約束”も。
俺は全部聞いてて、ひたすらずっと拳を握り締めてた。

「答えにも言い訳にも弁解にもなってない」
「……」
「…っちょ、なにす、」
「じゃあ逆に聞くけど、なんで来なかった?」
「っ!?」

シャワーヘッドを掴んだ横原は俺の顔に思いっきりお湯をかけてきた。
なにすんだよって手首を掴んだけど、核心をつかれて言葉に詰まる。
詰まって、なにも言い返せなくて、ただ唇を噛むしかない。

「俺は卑怯な手使ったって自覚してる。胸張ってしゅんと戦えない。勝手に晴のこと守って、勝手にIMPACTorsの将来を考えて、勝手にしゅんのこと傷つけたよ。でも謝らない。卑怯だけど悪いことをしたつもりはない。あれは、この先晴が泣かないためにできる俺の精一杯だったと思ってる」
「……」
「電話を繋いだのは、誠意だよ」
「っ、」
「しゅんに対する誠意。俺の精一杯も晴の想いも知った上で、しゅんが思う通りに動いてほしいっていう誠意。途中で奪っておいてその先を聞かせなかったら、それはもう卑怯じゃなくて卑劣だと思ったから」
「……」
「……」
「行けるわけないだろ」
「……」
「そんなん、よこだって分かってんじゃん」
「うん。だから言ったじゃん。俺は卑怯だって。しゅんは優しすぎるんだよ。晴のことだけ考えて飛び込んできたらよかったのに」

できないって分かってて煽ってくんな。
できるわけない。
梅田を必死に守ろうとした横原の精一杯を、無視して壊すようなことできるわけないだろ。
鏡に映る自分の顔が嫌になる。
情けなくて、潰れそうで、負けそうだ。
なにに負けそうなのかなにに勝ちたかったのか、もうよくわからない。
梅田の『好き』がどうしても欲しかった。
ずっとずっと大切に築いてきた”特別”を手離しても手に入れたかった。
触れたい、抱き締めたい、キスしたい、好きって言いたい。
伝えたいことばっかりなのに、もう伝えられない。
梅田は聞かない。
梅田は言わない。
梅田は絶対に約束を破らない。
横原との約束は絶対に守る。
結局俺は、『好き』って突き通すほどの覚悟が足りなかった。
梅田の『好き』を掴み取る強さも足りなかった。
きっと、ただそれだけのこと。

「横原、……梅田のこと好きなの?」
「…教えるかよ」
「っ、」
「俺、約束は破らない男なんで」

そして横原も、梅田との約束は絶対に守るんだ。



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