初詣の話



あ、五円玉がない。
財布の中にはいくらか小銭が入ってるけど、お目当ての金色の硬貨は見当たらなかった。
別に五円玉にこだわりがあるわけじゃないけどなんとなくご縁がある気がして、神社に来たら五円玉を賽銭箱に投げ入れていた。
1月2日の神社は初詣をしにきた人で列が出来てる。
並び始めたばかりだから列は抜けられるけど、わざわざ列を抜けて両替してまで五円玉を用意しなくてもいいかなー、なんて思って十円玉を手に取ろうとした時、目の前に手のひらが差し伸べられた。

「はい、五円玉貸そうか?」
「梅田?」
「横原あけおめー」

びっくりした、誰かと思った。
マスクが埋もれるくらいマフラーぐるぐる巻きにして眼鏡をかけた梅田が五円玉を差し出してて、『後ろの人来ちゃうよ?』って先を急かしてきたから自然と2人で列に並んだ。
列の進むスピードに比べて人が多いからどんどん列が長くなってくる。
コロナのことも考慮してか間隔はあけてるけど、隣同士は意外と距離が近い。
五円玉を受け取る前にその顔をじっと見た。

「なんでここ、っあー、あれか、1番近いからか」
「そう。1番近いから。まさか横原がいると思わなかった」
「よく気付いたな」
「あははは、分かるでしょ。メンバーだよ?」
「俺はたぶん梅田がいるって気付けなかった」
「ひどい、気づいてよ」

偶然にもお互い住んでるマンションが近い。
最寄り駅も一緒。
俺の家は知られてないけど梅田の家は知ってる。
たしかにそこから1番近い神社はここで、俺も梅田も帰省してないから初詣するならここだったんだろう。
有名なわけじゃないからそこまで混んでないし。
列の進みは緩やかで、新年の澄んだ空気はなんとなく温かい雰囲気を醸し出す。

「その眼鏡なに?変装?」
「うん、一応。…あ、似合ってないって顔してる」
「まぁ、うん」
「じゃあ外す」
「かけといたら?一応変装」
「バレないんじゃない?」
「でも、一応」

納得したのか眼鏡のブリッジを押し上げた。
受け取らないの?って顔で手を差し出してるからありがたく五円玉を受け取る。
人から貰った五円玉でもご利益は受けられるんだろうか。
神様はそんなところまで見てるのか。
それともこんな5円ぽっちでご利益を得ようとしてることさえ卑しいのか。
まあ、願いなんて自分が努力しなきゃ叶うはずもないけど。
そんなどうでもいいことを考える俺とは裏腹に、梅田はめちゃくちゃ真剣な眼差しで先を見つめた。

「ねえ、横原、どうしよう」
「なに?」
「屋台が出てる…!」
「…うん」
「ねぇ、」
「嫌だ」
「まだ何も言ってませんけど」
「言わなくても分かるんですけど」
「じゃあ、ねぇ?」
「俺は御参りしたらすぐ帰るから」
「ねぇ〜よこはら〜、よこ〜」
「帰る」
「甘酒」
「帰る」
「あ、ベビーカステラ」
「…帰る」
「罪悪感って、誰かと共有したら薄れるよ?赤信号みんなで渡れば怖くないよ?」
「……帰る」
「帰らないでよ!横原!食べようよ!」
「…はぁ」
「そのため息は肯定と見た。よし、手分けしよう。私甘酒とたこ焼き。横原がベビーカステラとイカ焼き」
「は!?そんな食うの!?」
「家にごはんないし今から作るのも大変だからここで済ませる」

年末まで仕事はみっちりでこんな年始に自炊するような余裕はない。
お互い一人暮らしだからその苦労はわかってるわけで、そこを突かれたら従わざるを得ない。
参拝列まで香ってくる香ばしい匂いや甘い匂いは梅田をうきうきさせるには十分で眼鏡の奥の瞳がこれでもかってくらい輝いてた。
参拝の順番が来る。
投げ入れた五円玉と二礼二拍手一礼。
両手を合わせてる数秒、チラッと横目で梅田を見たらさっきまでのテンションが嘘みたいに凛とした顔で目を閉じてた。
何を考えてんだろう。
自分の仕事のことか、グループのことか。
それとも、もっとプライベートなことか。
不言実行だから、なんて言って教えてはくれないんだろうけど気にはなってしまうわけで。
耳にかけてた髪が落ちて梅田の顔を隠す。
邪念を捨てろ、って言われてるような気がした。






「うんま!」
「こういうとこで食べるたこ焼きってなんで美味いんだろうな。フツーに銀だこ買った方が美味いに決まってんのに」
「え、銀だこ行く?」
「行かねえよ、どんだけ食うんだよ」

なんだ、行かないのか。
行きたいのかと思った。
そう言おうかと思ったけど口いっぱいにたこ焼きが入ってるから心の中に留めておいた。
境内の奥の方に空いてたベンチに座って膝の上には安っぽいプラスチックのトレー。
横原と私の間のスペースには甘酒の紙コップと自販機で買ったお茶が置いてあった。
たこ焼き、イカ焼き、ベビーカステラ、焼きそば、大判焼、ダメ押しで買ってしまったリンゴ飴。
定番の屋台メシはどれも美味しいけど、いかんせん冬の空の下はめちゃくちゃ寒い。
寒すぎる、無理、しんどって小言を言いつつも、横原は『帰る』とはもう言わなかった。
なんだかんだ優しい人。
かじかんだ手で甘酒の紙コップを掴んだら、湯気で眼鏡が曇った。

「梅田ってさ、なんで一人暮らししてんの?」
「え?」
「実家横浜だっけ?」
「神奈川。神奈川の田舎の方ね」
「あー、そう。でも通えない距離じゃないっしょ?関東育ちじゃないから分からんけど」
「通えなくはないけど…、ほら、私って体力ないから。大学行って仕事して実家まで帰ってたら死ぬんだよね。だから大学生の時に一人暮らし始めたの」
「あー、そう」
「横原は実家静岡だっけ?」
「うん」
「良いよね静岡。うなぎパイ、浜松餃子、静岡おでん、三ヶ日みかん、さわやかのハンバーグ」
「食べ物ばっか」
「あ、そういえばくさデカの撮影の時に浜松餃子買ってくるように新に頼んだのに一回も買ってきてくれてない」
「それさ、もってぃと奏と影山くんにも頼んでたよね?」
「うん。地方ロケ組には必ず頼んでる。美味しいものってなんぼあってもええですから〜」
「毎回お土産買ってくるもってぃは偉いよな。尊敬するわ」
「私ボケたんだけど」
「ボケたの?下手すぎ」

決まったスパンで地方ロケに行くメンバーは時々お土産を買ってきてくれる。
すごく嬉しい一方で、私にはそういう1人の仕事がないことに焦るのも事実で。
横原は今月から出演舞台が始まる。
俊介も影山も公演が始まるし、椿くんなんて主演だ。
新はくさデカ、奏はサタふく、大河も1人でテレビやラジオに出てる。
すごい、すごすぎる。
同じグループだからものすごく頼もしいけど、でも、やっぱりそれ以外の感情も出てきちゃう。
2021年は一緒にいる時間が長かったから薄れてたけど、こうやってグループ仕事が終われば自分の先のスケジュールが見えないことに不安になる。

「……」
「…なに?」
「…ううん、なんでもない」
「なに?」
「……」
「なんだよ」

じーっと見てしまったら嫌そうな顔したから逸らしたのに、横原は気になったみたいで私から視線を離さなかった。
話を聞いてくれる雰囲気だったけど『みんな個人仕事あって羨ましい。私は仕事ないから焦る』なんて弱音を吐くのはなんだか嫌で、でも横原も引くつもりがないのか何も喋ってくれない。
妙な沈黙を作ってしまったのは自分なのにバツが悪くて俯いてたら、包み紙を剥がしたリンゴ飴が差し出された。

「食う?」
「ありがとう」
「ん。……梅田は相変わらず不言実行だな」
「え?」
「なーんかいろいろ悩んでんだろうなって分かるけど、誰にも言わずに叶えてから言うんだろ」
「別に悩んでるわけじゃ、」
「俺に相談してみる?」
「ううん、大丈夫」
「じゃあもってぃには相談した?」
「…ううん、してないよ」
「ほら、やっぱり不言実行。なんで?」
「……言葉にして叶えられなかったらがっかりされちゃうから」
「しねぇよ」
「っ、」
「誰もがっかりしないしさせないわ、そんなん、当たり前だろ」

横原に弱音なんて言えない。
俊介にはもっと言えない。
いや、正確には”言わないって決めた”。
言ったら、きっと俊介は聞いてくれるし助けてくれるしどんな時でも飛んできてくれると思う。
俊介は私を1人になんかしない。
私を笑顔にしてくれる。
私の絶対的な味方。
でもそれじゃだめだから。
それじゃ、これ以上強くなれないから。

「私、今年はもっと強くなるから」
「お前さ、脈絡って知ってる?」
「ごめん、唐突すぎたよね。でも、これは有言実行」
「……」
「2021年よりずっとずっと強くなるし、めちゃめちゃ仕事するし、みんながびっくりするくらいの成果出すから。勝つとか負けるとかそういうことじゃなくて、強くなる。誰よりも強くなる」

飴が甘い。
口の中がとろけそう。
でも、昨日のキスの方が何倍も甘かった。
甘くて熱くて溶けてしまいそうで、まるで幻みたいで。
一瞬で溶けて無くなってしまうのが嫌で何度も抗って引き寄せて噛み付いて。
嬉しいはずなのに、ずっと悲しかった。
こんなに好きでこんなに大切なのに『好き』って伝えられないんだなって、苦しかった。
だから強くなりたい。
欲にブレず、弱さに屈せず、ただひたすらに真っ直ぐ、IMPACTorsの夢に向かって突き進めるように。
好きだけど『好き』と言わず、俊介を大切に出来るように。

「いいな、それ。有言実行しようぜ。……めちゃめちゃ強くなろうな」

凛々しくて無敵の顔と包み紙を剥がしたリンゴ飴が不釣り合いなのに、あまりにも心強くて私も笑ってしまった。
2人して口の中に大きいリンゴ飴が入っててリスみたいになってる。
穏やかに見えてバチバチと激しく火花を散らしてた。
『強くなろうな』
わざとなのか無意識なのかわからないけどその言葉をチョイスしてくれた横原が好きだった。
私を置いていかず、横原1人でもなく、一緒に強くなろうって気持ちが好きだった。
穏やかだけど誰にも負けないくらい獰猛に先を見てる横原の視線が、大好きだった。



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