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「ああー、終わっちゃったな」

そうつぶやいたうめめはハンガーラックにかかってた影虎の衣装を名残惜しそうに整えた。
虎者広島公演、つまり大千穐楽を迎えて、俺たちIMPACTorsとTravisJapan、その他の共演者全員、1人も欠けることなくやり切った。
達成感と少しの寂しさ。
それを全面に出したうめめの顔は少しだけ疲れてる。

「うめめ、荷物俺が持とうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう椿くん」

休む暇もなく次の仕事だ。
ホテル戻って荷物まとめて明日には東京。
俺も含めた舞台組は稽古があるし、うめめも年末年始のライブに向けた仕事が残ってる。
余韻に浸ってる時間はそう長くない。

「おつかれ」
「お疲れさま。お、ダブルたいがだ」
「ほんとだ」
「みんなは?」
「まだ片付けてる」
「やば、俺戻った方がいい?新の忘れ物チェックしてない」
「影山が口煩く注意してたから大丈夫だと思うよ」

ホテルまで送ってくださる車には大河1人だった。
みんなが乗れるように1番奥に3人並ぶと、たいがに挟まれたうめめがキョロキョロ視線を動かしてる。
寒くてドアを閉めたからシンとした車内では無意識に小声になってしまう。
まるでコソコソ話してるみたいだ。

「両手にダブルたいが」
「オセロみたいに晴もたいがになるんじゃない?」
「なるかも」
「そしたらトリプルたいがじゃん」
「いいね、トリプルかいとみたい」
「誰が誰呼んでるのかわかんなくなりそう」
「否めない。……あ、そういえば2人とも来年年男だね」
「そうだね」
「寅年だもんな」
「いいね、年男。さらにインパクト残していこう。え、てか24歳?」
「そう、24歳」
「ふーん、24歳ね。私はもうすぐ25歳、」
「あ、その顔やめて」
「へ?」
「今絶対”お姉ちゃんだぞ”みたいな感じ出そうとしたでしょ」
「……シテナイヨ?」
「してんじゃん。そういうのはマンネだけでいいよ」
「いうて大河もマンネよ。あらみなと一緒。年下組」
「違うよ」
「年明けたらうめめも誕生日来るね」
「そうだねー、やっと俊介と横原に追いつくね」
「誕生日プレゼントなににしようかな」
「めっちゃ楽しみ」

他愛もない会話、どうでもいい会話、別に今しなくてもいい会話。
でも、なんだか貴重な気がしてて。
今年、何日一緒にいたんだろう。
何回、笑ったんだろう。
数えきれないくらいの時間をメンバーと過ごしてきた。
それも今日で一区切り。
もちろんグループ仕事はまだまだあるけど、今までみたいに毎日顔を合わせるわけじゃない。
それをわかってるから、珍しくうめめが俺とがちゃんの腕に手を回した。

「なに?」
「えへへ」
「甘えてるの?かわいー」
「明日からこんなことできないなーって思って」
「毎日してもいいのに」
「椿くん甘すぎ」
「うめめが甘えてくれるの嬉しいの」

言葉通りえへへって笑ったうめめを見て大河は眉を寄せたけど、腕を振り払おうとはしなかった。
俺は嬉しくなっちゃったからうめめの腕をぎゅうって抱きしめたらうめめも身体を寄せてきた。
ベタベタスキンシップするような子じゃないし俺もそんなに得意じゃないけど、大千穐楽ってタイミングと広島の寒空がそうさせるのかもしれない。
車のドアを開けたあらみなは目を見開いて驚いた。

「え、なにしてんの?」
「寒いの?」
「両手にたいがしてる!」
「は?」
「あらみなもおいで?」

嫌そうな顔しちゃって。
本当は羨ましいくせに。






広島から東京へ戻る飛行機の中はコロナ禍に比べるとお客さんでいっぱいだった。
俺らジュニアだけで貸切にできるようなものでもないから、空いてる席に点々と座っていく。
上の棚に荷物を入れようとしたがちゃんの肩を叩いたのは梅田だった。

「なに?」
「大河、席変わってくれない?私、新と3人掛けの席なんだけど、一般のお客さんの隣で酔っちゃうと怖くて」
「いいよ。もってぃーもいい?」
「うん」
「ありがとう」

俺とがちゃんが座ろうとしてた席はこのブロックの1番後ろの2席でお手洗いに近い。
乗り物酔いが激しい梅田にとって1番安心できる席なんだろう。
まあ、乗り物酔いに対処してきた俺の隣っていうのも理由の一つかもしれない。
隣に座った梅田の顔をチラッと盗み見ると、顔色は悪くなかった。
行きの飛行機では意外にも梅田は酔わなくて、飛行機は大丈夫なのかばっきーの酔い止めが効いたのか、理由はわからないけどとにかく体調が良くて。
帰りも大丈夫かもしれないけどちょっと心配。
コロナってこともあるのか機内は割と静かだけど、所々でくすくす笑う声やコソコソ話し声が聞こえる。
斜め前の席で奏がよこにちょっかいかけてるのを見てたら、とんとんって腕を叩かれた。

「ん?」

隣、嫌だった?

見せられたスマホの画面の文字を追う。
なぜスマホに?って思ったけどとりあえず首を振って否定したら、マスクの上の目が安心したように細く弧を描いた。
またスマホの上を指先が滑る。

たぶん酔わないと思うから、ちょっと話してもいい?

こくんって頷いたらまた嬉しそうに笑った。
ポケットから自分のスマホを取り出して俺もメモを立ち上げる。
地上を離れた飛行機は緩やかな揺れと浮遊感を与えてくる。
身体だけじゃなくて心も思考も、少しだけふわふわしてる気がした。

東京戻ったらすぐに稽古?
そう。見に来る?
絶対行く!
ありがとう。席用意するから連絡してね。梅田はカウコンの仕事終わり何時?
まだ分からないけど2時とか?
うわー、大変だ
でも衣装の仕事嬉しい
何かあったら連絡してね。いつでも話聞くから

いつもと変わらない会話。
いつもと同じ空気。
梅田は不言実行な人で、自分1人で仕事をするといろんなことを溜めてしまう。
まるで大きいリュックの中にぐちゃぐちゃに詰め込まれた荷物みたいに。
時々その中身をぶちまけてしまうし、それをひとつひとつ丁寧に拾う時はいつも俺が一緒だった。
グループ全員が揃った大きな仕事はもう終わり。
俺は1人の仕事が始まるし梅田も衣装の仕事があるから、あんまり一緒にいられない。
何かあってもすぐに駆けつけられない。
だから心配で、いつものように声をかけた。
こうすれば梅田は俺を頼ってくれると思ったから。
そう思ってたのに、この会話を最後に梅田の指は動きを止めた。
不思議に思って顔を覗き込んでみても何も言わない。
ただ静かにじっとスマホを見て、それで、席に配ってあったブランケットを大きく広げてすっぽり包まった。

「梅田?……っ、」

ブランケットの下。
誰にも見えないところ。
細い指先が俺の手に触れて、そのままゆっくり絡んでいく。
抵抗する気は元々なかったけど抵抗させる気もなかったみたいで、ぎゅって指先を絡めたまま梅田は俺の手の甲を撫でた。

「私、実は飛行機はあんまり酔わないんだ」
「え?」
「大河に嘘吐いた。しばらく会えないから、欲張っちゃった」

コツンって、梅田の頭が俺の肩に当たる。
甘い香りが広がる。
昔からずっと変わらない、甘くて大好きな香水の香り。
梅田が隣にいるって証拠。
俺の耳に寄せた唇から発せられたその声は震えてた。

「俊介」
「……」
「私たち、”  “をやめよう」






肩に乗ってた奏の頭がやっと離れた。
寝相を変えたいのかこてんって首が壁の方を向いたから席から立ち上がる。
広島から東京まで意外と時間かかるし、舞台の疲れもあって何人か寝てる。
俺も寝てしまおうかと思ってたけど、なんとなく斜め後ろの席が気になって寝れなかった。
振り返って見えた光景にもやもやが広がる。

「……」

1番後ろの2人掛けの席で梅田は寝てて、その身体はもってぃにもたれかかってる。
もってぃも寝ちゃってて梅田の頭にこてんって当たってて、お互いに寄り添うように寝てる姿は見る人によっては微笑ましいんだろう。
2人はグループ組む前からずっと仲が良くてファンの方もそれを知ってる。
俺が知らないだけでこんな光景はなんとも思われないのかもしれない。
ただ、俺は微笑ましくなんて見れない。
奏も周りのメンバーも起こさないようにそっと足を進める。
2人の座席の間。
梅田がかけてるブランケットの隙間からチラッと絡んだ指先が見えて。
2人がぎゅうって手を繋いでるのが見えて。
そこに注目して見なきゃ絶対気付かない。
好きじゃなかったら、気付かないんだよ。
あー、嫌だ。
こういう感情は本当に嫌いだ。
今すぐ捨ててしまいたい。
全部吐き出して、なくなったらいいのに。

「……約束、破んなよ」

誰にも気づかれないようにブランケットを掛け直した。
2人の関係が誰にもバレないように。
俺の視界に、入らないように。




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