グリフォ撮影の話



「うわ!めっっっちゃかっこいい!やばい!エグい!」
「はい、撮るよー!」
「あらちゃん!みなちゃん!こっち向いてー!」
「笑ってー!」
「あー!かっこいい!でも可愛い!」
「鬱陶しい…」
「世界で一番かっこいい弟だよ!」
「お姉ちゃんじゃないし…」

一眼レフを構える椿くんと小さい子を相手にしてるみたいに猫なで声を出すうめめに、新がすっごい嫌な顔した。
俺も同じ顔したけど、それさえも『同じ顔!双子みたい!』なんてテンション上がってるうめめは本当に楽しそうだ。
俺らは全然楽しくないけど。
控室から出ていきたいのに、椿くんとうめめが入り口を塞いでるから出られない。

「スタジオアリスかよ」
「あ、よこぴー。ほら、よこぴー来たよ。2人ともよこぴー撮りなよ」
「……」
「……」
「いや、なんか、…ねえ?」
「うん…、…ねえ?」
「なんだよ」
「顔面が強くてちょっと嫌だ」
「イケメンすぎてなんか嫌だ」
「褒められてんのか悪口言われてんのか分からん」

シャッターが止まった瞬間に新はそそくさとこの部屋から出て行ってしまった。
俺も逃げるなら今のタイミングだったな…。
よこぴーの姿を見て椿くんとうめめの動きが止まってしまったのも無理はないし理解できる。
今日は虎者の合間を縫って入ってたグッズ撮影の仕事。
年末からアイランドストアで発売されるグリーティングフォトの撮影なんだけど、用意されてたのは和洋折衷な袴だった。
ステージ衣装程作り込まれてはいないけど、既製品を組み合わせて作られたこれはめちゃくちゃ豪華でめちゃくちゃ艶やか。
だから、衣装担当の血が騒いでしまっている。

「横原のこれどうなってんの?肩すごいね!」
「なるほど、袴はこうなってるんだね。えー、どうやったらこんなバランスよくできるの?着方知りたい。着るところから見たい。普通に着たらこうはならない」
「うわー、すっごい嫌」
「椿くん、ここ写真撮ってほしい」
「いいよ。あとでうめめに送るね」
「ありがとう!助かる!椿カメラマン最高!あ、横原動かないで」
「…奏」
「俺、さっき全く同じことされたから」
「横原さえよければ脱いだ後に衣装見たい」
「横原は絶対に嫌なのでだめです」
「ええ!?なんで?なんで!?」
「誰かこのうるさい人静かにさせて」
「それは諦めな」

衣装に興味深々モードに入ってしまったうめめを嫌そうに見たよこぴーから『代わって』って視線が来たけど拒否した。
さっきまで俺と新が標的だったし、『あらみな可愛いね、世界一可愛いよ』なんて、よこぴーが言う通りスタジオアリス状態だったから。
またあれを受けるのはごめんだ。
それに、いつも通り衣装に興奮してるうめめを見ると安心する。
そう、“いつも通り”なんだ。

虎者公演中に発覚した盗撮。
関わったスタッフ2人はもう特定されて、一旦現場からは外されることになった。
解雇されたのか警察に捕まったのか、俺らにはその後の情報は降りてきていない。
でも、少なくとも俺らの安全は確保された。
そこは信用してほしいって事務所からも新橋演舞場からも言われている。
犯人を知った時、つまり大学の同級生が盗撮してSNSでなりすましてるって知った時、うめめはただ『うん、わかった』しか言わなかった。
大河くんが言ってたように友達を失うのは辛い。
だからうめめも辛かったと思うし何かしら心にダメージはきてると思うけど、俺らやトラビスさん、スタッフさんの前ではそんな姿は微塵も見せなかった。
子供みたいに悲しみや怒りを表には出さなかった。
不言実行で弱みを見せない、そんなうめめの大人な一面が戻ってきた気がした。
うめめ、よこぴーがうめめを守ってたことには気づいてるし、2人でその話はもう済んだんだと思う。
俺や俺たちが知らないところ、知らされないところでうめめは区切りをつけたんだと思う。
グループになったからってうめめは全てを話さない。
特に、俺や新にはマイナスな話はしない。
開示することを強制はしないし、こうやっていつも通り笑ってくれてるなら安心できる。

「おおー!影山めっちゃかっこいいね!」
「まじ?晴にそう言われると自信つくわ!」
「首元、ちょっと閉めてもいい?開いてるとなんかやらしい」
「エロいってこと?」
「ちょっと違う。影山自体に色気があるからかっこいいけど、品がなくなると嫌だから閉めた方がいい」
「わかった!あ、大河!大河も晴に見てもらったら?」
「見てくれんの?俺もう撮影始まるけど」
「大河、袖長めだと思うけど萌え袖にならないように注意。可愛い要素は排除して男っぽくしたほうがかっこくキマると思う」
「わかった、ありがとう」
「撮影行ってきまーす!」
「いってらっしゃい!」

プロに用意していただいた衣装と、俺らの体格や衣装との相性を熟知したうめめのアドバイスがかけ合わさったらいい写真が撮れるに決まってる。
そんなこと分かってたはずなのに、改めて思い知らされる。
梅田晴はグループの中じゃ年上で、先輩で、大人で、衣装担当で、経験してきた場数が違う。
自分の魅せ方も他人の魅せ方もわかってて、俺よりずっと先を歩く人で、お姉さんぶってるのが嫌な時もあるけど、結局は大人なんだよな。
サマパラとか虎者とか、ここ半年くらいはなにかとうめめに試練があって凹んでる姿を見てたから忘れてたけど、やっぱりすごい人。

「ばっきーと梅田いる?」
「いるいる」
「俺着替え終わったから次どうぞ。メイクさんが呼んでる」
「すぐ行く!」
「……なんか足りない」
「え?」
「俊介の衣装、グローブつけたらもっとよくなるんだけどな。なんだろ、バランス?的な?せめて指輪とか?手が寂しい」
「あー、後で長めのグローブつけるって」
「皮?布?レース?」
「皮」
「完璧!絶対かっこいい!じゃあ私も着替えてくるね!」
「……怖っ!」
「うめめこわー」

意気揚々と部屋を出て行くうめめによこぴーのドン引きした声は届いていない。
パッと見の初見で基くんの衣装の足りないパーツを当てるって、怖いな。
すごいを通り越して怖い。
引くわーって口にしたのはよこぴーだけど、皆顔が引いてた。
でも、ちょっと安心もある。
夏から少し調子を落としてたうめめが、かなり回復してきている。
ウキウキしながら椿くんと出て行くうめめの背中を、基くんが優しい顔で見てた。






梅田は、キラキラした衣装を見るのも作るのも好きだ。
ライブのステージ衣装だけじゃなくて、舞台の衣装も雑誌で着る衣装も好き。
その衣装でどんな魅せ方をしたら一番魅力的になるのか、考えるのも人に伝えるのも好き。
でも、一番苦手なのはこういう時。
自分ができる最大限の魅せ方と、豪華な衣装が釣り合ってないって思ってしまった時。

「綺麗だね」
「たまに忘れちゃうけど、うめめってめっちゃ美人だよね」
「後で本人に言ってあげたら?」
「言わない。調子乗るから」
「あははは、梅田も新にそんなこと言われるようになったかー」

後輩で年下の新から言われても、今の梅田なら怒ることはないんだろう。
グループを組んでもう1年経った。
本人はいつまでもお姉ちゃんでいたがるけど、この2人はもうそうは思っていない。
…いや、そんなこともないか?
個人撮影が先に終わった俺ら3人は、スタジオ内に用意していただいた椅子に座って他のメンバーの撮影が終わるのを待っている。
白ホリに組まれたセットは2組で、今はばっきーと梅田がそれぞれ撮影していた。
梅田が着てるのは、年始のグリーティングフォトにふさわしい艶やかな振袖。
って言っても俺らの色味と合わせるために落ち着いた配色だ。
それが逆に梅田自身の良さを引き出している気がする。
メンバーから大絶賛だった横原に負けず劣らず、なんというか、”強い”。

「今日のうめめのビジュアルめっちゃよくない?」
「わかる。今までで一番綺麗だと思う」
「ねえ、基くん?」
「え?うーん、そう?」
「あれ?違う?」
「なんかさ、ずーっと一緒にいるとそういうのわかんなくなるんだよね」

『このお花、なんて花ですか?』ってリラックスしてカメラマンさんと話してる梅田の顔をじーっと見つめる。
たしかに奏の言う通り、綺麗だとは思う。
でもそれがいつもより綺麗なのか、昔より綺麗になったのか、俺には判断ができない。
ずっと一緒にいるとわかんなくなるっていうのは本当で、好きだから正常な判断ができないっていうのが本音だ。
付き合ってると他の顔も見たことあるから、それも判断を鈍らせる要素。

「昔から知ってるとそういうのわかんなくなるもんなのかな」
「何年一緒にいるの?」
「俺が入所した時から仲良かったよ」
「うわ、めっちゃ昔!」
「初めて会った時は俺の方が身長低かったからね?」
「今もそんなに変わんないけどね」
「おい」
「基くんと奏くんって同期だよね?」
「うん、だから奏も昔から梅田のこと知ってるはず」
「えー、全然覚えてない。てか俺らの同期って強烈なやつ多いから、先輩まで見てらんなかったわ」

初めて梅田に会った時のことを思い出しながら、カメラに向けて笑ってる梅田を見た。
なんか、綺麗になったかって言われたらわかんないけど、大人になったなって思う。
それは見た目だけの話じゃなくて、時に感情を隠すことや、時に嘘を吐くことや、時に、泣きたくても死に物狂いで我慢すること。
そういういろんな部分で一緒に成長してきたから、今の梅田は大人だなって思う。

「晴撮ってる?どんな感じ?」
「うおー!晴めっちゃいい!めっちゃ綺麗!ビジュやばい!」
「全種類買ってください」
「じゃあ俺らのも全種類買ってください」

拓也とがちゃんが見ているPCにはシャッター押す度に梅田の写真が表示されてる。
数年前、同じように豪華な衣装を与えられて梅田は泣いたことがあった。
その時は、未熟な自分に豪華な衣装が合ってないって泣いてた。
だからこういう撮影は苦手なんだと思ってたけど、もうそんなことない。
梅田は豪華な衣装を着て、それに負けないくらい綺麗に笑ってて、文句のつけようがないくらい素敵な写真を残してた。

「終わったー、次横原ね」
「うわー、このビジュの梅田の後はきつい」
「その顔面で言われると嫌味にしか聞こえないから!」
「うめめお疲れ、めっちゃ良かった」
「おつかれさま」
「ありがとう!久々に振袖着たからテンション上がっちゃった」
「着られるうちに着ておこう。結婚したら振袖着れないし」
「え、そうなの?」
「そうだよ、基本的に振袖は未婚の女性が着るものなの」
「へー」

話しながら新のネックレスの位置を直す梅田の瞼にキラキラ光るアイシャドウが乗ってることに気付く。
まるで星空みたいに光るそれはクリエの時に横原が贈ったものだって皆知ってるし、梅田が嬉しそうによく使ってることも知ってる。
あれから、俺と梅田は付き合ってることについてなにも話していない。
話すチャンスがなかったわけじゃないし、2人っきりになるタイミングもあった。
それでも話題に出さなかったし、触れようともしなかった。
あくまで、今まで通り。
付き合う前と同じように、仲が良くて信頼できる“メンバー”って関係のまま。
でもはっきりとお別れしたわけじゃない。
梅田は、俺が“約束”を知ってることを知らない。
横原は、俺たちに別れろとは言ってこなかった。
“約束”の目的は別れることじゃなくて、IMPACTorsが大きくなっていく上で俺らを傷つける可能性を少しでも減らすことだ。
だから別れるって話をわざわざする必要はない。
じゃあこれは自然消滅なのか?
そう不安に思うけど、

「俺はこれが好き」
「俺はこれ」
「なにしてんの?」
「どのうめめが一番綺麗か選んでる」
「なにそれ、めっちゃいいじゃん!」
「やるなら全員やろうよ。もしできるならそれ発売してもらおう」
「それいいね、やりたい」
「まずはうめめの選ぼうよ!俺はこれがいいと思う」
「基くんは?」
「俺?えー、……これ?」
「それ、テストで椿くんが撮ってくれたやつ」
「メンバーといる時が一番笑ってるよね、梅田は。俺はこれが一番いいと思うよ」
「…ありがとう」
「素直に綺麗って言えばいいのにー」
「っそういうキャラじゃないんで!ほら、リアコ枠が来たよ」
「待ってました大河くん!」
「俺?え、なに?なんか振られてる?」

目が合って嬉しそうに笑う顔見たら、不安なんてどっかいっちゃうんだよ。
これは自然消滅なんかじゃない。
梅田はまだ俺の事を好きでいてくれて、今はちょっとだけ距離を空けなちゃいけないだけなんだって。
言葉にできないだけで、両想いなんだって。
そんな保証もないことを信じていたいんだ。


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