探してる話



驚きよりも失望が勝ってしまった。
なぜそう思ったのか?
私を見る俊介の目に、手放したはずの感情が残っていたからだ。

「……なんで?」
「なんでって、」
「なんでそういうこと言うの!?」
「っ、」

口から出てきたのは問いかけなんかじゃなかった。
強く、鋭く、責めるような声色はメンバーが寛ぐ楽屋の空気を一変させてしまった。
周りを気遣うように視線をずらした俊介とは対照的に、私は視線を逸らさなかった。

「え、なにこの空気」
「あ、いや、今ちょっと…」

トイレから戻ってきた横原の戸惑いも上手く状況を説明できない椿くんも、さっきまで楽しく話してたメンバーも、びっくりして私を見てた。
おかしいところなんて何もなかった。
来週から4人の出演舞台が幕を開ける。
椿くん、影山、俊介、横原。
スケジュールが被ってるから誰の舞台をいつ見学に行くか。
仕事のスケジュールに余裕がある私、大河、奏、新の4人で予定合わせて見学行こうかー、なんて和やかに話してただけ。
そう、それだけ。
それだけだったんだけど。

「だから、さっきも言ったけど梅田は俺の舞台には来ないで。演出で雷落ちるんだよ。照明も全部消えて真っ暗になるし、音だってする。絶対無理だよ」

ああほら、また失望してしまう。
机を挟んで正面から向き合ってる私たち。
俊介の声もさっきよりトーンが落ちてる。
これはもう、ただのお喋りなんかじゃない。

「そんなことで動揺しない」
「するよ。俺は梅田がどんだけ雷苦手か知ってる」
「演出だよ?本物じゃない」
「それでも怖いでしょ」
「滝沢歌舞伎の時だって雷が落ちる演出はあった」
「滝沢歌舞伎は梅田は舞台に立ってんじゃん。そりゃ演者だったら大丈夫だよ。でも今回は違う。初めて見る舞台で初めて見る演出で、いつ落ちてくるかもわからない」
「私のこと馬鹿にしてるの?」
「そうじゃな、」
「だったら!なんで、」
「っだから俺は!梅田が、」
「ストップストップ!」
「2人とも熱くなり過ぎ!」
「一旦落ち着いて。ほんとに、え、なに?どうしたの?」

止められようと、私も俊介も視線を逸らさなかった。
息苦しいのはマスクのせいじゃない。
荒ぶった声も怒りで熱くなった身体もグツグツ沸騰してるような頭の中も、全部全部行き着く先は失望だ。
はぁってため息を吐いた俊介も私に負けないくらいものすごくイライラしてる。
なにそのため息。
私だって吐きたいよ。

「……基くんはうめめのこと心配してるんでしょ?演出とはいえ雷落ちてうめめが怖い思いするんじゃないかって」
「うめめもそんな怒ることじゃないって。あ、そうだ、じゃあメンバーの誰かと一緒に見学行ったら?そしたら怖くないでしょ?」
「椿くんそれいいっすね!誰か行ける?俺は南座公演始まっちゃうから行けないけど」
「あ、俺行けるよ」
「じゃあ晴と新で、」
「違うよね?」
「へ?」
「私のことが心配だから?雷を怖がるから?1人で見学に行けない?違うよね?そんな理由じゃないでしょ」
「……」
「そんな理由じゃない。誤魔化さないでよ」
「俺は、」
「つまんない理由で誤魔化さないでっ!」
「お前さ、ちょっと言い過ぎ、」
「つまんないってなんだよ!」
「お前も喧嘩買うなって」
「つまんない?勝手なこと言うな。俺が何考えてんのかわかんないだろ」
「わかるよ。わかるから怒ってるの。……俊介がほんとに心配してるのは自分だよ」
「っ、」
「見学に行って、雷が落ちて、私が怯えて、演技に集中出来なくなる自分」

瞳の奥で見え隠れする。
わかるんだよ、そういうの。
どんな言葉で誤魔化そうとしたって、わかっちゃうんだよ。
だって私たちは…、

「それはないんじゃない?本番中にそんなことで集中切れる?」
「でもうめめってめちゃめちゃ雷怖がるよね」
「だからって、なあ基?そんなことないよな?」
「……」
「基?」
「そうだよ」
「え、」
「俺は梅田が心配だよ。だってそうだろ?雷落ちたら震えて泣いて動けなくなって誰かがいないとしんどくなるって知ってるんだよ?そんな場面何回も見てきた。その梅田を知ってんのに心配しないわけないじゃん。心配だよ。舞台の演出だろうと心配だし、隣にメンバーがいても心配だよ。そりゃ俺だってプロだから本番中に動揺なんかしない。でも梅田が絶対怖がるってわかってんのに見に来てほしいなんて言えるかよ」
「基くん…」
「…頼むから見学には来ないで」
「っ、」
「来ないで」
「……行く」
「梅田」
「絶対行くから」
「梅田!」
「私は怖くないし怯えないし何も起きない。もし仮に万が一私に何があっても俊介が動揺しないでよ。言ったよね?もう、違うんだよ…!」
「……」
「もうこの話はしない。終わり。以上、終了」
「晴!」
「すぐ戻るから」

みんなの視線も引き止める声も無視して楽屋を出た。
一瞬だけ目を見開いた俊介の顔が頭にこびりついて離れないけど、これ以上何も言うことはないし謝るつもりもなかった。
なんなの、本当になんなの!?
イライラするしピリピリするしズキズキする。
自然と早歩きになってしまってズンズン足を進めてたら撮影スタジオの外まで来てしまった。
雨が降ってて空気が痛いくらいに冷たい。
思わずぶるって身震いした時、私を呼ぶ声と掴まれた腕。

「お前さ、キレて逃げるのはなしだろ」

呆れた顔した横原の手にはコートが2着。
そのうちの1着を私に渡して、自分のコートを羽織ってポケットに手を突っ込んだ。
撮影用の綺麗めの衣装とカジュアルなコートが合ってなくて、なんだかそれさえもイライラする。

「逃げてない」
「逃げてんだろ。とりあえずコート着て。ここめっちゃ寒い」
「逃げてないってば」
「あー、はいはい。そういうことにしてあげるから着ろって」
「……ありがとう」
「うん」

わざわざコートを持ってきてくれて自分もコートを着たってことは、無理矢理連れ戻す気はないし横原もしばらくここにいるってことなんだろう。
建物の壁にもたれて雨がコンクリートを打ち付けてるのをじっと見てたら頭が少しずつ冷静になっていく。
マグマみたいに煮えたぎってた脳内はゆっくり落ち着いてきて、楽屋であんな言い合いしちゃってメンバーに申し訳ないなって思って、でも、それでもやっぱり俊介への失望は消えなかった。
私が期待し過ぎてた?
勝手に思い込んでた?
俊介に多くを求め過ぎてた?
私がした選択は間違ってた?

「梅田さ、何がしたいの?」
「…どういう意味?」
「そのままの意味。俺からしたらすんごい小さいことでもってぃにキレてたじゃん。まぁ、梅田にとっては小さいことじゃなかったのかもしんないけど。もってぃも過保護すぎたかもな」
「……」
「…もってぃは梅田のことが好きで、梅田は好きって言わなくて、でもお前ら付き合ってんだろ?で?あんな喧嘩ふっかけて何がしたいの?」
「付き合ってるから、…だから私は必死なんだよ」
「隠すことに?」
「違う。約束破らないように」
「っ、」
「横原とした約束を破らずに、IMPACTorsを壊さずに、俊介に嫌われないように、必死なの。俊介が私を大切にしてくれる度に悲しくなる。俊介が私のこと好きって思ってくれてるのに、私は好きって言えないんだよ?そんなの、これから先続けられるとは思わない」
「それとさっきのが関係あんの?」
「俊介が私のこと”特別”扱いしてた」
「それは別にいいんじゃない?今まで通りじゃん。俺らから見ても2人は何年も前から特別、」
「もう違うんだよ」
「……」
「私たちはもう、”特別”じゃない。そう決めたの」
「……はぁー、もー」
「……」
「なんでそういうことになんの、お前ら」

雨の音がうるさい。
屋根の下にいるのに目の前の地面で跳ねた雫が靴にかかるし、冷え切った冬の風が容赦なく私を叩く。
横原が私を見たけど、私はずっと雨を見てた。

『私たち、”特別”をやめよう』

広島から帰る飛行機の中で私と俊介は”特別”をやめた。
もうお互いを”特別”とは思わない。
“特別”な目で見ない。
“特別”扱いしない。
皆の前で”特別”にはならない。
そう決めたのに俊介は違ったの?
決めたのに守ってくれなかった。
だから、失望してしまった。
これは独りよがりな我儘なんかじゃない。
“特別”を搾取されることを、俊介は嫌がった。
“特別”でいながら約束を守れる程、私は強くない。
“特別”をやめたのは同意の上だった。
私は強くなるって決めたんだよ。
誰よりも強くなって、誰よりも仕事頑張って、誰よりもたくさん勝って、いつか、いつか絶対に俊介に好きって伝えたいんだよ。
なのに俊介が”特別”を出してきたから。
普通のメンバーの距離感より近づいたから。
それが悲しかったんだ。

「それで喧嘩売ったのかよ」
「悪い?」
「悪いだろ。大迷惑。少なくとも他のメンバーに余計な心配かけちゃったんじゃない?2人があんな喧嘩してるとこ滅多に見ないから」
「じゃあどうしたらよかったの?」
「俺が知るわけないじゃん。俺だって…、……」
「俺だって、なに?」
「…俺だって、グループ内恋愛の正解はわかんねぇよ」
「…そう」
「だから探してる」
「……」
「俺も必死に探してる」

今度は私が横原を見て、横原が雨を見つめる番。
こっちを見てくれない横原の横顔だけじゃ何を考えてるのか、真意を読み取ることはできなかった。
唯一、私の本当の気持ちを知る人。
一緒に強くなってくれる人。
約束を交わした人。
横原は優しい人だから、不言実行で助けを求めない私を気にしてくれてるのかもしれない。

「横原は優しいね」
「は?」
「一緒に探してくれてる。優しい人だよ。ありがとう」
「……」
「横原?」
「一生そう思ってろ」

笑いが混じったその言葉が合図だったみたいに横原は壁から背を離して楽屋に戻るよう促してきた。
スタスタ歩いて行くから背中しか見えないけど、ほんの一瞬、ため息を吐いたような気がした。






「梅田さんって、なんか変わったよね」

あ、呼び方が昔に戻ってる。
そう思ったけど、新の横顔を見て指摘するのをやめた。
長い睫毛がぱっちり開いてる目は、雑誌撮影でフラッシュがばんばんに焚かれてる晴を真っ直ぐに見てた。
広いスタジオではいろんな場所で同時に撮影が進んでる。
順番を待つ俺らの隣では、基と椿くんの撮影も始まっていた。
さっきまでの喧嘩は夢だったみたいに消えてなくなって、基も晴も卒なく仕事をこなしてる。

「変わったか?」
「うん」
「どこが?」
「うーん、なんて言うか、……面倒くさくなった?」
「っあははは!それ直接晴に言うなよ。拗ねるから」
「なんて言うか…、梅田さんって俺みたいな後輩からすると、すごい人だったんですよ。すごく大人で、強くて、かっこよかった」
「今だってすごい人だろ?」
「そうなんだけど…」

遠くを見つめるような目をする新が何を考えてるのか分からないけど、きっと俺とは違う晴を見てる。
晴は昔から大人だったと思う。
自分の強みを理解してて、そこを一生懸命伸ばしてて、『勝ちたい』って俺ら同期の思いを大事に大事に守ってきた人。
新たち後輩の前じゃちゃんと先輩だったし、奏たち年下の前じゃちゃんとお姉ちゃんだった。
そう、あろうとしていた。
面倒くさい?
そうか?
グループが結成されてから確かに晴は弱くなった。
弱くて泣き虫でどうしようもなくて、勝てない時もあったと思う。
でも、新が言う『面倒くさい』に当てはまるようなことは思いつかなかった。
新の口から出てくる言葉は、俺に話してるんじゃなくて頭の中身をそのまま出してるみたいだった。

「梅田さん、自分で思ってるより自分が弱いってわかってないよ。なんにも分かってない。基くんがいなきゃだめになるって分かってない。あんなふうに基くんのこと嫌いなふりしても意味ないのに。最近の梅田さんはほんとに面倒くさい」
「そんなに?確かに基と晴は仲良いし良い友達だけど、」
「友達じゃないよ」
「え?」
「あの2人は友達じゃない」
「…そんなことないだろ。なに言ってんだよ新、」
「影山くんがそう思いたいだけだよ。影山くん、優しいから」

新が何言ってるのか分からない。
友達じゃない?
そんなはずない。
昔から喧嘩もするし口きかない時もあったしお互いに拒絶してたこともあったけど、でも基と晴はずっと友達だった。
俺や大河が知らない晴を基は知ってるし、晴に一番近いのは基だった。
それが俺たちの当たり前で、グループを組んでからも変わってない。
……変わって、ないよな?

「次、新とかげ撮影だよー」
「うん」
「……」
「拓也?」
「……」
「おーい、どうした?」

変わっていないのか?
本当に?
ちゃんと考えろ影山拓也。
俺はこのグループのリーダーで、晴の同期で、ずっとずっと8人を見てきた。
見てきたから気づかなかった?
そうだ、あの時、晴が仮眠を取った時、

『みんな、可愛くなったからって晴に惚れんなよ!』
『っ、』

あの時基は、一度も俺と目が合わなかった。



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