優しくない話



「え?結局行けないの?」
「……うん」
「あんだけ喧嘩しておいて?」
「……うん」
「うわ…」
「ごめんってば!」

嘘だろって俺と大河くんが引いた顔でうめめを見たら、こっち見ないでよって居心地悪くなったうめめが楽屋の端にある椅子にでっかいリュックを下ろした。
4人の舞台が続く中でもグループ仕事は入っている。
この後全員の雑誌撮影が予定されてるスタジオの楽屋には俺と大河くんとうめめしかいなかった。
ちょうどうめめが楽屋に入る前に送られてきたグループLINEには、

『ごめん、仕事入って俊介の舞台行けなくなっちゃった』

ってメッセージと泣いてる猫のスタンプ。

「仕事って?」
「滝沢歌舞伎の衣装。今年はめめに衣装プロデュースしてもらうでしょ?その下準備」
「あー、なるほど」
「晴って今年はどこまで関わるの?」
「例年通りかな。そこまで多くはないから稽古に集中する予定。でもオリジナル衣装はめめがメインでしょ?涼太くんが忙しいから私がサポートに」

今年も出演が決まってる滝沢歌舞伎ZERO。
ありがたいことにIMPACTorsはオリジナル曲をいただけることになっていて、振付は岩本くん、衣装は目黒くんがプロデュースしてくれることになった。
衣装の細かい調整や衣装スタッフさんとの橋渡しはうめめに任されていて、相変わらず滝沢歌舞伎期間中のうめめは多忙だ。
その衣装班の予定が、ちょうど基くんの舞台に見学に行く日と被ってしまった。

「お前、あんだけ楽屋で荒れといて行かないんかい!」
「だからごめ、え?」
「って横原からLINE来てる」
「やっぱり横原か。大河が私のことお前って言ったのかと思った」
「うめめはもってぃーより目黒くんを選んだんだね…って奏が」
「そうじゃないってば!仕事なの!」
「でも考え方によってはそうだよね?」
「晴に選択権なくない?」
「でもさー、」
「え、梅田は俺より目黒くん選んだの?」
「もー!違うよ!俊介の舞台選びたいけど仕事なの!」
「あ、基くん」
「おつかれ」
「おつかれ」

ぷんぷんしたうめめが振り向いた先には、昼公演を終えてそのままここへ来た基くんがいた。
不機嫌なように見せて、マスクの下でニヤニヤ笑ってる気がする。
その視線に負けそうなのがうめめで、気まずそうに視線を逸らした。

「…ごめん」
「なにが?」
「舞台見に行けなくなっちゃった」
「全然いいよ。そもそも俺は来てほしくなかったし」
「その話蒸し返すの?」
「また喧嘩したいわけじゃないよ?でも、少しホッとしてる。梅田が怖い思いする可能性が減って良かった」
「私は見に行きたかった」
「仕事あるんでしょ」
「……それでも行きたかった」
「他の日に行けないの?」
「行けそうな日は全部衣装の仕事入っちゃったの。めめが忙しいからそっち優先でスケジュール組まれてる」
「まぁ、それはそうか…」
「どうにかして行けないかな?ほら、後半だけ見るとか。ほんのちょっとだけでも見たい」
「スケジュールある?」
「うん」
「椿くんの舞台の後は?」
「そこは…」

なんとかならないのかって真剣な顔してスマホのスケジュールを確認するうめめと大河くんを見て、基くんが優しく笑った。
うめめが大好きな衣装の仕事。
それに目黒くんとガッツリ仕事ができる貴重な機会。
同い年とはいえ先輩でありデビューして最前線を走ってる人から学べることはめちゃくちゃたくさんある。
目黒くんとの仕事を優先するのは当たり前で、基くんの舞台に行けなくても誰も咎めない。
それでも諦めずに必死にスケジュールを調整しようとするうめめの姿を見て、基くんが喜ばないわけがない。

「……特別扱いしてるのはどっちだよ」

誰にも聞こえないくらいの小さな声に驚きはしない。
そうだろうと思ってたし、そうだと思ってた。
こんなの、今更だ。
変わる必要なんてないと俺は思う。
うめめにとって基くんは特別だし、基くんにとってもうめめは大切な人だ。
そんなの、グループ組む前からわかってたこと。
なのにそれを強引に変えたのは2人だ。
なんの意味もない、ただの悪足掻きだ。
それでも変えたいと思ったなら、覚悟してほしい。

「おはよー、あ!もってぃーより目黒くんを選んだ人だ」
「うわ!ほんとだ!ひどいよな、メンバーより先輩かよ」
「2人とも楽しまないで…!」
「よこ、やめなって。LINEでもボコボコにしてたのにここでも言ったらかわいそうじゃん」
「いやー、あれはないって。楽屋で大喧嘩しといて行けないなんてな」
「…横原だけグループLINEから退会させよう」
「いじめだ!」
「横原には言われたくない!」
「今度はなんでうめめとよこぴーが喧嘩すんの?」

「…基くん」
「なに新?」
「気をつけてね」
「ん?」

騒がしくなった楽屋で基くんだけが俺を見た。
よこぴーと騒いでるうめめはほんの少し嬉しそうで、この前グループの雰囲気を悪くした大喧嘩がこのまま笑い話になったらいいって思ってるのかもしれない。
俺もそれがいいと思う。
これ以上、深く追求するべき喧嘩じゃない。

「気をつけて」
「なにが、」
「見ないふりしてる人もいる、気づいてるけど黙ってる人もいる」
「っ、」
「そういう優しい人、IMPACTorsにはいっぱいいるよ」

2人が関係を変えようとすれば俺たちの関係だって変わる。
だってそうでしょ?
俺たちは、”メンバー”なんだから。
関係を変えたいなら俺たちIMPACTorsの関係が変わることも考えて、悩んで、怖がって、それで、うめめに触れてよ。

「新…」
「俺は優しくないから言うけど、気をつけてね」

影山くんみたいに優しくない。
でもグループとして立ち止まるつもりもない。
だから早く見つけてよ。
グループ内恋愛の正しい形を、早く見つけて。



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