我慢の話



あけましておめでとう
の前に送られてきた、

来年は俺らが立つ!
もう今年じゃない?

って通常運転な返答に自然と笑みが溢れる。
年が明けた瞬間、東京ドームの暗幕の向こうに見える景色を少しだけ動画に切り取ってグループLINEに送ったら影山と大河からすぐに連絡が来た。
既読の数が増えて次々に送られてくる文字やスタンプは追うだけで精一杯だ。
2021年から2022年へ。
キラキラのステージとキラキラのアイドルとキラキラのペンライトは、このご時世にとって希望の光みたいだった。
私は東京ドームの暗幕の内側、つまり、ステージ上で輝くデビュー組の先輩や選ばれたジュニアを暗いステージ裏から見上げていた。
衣装係として参加させていただいたジャニフェス、カウコンは慌ただしく過ぎていって、もうすぐこの仕事も終わる。
スタッフパーカーとiPadと履き潰したスニーカー。
適当に髪を止めてたヘアピンはいつのまにかどこかへ飛んでいってしまった。
全くキラキラしていない。

「…まだまだ遠いなー」

わかってたはずだった。
自覚した上で衣装係でもいいから参加させてほしいって頼み込んだ。
だから後悔はしていないしたくさんのことを吸収できたけど、やっぱり悔しい。
ジュニアでも東京ドームのステージに立てたグループはいる。
私たちは立てなかった。
認めたくないけどそれは紛れもない事実で、影山や新は『他のグループと比べるんじゃなくて俺たちは俺たちがやるべきことを』なんて言うけど悔しくて悔しくてたまらない。
まだまだ全然足りないし、遠い。
もっともっと強くなりたい。
勝ちたい。
誰にも負けたくない。

2022年もたくさん勝とうね

LINEの流れを無視して入れたそのメッセージに即レスしてきたのはやっぱり影山で、『勝つ!!!』って力強いメッセージに背筋が伸びた。
コンマ数秒の間に大河からも『絶対勝つ』って送られてきて、今年も変わらず私の同期は最強みたいだ。

「梅田!」
「はい!すぐ行きます!」

今は私に任せていただいた仕事を。
そしてこれをIMPACTorsへ還元するんだ。






事務所から出てきた梅田は初日の出の光に目を細めた。
当たり前だけど疲れた顔で、髪もいつもよりボサボサで、誰もいないと思ったのかマスクを片耳に引っ掛けて大きなあくびをした。
完全に気が抜けたその顔を見るのはすごく久しぶりな気がして、思わず『ふはっ、』って笑っちゃって、俺に気付いた梅田が目を見開いた。

「俊介!?」
「お疲れさま」
「え、なんで!?なんでここにいるの!?」

溢れそうなくらい大きい目でこっちに歩いてきたから、もたれかかってた車から身体を離す。
朝早い事務所の駐車場はしんとしてて小声で話しても声が響いてた。
肩からずり落ちそうになってるリュックは相変わらず重そう。

「宮近くんに聞いたら梅田はドームからこっちに来たって教えてもらった。衣装の片付け?」
「あ、うん、そうだけど、……いや、そうじゃなくて!今4時だよ!?」
「うん」
「4時に車で来たの!?」
「そうだね、電車動いてないから」

びっくりした顔の梅田が俺が運転してきた車をじーっと見てる。
見覚えあるでしょ?
基家の車だし、梅田は何度か乗ったことがある。
キョロキョロしてる目を見れば聞きたいことは分かるから、助手席に回り込んでドアを開けた。

「疲れてるでしょ?家まで送るよ」
「いいの?」
「うん、そのために来たから」
「でも、」
「今から家帰っても梅田の家寄っても同じことだからね」
「…じゃあ、お願いします!」

多少強引だったけど梅田は納得してくれたみたいだ。
嬉しそうに笑った梅田がリュックを下ろして助手席に乗ろうとしたから、リュックを受け取って後部座席に乗せた。
エンジン切ってた車の中は冬の寒さでキンキンで、なるべく早く暖房をつけようと運転席に座ったら名前を呼ばれる。
振り向いた先で、ふわって、梅田の白いマフラーが首に巻かれた。
口元までぐるぐる巻きにした後にぴたって両頬に手が触れる。

「冷たっ!」
「え、ごめん」
「私がごめんだよ。ほっぺ冷た。ここでずっと待っててくれた?」
「……あはは」
「もー、風邪引いたらどうするの?舞台もあるのに」
「うん」
「連絡してくれたらよかったのに」
「俺がいきなり迎えに行ったらびっくりするかなって」
「うん、びっくりした」
「びっくりしてたし、……梅田嬉しそうだね」
「っ、」
「うわー、その顔。車で来てよかったー」
「それだけのために東京まで来てくれたの?」
「うん」

引っ込もうとした手をきゅって握る。
梅田の手が熱くて、少しずつ俺の手も頬も熱くなっていく。
嬉しいけど、でもそれを全面に出すことを躊躇ってるような複雑な顔した梅田の髪が跳ねてる。
重いリュックも疲れ切った顔もボサボサの髪も、全部梅田が仕事を頑張った証だ。
ねぇ、梅田が見た景色はどうだった?
どんなふうに見えた?
なにが見えた?
全部教えてよ。
梅田が1人でやり切った戦いの様子を俺に教えてよ。






IMPACTorsに足りないものは何か。
梅田自身に足りないものは何か。
デビュー組にあって俺たちにないものは何か。
これからなにをすべきか。
そんな真剣な話をしてたらあっという間に梅田の家に着く。
マンションの近くに車を停めると、シンってした車内でシートベルトを外す音が大きく聞こえてなんか嫌な気分。
久々の2人の時間はすぐに終わってしまう。

「俊介、送ってくれてありがとう」
「うん。さすがに今日は仕事ないよね?」
「さすがにないよ。疲れちゃったからいっぱい寝る」
「ゆっくり休んで」
「俊介、本当にありがとね。すっごい嬉しかったよ。……あ、言うの忘れてた。あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」

わざわざ俺の方に身体を向けた梅田の目が弧を描いてペコって頭を下げた。
どれだけ仲が良かろうが挨拶や御礼を丁寧な言葉と姿勢でするのは梅田っぽいなっていつも思う。

「こちらこそよろしくお願いします」

身体ごと梅田に向けて同じようにペコって頭を下げた後、目が合って笑ってたら気づいてしまった。
路肩に停めてた車の後ろの方から女の子が4人歩いてくる。
こんな早朝なのにめちゃくちゃ楽しそうに喋ってて、その肩にはSnowManさんのツアーバッグがかかってて、カウコン帰りのSnowManファンだってわかった。
外はもう明るい。
覗き込まれたら車内にいるのがIMPACTorsの基と梅田だってバレるかもしれない。
もしバレたら仕事だって誤魔化せるか?
ただのメンバーだって誤魔化せるか?
だめだ、ここは梅田の家の目の前。
2人の関係どうこうの前に梅田の家がバレる方がもっとまずい。
それに、人っていうのは真実だろうと嘘だろうと、面白い方を拡散してしまう。

「っ梅田」
「ん?…っわ!え、なに!?」

ドアを開けようとしてた梅田の左手を掴んで止めて、コートから出てたパーカーのフードを無理矢理被せてマスクを外す。
キョロキョロしてた大きな目は、同じようにマスク外した俺がぐいって顔を近づけたらキュって閉じてしまった。
左頬に手を添えたら顔を隠せる。
外から見たら車内でいちゃついてるカップルに見えるはず。
咄嗟に出てきたのはこんなんで、古いドラマの安い演出みたいだけどこれしか思いつかなかったんだ。

「しゅん、」
「後ろ、SnowManファンがいる」
「え?」

小さな声で喋っただけで吐息がかかる。
目を開けてその距離の近さに気づいた梅田が少しだけ動けば、鼻先が当たって本当にキスしてるみたいな距離になった。
あははははって楽しそうな声が車の後ろからゆっくり近づいてきて頬に添えてる手に力が入ってしまう。
笑い声を聞いて梅田も状況を理解したのかなるべく小さくなろうと身体をモゾモゾさせてる。
誤魔化せるか、どうか。
顔は見えないと思う。
でも俺らのことを日頃からよく見てくださってる方ならバレてしまうかもしれない。
例えば、身体のパーツとか。

「っ、」

頬に添えてた手で耳に触れたら梅田が息を呑んだのが分かる。
心なしか身体も固まったような気がして、心臓の奥の方がドクンって疼いた。
意図的に嗅がなくても感じる甘い香りがそれをさらに加速させる。

「声、我慢して」
「へ?…っ!?」
「…はっ、」
「んぅ…!」

耳に触れた手、抵抗できないように掴んだ右手首、背中がシートに深く沈んでて、ほとんど動けないはずなのに車体が揺れた。
梅田が抵抗したからか、俺が勢いよくがっついたからか。
キスしてる唇は信じられないくらい熱いのに頭は冷静にこの状況を理解してた。
車の横を4人組が通り過ぎていく。
パーカーのフードをさらに引っ張って顔を隠したら、梅田が俺の肩に腕を回してきてぎゅうって抱き締められた。
視界が暗くなったってことは梅田の腕で俺の顔が隠されたってことだ。
ねぇ、それどっち?
俺の顔を隠してくれたの?
それとも、もっとしてってサイン?

「…っ、ん、〜〜、!」

我慢してってお願いを必死に守ろうとして声にならない声が溢れてる。
ぎゅうって抱きしめた腕の力は弱くならないけど反対に梅田の身体からは力が抜けていくのか、ピクって身体が反応しやすくなってる。
触れてる耳が熱い。
少しだけ目を開いた梅田と目が合う。
それがトリガーだった。

「ん!?」
「…っ、しゅん、がまん、」
「んぅっ、」

無理。
無意識に漏れてしまう自分の声を抑えられない。
先に口を開いたのは梅田だった。
俺の唇を噛んだのも、舌を入れたのも、舌に触れたのも、全部梅田からだった。
ちょっと待って、これは本当に、無理かもしれない。
なんで我慢なんて言ったんだろう。
これなら我慢なんかしないほうがマシだ。
密閉された車内じゃキスの音しか聞こえない。
梅田か俺か、どちらかの身体が動く度に聞こえる衣擦れの音と、必死に我慢してるのに漏れてしまう喉の奥の方の声。
吐息はもう随分前から熱くて熱くて唇が焼けてしまいそう。
4人組はとっくの昔にいなくなってる。
キスする理由も隠れる理由も無くなったけど、それでも梅田はキスをやめなかった。

「っん、…はぁ、」

ああ、もう我慢してる声聞きたくないな。
我慢なんかしないで全部聞きたい。
キスした時も身体に触れた時も、全部。
全部聞きたいな。
ここじゃだめだ。
車じゃだめだけどどこか別の場所、2人になれる場所。
できれば、……ベッドがあるところ。



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